2014 Xmas | 紫苑・5

 

 

ソンジンが倒れているのを見つけて、今日で七日。
肩と腕の縫い傷も完全に塞がっている。
ソンジンはすっかり体を起こせるようになっている。
もう布団の中でじっとしたりしていない。
気が付けば寝間着姿のままで、庭先で剣を素振りしている。

「衣をくれ」
その日。診脈する私にソンジンが静かに言った。
「・・・でも、ソンジン」
その後何を言っていいかもわからない私に向かって、ソンジンはもう一度繰り返し言った。
「衣をくれ」

私は諦めて立ち上がり、障子を開ける。
「誰かソンジンの新しい衣を持って来て」
廊下の奥ではいという声が聞こえて、ほどなく家人が
「ソヨン様、お客様の御衣です」
そう言う声が障子越しに聞こえた。

私は立ち上がって戸を開け、家人から衣を受け取る。
戸を閉めてソンジンにその衣をそっくり渡す。
「着替える」
その声に弾かれたように顔を上げる。
そうだ。男たちはいつも私の前で平気な顔で脱ぎ着したけど、それは普通じゃない。

私は顔を紅くして床から立ち上がった。
障子戸を開けて廊下の隅まで歩く。そこで立ち止り、じっと考える。

診脈に行くたび、何かを考えるように目を閉じて黙っていたソンジン。
どれだけ一緒の部屋にいようと、見る事も触れることもないソンジン。
私が何をしてるか知った後も、軽蔑する事も尋ねる事もないソンジン。
だから判る。この男の中には誰かがいる。
私なんか目に入らないほど大切な誰かが。

いいじゃない、あのひどい怪我を治したんだもの。
医女としてよくやった。頑張ったわ。腕は落ちてないって事よ。
ソンジンは行きたいところに行けばいい。
それで当然じゃないの。あの人は私の物じゃない。
誰にも医女として必要とされずに気が弱くなってた時、ふらりと庭に迷い込んできた野良猫みたいなもの。
餌を上げたから情が移ったなんて、勝手な言い草。

そう思いながらソンジンの部屋の障子が開くのを廊下で待つ私に、家人から遠慮がちな声が掛かる。
「ソヨン様」
「何」
「お呼びがありました」
「また牧事の家?」
「いえ、今日は観察使様で・・・」
家人もさすがに言い辛そうに告げる。
あの横暴な観察使に呼ばれた後、しばらく消えない痣を幾つも作って帰って来る私を知っているんだろう。
「実は今日、下男が休みを取っていて」
「・・・最悪だわ」
「どうしましょう、しかし断れば」
「分かってる、だけど」

私は溜息を吐く。相手は京議の観察使。断ればこの家くらいあっという間に潰される。
ありもしない話をでっち上げ、私の医女資格も奪われる。
でもいつも適当なところで止めに入る下男がいないまま、あの斑気な観察使の処に出向くなんて。
生意気な態度で怒らせて、首を絞められても縛りあげられても、今日は止める人間がいない。
私が苛々と爪を噛んだ時。
「俺が行く」
その声に私と家人が驚いて振り返る。
「人が足りぬなら世話になった礼代わりに、最後に俺が行く」
「ソンジン」
「それで良いか」
「・・・うん」

断れぬのだろう。察しはついた。
着替えて腰に刀を差し、廊下に出て聞こえたその話。
聞こうとも思わず、耳に入って来たその内容に。
最後の礼代わりに一度くらいは良かろう。
「暫し出る。二、三刻で戻る。
出る時になれば声を掛けろ」
俺はそう言い庭へ降りる。

ここに運ばれて以来全く出歩いておらん。
この辺りを少し、知っておく必要がある。
万一逃げるとしても、闘うとしても。

俺はふらりと家の門を出た。

 

*****

 

ここは何処だ。
周囲を見渡し口を開く。
家を出れば少なくとも周囲の景色はあの時ウンスと逃げた、見慣れたものかと思ったが。
全く見覚えがない。俺の知っている高麗とも、そして劉先生といた皇帝モンケの治世の頃とも。
何方にも似ても似つかぬ風景だ。

後ろの山の形には見覚えがある。
あの山の中に俺が出て来た、ウンスが入った天門があるはずだ。
それならこの辺りにこんなに大きな町が在るはずがない。
市が立ち人が溢れ店先に商品が並び、その品は今まで見たこともない色形をしている。
蒙古の物か、元の物か、高麗の物なのか。
「あらちょっと、見ない顔だね!」

突然かかった声に俺は首を巡らせる。
「こりゃ大層な色男じゃないの!
ちょっとうちの店で一杯呑んでお行きよ、お代はいいから」

酒屋の女主人らしき者が店先から俺を手招く。
「要らぬ」
「冷たいところがまたいいね、さあさあ」
女は往来の俺まで進み出ると、そう言って俺の袖を引いた。
「要らぬ」
その時腰に差した剣が目に入ったか女主人は動きを停め、俺を覗き込んだ。
「官軍の方かい」
「違う」
俺は首を振った。最初に会った時ソヨンも聞いた。
官軍か五衛か内禁衛かと。

「ああ、それなら良かったよ」
女は息を吐いた。何故だ。官軍をそれほど恐れるのは。
「官軍だったら王様に告げ口されるか、さもなきゃこの場で無礼討ちだったろうからね」

無礼討ち。何だそれは。
興味を引かれ女主人を見た。
「一杯もらう」
そう言った俺に女主人が笑む。
「その気になったかい。あんたみたいな色男なら店先に座っててくれれば良いんだ、いくらでも飲みな」
「話がしたい」
その俺の声に
「嬉しいねぇ、いくらでも付き合うよ」
女主人は相好を崩した。

 

 

 

 

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24 件のコメント

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    最終話なのに先にお詫びという事は中途で終わるということかしら?
    謎が解けぬままでソンジン再び登場までのお楽しみかな?
    それならそれでお待ちするのみでございます。
    いつか書いてくださると思っていますのでさらんさんを信じております。
    それより今日のお呼びは危ない趣向がお好きのようですがソンジンが付き添ったら何だか怖いことになりそうで…
    ソンジンが大丈夫でありますようにと祈るのみです。

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    やはり、漢ソンジン、礼を尽くす、その為に下見と抜かりない。
    尻切れトンボも、いつかまた続きをの、楽しみになります。
    たくさんのリク話、こなしていくのは大変だとは思います。
    でも、廃人乙女の発想は、さまざまで面白いし、それを見事に書くさらんさんのすごさ!
    毎日の更新ご苦労様です。

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    >あみいさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    はい、もう先に御詫びを。そして、必ずや戻る誓いを。
    明らかに、無理でした。もうリクのキャパのお約束の倍になり、それでも考えたお話の1/4程度。
    ここからエンジン掛かるのね、の序盤で終了です・・・
    不覚 Σ(・ω・ノ)ノ!

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    >チェヨン1さん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    ううう、皆さまに頂いたリクを書ききった暁には
    必ずや、必ずや・・・!
    あ、でもその後に紅蓮があり、そして三乃巻があり
    婚儀があり、いろいろありますが。
    しかし、必ずや、必ずや・・・何処かで!

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    さらんさんの申し訳なさげな顔が浮かびそうな(笑)
    最終話で一気にコメ書くぞって思ってたんですが
    腕がムズムズ指がヒラヒラって・・・
    チェヨン1さんがおっしゃる通り大変なことなのに
    常に私達の気持ちを想って書いて下さるのが
    本当にありがたいです。
    突っ走って下され~~~~~はい(笑)

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    そうですよね~。ソンジンの話ですもん!
    簡単に終わるはず有りませんよね。
    書いて下さるお話が山のよう。こちらとしては
    嬉しい限りです❤
    全然かまいませんよ~。気長にお待ちしておりますので。ただ、此処は何時の時代なんでしょうか?
    それが気になります。

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    何やら、変○趣味の男のご指名か?
    ソヨンの護衛で、ソンジンがついていくことに。若いソンジンに、女に無体を働く男がどこまで許せるのでしょうか。
    蜻蛉が飛んでも良いのです。いつかを信じて待ちまする。(^^)

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    ここはウンスのいる時代なのでしょうか?
    ウンスには逢えるのかなあ?
    天門は、ウンスへと道を繋いでくれたのかしら?
    (ノ-_-)ノ~┻━┻会わせてあげて!

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    さらんさんおはようございます。
    ソヨンの心も痛いです。
    ソンジンの心がわりはないのでしょうか?
    あと1話が分岐点でしょうか?
    このまま続きが見たくなります!(///∇///)
    結局さらんさんにムチで叩き
    お話書いてとせがんでるのにケンチャンナ?
    と言う変態です。(;゜∀゜)すみません。
    素敵なお話ありがとうございました。

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    合成なのですか?それとも実際に作ったのですか?実際に有ったら なーんて素敵でしょう^0^
    ソンジンも何とかウンスに会わせてあげたいですが、そしたらお話にならないんでしょうね…。
    ソンジンも幸せになって欲しいです。(^^)

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    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    うふふふー!
    少なくとも、今宵の最終話でどこかが分かりそうな
    キーワードは、鏤めました。
    しかし、話は全く進まぬままに・・・
    ううう、困りました。今回のこの切れ方(;´Д`)ノ

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    >victoryさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    は、もうまずはお詫びより・・・
    いや、絶対終わるはずはないと、書き始めから
    分かってはいたのです・・・でも、ソンジンのウンス、となると
    もう既にガッツリ出来上がっていた脳内話があり・・・
    反省です。ぐすん。゚(T^T)゚。

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    >かよさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    時代については、恐らくこの後の最終話の
    検索キーワード(爆)でお分かり頂けるかと❤
    しかし、ここから!というところで、
    それはそれはもう・・・ええ・・・
    大反省です。本当に申し訳なく・・・っっ!

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    >ポチッとなさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    へ、変○!
    いえ、単に斑気で短気で俺さまな両班かと・・・(爆
    そう言う大人な感じではない、と、思いますが判りません・・・(゚_゚i)
    この話は恐らくRPG状態で、段々敵ボスが強くなっていきそうな。
    信じて頂けると、嬉しいです。

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    >kumiさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    ここはですねー、むにゃむにゃむにゃですw
    今宵の最終話にて、少なくとも時期を特定できる
    検索キーワードは、いろいろと。
    天門、そう甘くはなさそうです・・・

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    >愛知のひとみさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    今宵が一つの山ではありますが・・・
    未だにどうにかならぬかと悩んでいますが
    やはりどうにもならず・・・(´□`。)
    参りました。今回のこの切り方は、ほんとに・・・
    心よりお詫びを。

  • SECRET: 0
    PASS:
    >はるるさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    うわーん、申し訳ないです!
    出来れば片が付くまで書きたかった、というのもあるのですが、
    それをやると明らかに【紫苑】(長篇)になり・・・
    この後は明日より天界デートが控えております。
    それでお口直しをして頂ければ・・・❤

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    PASS:
    >あいちゃんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    カップヨンは、当然ですが合成です❤
    この腕前のLatte art出来る方がいたら、
    ええ、もう個人的に雇います(`・ω・´)
    いえいえ、実は別り禁軍で、ヨンV.Sソンジンの
    直接対面、決定済みなのです。
    それはそれはそれはもう・・・ええ、愛する読み手の皆さまなら
    きっとお察し頂けるはず・・・(((( ;°Д°))))

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    PASS:
    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    飛び越えましたよー❤
    そして一旦終わりという恐怖尻切れ蜻蛉。
    遠からず、続きを・・・必ずや。

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらん様、こんばんは❤︎
    ソヨンの想いが切ないですね。
    いつの時代も、従わなければならない圧力が有り、今よりずっと抗うのが困難だったであろう、この時代。
    足元を見られ、従うしか無いと諦めかけていた時、あんな風に名乗り出られたら…。
    ソンジンに気が無かったとしても、それだけで心を奪われてしまいそうです。
    さらん様の最後の言葉が、すっごく気になります❤︎

  • SECRET: 0
    PASS:
    >夢夢さん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    今回のリク話は全て、お題を頂いてから練ったのですが
    この【紫苑】だけ、以前から漠然と決まっていた
    そんなお話でした。
    なので、この後の動きはすっかり決まっており、
    でもここでUPするには話数限界があり・・・と。
    いろいろ悩みつつ、楽しみつつ、でございます❤

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