2014-15 リクエスト | 瑞雪・5

 

 

「以上だ。全員、持ち場へ戻れ」
チュンソクが締め括った軍議の最後。
卓の席から立ち上がった俺に、その場の全員が頭を下げる。
「何かあれば声を掛けろ」
それだけ残し詰所を出るため扉へ歩を進めると、チュンソクは
「は!」
と気合の籠る声で返答する。

外出については天候と御二人の御体調次第だが、この滞在中に他の大きな役目はない。
いつでも動けるよう準備は常に整えろと、兵に伝えるのみに留める。
迂達赤の部屋割を伝え、この後は順に歩哨に立つ。
俺は既に、半ばお役御免と言ったところか。
後は王様の御様子に目を配っていれば良い。

そう判じつつ、殿舎の居室へと取って帰る。

あの方は面会時間と騒いだが、王様に謁見の出来るのは俺とチュンソクくらいのものだ。
あの方は知らない。王様はお会いしたいからと、そう簡単に御目通りが叶う方ではない。
国本であり天子様、あの方とは違う意味で天上の方なのだ。
その中宮正妃である王妃媽媽とて同じ事。
その天上人にまるで少し目上の方に話しかけるよう、媽媽に至っては畏れ多くも姉妹の如く。
見ている此方が気を揉むほど、気軽な調子で話される。
そんな底抜けの考えの無さ、身分など関わりないと言わんばかりのあの振舞い。
それがどれ程皇宮に縛られる御二人の心を、そして俺の心を明るくするか、あの方は知らぬ。

*****

 

「王様には1日3回、柴胡桂枝乾姜湯を出してください。
脈診で症状が変わればまた伝えます。辰の刻、2回目は未の刻。最後は酉の刻。
媽媽には芍薬甘草湯と、あとは炒麦芽を食べやすいように加えたいので、水刺房の尚宮さんと相談して下さい」
薬員の2人に伝えると、2人はそれぞれに
「わかりました」
と頷いて下がって行った。

うーん。生活パターンやリズムが見えてくるおかげかな。
一緒にいると段々発症理由や治療法が思いつくものね。
今まで坤成殿に往診はしても、長く一緒にいる事はなかったもの。
患者との距離感が大切って事か、と私は思う。

私は恵まれてる。こうして一緒にいられて、治療も信用してもらえて。
こんな風にゆったり時間をもらって、向き合って治療ができて。
王様にも媽媽にも、あの人にも、そして迂達赤や武閣氏の皆も。

もしあの頃これに気付いてたら、私は外科医として違う道を行ったかな。
整形外科に転向もしないで、患者と向き合って痛みも苦しみも分け合って、患者の立場に立って。

そこまで考えて首を振る。あの時の私は今みたいな考え方はできなかった。
出来る限りの手術をした、考えられる限りの薬を使った。
テーブルデスが起きなければそれでいい。無事に退院すればそれで終わり。
そうとしか考えられなかったし、それしか見えなかった。

チャン先生に、王様に、媽媽に、誰よりあの人に逢わなければ。
だからあの頃を後悔もしないし、今の自分でいいと思う。

私は急いで部屋に戻る。変えてくれたあの人に逢うために。

 

殿の回廊を居室へと足早に歩く最中。
烈しさを増す雪の向こう、此方へと回廊を進む小さな影を見つける。

主殿を出て回廊を急いで歩いてたら、白い雪の向こうに灰色の鎧が見えた。
皆が同じ色の鎧を着てるのに、あの人だけはすぐ分かる。

急ぎ戻った居室の扉の前で
「ただ今。お帰り」
目の前で息を小さく切らしながら、この方が俺を見上げにこりと笑った。

「ただ今」
帰って来たわ。
「お帰り」
あなたと同じタイミングで。そんな小さなことが嬉しくて笑う。

「お風呂~」
「俺は結構です」
「え?」
居室に入るとすぐにこの方が、此方に手拭いと着替えを渡す。
それに首を振り、目の前のこの方に告げる。
「いつ呼び出しが来るか判りません。俺は結構ですから、どうぞゆっくりと」
その声にこの方が項垂れる。
「まだ仕事続くの?」
「いえ、緊急の呼び出しに備えるのみです」
正直に伝えると、ようやくその顔が上がる。
「だったら入ってよ。王様も媽媽も、今日は特にお出かけって言ってなかったし。何かあればすぐ連絡来るでしょ?」
「それは、確かに」
「だったら入って、何かあったら声かけるから」
ぐいぐいと着替えを押し付けるその腕の勢いに負けて頷く。

背を岩に凭れさせ、湯の中で体を伸ばす。
外の寒さに立ち上る白い湯気が流れていく。それを眸で追った刹那。
「ヨンアー」

部屋へと続く扉からの声に身動ぎ、派手な水音が立つ。
「・・・何ですか!」
思わず肩まで湯の中に浸かると、あの方の声が続く。
「テミリしてあげる」
「は?」
「垢すり、知らない?」
「知りません、要りません!!」
「まあそう言わずに。失礼」

戸の開く音に驚き、しかし身動きも取れず。
今から立ち上がる訳にもいかん、正に俎上の鯉だ。
何を考えているのか判らずに、思い切り目を瞑る。
俺のすぐ後ろ、くくくと笑う声がする。

「はい、これどうぞ」
恐る恐る片眸を開けると、麻らしき布で仕立てたパジが差し出された。

 

「あのね、天界ではそう言う専用服を着て、皆でハンジュンマッとかチムジルバンとかでごろごろするのよー」
さすがに浴槽には一緒に入らないけど。それは敢えて避けておく。
この人は絶対嫌がると思ったから、強行突破して良かった。
温泉に行くのが決まってすぐに、皇宮の繍房でお願いして温泉着を縫ってもらっといて、絶対正解だったわ。
麻だから生地も厚いし、透けないし。
自分用の上着とショートパンツを一緒にお願いした時は、繍房の尚宮さんはデザインを見て仰天してたけど。

「言っとくけど私、ほんとにこの旅行楽しみにしてたの。だから少しくらい我儘聞いてよね、仕事の時以外は」

この人は私のそんな声にも振り向かず、じいっとパジだけ見てる。
そしてそれをひったくるみたいに私の手から奪うと
「目を閉じて下さい」
硬い声でそれだけ言う。
「閉じた閉じた」
「嘘をつけ」
「ほんとだってば」

そのままそのパジを、温泉に浸かったまま身に着けるこの人の気配。もう笑いが止まらない。
ばしゃん、と派手な水音がして私が目を開けると、この人はパジだけ身に着けて温泉の中で仁王立ちしてる。

「何の冗談ですか」
「冗談じゃないわよ、一緒に入ろうとしただけよ」
「それを冗談と呼ぶのです!」
「だって媽媽にもお勧めしたもの。別だとお相手の事が気になるから、出来れば一緒に温泉に入って、って」
「・・・は?」

王妃媽媽に、何をお勧めしただと。
目の前で楽しそうに笑うこの方に呆れ、返す声もない。
こんなふざけた事を御二人でひそひそ話しているかと思うと、王様への申し訳なさに怒りを通り越し笑えてくる。

「王妃媽媽は何とおっしゃいました」
「なんにも。赤くなって頷かれてた」
そうであろう。無理もない。
「でも、ダブルデートはしましょうって約束したわ。王様と媽媽と、あなたと私とみんなで出掛けようって」

この方の有り余る行動力に息を吐き、湯の中へ膝を折って沈み込む。
一先ず眸を開けた時、この方が服を着ていたのは幸いだった。
隠れているのは上半身だけだが。
惜しげもなく足を晒した格好で温泉の縁石に腰掛け、膝から下を湯の中に機嫌良さげに笑う姿に思う。

どれほど心を明るくして下さろうとも、やはり天界の則は全く理解出来ぬと。

 

 

 

 

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10 件のコメント

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    お湯の中での仁王立ちヨン!
    もう、大爆笑してしまいました(笑)
    想像したら笑いが止まらないー(笑)
    しかし…ヨンと一緒に温泉…。
    ヨンと一緒に温泉…。
    ヨンと…。ヨンと。。
    考えただけでも湯あたりしそうです(^O^;)

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    ウンスの行動はヨンにとっていつもカルチャーショック。
    驚き、呆れ感心する。
    結局はウンスの言う通りに事が進んじゃうところが面白いですよね。
    ヨンより、王妃様の方が頭は柔らかいようですね。ウンスの提案を素直に受け止めて、きっと実行するんじゃないかな。
    ヨンは一筋縄ではいかなそう。
    でもそんなやり取りもウンスはとっても嬉しそうですよね。

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    一緒に入っちゃえばいいのに(^O^)
    そんな、目を瞑らんでもねぇ(O_O)減るもんでもないし。
    やっぱダメなのかなぁ?この時代の人は。でもヨンなら。

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    さらんさん、今夜も素敵なお話をありがとうございます!
    あかすり! いいですね~。
    恥ずかしがり屋のヨンは、びっくりしているでしょうけれど、一度体験したら、きっとやみつきになるでしょうね。
    (先日、台湾で足ツボマッサージと足裏の角質とりをしてもらいましたが、超気持ちいいし、うっとりするくらいすべすべになりましたよ)
    さらんさんのお話に出てくるヨンとウンスは、なんとも言えない微笑ましい距離感というか、奥ゆかしさがあって、とても良い感じ❤
    単に「甘~い」だけでない、上質で高級なお菓子のような美しさと美味しさが、にじみ出ているんですよね~❤
    今夜もさらんさんのおかげで、良い夢がみられそうです(*^_^*)

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    >くるくるしなもんさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    ウンスの気合の入れっぷり、もう見事です。
    そんなに行きたかったのか・・・そっかーw
    念願の混浴も叶い、後もう少し。
    今しばらくお付き合い頂ければ嬉しいです( ´艸`)

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    >★sachi★さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    これ、書いた時は私もコメディだと思ったのですが
    ヨンは結構本気で怒ってます(爆
    さすがに自分が裸でこうなれば、弱い立場ですからwww
    怒る事ないじゃーん、と思いましたが。
    笑って頂けて嬉しいです❤

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    >ままちゃんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    そうですね、私は思うのですがいつの世も男性より
    女性の方が柔軟で、いろいろ受け入れるのが早いかなと。
    特にヨンの場合は石頭で頑固でしょうからw
    ひとつ道を究めた人の場合、他の道への転換は
    難しいのかなーと思ったりします(;´▽`A“
    でも反対されても賛成されても、怒られても褒められても、
    このお話のウンスは、ヨンと一緒にいるのが
    嬉しくて楽しくて仕方ないみたいです❤

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    >ツマ吉さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    どうなんでしょう。ヨンだからこそ、ここまでキレたのかもw
    トルベ辺りだったら、目尻を垂らしてにこにこしそうなシチュエーションですw

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    >muuさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    いいな~~足つぼマッサージ&足裏角質取り!
    私は香港で足つぼうけましたが・・・悶絶しました・・・
    丁度体調が思わしくなかったときなので尚更にw
    今宵も良い夢を見て頂ければ嬉しいです( ´艸`)

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