槍水仙 | 9

 

 

王様が征東行省への呼び出しを受けたのは、即位の儀が完了した直後だった。

王様の即位以来護衛として忙殺される隊長を、呑気な茶会に誘うことも出来ぬまま。
私の中には猫の腹の毛玉のような、胸焼けを起こす塊がずっと詰まっている。

隊長は何を考えていたのか。

あの天竺の王と同じ昏い目があまりに気にかかり、当初は隊長を調べようと思った。
しかし皇宮の中、少しばかり耳を澄ませば、集めようとなどせずとも隊長の噂は簡単に、いくらでも耳に入って来る。
あまりの鬱陶しさに、終いには塞ぎたくなるほどに。

隊長は武閣氏隊長チェ尚宮殿の甥御だという事。
隠密部隊、赤月隊の最年少の部隊長だった事。
赤月隊は全員が内功の遣い手であり、赤月隊 隊長は二代前の忠恵王に刺殺された事。
赤月隊は解隊され、当時の隊員は隊長を除き全員が忠恵王への不敬罪で投獄された事。
しかし牢番が気づくたびその姿が牢から消えており、隠密部隊ゆえ、影になり牢から抜けたと囁かれた事。
そして野に下った赤月隊は、その後ほとんどが何らかの形で命を落としている事。

その絡繰りを解くのは易い。
噂通りなら、隊長は内功遣い。
赤月隊隊長を忠恵王に殺害された後ご自身が手引きをし、仲間を牢から脱獄させたはずだ。
そしてその隊員たちまでが亡くなった。

あの昏い目の謎が解けた気がした。
その中で隊長が受けたであろう心の傷が、余りにも心配だ。
私に何か手助けはできないか。
そう考え典医寺での茶飲みに誘ってきたが、まさか隊長を救う前に私が救われるとは思わなかった。

こうして隊長に救われた以上、私にも義がある。
必ず隊長をその闇から救うと心に決める。

覚悟して下さい、隊長。
ご存じの通り私は諦めが悪いのですから。
心を定めた直後に伝えられた、王様の征東行省への呼び出し。
侍医として随行を命じられ、久々に隊長と話す時間も取れるかと、僅かばかり安堵する。

 

きな臭い。話を聞いてすぐ思う。
征東行省への呼び出しはまだ判る。
属国の王として挨拶に来いとでも言うのだろう。
しかし問題はその時期だ。

即位の儀礼が終わり、王様がようやく政に着手する瞬間を狙うような此度の呼び出し。
そして現在、王様に正面より敵対している徳寧公主。
元の公主が王様を襲うため元の名と力を利用して、王様を警備の手厚い皇宮から引き離したとすれば。
辻褄は遭う。

息を吐いて寝台に横になる。 全く、何て面倒だ。
しかし読み通りならば必ず何か起こる。
こういう勘は外れぬものだ。

そう思い寝台の上で目を閉じた。
出立は二日後。それまでは眠る。

 

**********

 

「参ります。宜しいですか」

王様の乗られた馬車の横、格子窓に向け声を掛ける。
「良い」
そう返る声に頷き、馬を出す。

征東行省までの道。襲われるとすれば何処だ。
習慣になった一連の行動。警戒姿勢を崩すな。
敵の肚を読み気配を察知しろ。
最悪を想定し最善で動け。
ただ影のよう何も考えず。

来る。
馬車を出して二刻程。
愛馬の耳がひくりと動き出し、前後に忙しなく反応し始めた。

「て、て隊長」
後ろのテマンが声を上げる。
「ああ」
頷いて、周囲の気配に気を配る。

馬車の周辺、聞き慣れぬ蹄の音が増えている。

その瞬間。
俺は僅かに馬を前に出し、馬車の逆向こうに付くチュンソクを呼ぶ。
「副隊長」
「は!」
馬車の向こうより前に出た馬の上、チュンソクの声が返る。
「警戒しろ」
それだけを告げる。
「は!迂達赤、警戒せよ!」
チュンソクの声が飛ぶ。

俺はその間に馬を下げ、格子窓の横につける。
「王様、暫く揺れるやも知れません。窓は開かず。
問題御座いません。確りお掴まりください」
そう言うと格子窓の中から緊張した声が返ってきた。
「分かった。隊長」
「は」
「信じている」
「は」

その声を聞き、馬車を囲む迂達赤を見回す。
「迂達赤!」
「は!」
「馬車に密着して御守りせよ!」
「は!」

再度馬を前に進め、御者台で手綱を握る迂達赤に命じる。
「全速で、行ける処まで進め」
「は!」
御者の迂達赤が、馬車馬に鞭を入れた。

 

王様の乗る馬車に付き従って馬を走らせていると、前方の隊長の動きが俄かに慌ただしくなった。

何が起きるというのか。

馬上で懐に手を入れ、そこに納めた扇に指を触れた。
すぐに馬車の速度が上がる。
それに合わせて馬を駆りながら、周辺に目を凝らす。
私にはまだ何も見えない。

 

速度を上げて進みながら周辺の気配を読む。
来る。

敵の蹄の音は既に判るほど大きくなっている。
来い。

次の瞬間、左右から飛び出してきた馬に前を塞がれる格好で、馬車は急停止した。

 

 

 

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7 件のコメント

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    次々と王様がかわった頃、権力を狙う者から王様を守る、たとえ心に傷があろうが、面倒だろうが、隊長として生きるヨン。チャン侍医が同行したこの場面で、危機から逃れる為にあれがでるのかな? 天気は大荒れになりそうですね。お仕事も忙しい時期、さらんさん、皆さん体調に気をつけてね。(既に先週寝込んだ人が言うと説得力ないですね(笑)。

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    チェヨンくんが、ウダルチテジャンになって7年間のウンスちゃんに会うまでの、2年半前の事ですね。
    面倒くさがりでも、役目はきっちり果たします。
    でも、出立までの2日間は、寝太郎を決めこむ。プジャンも苦労します。
    それにしても、国内で王様を襲うって、この王国も末期だと分かりますね。

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    >チェヨン1さん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    もうお風邪はすっかり良いのでしょうか?
    昨日とっても寒かったので、心配です(・・;)
    今日は打って変わって良い天気ですが、
    くれぐれも無理はされぬよう、ご自愛くださいね❤
    あれは、ここでは出ないです。オンニが来るまでは
    なかなか、出ない感じがするので。
    出すなら、王妃媽媽が斬られたあの宿屋の襲撃の時、
    とっとと出してた気がするのです・・・という解釈が
    また炸裂したりする私です(;^_^A

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    >チェヨン1さん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    もうお風邪はすっかり良いのでしょうか?
    昨日とっても寒かったので、心配です(・・;)
    今日は打って変わって良い天気ですが、
    くれぐれも無理はされぬよう、ご自愛くださいね❤
    あれは、ここでは出ないです。オンニが来るまでは
    なかなか、出ない感じがするので。
    出すなら、王妃媽媽が斬られたあの宿屋の襲撃の時、
    とっとと出してた気がするのです・・・という解釈が
    また炸裂したりする私です(;^_^A

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    89>チェヨン1さん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    もうお風邪はすっかり良いのでしょうか?
    昨日とっても寒かったので、心配です(・・;)
    今日は打って変わって良い天気ですが、
    くれぐれも無理はされぬよう、ご自愛くださいね❤
    あれは、ここでは出ないです。オンニが来るまでは
    なかなか、出ない感じがするので。
    出すなら、王妃媽媽が斬られたあの宿屋の襲撃の時、
    とっとと出してた気がするのです・・・という解釈が
    また炸裂したりする私です(;^_^A

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    >ポチッとなさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    単純に史実だけ並べると、本当にこの頃は
    いつ元に呑まれてもおかしくない頃ですね。
    元の意向で、ころころと高麗王が変わっています。
    復権、病死、謫居、それが7年で起こるとは
    日本の内閣も真っ青な変わり様。
    政治不安は国内の乱れ、国内の乱れは民の乱れ。
    それを面倒と斬り捨てるヨン、その心、未だ冷たい雪の中…(ノ_-。)

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    さらん様、こんにちは❤
    ヨンとチャン・ビンは、お互いを認めながらも、まだ互いに探り合っている様子。
    引き出しを沢山持っているもの同士、簡単には行きません。
    こんな完璧な男二人が現実に私達と同じ時代に存在したら、それはもう「花男」の世界です。
    全女性が憧れ、独占したいと思うでしょうね。
    今更ながら、ウンスって凄いな❤羨ましいな❤
    こんな思いを抱きつつ、次話を楽しみに(*^_^*)

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