2014 Xmas | 野辺送り・2

 

 

空の上。高い、高い処に、猫の爪のような三日月が上がっていた。

その薄い月明かりの下メヒの体を抱き締めても、どれだけ抱き締めても。
俺たちの間にはもう埋まらない、大きな穴が開いた。
隊長の穴だ。大きく深く昏い、底なしの穴だ。

メヒは掠れたその声で、譫言のように何度も呟く。
私が殺した。隊長を、私が殺した。

埋めようのない穴の暗さ。
全てがその穴に呑まれて、色を失っていく。
固く小さく、全てを拒絶して、閉じて震えるメヒの体。
その髪、その唇、その目、その涙、全てが色を無くす。

肚の奥の震えが止まらない。
俺は震えるメヒを抱き、そして抱かれながら、髪に顔を埋め息を繰り返す。

隊長。俺はどうすれば良いですか。
ヨンア、お前が家族を守ってくれ。
あの最後の言葉を、どんな風に守れば良いですか。

 

*****

 

「ヨンア」
師叔の声に眸を上げる。
「お前」
俺は首を振る。何も話したくない。話す言葉もない。

野辺送りはもうたくさんだ。
隊長を送ったあれが最初で最後だと信じた。
胸を抉られて無理やり大きい穴を開けられる、あんな思いは最後だと。
俺は信じた。そして叶わなかった。

「なあおい、あれはまずいぞ、ヨンアの奴」
「分かってるよ」
「考えたくはないが、死んじまうかもしれん」
「だから分かってるよ!」

あのまま皇宮の獄に繋げておけば、お前は死なずに。
少なくとも死なずに今でも生きていたか。逃がした俺の間違いか。

あの時獄の他の仲間たちを見捨て、二人で逃げれば。
二人きりで逃げれば今も俺と共にいたか。一緒に生きていたのか。

でもな、メヒ。 隊長は言った、
お前が家族を守れと。お前がメヒを守れじゃなくて。
お前は俺の家族だ、でもな、メヒ。
皆も、俺達の家族だったろ。
お前の事が大切だ、でもな、メヒ。
皆の事も、大切だったんだ。

「赤月隊の誰かを、呼び戻せねえか」
「どうやってさ」
「誰でも良いから、あたりをつけてよぉ」
「だからどうやってさ!」

 

*****

 

離れに踏み込み、閉じた鎧戸を思い切り開いた。
ようやくヨンが布団の上で寝返りを打った時には、まだ死んじゃいなかったとほっとしたが。
「ヨンア」
「何だ」
「いい加減起きな」
「眠い」

いつからこんなに寝るようになったんだい。
気付くとここに潜り込んで、放って置けば三日でも四日でも。
暗い部屋の中で、飯も喰わず、用も足さずに。おかしいよ。

そう考えながら部屋から出ると目の前に尚宮服を着た仏頂面がぬっと出てくるんだから、 腰が抜ける程驚いちまう。
「あ奴はおるか」
「ああ、いるよ」
離れを顎で示せば、あの仏頂面がそこへ向かっていく。
こりゃあひと騒ぎだね。

「起きろ、ヨンア」
「煩い、叔母上」
「起きろ!!」
ヨンの筍のように伸びたでかい体を思い切り蹴り飛ばす。
襟首を掴み上げ、顔を目の前に突き出し、私は怒鳴った。

「お前に宣旨が下った。明日、宣任殿へ行け」
「ふざけるな」
「至って真面目だ。迂達赤中郎将隊長の位を賜る」
「知らん」
「知っておけ、馬鹿もんが」
「行かん」
「必ず来い、来なければ兵を寄越して引っ立てる」
こ奴を叱り飛ばしながら、あの時兄上にお伝えした言葉がこの耳に蘇る。

この子は一度剣を握れば二度と手放しませぬ。
宜しいのですか。

兄上、宜しかったのでしょうか。
兄上の息子が、私の甥子が今、闇の中、断末魔の苦しみにおります。

迂達赤隊長になるなど。
隊長を殺したあの王の血縁者を守るなど。
冗談にもならん。

あの王をこの手で殺してやりたくても。
奴は素行の悪さゆえ元の宮廷に呼び出され、挙句の果て元へ向かう途中で勝手に死にやがった。
目的を失っても、隊長に恥じる死に方はできない。
死ぬならば戦場か。そこへ行けば死ねるか。

俺は布団の上で、体をむくりと起こす。
寝床さえくれれば良い。好きなだけ寝かせてくれれば。
ここではマンボも叔母上も煩すぎる。

ふらりと外に出た俺の足元にいきなり矢が刺さった。
寸でのところで足を止め、飛んできた屋根上を仰ぐ。
手裏房の小僧シウルがにやりと笑い、そのまま屋根向こうへと身を翻す。

面倒だな。

そう考えた瞬間、背中より肩越しに槍が突き出てくる。
一瞬早く気配を感じ、耳横を掠めた太刀を掴むと半身を躱す。
翻す勢いで相手の襟首へ手を伸ばし、反動をつけたまま力を込めて捩じ上げる。

意識などない、殺される前に殺せ。
ただ肚の中の声がそう言うだけだ。
「いてて、て、痛えな!」
槍を握り締めた小僧チホがそう言い、眉を顰めて大袈裟に騒ぎ立てる。

襟首を捩じりあげた手を一切緩めぬまま、その鼻先へ己の顔を突き付ける。
「いいか、小僧」
俺の低い声にチホの声が止む。
「死にたくなければ俺を放って置け。次は斬る」
そう言って乱暴に手を解くと同時に、そのまま掌底で喉元を突いてやる。

押された勢いで地面に尻をつき咳き込む姿をそこに放って、俺は手裏房の店を出た。

寝床をくれるなら迂達赤でも良い。
静かに好きなだけ眠らせろ。そして戦場に送れ。
俺を殺せるほどの腕のある奴を連れて来い。
もうたくさんだ。

 

 

 

 

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14 件のコメント

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    辛いです、やはり何度見てもこの時期のお話に慣れることはできないですね。
    真っ暗なんです。ヨンの心が闇のままです。
    さらんさんは書いていて他のお話に比べて気持ちの違いはありますか?
    ちょっとお聞きしてみたくなりました。

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    赤月隊からウダルチへ 冗談じゃねえよ、だけどもうどこへ行こうが、どうでもいいさ、なげやりなチェ・ヨン。
    ああ、これでまた隙間が埋まり、あのシーンに繋がります。
    さらんさん仮眠だけでお元気、やっぱり、若さね(笑)。
    おばちゃんクラクラなのに、しりとりにはまりすぎて、抜け出せない(笑)。
    もう、早押しドンみたいよ、12時まで頑張るわ

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    さらん様、こんばんは❤︎
    この頃のヨンは、想像するしか有りませんでした。
    どんな思いだったのか……。
    ムンチフ隊長の最期にして重い言葉を年若いヨンが抱えるのは容易では無かった筈ですから。
    尚宮の叔母様も、どれだけヨンを心配していた事でしょう。
    手裏房もしかり。
    この時代のヨンに逢える事、リクして下さった方、そして書いて下さる、さらん様に感謝感謝です❤︎

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    こんばんは!さらんさま。
    すみません…お話のコメントではなくって
    今、ランキングクイズの正解発表をみてきましたが…まさか、まさかの正解者Oですか?
    もはや人間超えのさらんさまの好きキャラを当てることなど無理と言えば無理ですが(▼∀▼)
    ということは
    さらんさまのSS…お蔵入りですか?

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    さらんさんワールド、本当にすごいです(T▽T)。
    自分でリクエストしながら、ヨンの心情を思うと、すごく切ないです。切ないではすまされません(>_<)チェ尚宮や、マンボ姉さん達が、ヨンの近くにいて本当に良かったです(>_<)

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    チェヨンくん、柱をなくしちゃった心に空いた大きな穴を、埋めようもなく。
    どんどん凍っていく心と関わりなく、ウダルチ テジャンになる他ない。
    死ぬために、無理やり自分を納得させてのお役目など、寝床のためと嘯くしかない。
    辛い時の続くチェヨンくん。はふぅ。

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    >あみいさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    書いてても読んでても慣れないです。
    すっごくキツいのが、本音です。
    どのお話も憑依状態で練り、抜けてから冷静に書くように
    そう努めているのですが・・・
    この辺り(隊長メヒ亡⇒ウンス登場までの氷時代)は
    本当にそれが厳しく。誰かが絡んで、少し前に出ても
    一人にさせると閉じこもろうとするヨンが分かります。
    【槍水仙】なんぞ、まさにその代表格。
    それをUPし、無理やり読まされてしまう皆さまにも
    心より申し訳なく・・・・°・(ノД`)・°・

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    >チェヨン1さん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    さすがに昨夜は、うぃんぱち前にて
    キーボードの□凸をほっぺに並べた状態で
    寝落ちしていました。
    涎たらさなくて良かった!
    早押しドン!分かります、盛り上がりも凄かった❤
    もう最高に楽しかった。
    今日は最終回のあの虚脱状態がまた襲ってきて、辛いです。
    魂抜けました・・・

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    >夢夢さん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    この辺りはもう、暗黒なのはみんな分かっていても
    それでもつい、な感じです。
    クリスマスなのに重くて申し訳なく・・・
    でも、やはり書いてしまう性。
    私こそ、リク頂いたにしぶ~さま、
    そして読んで頂ける夢夢さま皆さまに、感謝感謝です。

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    >わいやーさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    書いているお話につい憑依される私、
    あの時は12/17のキャラTOP5でした(●´ω`●)ゞ
    お蔵入りはさすがに忍びなく、くまみやさまに
    お手数をかけてしまいました(・・。)ゞえへ。

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    >愛知のひとみさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    苦しんでいますね・・・
    憑依された依代(ひとみさまごぞ存じの通り)の私も
    相当、苦しいです・・・

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    >にしブ~さん
    こんにちは❤コメありがとうございます。
    私はにしぶ~さまのお気持ちが、一番つらかったです。
    きっと、こんな風なのと少し違うお話を
    連想されて、リク下さったはずなのに・・・
    ごめんなさい。これしか書けなかったです
    。゚(T^T)゚。
    でも最後はHAPPY ENDだから、
    今はコモもマンボも手裏房たちも知りませんが
    でもでもHAPP ENDだから❤❤です(*v.v)。
    リク下さって、本当にありがとうございました❤

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    >ポチッとなさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    そうなんですよね、もうこの辺は暗黒。
    真っ暗です、書いていても。
    辛い時期を掻くと、無性に明るい時を書きたくなるので
    今回のこのリクは、本当に楽しいですヾ(@°▽°@)ノ
    ポチッとなさまにも皆さまにも楽しんで頂けますように・・・❤

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