槍水仙 | 7

 

 

事が起きたのは、隊長と知り合い時折茶を共にするようになった翌年だった。

深刻な胆の持病を持っておられた王様が、十を二つ超える御歳で崩御された。

その半年も前より御病態は深刻だった。
既に来たるべきこの日を見越し準備がなされていた皇宮では、葬礼の儀が粛々と進んだ。

私はその葬列の中、白い喪服に身を包み、頭を垂れ、拳を握り、力の及ばなさを悔いた。

そして葬列の先頭を守るのは鎧に身を包む、参礼の中で一際壮麗な迂達赤の隊列だった。

 

**********

 

「侍医」

王様の御病態が悪化の一途を辿る頃。
ある日珍しく隊長が典医寺へと入って来て、私に声を掛けた。
「隊長」
私が席を立つと大股で部屋を横切った隊長は向かいの椅子に腰掛け、前置きなく口火を切った。

「いったん皇宮を出ろ。天竺でも元でも良い。
暫し身を寄せられる処へ」

この方が血相を変えてくるなど、一体何の話かと思えば。
私はその声に首を振った。

「隊長、それが出来ない事はあなたが一番良くご存じだ。私は現在、王様の元を離れることはできません」

 

畜生、絶対にそう返すと思っていた。
この石頭の男の事だ。
「王様の御病状悪化により、弟君の慶昌君媽媽に元より摂政任命と、次王冊封の詔書が届いている。
意味が分かるか。
媽媽が詔書を奉じ、即位されてから皇宮へ戻れ。
侍医が手を尽くしても王様の御病態は変わらぬ」

 

その隊長の声に、私は冷静に声を返した。
「どの医官が診ようと変わらぬ、故に放って置け、もう諦めろと、そう仰るのですか」
隊長は珍しく額に汗を浮かべ、押し殺した声で怒鳴った。
「そうではない!
万一重臣共が、侍医に王様の御病態悪化の責任が一端でもあるなど、騒ぎ始めたらどうする」

その声に侍医は、何故かこの場にそぐわぬ柔らかい目で微笑んだ。
「隊長」
「何だ!」
「心配して下さって、感謝致します」
「惚けた事を言う場合か!とにかく」
「隊長」

その侍医の声。
もう無駄と悟った俺は、椅子を蹴って立ち上がった。
「俺は言った。後は侍医次第だ」

 

私の声で分かってくれたのだろう。
隊長は乱暴に椅子から立ち上がるとこちらを睨み付け、
「俺は言った。後は侍医次第だ」
それだけ言って、来た時と同じように大股で部屋を出ていった。
最後に大きな音で締められた扉の音に苦笑して席を立ち、窓の外、肩をいからせ典医寺の薬園を飛び出す隊長の姿を眺めた。

 

あの侍医は、全く馬鹿か。
どこまでやれば気が済むと言うのだ。
回廊を駆け抜けながら考える。
何処から攻め落とせば最も効率が良い。
今一番の要は何処だ。

次の瞬間それを思いつき、俺は皇宮を抜ける為、大門に続く最短の回廊へと全速で駆けた。

 

**********

 

「媽媽、迂達赤隊長チェ・ヨン殿が」

先の王、忠恵の側妃である媽媽の母君。
ユン氏のお屋敷を訪ねた俺を見、家人が慌てたように慶昌君媽媽への取次に走る。

「通って頂きなさい」
部屋の中よりの幼い声が、この耳に確り届いた。
「どうぞ、隊長」

続いてかかった慶昌君媽媽の御声。
目前の部屋の扉を、姿勢を正し一礼して開ける。
静かに中へ入り

「迂達赤隊長、チェ・ヨン参りました。
突然の無礼なご訪問をお許し下さい、慶昌君媽媽」
そう言って深く頭を下げる。

「あなたが迂達赤隊長ですか」
その声に顔を上げ、初めて間近で慶昌君媽媽を拝する。
父親である、俺の隊長を殺した先王忠恵の庶子。
皇宮内に盤石の後ろ盾もない。
兄である現王様の御病態の悪化で突然表舞台に立たされ、ご心痛かと思ったが。

目前の慶昌君媽媽はその年頃に相応しく幼い頬をし、幘を頂いて、利発そうな目でじっと此方を見つめていた。

「会えて嬉しい。あなたの話は、いろいろな者より聞いていました」
その言葉に俺は苦く笑う。
「良い話だと嬉しいですが」
その言葉に目の前の媽媽はあはは、と笑い、慌ててご自身の手で口元を抑えた。

「大層な、面倒くさがりだと」
声を顰めた媽媽に、俺は眸を眇めた。
媽媽は俺の眸を見て頷き返し、
「王は大きな声で笑うなと、叱られています」
寂しそうに呟いた。

「左様でございますか」
俺は溜息をついた。
すると媽媽は不思議そうに声を重ねる。
「しかし王の近衛である迂達赤隊長が何故、まだ摂政の立場の私に会いに来たのですか」

そうだ。この幼く賢い摂政のおっしゃる通り。
この突然の訪問を訝しがられるのも当然だろう。

「畏れながら、媽媽に伏してお願いをするため伺いました」
「願いですか」
「は」
「それは、どのような」

不思議そうな目を向けられる媽媽に、俺は深く頭を下げて打ち明けた。

「某の、最初で最後の、慶昌君媽媽へのお願いです」

 

 

 

 

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16 件のコメント

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    王様が崩御すれば、場合によっては侍医も責任をとらされ、死ななければならない時代。侍医を助ける為に、次の王である慶昌君媽媽と、初めて出会ったのですね。ヨンがそこまで動いたのは、侍医の人柄、志、素晴らしい医術、テマンを助けてくれたお礼かな?ヨンの周りに、必要な人たちがそろっていく様子が、見事ですね。さらんさんは、一体どこまで信義を、みつめているのだろう? ドラマの続きを書く人は、多いけど、過去まで書くのは、今のところ、さらんさんだけかも?とても興味深く、読んでます。

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    >チェヨン1さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    私の場合、完全に消化不良解消のため、
    自己解釈のみで、書いていますが…(;´▽`A“
    過去が現在を作り、現在が未来を作るかなとw
    現在、そして未来のヨンを愛したら、後は過去しかない!と。
    相変わらず不勉強で、なかなか皆さまの二次を読めぬ身としては
    ひたすら自分勝手モードで、進んでしまいます・・・(´□`。)

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    ヨンは武士の情けをかけようと?
    まだこの時点じゃ チャン先生 罪人じゃないから・・・
    チャン先生は 侍医としての プライド 最後まで手を尽くす・・・
    う~ん 男!! (くるくる、意味伝わらないよ~)
    どちらも 人のために力を尽くしてます

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    チャン侍医もなかなかの頑固者ですね。
    その、医師としての自負をいかなる立場になろうと放棄しない侍医をやはりヨンは放ってはおけないのですね。
    これも、チャン侍医の積み重ねた物がヨンを突き動かしているのかしら。
    慶昌君との体面ですね。まだあどけなさと、やはり王になるべく器を兼ね備えた方だったんですね。
    ヨンはどのように願い出るんでしょうか。楽しみです。

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    チャン先生は、ヨンにとって、信頼できる守るべく人になっていたエピソードですね(^O^)面倒くさがりのヨンが、最初で最後のお願いまで…(^O^)
    さらんさんのお話を読んでいると、妄想スイッチフルパワーONで、背景まで映像化されて頭に入ってきます。お話だけど、映画をみてるみたいです。

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    ここまで侍医の為に行動出来るなんて,ヨンは侍医の事を信頼し,友情が芽生えてきているからですよね。
    後宮なんて保身の為に行動する人が多いでしょうから,この二人は稀有な存在でしょう。
    内攻を使っての治療,ドラマでは最初だけでしたが,脚本の方向転換したのかな~
    まぁ,そもそもCOEXでヨンが行った雷功はかなりの力があったから,あれだけの力があればキチョルに対抗出来たよね~みたいになるから使わなくなったのか。
    剣が持てなくても大丈夫・・・みたいな。
    多分,大人の事情ですよね(;^_^A

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    最初にドラマを見たときから気になっていた、みんなのそれぞれの過去。
    自分の想像・妄想ではつじつまが合わなくなることが多くて不完全燃焼でしたが、今ジワジワとパズルが合いかけてきました(^~^)
    お話リクのキリ番が当たった気分です
    続きが楽しみです~

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    >くるくるしなもんさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    いやあ、情けと言うよりは義理返しのようです。
    あとは、結局世話焼き?守る本能?
    まっとうな事をしている人間が、権力の犠牲になるのが
    一番許せないようですσ(^_^;)
    しかし、華のない今回、慶昌君媽媽とテマンの可愛さに
    少し活躍して頂かないと・・・(;´▽`A“

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    >ままちゃんさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    実は、媽媽にお願いする場面は、敢えて書きませんでした。
    何かがあった、ヨンはお願いをした。
    平身低頭願い出たのか、もしくはいつもの通り
    願い出る体で、でもあの恭愍王への時のように
    立ち尽くしたまま、真っ直ぐに自分の気持ちを伝えたか。
    ままちゃんさまや皆さまの妄想頼りです( ´艸`)

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    >すんすんさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    私もこれは思いました。
    雷功が使えれば、剣が持てなくても大丈夫、
    だからあんまり使えなくしたのかな、と。
    でないと、最後の手の震えも意味が薄くなるし・・・
    うーん、でもやっぱり基本は大人の事情?
    どうなのでしょう、気になります( ´艸`)

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    >よってさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    そうなのです。
    私も第一話で、完全に出来上がっていた
    迂達赤の絆やら、チャン・ビン&チェ・ヨンの絆やら
    この色男たちは一体・・・と思ったものです(爆
    そう言う謎や消化不良の糸を解くために
    いろいろ書いているわけですが、
    ウンス登場の前なので、地味地味な感じで(゚ー゚;
    華と言えるのは、ほんのわずかに出てきたトギのみ。
    ううう、結構辛いですww

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    めんどくさがりのチェヨンくんが、チャン侍医に忠告。
    殺すには、惜しいと思わせるチャン先生の人柄ですね。
    あははと声を出して笑うキョンチャングンママ。このまま暮らした方がどれほど幸せだったでしょう。

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    さらん様、こんにちは❤
    可愛らしく、利発だった媽媽。
    幼くして政に担ぎ出され、非業の最期を遂げられた方。
    最期に、ヨンを救って逝かれた方。
    思い返せば、ヨンの周りには、チャン侍医をはじめ、ヨンを気遣ってくれる人が沢山いたのです。
    迂達赤もそうですし...。
    ヨンが暗い水の底に沈んでいたせいで、何も見ていなかったから...。
    ヨンは、決してひとりでは無かったのですよね。
    そう信じたいです❤

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    >にしブ~さん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    昨日書いたコメを消してしまった・・・!
    申し訳ありません(゜д゜;)
    今回は、殺風景なお話しにもかかわらず、
    妄想スイッチON、ありがとうございます。
    ヨンが周辺を見ていないので、景色描写がない。
    ウンスも王妃媽媽もまだなので、華もない。
    なかなか妄想の余地もないと思いますが
    楽しんで頂けると嬉しいです❤

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    >ポチッとなさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    今回は、侍医と慶昌君媽媽のいくつかの謎を
    自分内で解消するためのお話なのですが、
    いやーん、華が、華がなーい!
    そうですね、媽媽はきっと歴史に踊らされる中で
    それでも使命を果たそうとしてくれると思います。
    あの最期まで。はい(ノ_-。)

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    >夢夢さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    一人ではないですね。
    一人ではないですが、その有難味にもなかなか気づいていない。
    ある意味一番勝手な時ですσ(^_^;)
    でもこの時期がなかったら、この後もないので
    うーん、と思いつつ、消化不良解消に邁進中です・・・

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