2016 再開祭 | 貴音 ~ 留守居・捌

 

 

暮れかけた秋の夕。
厨の窓から射す陽は夕餉支度の間にも目に見えて傾き、金朱色を帯びて行く。
「ヨンア」

漸くまともな声で俺を呼び、ヒドが厨の入口から顔を覗かせる。
その背で俺を見つけた吾子がヒドの首から手を離し、その腕を此方へ伸ばした。
「よく寝てたか」
「ぐっすりな」
「ヒド」

吾子を受けて腕に抱き直し、一人厨を出ようとする背に呼び掛ける。
「良い父になるぞ」
「ふざけるな」
「背は痛まんか」
「この子一人負うくらいで痛む訳がない」

俺達の立ち話の途中、叔母上が入口から顔を覗かせた。
「起きたのか」
「ああ」
「では次は」

叔母上が目を糸のように細め、この腕の中の吾子を見る。
「テゴモだぞー」
・・・これがあの武閣氏隊長だろうか。
皇宮にチェ尚宮ありと謳われ、その隅々にまで届く耳を持つ武閣氏隊長。
王様が御幼少の砌から長くその務めを果たす王妃媽媽付尚宮長。
最初に俺の雷功を見つけ武の道を与えてくれた、同じ尚宮、同じ叔母上なのだろうか。

既に其処には恥も外聞も無い。だぞー、ではなかろうが。
幾度となく顔を合せている吾子は、叔母上の声に抗う事もなくにこにこと笑う。
だが傍で聞かされる此方は、どんな顔をすれば良いのか。

だから厭なのだ。何があろうと決して皇宮には連れて行けぬと思う。
目尻を下げ父だぞーと言う姿を見られれば、見た者は全て今の俺と同じ気持ちになる。
体面も何もあったものではない。今迄積み重ねた面目が水の泡だ。
皇宮の物陰の噂話が、この耳元に聞こえる気がして仕方ない。

鍛錬では恐ろしい顔をするが、娘には頭が上がらぬと。
可愛過ぎ愛おし過ぎて、叱る事も出来ぬ程骨抜きだと。

それが全て本当の事だから、申し開きの余地も無い。
叔母上の満面の笑みを確かめつつ、今一度心に誓う。

例えどれ程のご不興をかおうと、吾子を連れ皇宮に上がる事は罷りならん。

 

*****

 

「んま」
「どれにする」
「ヨンア、お嬢はどれが好きなんだ」
「んまっ」
「ああ、手掴みは止めよ。テゴモが食べさせてやろう」
「腹が減ってるんだ」
「早く食べさせてやってくれよ、可哀想だろう!」

煩い。昼餉の時に増して煩い。

吾子がどれを好きなのか、何から食べるのか、総て喰わせて良いのか。
「おい」

卓に座る吾子を取り囲む奴らの顔を順に見詰め、呆れた声で問い掛ける。
「吾子は良い。お前ら夕餉は」
「こんな早くっから喰えねえよ」
「まだ戌の刻まで半刻はあるぞ」
「早くは無かろうが」
「そりゃ、お嬢にしてみりゃ良いだろうけどさ」
「俺達には早いよ、旦那」

好きにしろ。唯でさえ吾子で手一杯だ。これ以上餓鬼の面倒は見切れん。
俺はただ静かに吾子に飯を食わせたい、それだけだ。
「叔母上、皇宮に戻らず良いのか」
「この子の夕餉が先だ、ああ待て、テゴモが食べさせて」

問い掛けに此方を見る事も無く、吾子の木杓子を握ったままの上の空で叔母上が言う。
今何を尋ねたか繰ってみろと問えば、答えられぬに違いない。全く聞いておらぬから。
「師叔、今宵は飲まんのか」
「酒は控えてんだよ」

師叔は叔母上の隣。
同じく吾子を見つめたまま濡れ布を握り締め、吾子が一口食べる度口許を優しく拭っている。

その信じられぬ師叔の声に、思わず東屋の隅のヒドを見る。
ヒドは師叔の言葉に太鼓判を押すよう俺の眸に頷いて見せた。
「何故」
「何がだよ」
「何故酒を」
「うるっせえなあ、お前は。何だよ、飲んでりゃ安心か。嬉しいのか」
「そういう訳では」
「あれだな、ほれ、心境の変化ってやつだ」
「・・・そうか」

師叔が酒を控えるなど、天地が返っても起きんと思ったが。
今まで一生分飲んだろうから、体の為にも控えるに越した事はない。
「でさ、旦那」

シウルがわくわくした顔で、飯を喰わせる年寄り二人の向かい側から声を掛ける。
「今晩お嬢と泊まってくんだろ。離れで寝るだろ」
「いや」

俺が首を振ると、シウルとチホだけでなく師叔の手までが止まる。
確かに飯だ風呂だは手が要った。皆の助けに甘えさせてもらった。
あとは寝かしつけるだけだ。宅に戻っても問題はない。
「なんで!」
「慣れた布団の方が良いからな」
「おい、寝なきゃお嬢もいつまでも慣れねえだろうが」
「皆も吾子がいては、一晩中碌々眠れん」
「そんなのいいよ、構わないよ。泊まってけって!」
「そうだよ、明日天女とマンボ姐さんが帰って来たら、一緒に帰ればいいじゃねえかよ!」

男三人の引き留めの大声に、吾子も驚いたように食事を止める。
「寂しいじゃねえかよ、まだヒドヒョンしかおんぶしてねえんだぞ!」
「寝るまで、今度は俺がおんぶしてやるから」
「じゃあ俺は添い寝な」
「だから勝手に決めんなよ!」
「黙れ」

喧々諤々の応酬に耐え兼ねたか、叔母上がぴしゃりと吐き捨てると音高く木杓子を卓へと戻す。
その音に打たれるよう、シウルとチホがぴたりと口を閉じる。
其処にある全ての目が、吾子も含めて叔母上の顔を見る。
「添い寝は」

叔母上はそう言うと自分をしげしげと見る吾子へと笑い掛けた。

「テゴモがするに決まっている。女人同士で、なあ」

 

 

 

 

6 件のコメント

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    「添い寝は、テゴモがするに決まっている。」
    だははは(〝⌒∇⌒〝)
    長老には逆らえないかなぁ?
    嫌々…其れじゃお父さん寂しかろ~ね。(^。^;)

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    みんなが可愛くて可愛いしかたないのですね~(o´艸`)
    読んでいると、こちらの顔も知らず知らずに微笑んでいます(๑´ㅂ`๑)♡*.+゜
    なんだかほのぼのして、朝から幸せな感じです♡

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    来たね!来ましたね~!叔母様の豹変ぶりは、さぞや見ものでしょうともね、ヨンア(* ̄▽ ̄)b ぅん♪
    添い寝も譲らんわな。

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    おばさまあ(笑)
    吾子に首ったけだわあ!
    こんなチェ尚宮良いですねえ~(* ̄∇ ̄)ノ
    ヒドヒョンもマンボ兄もみんなで吾子に夢中ですね~どんな娘にそだつんだろうなあ(笑)

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