槍水仙 | 13(終)

 

 

いつでも時代は流れていく。
俺達が竿を差しそれを止める事など出来ん。

王様の廃位と江華島への謫居の命が元の皇帝より下ったのは、媽媽が王様として即位し僅か三年目の事だった。

謫居と言えばつまり島流し、罪人の流配と変わらん。
違うのは流配は罪への刑罰であり、慶昌君媽媽は王様として若すぎた、ただそれだけの事だ。

罪なき者に罪を擦り付ける事はできぬ。
故に慶昌君媽媽の謫居の理由は
「若王の政が重なる国民の不満故」だった。

また王が変わる。あの玉座に座る方が変わる。
俺はそれを守り続ける、ただ影として。
面倒だ。本当にうんざりだと、溜息が出る。

「迂達赤隊長」

謫居の命が下りた後皇宮を出るまで数日となった頃
王様は役目に就いている俺に、そうお声を掛けた。

「は」
「余の部屋へ」
「は」

そして呼び出された王様の康安殿の私室。
王様は小さい御体で大卓の上座に座り、懸命に此方へ御手を伸ばしてきた。
僅かに身を乗り出し、その御手を握る。

「ヨンア」
「は」
「知っての通り私はもうすぐ廃位され、江華島へ謫居の身となる。
ヨンアには迂達赤として新しい王様の護衛がある。
もうなかなか、会うこともないだろう」

その目に浮かぶ色を見ぬよう俺は眸を下げ
「は」
とだけ頷く。
「だから、これを。新王の即位後では間に合わない」

王様は卓の上から封印をした一通の勅旨を取り上げた。
「もう枢密院の許可は得てある。謫居の前で、高麗王の玉璽を押せるうちで、本当に良かった」

王様が何をおっしゃりたいかが読めぬ。
訝しげな俺に、王様がお言葉を重ねる。

「これから私に替わり、元にいる叔父上が戻って来る」
「は」
「きっとヨンアは、その迎えに行かされるはずだ。
叔父上の帰路の随行の責任者と聞いている」
「おっしゃる通りです」

皇宮の奴らは、誰もが待っているのだ。
あの頃忠穆王の死を待っていたように、媽媽が廃位され、謫居先へ移るのを待っている。
そうしながら肚の中で計じているはずだ。
何処につけば最も富と力を得られるかと。

何かを叫び出しそうになり、俺は息を吸い、そして吐く。
面倒だ。全てが面倒だ。
この罪なき若き王様を放って置いてくれ。
敵なら斬れるが、今の俺は何を斬れば良い。

「だから、ヨンア」
この手に小さなお手から、王様が勅旨を渡して下さった。
「その役目を最後に、皇宮を出て良い」
「・・・・・・王様」
真直ぐ此方を見るその目に、俺は呟いた。
「迂達赤を退いて、平民として生きて良い」
「王様」
「ただし、叔父上だけは、きちんとお迎えしてほしい」
「王様」
「ヨンアはいつも言っていた、面倒だと。枢密院執奏も、政も、そして皇宮の全ても」
「・・・はい」
「面倒なのは我慢できないだろう。ヨンアは面倒くさがりだから」

そして王様は笑った。
明るい康安殿のお部屋の中、あはは、と声を上げて。
その後にもう、お口を隠すこともなく。

「皇宮を出るから、もう私も笑っていいんだ。
面倒がないとは気持ちの良い事だな、ヨンア。
だからヨンアにも、この気持ちを味わってほしい」

俺は深く頭を下げた。
最後まで御守り出来なかった、若く、一切の罪なき王様に。
そして勅旨を拝し、それを懐へと深く仕舞い込んだ。

「ヨンア」
「はい、王様」
「今までの全ての事、本当に、ありがとう」

その御声に立ち上がり、深く一礼して踵を返し、俺は媽媽のお部屋を後にした。

 

**********

 

慶昌君媽媽が江華島に向け出立する。

康安殿の前に、禁軍が守る馬車が横づけになる。
俺は皇庭の木の影から、その媽媽のお姿を見ていた。

小さなお体に王衣を纏われ、あそこを歩いていたはずのあの頃の小さな王様。
その方は廃位謫居の命を受け、平服を召したまま、馬車へと乗り込むところだった。
王様には高すぎる馬車の階、登られる王様に手を差し伸べる禁軍の兵はいない。
俺はもう其処へ駆けて行き、手を伸べる立場ではない。

繁った木の枝の隙間からお姿が見える。
木の影から己が見えるよう、俺は体の位置をずらした。

馬車に乗り込む寸前、王様の目が皇庭を彷徨う。
最後の景色をその御目に焼き付けるように。

そして確かに此方を眺め、その瞬間に白かった王様のお顔に赤みが差した。

俺は其処に立ったまま、ただ深く頭を下げた。
慶昌君媽媽はきっと見ていらっしゃるはずだ。

媽媽がお乗りになった馬車がゆっくりと動き出し、皇庭を抜けるまで、 俺は頭を下げ続けた。

「・・・隊長」
馬車の音が去ると同時に、己の横で佇んでいた気配に俺は頭を上げ顔を向けた。

近くの木の影に俺と同じように半ば身を隠し、チャン侍医が此方を向いていた。

「お見送りですか」
「ああ」
俺は皇庭を抜け、兵舎への回廊を歩き始めた。

「此度の元への新王のお迎え、私も人員に入っております」
「知っている」
俺の横を歩きながら飄々とした様子で、侍医は尋ねた。
「迂達赤を退いて、どうなさるおつもりですか」

その言葉に足を止め、侍医の顔を見た。
「何故知っている」
「隊長、私は王様の侍医です。お心易くお過ごし頂くため、御心の重石を取り除くのも役目」
そう言うと侍医は横顔で笑んだ。

こいつも意外と喰えぬ奴だ。
また回廊を歩き始めながら考える。

何をする、か。

「漁でもしながら暮らす」
「もう剣は捨てますか」
「判らん。人相手は面倒だ」
「達観しておられますね」

相変わらずからかう様な声に、此度は素直に頷いた。
「侍医はどうする」
「私は御許しを頂いておりませぬ故、もう暫くは磔の身でしょうね」
「磔か」

その物言いに咽喉で笑う。確かに。磔の身だ。
「面倒がないのは良いぞ、自由に笑えるそうだ」
慶昌君媽媽の言葉を思い出し、侍医に告げる。
「元への出立は、三日後だ」

その声に侍医は頷いた。
「最後の役目ですね」
「ああ」

慶昌君媽媽との最後の約束を守った後には。

静かに一歩一歩、こうして死に近づいていければ。
それまで何にも縛られる事なく自由に生きられれば。
そして最後の日に目を閉じた時、全てに色がなく、その季節すらも考えずに済めば尚良い。

先に逝った皆にもう一度会えるその日を夢想するように、俺は皇庭を見渡した。

 

 

【 槍水仙 ~Fin~ 】

 

 

 

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24 件のコメント

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    なるほど
    勅旨はこんなかたちで 拝したのね~
    3年間 影となり支えてくれ御礼…かあ
    ヨンのこと チャン先生に相談してたんだ
    ヨンが ウンスの笑顔好きななのは
    慶昌君媽媽の無邪気な笑顔が忘れられなかった? 不安げな顔より 笑顔がいいよね~。
    別れの シーンは 泣けます。
    なるほど なるほどの 槍水仙でした。
    お疲れ様でした。
    無理言ってる一人として
    リク話 よろしくお願いします~
    m(_ _ )m

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    ここから、あの雨の中の旅程へと続くのですね。
    なかなか読み応えがありました。
    キョンチャングンママが、ヨンァと呼ぶのも、チェヨンくんの面倒くさがりを知っていることも。
    あの、勅旨をもらった経緯も。
    チャン先生との友情も。
    何よりキョンチャングンママが、賢くて、皇宮の権力争いで歪むとこなく、粛々と運命を受け入れた潔良さに。
    次の章が、とっても楽しみです!(^^)

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    チャン侍医との出会いから、慶昌君様の廃位、そして、雨のシーンに見事につながりましたね。読んでて、納得、感動です。天界の話を聞いてる時の、慶昌君のあの笑顔。そして、悲しい最期を思い出すと涙します。だから、クリスマスリクエストを、クリスマスにと無理強いしたくなりました。お願いをきいてくださってありがとうございます。2回目のは、もう忘れてください。ああ、やらかしました。気分を入れ替えて、明日からのUPを楽しみにしています。

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    『槍水仙』またまたお腹いっぱい胸いっぱいです!
    誇り、団結感じました( 〃▽〃)
    読み終えて、あの雨のシーンを思い出し、またドラマ本編を見たくなりました。こんな感覚初めてです!さらん様ワールド素敵すぎです(*^▽^)/★*☆♪
    次のお話やら企画やらで、更に大忙しな師走でしょうが、お体ご自愛くださいね…
    でも、どちらもめちゃめちゃ楽しみにしてます♪
    シンイ一色の年末年始になりそうです(#^.^#)

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    今回のシリーズも堪能させていただきました。
    ありがとうございました。
    キョンチャングンママのあのシーンが思い出されて涙です(:_;)
    そして、ちゃん侍医との確かな信頼関係も。。

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    >くるくるしなもんさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    今回は、自身の中の流れが一つ埋まった感じです。
    今日からはお話UPが一日1回になって、
    乙女クリパに張り付くと思います❤
    あちらでまた、お会いできたらうれしいです( ´艸`)

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    >ポチッとなさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    そうですね、あの雨中のヨンへと。
    今回は消化不良ひとつ解決し、今日からは
    お話UPが一つ減り、クリパに張り付くかもです❤
    あちらで見かけたら、絡んでくださいませ(*v.v)。

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    >チェヨン1さん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    そんなことないです。本当に、チェヨン1様のご提案通り
    できればそうしたいという気持ちは、本当にあるのです。
    皆様のお気持ちを汲んで、まとめていただいて、本当にありがとうございました(*v.v)。
    今日からは3日間はお話UPを少し減らしつつ
    クリパに張り付くかと思われます(〃∇〃)
    よろしければ、あちらでぜひ❤

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    >ユーちゃんさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    ああ、うれしいです( ´艸`)
    そうやってずっと信義が続いて行ったらいいなーと思います。
    そして1/5~のBS12での再放送へなだれ込んでいただければ(爆
    信義乙女がまたたくさん増えたらうれしいな~と
    大きな野望を抱きつつ・・・❤❤

  • SECRET: 0
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    >さらんさんへ
    いえいえ、協力してくださった、廃人乙女の皆さんのおかげです。
    交流してくださり、本当に楽しい時間でした。
    何よりも、企画してくださったさらんさんに感謝です。
    もう一度言います、惚れてます(笑)。
    今日からのUP楽しみです。
    そしてあちらでは、色々なイベントが…、興奮してフライングしそうになりました(笑)。
    やっぱり、慌てん坊で、懲りない性格。
    でも復活も早いです。
    どちらも大盛況になること間違いなし、参加して楽しみましょう。

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    ヨンと慶昌君媽媽、そしてチャン侍医の語られなかった関係が、分かったような気がしました!
    本当に、またドラマを一から見てみたいです。
    本編とさらんさんのお話がリンクしていて、また
    全然違った見方になる事、間違い無いですね❤
    お正月明けのBS放送が、楽しみです。
    そして、リクエストのUPも楽しみです♪

  • SECRET: 0
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    槍水仙、読み応えがありました。
    今まで不透明なものに包まれていたそれぞれの出会いと別れ。とても納得のいくものでした。本編にまた深い思いが加わった感じです。
    これからあの雨のシーンへと続くのですね。1月からの放送で見直した時、きっと以前とはまた違った気持ちで見る事が出来そうで、とても楽しみです。ありがとうございました。

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさん!私の望んだお題がストーリーになるってだけで、もう有頂天だったのに・・・あの毒を自ら飲んで小さい身体が苦しんで「楽にしてくれ」って・・・チェヨンの絞り出すような声、顔、そして涙・・・思い出しちゃったじゃないですかぁ!!責任とって甘いのお願いします(笑う)でも好きです。

  • SECRET: 0
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    さらんさんの二次読んでいると、こんなんだったんだろうなぁ、と納得します。
    そして、細かく心情・表現されていてとても共感できます。
    慶昌君媽媽は、幼いながらも大人の感性も併せ持ち、利発だったのだろうと思われます。
    人を思い遣る優しい性格で、弱そうに見えても凛とした気丈な部分もある。
    大人の中で1人翻弄され、ヨンが居なければ流され哀れだったかもしれません。
    ヨンへの勅旨、きっとこんなやり取りだったのでしょうね。
    果たされなかったけれど、ウンスに会うまでのヨンの生きる希望とはなりました。
    何時も巻末まで読んだ後は、ほ~っ!と息を付きます。
    それ位内容が濃く、テンコ盛りで読んだ~~~!と実感できるのです。
    さらんさんの思考、覗いてみたいわ(笑)

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    慶昌君様は、本当に可哀想でしたね。
    政に翻弄されて、最後はヨンの為に毒を飲んで…。
    そんな彼の短い王様としての日々を生き生きと描いて下さって、胸が詰まりながら読ませて頂きました
    ヨンとウンスの子供として、生まれ変わってくれたらと
    願うばかりです。
    待医役のフイリップ氏はどうしてるのでしょうかね?
    確か眼を負傷して、途中降板したので死んだ事にしたらしいのですが、あれからドラマで見かけませんが…。

  • SECRET: 0
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    >★sachi★さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    チャン侍医、そして媽媽。そしてチュソク。トルベ。
    ここで描いた愛しい男たちがもういないと思うと、
    年末の寒さの中、涙ですが・・・
    でもこうして書くたびに思い出せて、幸せです❤
    来年も廃人道極めます!( ´艸`)
    sachiさま、もしクリパですれ違ったら絡んで下さいませ~~❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    >チェヨン1さん
    わぁい❤再コメありがとうございます
    私、すでにフライングやらかしております・・・
    くまみやさまに申し訳なく・・・m(_ _ )m
    もう楽しみすぎて、今日の午後本気で仕事が手につかず。
    脳内は、ヨンのことしかありません。
    普段は80%以下に抑えていますが、
    今日はヨン、チュンソク、トルベ、ソンジンが大暴れをし
    そこに各女人が絡み・・・脳内信義パレード・・・(゚ー゚;
    BGMは勿論【信義】OSTです。
    是非是非、楽しみましょうね❤❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    >かよさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    ああ、嬉しいです!
    そうなのです、もしもうちの信義を読み
    「ああ、また観たいわ~」と
    ちらりとでも思って頂く事ができれば、最高だなと
    いつも願っております・・・( ´艸`)
    今年の年末年始も、是非是非【信義】三昧にて!

  • SECRET: 0
    PASS:
    >ままちゃんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    うわあい、もしも不透明な処が、さらん解釈にて
    「ああ、こういうのもアリかもね」と思って頂ければ
    これは書き手冥利に尽きまする(*v.v)。
    今年も一年【信義】にて暮れ、来年も【信義】にて
    明けるよう、心からお祈りしつつ…( ´艸`)
    まずは乙女クリパでお逢い出来ますように❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    >victoryさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    うふふ≧(´▽`)≦、責任はガッツリと取らせて頂く所存。
    「俺以外に誰が取る、ふざけるな」と
    我が家のヨンも、申しております(爆
    甘く切なく、遣る瀬無く。そして笑いとペーソスに満ちた
    そんなお話、目指します( ´艸`)

  • SECRET: 0
    PASS:
    >mayuさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    うわあ、そう読んで頂けると嬉しいです!
    理想は、10年後に読んでも、あの時のヨンが
    思い描けるお話、そして
    「超久々に、観たくなったわ~」と思って頂ける
    そんなお話です。理想だけですが(;´▽`A“
    実力をつけろ、という感じですね・・・反省反省・・・

  • SECRET: 0
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    >チビママさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    フィリップ氏、私も大好きなので気にかかります・・・
    財閥の跡継ぎよりも祖国で俳優に‼と、アメリカから
    帰国されたほどの気概をお持ちの方だと思うので
    是非また近々、拝見したいのですが・・・
    検索しても近況を確認できず、悲しいばかり(ノ_-。)

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらん様、こんばんは❤︎
    お疲れ様でした(^∇^)
    媽媽が、ヨンは面倒くさがりだと言っていた事に、正直?でした。
    媽媽に対して、ヨンが面倒な顔をする訳も無く、媽媽が確信をもってそう断言するのは何故なのか?
    こんな話の流れなら、納得です。
    やっぱり、さらん様ですね❤︎
    まさしく、私たちの知る信義の直前までの今回。
    楽しかった~(≧∇≦)

  • SECRET: 0
    PASS:
    >夢夢さん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    そうなのです、もうこの辺りは本編なぞなぞ、という
    消化不良台詞、解消するぞ!的な立ち位置のお話です。
    楽しいパーティの隙間で、こう言う事を考え
    あちらでも3日間限定で散文短文、ヨンの声を
    連発しております。
    探して頂けたら嬉しいです❤

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