雲雨巫山 | 拾

 

 

三人で並んで歩く、枯葉を敷き詰めたような墓所への道。
足許の枯葉を踏み拉く小さな音が、静かな寺の中に響く。
「・・・和尚様」

乾いた音の合間に響く声を、無視するのも諦められたか。
和尚様は歩を進めつつ、先を促すよう此方へ眼を流した。
「墓に、誰が居りますか」
「・・・墓にな」

そうだけおっしゃり、大きく息を吐くご様子を見つめて再び声を重ねる。
「墓の中に、そして今その前に。誰が居りますか」
「坊主を困らせるでない、ヨンア」
「申し訳ありません」

それでも一歩も引かず見つめ続けると、和尚様はいよいよ困惑したよう眉根に小さな皺を寄せた。
「ヨンア」
「はい」
「ウンスさん」

ご自分も呼ばれると思っていなかったのだろう。
俺の脇からこの方が慌てたように、この体越しに前のめり、小さな顔を覗かせる。
「はい、和尚様」
「三日前の婚儀で拙僧の聞いた言葉に、嘘はないかね」
「え?」
「ウンスさんは本当にヨンアと、今世も来世もその次世も共に居ってくれるかね」
「はい」
「この先何があっても、何を知ってもかね」

この方は今は純粋にそう思って下さっているのだろう。
真直ぐな目で和尚様を見つめ、その顔が確りと頷いた。
「和尚様は信じて下さるか分かりません。でも、私は簡単にこの人と逢えたわけじゃないんです。
そしてやっと逢えたからもう絶対に、絶対に離れたくないんです。
だから何があっても 何を知っても、変わりません」

そうだ。本当なら逢えるはずもない二人だった。
起きる筈もない奇跡が、俺達には幾度も起きた。
だからこそこの方無しでは、もう生きられない。

死に逃げたりはせん。苦しみの中でも生を選ぶ方だ。
俺に欠けていた、そして心から求めていた方だ。
何があろうと俺を信じ、俺が信じられる女人だ。

「そうかい」
俺を間に挟み、和尚様はこの方を優しく見遣って頷いた。
「委細は知らぬが、拙僧も信じよう。ウンスさんの言葉を」
「はい!」
「ヨンア」
「はい、和尚様」
「確かに、墓所に先客が居る」
「・・・はい」

いよいよ話す気になられたか。
せめて墓の前で会う前に、心積もりが必要だ。
知っておけばこの方を護る手立ても思いつく。
和尚様の声に、俺はそれだけ言って頷いた。

「墓に入って居る事は、知っておったのか」
「今日知りました」
「そうかい」

道の両脇の立木から降る雨のような落葉の向こう、崔家の墓所が見えて来る。

「本当にメヒを弔ったのですか」

己の声に、横のこの方の足が止まる。
その横で俺も足を止め、並んでいた和尚様へと半身を翻し正面から向かい合い、この方を背で庇うよう後ろに回す。
「何故ですか。何故、崔家の墓に」
「お主の許婚だったのだろう」
「婚儀は挙げておりません」
「そうだな」

和尚様は深く頷くと、ゆっくりと道の先の崔家の墓の方を見た。
「墓へ入れてやってほしいと崔家名代として来たのはエスク。お主の叔母上だ」
「・・・はい」
「お主が屍のようになって見ておれん。そう言ってな」
「・・・はい」
「いつか正気に返った折に、墓参をさせてやりたいと」
「しかし和尚様」

叔母上がそう願い出たのはまだ分かる。
そして俺はその後七年、この方に逢うまでただ死を夢見た。
叔母上が言い出せなかったとするなら、俺の所為でもある。

しかし、それでも。
「叔母上が名代とはいえ誰かを弔うならば、崔家の当主の許しの後に墓を開けると思っておりました」
「うむ、そのとおりだよ」
「父上が亡くなった後、俺は弔いの許しは」
「その通りだよ、ヨンア。お主が知らぬのも無理はない」

和尚様は墓の方角を見つめたままで、ゆっくりと頷いた。
「あの亡骸を弔う許しを下さったのは、崔家前当主」

横顔でゆっくり笑んで、和尚様の眼が俺へと戻り来る。
「崔 元直殿。お主の父上だからな」

 

 

 

 

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4 件のコメント

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    今日は朝の更新がありましたね♪~
    …でも、「崔 元直殿。お主の父上だからな」
    うーん、奥が深い話だ。
    ウンスさんの心の動揺があるのだろうか?
    全てはヨンのためとすんなり、いい子に受け入れるのかな?
    早く続きが読みたーい。

  • SECRET: 0
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    あぁ~~
    やっぱり、そうだったのですね・・・
    ヨンの気持ちを思うと
    何だか切ないです(..)
    でも、ウンスの方がもっと
    切なく戸惑うんでしょうね・・・
    でも今の二人なら、きっと乗り越えられると信じてます❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさん(。-_-。)
    ヨンの重い思いに感染したかのように、
    心の中にタラリと冷や汗をかきなかがら
    拝読させていただきました。
    やはり、メヒを墓に入れたのは
    コモだったのですね…。
    でも、それを決めたのは亡くなった
    父上だとは!Σ(゚д゚lll)
    独り遺していく大事な息子の身の上や、
    先の将来を見越しての意味のある
    深い遺言だったのでしょうか。(._.)
    さらんさんのお話はこういうSurpriseや、思いもしなかった小気味のいい“裏切り”が
    あちこちに仕掛けてあるから、
    尚更魅力的なのです❤︎
    此度も まんまとはまってしまい、
    ワクワク、ハラハラしています(b_d)
    ヨンの本意では無いとわかっていても、
    そして100%ヨンを信じその手を離さぬと
    決めているウンスでも、この事態は
    さすがに動揺を隠せないでしょう…。
    さらんさん❤︎
    一波乱どころか、ヨンもウンスも新婚旅行
    なのに心の中は大波乱!という魅力的な
    お話をありがとうございます( ^ω^ )

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