2014-15 リクエスト | 瑞雪・2

 

 

「聞きました」

帰ってきたあの人はお風呂の後に着替え終わって、座った晩御飯の食卓で向き合った私に言った。
「王様と王妃媽媽の、公州温宮への御幸の一件。
典医寺からはイムジャと薬員二名が随行されるそうですね」
私はそれに頷いた。

「うん。王様も媽媽もお体が一番冷える時だから。皇宮を離れてリラックス出来れば、それに越したことないしね。
それにほら、前に媽媽がご懐妊されたのも皇宮を離れてた時だったでしょ。やっぱりストレスは良くないと思うの」
私の声に、卓を挟んであなたが頷く。
「おっしゃる通りかと」
「あ、のね、ヨンア」
私は最後まで気に掛かっていたことを聞いてみる。

「王様の御幸だから、迂達赤が守りにつくって聞いたんだけど」
目の前のあなたが穏やかに頷く。
「ええ」
「誰が、来るのかなあ、って」
その問い掛けに、あなたが指を折る。

「王様の護衛故、主力の精鋭部隊がチュンソク、トクマニ、テマナと共に。
万一にでも王様や王妃媽媽に何かあってはならぬ故」
「え」
私の間の抜けた声に、あなたが訝しげに問いかける。
「何です」
「だ、だって、そんな主要メンバーが抜けたらあなたは?」
「俺ですか」
「まさか、まさか皇宮に残るとかじゃないわよね?一緒に温泉に行きたかったのに、せっかく旅先で2人になれる時間も・・・」

その声に腕を組んで、あなたが意地悪げに黒い瞳を細めた。
「ならば何故言わぬのか」
「え」
「共に来いと言えば、最初から正直に教えたものを」
そう言って笑う。
「イムジャ一人で行かせるわけがないでしょう。ついて行くに決まっている」

そう平然と腕を組んで卓向かいに座るあなたを睨むと、私は席を立った。
今、絶対顔が赤くなってるはず。
「イムジャ」
私の勢いに、あなたが慌てて腰を上げる。
「意地悪な人には、晩御飯は抜き!」
そう言って寝室へと早足で廊下を戻る私を、あなたが笑って追って来る。

 

******

 

皇宮を出て陸路一刻で碧瀾渡へ
碧瀾渡より船にて、南路公州へ。

今の時期、潮の流れで往路は船中で一泊となる。
陸路に比べれば襲撃の可能性も低く、今宵は潮も穏やかだ。

「大護軍、甲板の歩哨が立ち終えました。
王様と王妃媽媽の御部屋前は、我らと武閣氏が守ります。
大護軍はもうお休みください」
船内の急拵えの詰所に、そう言ってチュンソクが戻る。
「御苦労」

確かに雁首揃えて、王様と王妃媽媽の船室に立ち入るわけにもいかぬ。
ましてあの方の話ぶり、この御幸でのご懐妊の慶事をも望むとなれば。
何よりも王様と王妃媽媽を御二人きりにして差し上げる事が肝要。

俺は立ち上がり詰所を抜けつつ、チュンソクへ告げる。
「確りと、確実に」
チュンソクは頷いて笑い返した。
「守ります。お任せを」
「但し余り扉へ寄るな。左右へ十歩離れろ」
「・・・は」
最後の言葉に合点がいかぬ様子でチュンソクは首を捻り、それでも出ていく俺に律儀に頭を下げた。

宛がわれた部屋へと戻ると、既に戻っていたあの方が入った俺に寄って来る。
「お帰り、ヨンア」
そう言って俺の頬に触れ、目を覗き込み、頸へ手首へと細い指を当てて。
「大丈夫?お疲れさま」

そう言いながら俺の背に回る。着けている鎧の背紐をその指で解きつつ
「なんだか不思議な感じがする。船の中でこんな風にあなたの鎧を脱がせるのって」
その楽しそうな笑み声が背中から響く。
ああそうか、そう言われれば。
倭寇の殲滅作戦で幾度も船に乗ってはいるが、この方と乗るのは確かに珍しい。

あの頃が蘇る。波の動き、船の揺れと共に。
赤と黒の隊服を纏い、闇に紛れ奇襲をかけ、敵を斬り倒し船に火を放った。
それが国の為、そして正義と疑わなかった頃。
ただ皆といられれば幸せで、他に何も要らぬと信じていた頃。
「・・・ヨンア?」
その声に我に返る。今この目の前にいるのはこの方だ。
時を経て、何が大切か判ったこの手がようやく掴み取った小さな、大切な。

 

「イムジャ」
夜も深まった頃、呼ばれた私は顔を上げた。
「どうしたの?」
問いかけにあなたは静かに答える。
「王様と王妃媽媽のご様子を見て参ります」
そうね、確かにこの人の性格なら心配だろう。私は頷いて席を立つ。
「先に寝んで下さい」
「え、私も行くわよ?」
当然よ。この人が王様にお会いしてる間、邪魔なら船内を見てたっていいし。
「イムジャ」

目を閉じて大きく息をすると首を振って、あなたは私に向き直る。
「遊びに出る訳ではない。王様と王妃媽媽のご様子を伺えば戻る故、先に」
そう言うあなたに、今度は先に自分から正直に言う。
「だってせっかくこんな風に遠出できたんだもの。一緒にいたい。淋しいから、連れてってよ」

そう言って見上げると耳の先を少し赤くして、あなたはやっと頷いた。
私たちの部屋は、王様と媽媽のお部屋のすぐ近く。
船室を出て真横の細い通路を曲がると、目の前にはチュンソク隊長とトクマン君が守るお部屋の扉がある。

「変わりないか」
「はい」
あなたの声に立っていた2人が頷く。
その横には通路に沿って両側に武閣氏オンニが3人ずつ並んでいる。
「みんな厚着してる?女性は体冷やしちゃ駄目よ」
通路を流れる、凍えるみたいな海風の冷たさに心配になってオンニに言うと、皆がはいと返事する。
「王様にお会いする」

チュンソク隊長に告げたあなたは扉前で背を伸ばし
「王様。迂達赤大護軍チェ・ヨン、医仙ユ・ウンス、参りました」
そう少しだけ声を張る。扉の中で小さな音がした後、
「入りなさい」
と王様のお声が返り、あなたは扉を開いた。

お部屋の中には、王様と媽媽のお2人だけ。
媽媽は既に髪を下ろし、王様もゆったりとした袍に着替えて、向かい合わせで座っていらっしゃる。

「何かご不便は」
あなたのその声に、
「ない。不便があればドチに伝える。チェ・ヨン、そなたも休め」
王様がそう言って首を振る。あなたは次に媽媽へと少し体を動かして
「王妃媽媽は如何ですか」
「いいえ。大護軍、王様のおっしゃる通りです。チェ尚宮もおる。
ようやく皇宮を抜けたのだから、そなたは医仙と共にゆるりと」

お2人がかりで説き伏せられ、さすがのこの人も渋々とはいえ首を縦に振るしかないみたい。
その様子を横目で見ながら、心の中で頷いた。
あなたもみんなも、いつも本当に頑張りすぎ。少しは休んでほしい。

「じゃあお休み前に、脈だけ見せて頂けますか?」
媽媽にお伝えすると、媽媽は頷かれながら
「王様」
そうおっしゃいながら王様を心配げにご覧になる。
王様は媽媽に頷いて私に腕を差し出しながら
「医仙とて同じ事。二人とも役目熱心は嬉しいが、我らを暫し二人きりにさせてほしいものだ」
冗談交じりに息を吐き、お口の端を上げる。
「守りの兵を扉より、少々離します」
脈診をする私の横、あなたは頷いた。

ほら、こうやって脈診しててもやっぱり気鬱が出てるのよ。
体温が低い、動悸がしてる結脈もある。お側にいると微かな息切れ。
ストレスが溜まってる。いったん王様の手を離し、私は扉を開けて外の薬員に伝えた。
「柴胡桂枝乾姜湯、お願いします」
薬員が頷いてその場を走ってくのを見てからお部屋に戻って。

こうやって、じっくり1日一緒にいたからこそ分かる。
こんな夜遅くに王様を訪問するあなたも大変なら、こんな風に訪問者を受けなきゃいけない王様も大変。
2人の時間が取れない媽媽も、精神的にすごく大変。これはみんな、ストレスが溜まっても仕方ないわ。

時間制にすればいいのよね、面会を。入院面会みたいに。
・・・あらら。そうよ。今 私すっごくいい事言わなかった?

「面会時間を」
私の声に、その場の3人の目がこっちを見る。
「面会時間、王様との面会を、時間制にします。朝8時から夜6時まで。
6時に薬湯を持ってきます。それ以降は緊急以外、どなたにも会っちゃ駄目です」

驚いたような、その3人の目。
「医仙、王様の御加減が思わしくないのですか?」
急に不安そうにトーンが変わった媽媽の御声に首を振る。
「王様はお疲れなだけです。王様、眩暈がありますよね。それも立ったときじゃなくて、座ってる時。
それから、体が冷たいのに、汗が出ませんか?」
「・・・さすが医仙には、隠せぬものだ」
王様がおっしゃると苦笑いをする。

「大丈夫です、それは心が疲れているんです。だから心を休ませるための治療が必要なんです。
温泉はいいですよー、体も心もあったまります。丁度いいタイミングで来られたんですよ、今回のご旅行は。
楽しんでのんびりすれば」
そこで私は、媽媽と王様ににっこり笑った。
「帰る頃には、眩暈もいやな汗も楽になります。そのためにも面会時間をしっかり守って頂きます」

あなたは、またやったっていう目で私を見る。
その目を、何よ?って目で見返すと、苦虫を噛み潰したような顔で
「医仙」
ぼそっとそんな、低い声で呟くことないじゃない。
「なあに?」
私が返すと
「・・・はちじ、だのろくじ、だのは、刻で言うと」
「ああ、そっちね。えーっと、えーっとね、うし、とら、う、たつ!
辰の刻から、えーっとたつ、み、うま、ひつじ、さる、酉! 夜は酉の刻までよ。辰から酉まで。ヨンアも皆に言ってね」
「・・・はい」
言っても無駄と思ったのか、溜息をおおおおきく吐いて、あなたは頷いた。
私はにっこり笑って、媽媽に向き直る。
「では、媽媽を脈診します」

 

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。ご協力頂けると嬉しいです❤

今日もクリックありがとうございます。
にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村

12 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    安定のウンスさんペースで…
    温泉で湯治…じゃなくって
    ウンスの周りだけ 
    リゾートな背景が見えてきた あれ?
    何故だろう
    ヨンも かわいくてしょうがないでしょう
    表に出せないけど…(〃∇〃)

  • SECRET: 0
    PASS:
    皆がそれぞれまわりの人に気遣いすぎるので、お互い逆にストレスになったりするのでしょうか?
    思いやったり、気遣ったりって本当に難しいですね(^.^)

  • SECRET: 0
    PASS:
    いったい何時頃にお伺いしているのでしょうね?
    10時、8時かしら?
    誰かが無事かどうかチェックしにくると思うとおちおち熟睡できないし、王妃様との共寝も…
    だからウンスの提案いいですね!もっと反対されるかと思いましたが王様の御身体に関することだから意外にすんなり?
    ご懐妊お待ちしております。(パラレルですから)

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさん、いかんっ!ニヤニヤが止まりません(^O^;)
    読んでる間中ニヤニヤ、ニヤニヤ(笑)
    チュナの唇の端を少し上げる笑みや、ヨンの大きなため息。
    チュンソクの氷上までリアル過ぎる!
    あーもう、読むのが楽しすぎます(*^^*)

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさん、こんばんは。
    今日もちょっぴり意地悪なヨンから始まる素敵なお話を、ありがとうございます!
    会議と打ち合わせにギシギシに縛られた火曜日、ようやく職場を飛び出し、スポーツジムのエアロバイクをこぎながら、ウキウキと拝読させて頂きました!
    ダブルデート…、いいなあ~❤︎
    ちょこっと制約された中でのデートも、またオツなものなんですよね~~
    さらんさん、今夜は殊の外寒く、まさに温泉が恋しいですね。
    美容のためにもゆっくりお風呂に入って、ぬくぬくして下さいね。
    私もさらんさんのお話を読み返し、ぬくぬくにならせて頂きます❤︎

  • SECRET: 0
    PASS:
    わ~、ドラマで王様が野外で絵を描くという名目で皆で出掛けた、幸せなひとときの場面を思い出しました~。そしてウンスの随行するのかという問いに自分も行くと即答しなかったちょいSヨン、女心を揺さぶりますわね。ヨンとウンス、王様カップル、そして随行した皆が、幸せな時間を持てます様に、、、(^^)

  • SECRET: 0
    PASS:
    >muuさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    ようやく【花男】を離れ、通常の更新ペースに戻りw
    ここよりまた通常運行です❤
    自分がしたことがないせいか、ダブルデートって…と
    どうもなかなかそっち方向に行きにくいですが
    この際2カップルが同じところにいる=Wデート

    (あれ?違うかな)
    エアロバイク!楽しそうです~~❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    >くるくるしなもんさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    返コメが前後して申し訳ないです(;´▽`A“
    ヨンは今回は、いろいろ考えながらも王様を守りつつ
    ウンスに手を焼くこととなりそうなw
    王様もすっとぼけて、いろいろやって下さりそうなタイプに見えて
    仕方ないんです・・・私の中で・・・σ(^_^;)

  • SECRET: 0
    PASS:
    >まろんさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    王様媽媽に関しては、気を使うまでもないお立場なので
    王様は政のプレッシャー、媽媽は王様への心配が過ぎて
    と言う感じなのでしょうか・・・
    気遣いは難しいです、本当にヽ(;´Д`)ノ

  • SECRET: 0
    PASS:
    >あみいさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    時間的には10時ころかなーとw
    蝋燭や油灯以外の灯りのない高麗では、かなり夜も深いかと。
    寝られないでしょうね、入れ代わり立ち代わり・・・(゚ー゚;
    これでご懐妊を目指すと言っても、いやー生物学的に無理ですから!
    パラレルならではのご懐妊リク、実はこの後にあります。
    その時にはまた是非(〃∇〃)

  • SECRET: 0
    PASS:
    >★sachi★さん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    あはは、楽しんで頂けてるようで何よりです❤
    この後もウンスが困ったちゃんだったりして、
    ヨンの悩み尽きず・・・
    温泉旅行なんだから楽しめばいーじゃん!とw
    この後もニヤニヤして頂けるエピが続きます❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    >pivoine22さん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    そうですね、今回のヨンは少し意地が悪いですw
    女心を揺さぶるのが理由かどうかは不明ですが(^▽^;)
    でも主力みんなで開京を離れる此度の御幸、
    ダブルデートって言うよりは…修学旅行…?
    いえ、研修旅行…(;^_^A

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です