2014-15 リクエスト | 櫻祭・2

 

 

「医仙」

皇庭の片隅、設えられた卓の上には酒樽が並んでいる。
銘銘が樽から横に置かれた盃にお酒を注いで持ちながら、思い思いに広い皇庭に散らばり、お祭りを楽しんでいる。

皇庭のその開けたスペースの周りには、この庭をぐるりと囲むみたいに植えられた桜が咲いている。
八部分咲きの桜はここから眺めると、ピンク色の雲みたい。

広い皇庭の中央には、板張りの仮舞台。
そこに真っ赤な毛氈が敷かれてる。
その横には、大きな太鼓や伽耶琴、玄琴が置かれた高台。
全て見渡せる正面には王様と媽媽の御席を据えた、一際高い上座。

その舞台を春の日差しが照らしている。
空は青くて、絶好のお祭日和と言えない事もない。

はあ、雅よね。櫻祭だなんて。
イベントの盛り上がりとは一味違う、何か静かな感じなのよ。
皇宮内のイベントじゃ、大騒ぎってわけには行かないわよね。

一か所を除いては。

私はイライラしながら、もう一度そこへ目を当てる。
そんな私に、横に立つチャン先生が苦笑しながら、そっと静かに声を掛けてくれる。

「仕方ないでしょう、隊長の意志とは無関係かと」
「だからってね、黙ってるのもおかしくない?」

そこにずらっと並んだ女性たち。
さっきからあの人が動くたび、 黄色い声を上げている。

その私の愚痴に、チャン先生は僅かに首を傾げる。
「何か、ご心配ですか」
その穏やかな声に、私は首を振る。
「そうじゃないけど、気分は良くないわよね。ああしてきゃあきゃあ騒がれて、アイドルじゃあるまいし」
「隊長が他の女人に心を移すとでも」
そう言って薄く笑って、私の顔を覗き込んだ先生に
「・・・そんな事、考えてないけど」
私は首を振る。

そうよ、そんなこと考えてないけど。でも気分が悪いのは確かだわ。
私も参加するって知ってるのに、あの女性たちを放っておくあの人も、ちょっと無神経だと思う。

私はくるりと舞台に背を向け、酒樽を据えた卓へとすたすたと歩き始めた。
チャン先生が私の横についてくる。
「飲み過ぎでは」
「やる事ないもの、飲むわ。チャン先生も付き合って」
「私は結構です。後々やることが多そうなので」

先生はそう言って肩を竦め、舞台周りを眺めて苦笑いする。
「隊長だけでなく、見知った顔も随分来ております。
あの方々が飲みすぎて潰れるか、さもなければ明日になって二日酔いで典医寺にいらっしゃるかでしょうから」

そう言われて盃を手にもう一度注意深く会場を見ると、確かに見知った顔がたくさん見つかった。
迂達赤の皆だけじゃない。武閣氏の皆も、典医寺の皆も。

「先生も、気苦労が多いわね」
私が溜息をついて握った盃をひと息に飲み干すと、チャン先生の長い指がその盃に添えられる。
「医仙程ではありません。少し抑えて下さい」
「うん、それが良いと思う」

チャン先生のその声に続いた聞き慣れない声に驚いて、私は勢い良く振り返った。
酒樽を並べた卓の端に腰掛けて足をぶらぶら揺らしてる、私より年下らしき女の子。
私とチャン先生を見て、にこにこ笑ってる。

「会えて、すごく嬉しい」

チャン先生が閉じた瞼ごと、目許から額までその手で覆って溜息をついて首を振る。
「何故出てくるのでしょう、余計な事ばかり」
「仕方ない」
「待って、もしかして」

私は足をぶらつかせるその姿をじいっと見る。この子。
「ねえ、何であそこに女の人があんなに集まってるの?」
「隊長と踊るため」
この子は困ったように笑ってそう言った。
「はあ?」

まさかあの緋毛氈のあそこで?あの人が、公衆の面前で?
「あり得ない」
「うん、普通なら」
「何で今回だけ?」
「うーん、仕方ない」

がくんと項垂れて首を振ったこの子は、下から掬うような目で私をじっと見上げて、その後に眉を顰めた。
「ごめんなさい、ウンスオンニ」
「ごめんじゃ済まないわよ」
「そうだね」

私はチャン先生の指に留められたままの盃を握り直して、この子の腰掛けた卓の酒樽から酒を汲み出して盃を満たす。
「今回は、1人じゃないから」
「どういう意味」
「うん、ひまわりさんという方がいる。あの列の中に」

そう言ってこの子が真っ直ぐに、あの舞台の周りに集まってざわめく女性たちの集団を指さす。

「その方と踊ってほしくて」
「その為の、櫻祭?」
私がこの子を睨んでそう訊くと
「うん」
素直にそう頷かれて、気が抜ける。

「もう、好きにしてよ。私はチャン先生とここで飲むから」
私が首を振ってそう吐き捨てると
「あまり飲み過ぎないで」
最後にそう言ったこの子はぴょんと、卓の端から飛び降りた。

「オンニは酒癖が悪いみたいだから」
「あんたに言われたくないわ」
「それはそう、言う通り」

ひらひら手を振って目の前を行き交う人の波に紛れて歩いていく黒い髪の後姿を、私とチャン先生はじっと見送った。

 

******

 

離れて見ている時も、きゃあきゃあと騒いでいるとは思っていた。
でも実際にその女性たちの列に紛れ込んだ途端に後悔する。

女性がある一定人数以上集まると全体的な声のトーンがこうも甲高くなるのは、一体何故だろう。
女性が集まった時のパワーってすごい。

ひまわりさーん、どこですかと、心の中で呼びながら私は周囲を見渡してみる。
無謀だ、だってお顔は知らないから。
探し出せれば良いけど。思いながら私は、その女性だらけの人波の中を歩き始めた。

「チェ・ヨン様と、踊れるって本当なの」
「分からないわ。でもここにいれば、少なくとも普段よりは近くであのお顔が見られるじゃない」
「そうよね、それだけで良いわ」

集まった女性たちの交わす、そんな会話。
そうか、隊長はそんなに人気があるんだなとしみじみ思う。さすがというか、何というか。
一度胸座を掴まれてみてください、気持ちも変わるかも。
そんな風に思いながら人波の中、他の人にぶつからないよう進む。

「それにしても素敵よね」
「あの目がいいのよ、見つめられたいわ」
「背の高さが良いわ、あの均整の取れた身体つき」
「声が素敵よ、あの声で囁かれたら腰が砕けちゃう」

す、すごい。まるで普通にファンだ、ペンだ、その会話。
これで”やはり踊らない”となれば、暴動が起きるかもしれない。
汗ばんだ掌を握り締め、左右を見回しながら人波を歩く。

頼む、隊長。私もこのままじゃ終われない。一曲ずつで良いから、踊ってこの場を納めてほしい。
一曲ずつと言ってもこの大人数、ひと仕事だとは思うけど、暴動よりはましなのではないだろうか。
皇宮と王様を守るためにも、犠牲になって欲しい。

その人波から抜け出すと、一目散に駆けだした。

目指すは隊長。どうにか連れてきて、踊ってもらわねば。

 

 

 

 

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