「よし、決まり!」
素直に野宿に応じた俺の声を真に受けたか、この方は周囲を一頻り見渡して、此方へ瞳を戻す。
「出来る限り、風よけがあった方がいいのよね?きっと焚火もするだろうから、あんまり草原のど真ん中だと火事が怖いし・・・」
こうして少しずつ慣れていく。
最初は地べたどころか、皇宮の寝台の布団すら薄いと贅沢な文句をおっしゃった方が。
あの頃の騒ぎを思い出すたびに可笑しい。
飯が不味いの、水が欲しいの、服が無いの。
散々に騒ぎ立てる様子を物陰で伺った己は、何と我の強い女人かとその言動に呆れ返ったものだった。
俺が連れて来た。王命だった。必ず返すと誓った。
だからそれまでの辛抱だと、幾度もこの胸で繰り返した。
返せなくなるなど、これ程この心に入り込んで来るなど、夢にも思う事は無く。
そして今ではこうして俺を真直ぐ見上げる瞳に笑み返し、この方にまた懇々と説かねばならん。
「野宿は良いですが、イムジャ」
「なぁに?」
今のこの方はいつでもそうして、この歩みに合わせて下さる。
けれど時折一番肝心な処が抜けているのだ。
それが嬉し過ぎ、そして胸が痛過ぎる。
この腕の中永遠に得たあなたと、捨てさせたものの大きさに。
だから笑わせたいのだ。その笑顔を、声を幾度でも感じたい。
そして泣く時は、俺の前でだけ泣けば良い。
俺の付けた傷なら癒す。幾度も、幾度でも。
「飯はどうします」
「・・・あ」
「秋ゆえ獣も魚も肥えてはいますが、弓は無い」
「そうよね、剣では無理よね」
「罠で捉えるなり釣り上げるなり、少し時間が」
「罠?釣り?」
「これから暗くなる。飯にありつけるのは明日の昼かと」
「それは、困るかも」
「でしょう」
一旦チュホンの手綱を離し、この方の側へ寄ると何も言わずに小さな体を抱き締める。
こうして少しだけ触れられれば、今はそれだけで良い。
傷つかないでくれ。笑ってくれ。そして護らせてくれ。
あなたの為に何が出来るか、その瞳と声で教えてくれ。
俺を過去ごと抱いて下さるように、あなたの過去ごと抱き締めさせてくれ。
腹だけ満たしたいのではない。満たしたいのはその心だ。
体だけを暖めたいのではない。暖めたいのはその心だ。
こうして抱いて息を感じ、温かさを感じそして誓う。
俺だけのものだ。そして俺はこの身も心も、あなただけのものだ。
ああして過去とすれ違おうと、その心が揺らぐことはない。
だからあなたがして下さるように、俺もこの想いを降らせたい。
曇る事のないあの眩しい陽のように。
止む事を知らぬあの暖かい雨のように。
いつでも知らせたい。呼ぶ事など無いと。
俺は此処にいる。誰よりあなたの側にいる。
息を吸い込み、深く吐き。大きく二息分。
そして腕の中、その体を胸から離し、鳶色の瞳を覗き込む。
「ヨンア?」
「一駆けで旅籠に着きます。乗って下さい」
それだけ伝えてこの方の握る手綱を掌に受け、もう片側の手で馬の銜を握る。
この方が鐙に足を掛けた処で手綱を離し、その腰へ手を添えて騎乗を確かめ、手綱を握らせる。
「陽が落ちる前には宿へ。
着けば少なくとも、温かい飯には 困りません」
そのままチュホンの側へ戻り、鐙に足を掛けて鞍へと飛び乗る。
「ねえ、ヨンア」
俺の騎乗を待ったこの方が、踵を入れる前の馬上から横の俺へと声を掛けた。
「はい」
「私、そんなにいっつもご飯って騒いでる?」
その問い掛けに小さく咽喉で笑う。自覚がないとは驚いた。
「ええ」
「そうよね、ハネムーンでもあなたが心配するくらいだものね」
「はねむーんでなくとも心配です。腹の減ったイムジャは少々手荒い故」
「・・・うーん、気をつける」
腹が減ったと駄々を捏ねる姿までがこの眸に愛おしい事は、黙っておいて良いだろう。
口元に浮かぶ笑みを咳払いで誤魔化し
「行きましょう」
そう告げて、俺はチュホンの腹へと踵を当てた。

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こんばんは。
ヨンも軽口や本音が
言えるようになったんですね(^^)
「・・腹の減ったイムジャは少々
手荒い故」
私もお腹が空いたら手荒いですよ(笑)
ちょっと辛かったハネムーン前半。
今から、楽しい思い出作りの
ハネムーンができますよね?
さらんさん~❤
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すっかり 高麗の、 ヨンと一緒に居る生活に
慣れたのね ウンス。
なんの迷いもなく ヨンだけ見てる ヨンのことだけ
考えてる。 それが幸せなのよ
ヨン… 吹っ切れた
もう大丈夫ね~ ウンスはそんな人です
ウンスとず~っと一緒に居ましょうね
お互いに 独り占めよ(〃∇〃)
ご飯は忘れずに ( ´艸`)
それにしても 何してても ウンスは可愛い