槍水仙 | 3

 

 

「隊長」
テマンの小さな声に目をやると、横から医官が
「薬湯を持ってきます」
と薬員に合図する。

「お、お俺」
「テマナ、ソンピョンを二十も喰うやつがあるか」
呆れ声でそう言うと
「最後に母さんがつ、作ってからたた、食べてなかったから」
テマンが寝台の上で背を丸める。

そうだ。こいつが家族と別れたのは、俺が父上を亡くした時よりずっと幼い頃だ。
それを思いだし頷いて諭す。
「秋夕の日には加減しろ」
「も、ももういらないです」
テマンは頭を振った。

「テマンというのか」
俺たちの話を脇で静かに聞いていた医官が、そっと入って来た。

テマンはぴたりと口を閉じ、寝台から飛び降りて俺の脇に控え、医官を睨み付ける。
「テマナ」
声を掛けるとテマンが俺の顔を見る。
「寝ていろ」
「ででも」
「良いから」

顎で寝台を示すと渋々頷き、テマンは寝台へと戻り横になった。

医官はそんなテマンの様子も、そして俺の様子も一向に気にせぬ風に
「どこか、痛くはないか。辛いところは」
と、静かにテマンに尋ねる。
テマンは困った様子で眉を下げ、此方を見遣る。
正直に答えろと俺が顎で頷くと、
「・・・い、い痛くないです」
仕方なさそうに首を振る。

「辛いところは」
医官が再び、辛抱強く繰り返す。
「な、ななないです」
「少し診ても良いか、テマン」
医官は寝台の脇に中腰になり、テマンに目を合わせて穏やかに尋ねた。

テマンはおとなしく寝台に仰向けになる。
それを承諾の印と受け取ったか医官はその脈を見、僅かに頷き、続いてテマンの腹に手を伸ばす。
そしてあちこち押したり触れたりした後に
「薬を飲めばすぐに良くなる。辛かったら、すぐここに来ると良い」
そう微笑んでテマンに告げ、次に此方へ振り向き訊ねた。

「少々宜しいですか」
俺は頷くと、控えていたトルベに向かう。
「テマナを見ていろ」
「はい」
頷いて返答したトルベを見てから歩を進め、診療部屋を出る医官の後に続き、俺は表へ出た。

 

**********

 

典医寺の薬園。
月の光の下に庭の草木が蒼い光に照らされ、長い影を伸ばす。
その中でひときわ長く影を落とす医官の隣に立つ。

「自由にさせてあげれば良い。登りたければ、木でも屋根でも柱でも。
それで少しは気が晴れるでしょう」
「止めていない」
医官の言葉にそう返す。

「あなたの顔を見てからの脈は、先程までと比べ物にならぬほど落ち着いていた。
そうでなければ元の場所へ返せと伝えるつもりでしたが。
あの子はあなたが、とても好きらしい」

何処か人をからかうように言う医官に、俺は目線を当てた。
「知らん」
返答に苦笑すると医官は此方を向き直り、軽く頭を下げた。

「名乗り遅れました。初めまして。
典医寺侍医、チャン・ビンと申します」

侍医。王様の医官だったのか。

「王様の元で顔を見たことはない」
伝えると、侍医は口元で微笑んだ。

「赴任したばかりで。正式には皇宮侍医ではないのです。
明日王様より宣旨が下る予定でした。テマンが私の最初の皇宮での患者」
「侍医なら他の患者の治療は、下の医官に任せんのか」
俺は好奇心で訊いた。
王様付きの侍医であればいくらでもそう出来る。
夜中に叩き起こされ、面倒など背負わなくとも。

「何ゆえ」
「何ゆえ?」
「私が此処にいた。患者が運ばれた。
何ゆえ下の医官を呼びつけ、時間を無駄にして患者の苦しみを長引かせるのです」

この侍医は不思議そうに目を瞠り、俺に向かって問い返した。
そういう奴か。こいつもきっと皇宮では苦労する。
自分よりも幾つか年上そうな男を見て、俺は胸裡で呟いた。
首を振って侍医に向き直ると、
「迂達赤隊長、チェ・ヨンだ」
「初めまして、隊長」

侍医が此方に手を伸ばす。
誰ともわからぬ奴に手を預ける訳もない。
無視するとその手はそのまま、何事もなかったように引込められた。

「帰って良いか」
侍医は穏やかに頷いた。
「テマンは念のため一晩こちらでお預かりし、明日兵舎に帰します。恐らくはもう安心でしょう」

その声に俺は溜息を吐いた。

 

 

 

 

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20 件のコメント

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    テマン、本当にテジャンが好きなんですね。野生動物なみの警戒心。
    チャン先生、赴任してきたところですか。
    20代後半かな。
    テマン、おとなしくチョニシで寝るかしら?

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    テマンといい、チャン侍医といい、ドラマのちょっとの設定を見逃さず、さらんさんの信義に書き起こす。しかもドラマを見ているようなこの感じ、なんて伝えたらいいのでしょう(?_?)。本当にこんなシーンあったよね、って思ってしまいます。チャン侍医らしい言葉と動き、患者に対する態度。それにヨンを見ただけで落ち着くテマンの脈まで。見てないはずの若い頃のチャン侍医、ヨン、テマンに、懐かしさがこみあげてきました。

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    『あの子はあなたが、とても好きらしい』ってところで、感涙!
    チャン先生!ヨンはテマナのたった一人の大切な温かい光だから、引きはなさいでね(>_<)
    さらんさん、テマナとヨンが実年齢で1コ違いという情報に、どびっくりです( ̄ー ̄)!

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    >ポチッとなさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    もうテマンの場合は並、と言うより、すでに野生動物?
    そうですね、逆算すると、先生はこの頃27~8歳
    タメです( ゚-゚)( ゚ロ゚)(( ロ゚)゚((( ロ)~゚ ゚
    こんな同級生いたら、大変です・・・爆

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    >チェヨン1さん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    うわー、それは嬉しいです。
    私の場合、本編系は全てこの後の二次が続くための
    下準備と言うか、足元固めと言うか
    こんな解釈だから、こう繋がっていますと言う
    消化不良の解消なので・・・
    懐かしさがこみ上げて頂ければ❤
    あ、でもそれはチャン先生のpicに、すごく助けた頂いていますがw

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    >kumiさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    そうなのです。私もテマンが可愛すぎて
    弟にしたいっ!でも万一、万一オッパだったらどうしよう!と
    慌てて年齢を調べたことがあり、おお、ギリセーフいっこ下、
    でも、ということはミノ氏のいっこ下~~!とw
    もううちのテマンはヨンの為なら火の中水の中、なのです❤

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    >くるくるしなもんさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    あ、もうヨンのスルースキル、さすが武人!ですw
    ウンスにも、剣を生業とするものに気軽に触れてはなりませぬと
    そう、教えておりますのでw
    これでホイホイ握手とか、萎えるわーです(;^_^A

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    テマンとチャン侍医と最初の頃だぁ~♥
    嬉しいです♥゚+。:.゚(*゚Д゚*)゚.:。+゚
    やっぱりいいなぁ♪
    また覗きに来ます|д゚)ジー
    ぐるっぽの方でお会いできたら嬉しいです♥

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    おはようございます!さらん様
    朝から泣いてしまった!
    「この子はあなたの事が好きなようです」で(つд`)
    チャン先生、さすがに人を見る目がおありです。
    このお話すごく好きになる予感♡

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    テマン本当にヨンが好きなんですね。
    また、それを即座に見つけるチャン侍医もただ者ではありませんね。
    ヨンに対する態度も大人です。
    ヨンの方が警戒している感じがします。
    ふたりの初めての出会いは間合いを取って観察をするところからって感じですね。

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    テマンはヨンに絶対的な信頼を抱いてますが,忠誠心というより,多分家族的な愛ですよね。
    親の様な兄の様な・・・
    生まれてすぐの雛が最初に見たモノを親と思うみたいな純粋な感じでしょうか。
    ヨンも叔母様以外に親しい身内もいないから,特にテマンが可愛いですよね。
    チャン侍医の微笑みを見たら,いつか思いっきりの笑顔も見たくなってきました。
    いつも落ち着いた雰囲気で,声を出して笑うなんてイメージ出来ないけど,だからこそ一度は見てみたいな~

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    >ののさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    そうなのです、最初の頃です❤
    この頃は、いろいろなことが起きています。
    もう、本編の最初の頃台詞を拾いつつ、消化不良解消モードです。
    喜んでいただけたら、嬉しいです❤

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    >わいやーさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    最後に「ああ、こういう感じかー」と
    思って頂けたら、嬉しいのですが❤
    好きになって頂けたら、光栄です・・・(*v.v)。

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    >ままちゃんさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    チャン先生の対応は、完全に医者目線かな、と。
    あの観察眼が、私の好みで盛り込まれています❤
    TEAMヨンは、完全武士モードで警戒警報発令中ですw
    知らぬ奴に手を預けぬとか、トルベを蹴飛ばすとかw

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    >すんすんさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    そうなのです。
    【紅蓮】で初めてヨンが認めますが、お前は俺の弟分だと。
    そしてテマンはもう既に【蛍袋】で言っていますが
    父さんと母さんが死んで呼んでくれなかった名を
    呼んでくれるだけで良かったと。
    これだからうちのお話は面倒くさくて、過去の話、
    そして未来の話に、キーワード鏤めなのですw

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    さらん様、こんばんは❤︎
    超イケメンの天才ふたりは、おそらく、この短い時間で、相手をほとんど理解したのでしょう。
    互いに信頼し、でも己れのテリトリーでの事は、誰が相手でも決して譲らない。
    素敵ですねぇ♪( ´▽`)
    そして、私はそう信じているのですが、ふたりは同じ女性を愛する事に….。
    愛し方は全く異なりますが❤︎

  • SECRET: 0
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    >夢夢さん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    もう、ここからヨンのあのストーカー@典医寺まで
    二人の縁は、なんだかんだと切れずw
    書くほどに、チャン先生はウンスが好きだったはず!と。
    いやあ、今【六花】を書けば、もう少し違う、濃いお話が
    書けそうな気がします・・・

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