不倶戴天 | 拾陸

 

 

凍りつく蒼天から、冬の夕陽は全てに等しく降り注ぐ。

空から落ちた雪が塗り替えた白一色の大地に、雪中に点々と赤を落とす寒椿の木の根元に。
頂いた雪で撓りながら静かに春を待つ桜の裸枝に、そして雪を蹴散らして走る俺の足許に。

先に心が走り出し、行きつく場所は決まっている。
典医寺のあなたの部屋の戸を破らんばかりに叩く。
それが開くまでの一息が、永遠にすら感じられる。

この指を伸ばせば、必ず温かい指先が待っている。
判っていても今はもう指先だけでは抑えがきかん。
腕で攫い胸に閉じ込め花の香の髪に息を吹き込む。
逢えた、逢えたと消え入りそうに呟く心を抱いて。

「・・・ヨンア、ちょっと待って」
きつく閉じ込めた腕の中、あなたが小さく身を捩る。
また此処から逃げそうで、なお力が籠る。
「待ちません」
「まず脈を取らせてよ、お願いだから」
「正しくないでしょう」

弾んだ息、苦しい程打つ心の臓。これで正しく脈など取れるか。
「そりゃそうだけど、ともかく今の脈を知りたいの。だいたい あなたがそんなに息を切らすなんて珍しいんだから。
判ったら患者は医者の指示に素直に従って、ちょっと離して」

黙って抱き締めさせてくれる事は無いのか、俺のこの方は。
こうして此方の息を詰まらせておいて、天の医官の顔で言う。
「ドクターの指示よ。あなたに間違った事なんて絶対言わない」

判っている。 俺に関る事であなたが間違うなど万に一つもないと。
正しいから良いというわけでは無い。 黙ってこうしていたいだけだ。
ただ俺の付けた傷を癒したい。待っていてくれた事に感謝したい。
医官として脈を診る前に、女人として甘えて欲しい。
文句の一つも言って怒鳴りつけ、そして殴れば良い。
泣いて喚いて蹴飛ばされても、決して文句は言わん。

それでも鳶色の瞳で見詰められれば、この腕の檻を解くしかない。
一刻も早く読め。そしてもう一度抱き締めさせて欲しい。
「うん、大丈夫。息は切れてるけど、走って来たせいね」
「・・・はい」
「行く前は、あんなにストレスで体中カチカチだったのにね」

温かい手が額へ当たる。そして頬へ伸び、この頸に触れる。
最後に辿り着いた手首の血脈。押して緩め、もう一度押し、この方は深い安堵の息を吐く。

「心配だから早く帰りたいけど、その前に薬湯飲んで」
「今ですか」
「そうよ。帰ってからじゃまた逃げられるかも知れないじゃない」
「それは」
「言ったでしょ。今よ。ライト・ナウ。主治医の指示よ。何か文句がありますか、チェ・ヨンさん?」

ふざけ半分なのだろうか。それともまだ機嫌が悪いのか。
この手首に触れたまま、掬うように睨む鳶色の瞳に首を振る。
「・・・いえ」
「じゃあ、すぐに煎じてもらおう。ちょっと待ってて」

手首を離したこの方が振り返り、部屋の奥へと声を掛ける。
「トギ、三黄瀉心湯を出してー!」

その声に奥から聞こえた足音が部屋の裏扉の前で止まる。
音高く扉を開けて覗いたトギの、此方を見る表情が何故か険しい。
その指が急に動き出し、この方はそれを見つめ頷いた。
そして指の止まった合間に
「そうでしょ」
「ほんと、男って勝手よねえ」
「トギもいざって時ははっきり言わなきゃダメよ?」
そんな風にしたり顔で相槌を打っている。
「イムジャ」

二人の女人の間に漂うその不穏な気配に、小さく問い掛ける。
何しろこの方の声の合間、トギの言葉は全く判らん。
いつでもこうだ。肝心な時に限ってテマンが居らん。
「今日はちゃんと飲んでくのか、って」

この方が振り返って言い、トギが深く頷いた。
「は」
「今朝トギに、あなたが昨日出した薬を飲んでくれなかったって告げ口したの。
そしたら今日はちゃんとここで飲むのか、薬湯は決まった間飲まなきゃ効果半減だって」

告げ口したの。そんな風に胸を張って言う事だろうか。
半ば呆れつつも咽喉元で息を殺す。
そんな事を言えば、この方はまた臍を曲げるに決まっている。
一言えば十返って来る。
そんな時のこの方の声はまるで石礫のように間断なく彼方此方にぶつかって、痛い思いをさせられる。
ましてこうしてトギという援軍までが居る。
負け戦は御免だ。そんな時は逃げるに限る。
「・・・はい」

この方の怒鳴り声だけなら幾らでも聞こう。
しかしトギにまで筒抜けなのは決りが悪い。
女人二人に睨まれながら、息を吐き首を振る。
いくらこの方を娶り、心裡でどれ程大切に思おうと、此方にも体面というものがある。
あの時奴に言った通りだ。侍医とは本当に因果な役目と見える。
チャン侍医もキム侍医も、よく毎日こんな処で我慢が利くものだ。
俺であれば三日ももたん。

反論も出来ず黙る俺に、女人同士の小さな笑い声が起きる。
好きなだけ笑え。今日だけは堪える。
こうしてあなたのその声が、今日は直に聞こえるだけで良い。
「イムジャ」

余りのばつの悪さに話を逸らそうとした呼び掛けに、トギと顔を突き合わせたあなたが裏扉の脇で振り向いた。
「昨夜、夢で逢えましたか」

首を傾げあなたを眺めるトギの横、白く小さな耳朶が紅く染まる。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    愛しのウンス。 
    直に見て触れられる幸せ~
    離れている間 自分はウンスを思い
    続けているけど
    ウンスはどうなのかな?
    ちょっと気になるのね 夢に見てほしいのね…
    夢どころか ヨンと同じぐらい
    眠れないぐらい ヨンの事考えてるでしょう
    だって… 愛してるんだもん
    トギも… ごちそうさま しか言えないね。(〃∇〃)

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    ヨン
    我儘な美人にしてやったりですね(笑)
    「昨夜、夢で逢えましたか」
    ウンスの恥ずかしげな顔が
    目に見えるようです(^^)
    辛い内容のお話が続いていたので
    ほっと一息つけました。
    さらんさん❤
    東京ドーム 楽しまれましたか?
    余韻に浸るまもなく、お話のUP
    ありがとうございます(^^)

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    さらんさん♥
    お話を更新いただき、ありがとうございます(#^^#)。
    ウンスとトギ、出逢いは最悪でしたが
    今では誰よりも仲のいい、
    そして信頼のおける大事な友となりましたね♥
    声は出ずとも、ウンスにもヨンにも
    きちんと意見ができるトギ(^^♪。
    この二人がタッグを組んだら
    たしかにヨンも逃げるしかありません('ω')ノ。
    高麗の甘々カップルの二人を
    「まったくもう、世話が焼けるなあ」と
    トギは呆れてもいるのでしょうけれど
    これからも面倒みてもらわねば…ですね♥
    さらんさん♥
    我が職場では、インフルが猛威を揮っています。
    さらんさんもどうか、ご自愛くださいませ。

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