雲雨巫山 | 拾玖

 

 

静かな旅籠の庭、肌寒い秋の夜。
黒い空に撒いたような銀の星明り。

庭先の石に腰掛け、遮るもののない空を見上げる。

誰が生まれようと死にいこうと、争おうと睦もうと変わらん。
開京の皇宮から見る陽も、我が家の縁側から見る月も、
戦場の 野営地で見る星も、故郷の見知らぬ旅籠から見る空も。

 

「ヨンア」
去ったテヒと入れ違いのように戻られた和尚様の茶を頂きながら、呼び掛ける声に黙し頷いた。
和尚様もそれ以上は要らぬと思われたのか。
続く声は無いまま三人で膝を突き合わせ無言で飲む茶は 深まる秋の中で冷えた体を暖めた。

「お騒がせしました」
「またおいで」
一服の後の本堂の外、お暇のご挨拶に頭を下げた俺に和尚様は頷く。
そして横のこの方へと優しい目を移し
「ウンスさんと共にな。必ずまたおいで」
「はい、和尚様」
この方は複雑そうな笑顔を浮かべ、和尚様へと頷き返す。

「お墓の事、お願いします。私たちもなるべく来るようにします」
「ああ、心配せんで良い」
鷹揚に頷く和尚様へ
「宅にはテグ達がおります。また改めてご挨拶に伺うかと」
「おお、久々に碁を打ちたいの」
「伝えます」

碁や將棋は己にとっては戦法の鍛錬でしかないが、和尚様や爺には愉しめるものなのだろう。
相好を崩した和尚様に頷くと、皺の増えた手がゆっくりこの肩に乗る。
「ヨンア、お主ともいずれ打ちたいの。強そうだからな」
「お相手は務まらず」
「いや、幼い頃から賢かった。父上直々に教えもあったろう」
「稀にですが」
「ああ、楽しみだ。お主と打てるのはいつかのぅ」
「・・・和尚様」
「拙僧が待っとる事を忘れるでないぞ。だからまたおいで。
開京からもそう遠くは無かろう」
「はい」
「で、二人はこれからどうするね」

和尚様は俺たちと共に、寺の道を山門へと進みながら尋ねた。
「東まで抜け、海を見ようかと」
「今宵は寺で宿を取らんか」
「さすがに罰が当たります」
「ほ、ほ、罰とな」

俺の呟きに、和尚様は高らかに笑う。
「そうさな、婚儀を挙げたばかりの夫婦に寺の夜ではな」
「そういう事では」
「良い良い、それも摂理じゃ」

俺のような穢れを背負っていては。
そう言いたいのを判っておられるのか。
和尚様はさり気なく話を摩り替え、冷やかすようにおっしゃる。
「話したい事は山ほどあるが、秋の日暮れは早いからな。
気を付けて行くんだぞ、ヨンア。ウンスさんもな」

山門前、和尚様はそう言って繋いだチュホンたちの手綱を解く俺達を見送って下さる。
「また、必ず近々来ますね!」
そう言って和尚様へ振り返り手を振るこの方の姿を眺め、和尚様が何度も頷いた。
「うん、うん。待っておるよ」
「では」

さすがに和尚様の前で鞍に飛び乗るわけにはいかん。
手綱を牽いた手で合掌し頭を下げ歩き出した俺達を見て、和尚様は合掌の後、踵を返すと山門内へ戻って行かれた。

それでもチュホンに跨る気になれず、もうしばらく牽いたまま歩く。
暢気にしていてはあっという間に陽は傾くだろう。
釣瓶落としの陽が落ちれば、すぐに宵闇が忍び寄る。

この時期、陽が落ちれば鉄原の夜は冷える。
急がねばならん。一刻も早く宿へ着かねばこの方が凍る。
判っているのに、何処かの螺旋が抜けたか緩んだか。

「疲れた?ヨンア」
俺の脇、馬向こうで同じく手綱を牽きながら小さな声が尋ねた。
「・・・いえ」
偽って首を振っても、この方にはすぐに伝わる。
「このままゆっくり歩いていざとなったら野宿しよう!ね?寝床なら、ほら」

明るい瞳が周囲の草原をぐるりと見渡す。
そして手綱を握らぬ空の方の手が、地平線を指さした。
「こーんなにたくさんあるから、好きな場所を選び放題よ」
「夜には凍えます」
「うーん、その時は」

あなたは唸って、二頭の馬越しに俺を振り向いた。
「抱き締めて暖めあえばいいのよ。2人で抱き締め合えば、きっと1晩や2晩、野宿でも平気よ。私があっためてあげる」

寒がりなあなたの、得意げな横顔に頷き返す。
天界であっても暖め合う方法は変わりがないらしい。
あなたがいる。暖めると言って下さる。
そしてあなたが凍える夜には、この熱を全て分けてやりたい。

だから大丈夫だ、互いにきっと凍る事は無い。
「はい」
素直に頷く俺に、秋の野原でこの方は嬉しそうに大きく笑んだ。

 

 

 

 

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4 件のコメント

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    さすがに ヨン 気疲れしたでしょ。
    拍子抜けもした?
    改めてウンスの優しさ、強さ、怖さを
    見たかしら。
    やはり 自分の側にいるべき人だと
    思ったかなー 例え 行く先が困難でも
    二人でいれば… しあわせね。

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    さらんさん
    人生は1つ1つの積み重ね…。
    大事なパートナーが横にいてくれて、喜びも苦しみも分かち合えたら、素敵ですね。

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    ヨンとウンスのハネムーン、ヨンの菩提寺に来ることができて良かったです。
    ヨンのご両親は、ヨンとウンスを見守ってくださることでしょう。
    タン・テヒ。彼女と催家の墓所で遭遇したときは、「雪割草」でのテヒの挑発を思い出し、心配しました。でもあの時のように、ヨンは、ウンス以外は相手にすることなく、テヒの一方的な思いも打ち砕いてくれました。ホッ・・
    「見金如石」というヨンの父の教え。そこには「見石如金」という教えもあると思えたヨン。ウンスを、生涯懸けて護ると誓った心の響きを、私も受け取りました。
    ウンスが、テヒに語った言葉。ウンスが、どれ程ヨンを愛しているのか・・と、涙しました。
    今までのサラン…さんの話、そして、これから続く話には、ウンスがここで語った思いが流れている(いく)のですね。ウンスの言葉イコール、サラン…さんの心の中に秘めた、ご自身の思いかと感じ、無性にいとおしく・・また涙しました。
    催榮と奥様の墓所は、確か菩提寺の中と言えるような所ではなかったようです(写真で見ることしかできませんが)。
    ヨンが、(願わないことですが)いつか(ウンスの方が先に彼岸へ)そうなることがあるとしたら、ウンスをメヒと離し、ヨンと二人だけの墓所でいついつまでもウンスを胸に抱え静かに過ごしたい・・と、願った証なのでしょうか。
    ハネムーンと片仮名にしてしまうと、現代的で軽く明るい二人の旅行に感じますが、ヨンとウンスの旅は、現代の私たちには醸し出せない、絆と愛と温かさと、人の繋がりを強く感じます。
    この後の二人を、また、見守っていきますね。

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    身体の疲れよりも
    精神的な疲労の方が
    辛いと思います。 
    ヨンを癒してくれるウンスの言の葉。
    さらんさんだから、紡げる素敵な言の葉です~❤
    今日もお話UP
    ありがとうございます(^^)

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