2014-15 リクエスト | 我も亦<われも また>3

 

 

「化粧品の材料が欲しいな」
皇宮の大門を抜け開京の城下町の大路を歩きながら、横の医仙が足を止める。
「化粧品の材料、ですか」
典医寺にて材料は入手できるのではないだろうか。
そう思いつつ、こうして共に歩ける嬉しさは隠せない。
俺は首を捻った。
「となればまずは、手裏房の薬房へ参りますか」
「うん」
しかしこの方の足は、まだ動かない。
「医仙」
「うん、あのね」
そう言って、この方は俺に浮かぬ顔を向けた。

 

「だって言うじゃない。腹が減っては戦はできぬ。副隊長も知ってるでしょ?」
俺の向かいに腰を掛け、この方は真剣な眼差しで言い募る。
先程の浮かぬ顔が嘘のようだ。

「・・・はあ、俺たちは空腹でも戦をしますが・・・」
気の抜けた俺の返答にご不満なのか
「とにかく、女性にとって買い物は真剣勝負なのよ!」
そう言って、眦をきりりと引き上げ、卓の上でその両手を振り回す。
「・・・そうですか・・・生憎俺は、男ゆえ・・・」
「そんなんじゃ駄目!!」
「医仙、饅頭が飛びます・・・」

その両の手に一つずつ握られた湯気の立つ饅頭を見つつ、俺は小さく呟いた。
「とにかく、お腹が空いてたら駄目なの私は。まずは満腹中枢を満足させる。
次は物欲を満たす。理想的だわ!」

隊長が共に城下にいらっしゃらぬと分かった時の御姿。
こちらの胸が痛くなるほどに意気消沈していると思ったが。
あれはもしや、腹が減っていらしただけなのだろうか。
それならば饅頭くらい、俺がいくつでも買うて差し上げる。
今にこにこと笑いながら、その顔ほど大きな饅頭にかぶりつく医仙のご様子。
呆気に取られながらも、俺の笑みは止まらない。

この方の発する楽しそうな、嬉しそうな明るい気配。
それが見られるだけで心が温かくなる。

今まで惚れた女人がいないわけでもない。
不器用ながら、己の気持ちを伝えたこともある。
それでもその気持ちとは全く違う。
大人のかかる流行り病は、水疱瘡でも麻疹でも幼子がかかるより重篤になると訊く。
では恋もそうなのだろうか。餓鬼の頃の恋よりも、大人になってからの恋は面倒か。

少なくとも己にとってはそうだ。物も判り、状況も見え、面倒な体面が邪魔をする。
心のままに欲しがることも、ねだることも出来なくなる。
余計な知恵や小賢しさが既に身につき、雑音ばかりが気にかかる。
傷つく度胸も、気持ちを曝け出す勇気もなくなっている。

それでもこの方の真直ぐな笑顔や瞳に気付いてからというもの。
時折、何かを言いたくて仕方なくなるのだ。
相手があの人でなければ、とうにそうしていただろう。
俺は、何を気にしているのか。分からない、何に遠慮しているのかすら。
ただあの人を裏切りたくないと思うだけだ。そして裏切ったとだけは思われたくない。
この気持ちを抱いたことが、すでに裏切りなのかもしれないが。

饅頭を召し上がるこの人を見ているだけで幸せで、それ以上の事など何も考えてはいないのに。
そんな俺の肚の内も知らぬこの方はやがて、両手の饅頭を食べ終え満足げに大きな息を吐くと
「あー、お腹、いっぱいー」
と、にっこりと笑った。

 

腹ごなしに大路の両脇の店を覗きつつ、行き交う人通りの中、手裏房の薬房への道を辿る。
そんな一件の店先で、この方が
「あ」
そう呟いて、小さな鈴を手に取った。

その鈴を指先で摘まみ、耳音で軽く振りながら首を傾げ
「可愛い音」
そう言って、にこりと笑い俺を見上げる。
「ほら」
そう言って鈴を摘まんだ指先を、俺の耳元へと伸ばす。

俺の体は自然と傾き、その指先へと引き寄せられる。
近付いたその俺の耳元で、小さな鈴の音がする。
りんりんと。

俺が頷き微笑むとこの方は満足そうに頷いて、そっとその鈴をあったところへ戻した。
そのまま他のものに気を取られたか、ふと店先を離れる。
後姿が離れないうち、俺は店の売り子にその鈴を渡す。
そして懐から代金を掴み出して渡した。

 

「うーん、きりがないなあ」
大路を歩きながら医仙が笑う。
「買い物なんて久しぶりで、何を見ても欲しくなっちゃう」
「買って差し上げますよ」
俺が横を振り向いてそう言うとこの方はにこにこと
「そういうのは、好きな女の人にしてあげなきゃ」
そう言って俺の背中をばんと叩く。

そうだ、好いた女人だからそう言っているのに。この方はそんな事など毛頭思っておられぬらしい。
鈍さもここまで来れば罪だと、俺は苦笑し息を吐く。
「そうですね」
笑う俺はそうやって心を隠すのがうまくなっていく。

「おお、天女じゃねえか。迂達赤も一緒か。ヨンアはどうした、一緒じゃねえのか」
手裏房の薬房へとたどり着けば、俺とこの方に目を止めた手裏房の頭が俺たちを不思議そうに眺める。
「今日は隊長は王様へのご用があり、自分が代理で。医仙は化粧品の材料をお探しだそうです」
「こんにちは」

そう言って頭を下げるこの方を笑いながら見遣った頭は
「おお、たんまり買ってってくれよ。金ならツケでいいぞ、後でヨンアにもらうからな」
そう言って豪快に笑った。恐らくこれは、隊長の支払い時には上乗せされるな。
支払いは今日の内に済ませておこうと、俺は心に決める。

しかしマルチャ、ポップンジャ、ユルム、ユジャ。
この方が次々選ばれるその材料は、どう見ても
「・・・医仙」
「んー?」
天井に下げられた薬の袋を吟味しつつ、上の空で返答する背に声を掛ける。

「まだ腹が減っておられますか」
俺のその頓珍漢な問いに、その目が驚いたよう振り向いた。
「ううん、なんで?」
「いや、この材料が・・・」

俺はこの方が選ばれたそれらを指す。
抹茶だの柚子だのとどう見ても、未だ空腹と思わざるを得ん。
しかしその問いに、この方の目が笑い出す。
「そうかー、副隊長にはそう見えるのね。でもね、それは全部お肌にいいのよ」
「そういうものですか」
「そうよ、完成したら副隊長にもあげるから」
「いや、俺は男ですから化粧は」

その声にこの方は腰に手を遣り首を振る。
「白粉はともかく、男性も肌の手入れは大切よ。天界では男性用の基礎化粧品が軍人にバカ売れなんだから」
「・・・はあ、そういうものですか」
「そうよー!男性の肌は厚い分、気をつけないと大きい皺ができやすいんだから。
油断は禁物よ?化粧水や石鹸はちゃんと使って。いい?」
「では、この材料はそうしたものを作るためですか」
「もちろん。私が作るんだから、効果は抜群よ」

その得意げな声に噴きだしながら、俺は頷いた。
「分かりました。楽しみにしております」
うん、と頷き返し、この方は目だけではなくその顔全てで笑った。

 

買い物を済ませ、品を持って皇宮へと大路をゆっくりと戻り始める。
「ああ、楽しかった。付き合ってくれてありがとう」
「いえ。こちらこそ楽しかったです」
思わず出たその言葉に、横を歩く俺を見上げて笑みながら言った。
「ほんとに副隊長は優しいのね。あの人だったら、絶対そんな事言ってくれないわ」
「言わないだけです。思っていますよ、きっと誰より」
「そうかな、そうは思えないわ」
「いえ、隊長は口下手なだけです」

俺がついむきになりあの人を庇うと、医仙は声を上げて笑いながら頷いた。
「副隊長はほんとに、あの人が好きなのね。そこまで言ってもらえるなんて、幸せな人だなあ」
「俺だけではないです。迂達赤は皆隊長を知っております。あの隊長がどれほど」
そこで俺は言い淀む。
急に口ごもった俺に、この方の目が当たる。
迂達赤は皆、あの人を知っている。
口に出さずともあなたをどれだけ好いているか、今となっては皆知っているのです。
そしてあの人の好いたあなたを守ると、皆がそう思っているのですから。

この懐に入れた、あの鈴がりんと鳴る。

 

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。ご協力頂けると嬉しいです❤

今日もクリックありがとうございます。
にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です