春花摘 | 連翹(中篇)

 

 

「・・・っう」
「何でもありません。泣かないで下さい」
「うっ・・・ふっ、う」

湯の掛かった片腕を医仙に預け、空いた手の指先でキョンヒ様の柔らかな頬を拭う。
「チュ、ンソク、す済まっ」
「キョンヒ様は、お怪我は」

拭う側から溢れる涙で、柔らかな頬が乾く事は無い。
幼子のようにしゃくり上げながら、キョンヒ様は目も鼻も真赤に腫らし懸命に首を横に振られる。
「私っは、大丈夫だ、チュンソクが、庇ってくれたから。でも、チュンソクの・・・手」
「チュンソク隊長は大丈夫ですよ、キョンヒ様」

医仙にしてみればこの程度の火傷の治療は朝飯前でいらっしゃる。
長閑にキョンヒ様へとお声を掛け、にっこりと笑んでまで見せる。
「軽い火傷です。驚きましたね」
その声に俺も深く頷く。
キョンヒ様の呼ぶ声に部屋へ駆け込んだハナ殿が汲んで来て下さった、切れる程冷たい雪解け水に手を漬けていた時の方が余程辛かった。

医仙は俺が手を冷やす間にキョンヒ様のお庭で何やら葉を摘んで、替えの水桶を運んで来たハナ殿に
「ハナさん、ちょっと火を借りたいの。火鉢か、かまどか」

そうおっしゃると頷いたハナ殿と共に部屋を出られた。
程無くして戻って来るなり、懐から出した薬瓶の中身で赤くなったこの手の傷を拭き、揉んだ葉で丁寧に覆うと白布を巻いていった。
「もう大丈夫。これなら跡も残らないし、化膿するような深度の火傷でもないです。表皮だけですから」

医仙が太鼓判を押しても、キョンヒ様の泣き声は収まらん。
俺は溜息を吐き、もう一度その泣き顔を覗き込む。
「医仙のおっしゃる通りです。怪我のうちにも入りません」
「だ、って」
「キョンヒ様」
「・・・うん」
「戦場ではもっと大きな怪我をする事もあります」
「だけど」
「その度に泣かれては困ります」
「そ・・・」
「チュンソク隊長!」

ばちん!
医仙の声と共に、部屋に音が響く。
キョンヒ様が何かおっしゃる前に医仙が大きく俺の名を叫び、布を巻いた手の甲の傷は避けつつ何故か結構な力で叩いた音が。
「キョンヒ様のお庭に虎耳草があって良かったわねー」
この腕を叩いた後に医仙は、何事も無かったかのように声を続けた。
「・・・先刻の葉ですか」

火傷より雪解け水より、今の医仙の一撃が効いた。
思わず顔を顰めた俺に、雪解け水など比べ物にならん程凍りついた大護軍の冷たい眸が当たる。

馬鹿が。

その唇が確かにそう動いたようで、顔を顰めたままで俯く。
「そうよ。ユキノシタって、冬の間も葉をつけてるの。 民間療法だけど、手軽に手に入るし薬効もある。
葉を軽く炙って揉んでから火傷や腫れ物に貼ると、消炎効果があるの」
「・・・はあ」

医仙には叩かれ、大護軍には睨まれ、キョンヒ様には泣かれ。
踏んだり蹴ったりだと俯く俺の横、キョンヒ様が大粒の涙を零す。
この指先に余る涙に困り果て、思わずお部屋の天井へ目を投げる。

「うっ、う、ウンス!」
「はい、キョンヒ様」
「っチュンソクを、叩いてはいけない!」
「・・・はい」
「いっ、痛いから。痛いから・・・」
「済みませんでした、キョンヒ様。ついうっかり」
「うっかり、するところではないっっ!!」

そうして涙に暮れながら、キョンヒ様が叫ぶ。この指が頬を拭う事に気付いているのか気付かんか。
そうしてご自分を責める事など何一つない。泣き止んでさえ下されば、それで良いのに。

こんな火傷と比べ物にならん傷を負い後でもっと泣かせる位なら、今のうちに知っておいて頂きたいのだ。
湯が掛かるくらい俺には何という事も無い。キョンヒ様に怪我がなければ、それだけで良い。

この先どんな傷を負っても、キョンヒ様を守れればそれで良い。
そして戦場で大護軍を守って負った傷なら、俺にとっては名誉だ。
兵はそう思わねば戦場には立てん。俺も迂達赤らも、そしてもちろん大護軍も。
敵の刃が守りたい者に向いているからこそ、迷いなく斬る。
そうでなくば我慾の為に刀を振るう辻斬りと大差などない。

キョンヒ様、そして大護軍。俺にはそのお二人が居て下さる。
何も起きなければ最善だ。しかしそう思える程暢気ではない。
ここまで大護軍と共に戦場を抜けて来ていれば分かる。
大護軍が何も言わずとも、今のこの時は仮初なのだと。

元か紅巾族か倭寇か、それとも別の敵か。
キョンヒ様のいらっしゃる、大護軍の守るこの国は戦だらけだ。
だから仮初でも、うららかな春の日を長閑に共に過ごしたい。ご自身を責め、俺を案じる涙は見たくない。
「キョンヒ様」
「・・・う、ん」
「医仙と大護軍と共に、草摘みに行きましょう。出来ればハナ殿も」
「・・・良いのか」
「食べられる草を覚えましょう」
「分かった、覚える。絶対覚える」

この手で包んだ柔らかな頬、小さな頭が幾度も頷く。
白布を巻いた手を目で指し、俺は声を続けた。
「疵ものになりました」
「チュ・・・!」

大声を上げようとする医仙を眸で諌め、大護軍が静かに立ち上がる。
身を捩って渋る医仙の肘を優しく掴んで立ち上がらせ、肩を包むよう部屋を横切り、私室の扉を開けて御二人は廊下へと出て行った。

 

 

 

 

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4 件のコメント

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    さらんさま
    何よりも大切な女人を護ることを心に決めた男二人。
    二人の憂いが堪らなく切ないんだけど・・・素敵です。
    そして、相変わらず男心にイマイチで、ド天然の愛しい女人二人。
    この顔ぶれの中での男二人の空気感が、面白くて大好きです。
    ニヤニヤが止まらず、困ります・・・❤

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    キョンヒさま かわいい
    (。´Д⊂)
    自分を責めちゃうから
    ウンスがね いろいろと…
    大丈夫、大丈夫、 こちらのふたりも
    ゆっくりと 落ち着いていくのでしょうね。
    だって… 大事な人だもの お互いに

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    豊富な知識を持つさらんさんの
    頭の中の引き出し。
    幾つ有るの?といつも感心しております(^^)
    この歳になって―って幾つだぁ?(笑)
    始めて知ることも多く、本当に楽しく読ませていただいてます。
    ウンスがお医者さんで良かった~~❤

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    さらんさま…こんばんは。
    その後、痛みは如何ですか。
    大丈夫ですか?
    あまり無理はなさいませんよう
    お大事にしてください。
    と言いながら、キョンヒ様のお話し!
    ありがとうございます。
    嬉しく拝見しております。
    美しい描写の世界…季節を感じる言葉。
    本当にステキです。
    これからもよろしくお願いします。

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