槍水仙 | 2

 

 

闇に沈んだ夜中の部屋。

聞き慣れない呻き声で目覚めた俺は、反射的に頭の側に立て掛けた鬼剣へと手を伸ばす。

そのまま目を凝らし部屋の中の気配を読む。

秋の月明かりの差し込む部屋の中。
全てが静まり返るその片隅に、小さく丸まった影がある。

テマン。

普段であれば夜の間は部屋でなく、窓の外の木の上か、さもなくば兵舎の吹抜けの隅でおとなしく眠っておるものを。

「テマナ」
声を掛けると体は丸めたまま、わずかな呻き声だけがぴたりとやむ。
俺は寝台を立ちテマンへ近づく。
近付いて見た奴の顔に浮かんだ珠の汗に驚いて眸を開く。

「どうした」
テマンが苦しそうに言う。
「は、はら」
「腹が、何だ」
「痛いです」

テマンを背に担ぎ足音高く階を降りる。
兵舎の下階より音に気付いたチュンソクとトルベが飛び出てきた。
「隊長!」
「如何しました、隊長!」
「典医寺に行く。トルベ、来い」

そう告げるとトルベは緊張した面持ちで
「はい!」
と短く返答し、後に従った。

月が頼りの夜中の道をテマンを担いで駆ける。
典医寺に飛び込み診療部屋の扉を、拳で殴りつけるように数回叩く。

すぐに中から扉が開く。
薄明かりの灯るその部屋へ駆け込んでテマンを診療台へと寝かせ、ようやく息を吐いて俺は顔を上げた。

「どうなさいましたか」
白い医官服を素肌に羽織り、しかし前は肌蹴たまま。
肩までの髪を素早く結び、手際よく室内の蝋燭に火をつけ、油灯に次々と灯を入れながら目前の医官が尋ねた。

「腹が痛いと」
この返答に医官は自身の上着の袷の胸紐を縛る。
そしてテマンの腹に触れ、脈診し、舌と目を見てから此方を振り向き静かに訊いた。
「夕餉は何を」
それに応えてトルベが告げる。
「ソンピョンを」
「いくつほど」
「二十ほど」

それを聞いた瞬間、トルベの足を蹴り飛ばす。
「お前らは馬鹿か。加減も判らんこいつに好きなだけ喰わすとは」
怒鳴りつけた瞬間。

俺とトルベの間に、その丈の高い白い医官服が立ちはだかった。

「あなたは獣使いか。口で伝えればわかる。暴力はやめて頂く」

穏やかな低い声ではっきりと言いながら医官服の腰の帯を締める男に目を当て
「俺の流儀だ」
そう言えばその男は此方に目を当てたまま
「あなたの流儀は無関係。今ここは私の管轄だ。私の流儀に従って頂く」

そう言って横に従った薬員の持つ箱の中より、鍼を取りあげた。
「桶を」
静かに告げた声に、控えた薬員がすぐに桶を渡す。
医官は鍼を目の高さに上げ油灯に照らして鍼先を確かめると、テマンを仰向けにした。

しかし奴も辛いのか、唸ってすぐまた背を丸める。

再度医官がその体に手を伸ばした瞬間。
テマンはいよいよ唸りながら、その手に向かい歯を剥きだした。
「テマナ!」
声を掛けると薄ら目を開け、此方の顔を覗いてやっと大人しくなる。

「そのままで結構。鍼を打つ間だけ、動かさぬように」
呟いた医官がテマンの腹へと素早く鍼を打つ。
暫くするとテマンが喉元で嫌な水音を立て、医官が口元で支える桶の中に胃の腑の物を吐き出した。

「食べ過ぎではない。この子の胃の腑の痛みは、気鬱のうえでの事。
胃の腑に逆気が溜まっていた。このままいけば、最悪胃の腑に疕が出来ます。
手足から見るに、この子は四つ足で走るのですか。掌底と足裏が石のように固くなっていますが」
「速く走る時はそうかもしれん。その姿を見たことはないが。
ものに上る時は器用に手足を使う」

山で初めて見た時は二本足で走ってはいたが。
そう思いつつ答えると
「そんな子をこの狭い皇宮へ連れて来たらどれほど気鬱になるか、考えもしないのですか」
医官が真直ぐに問うた。

確かにそこまでは考えなかった。
親を亡くし、山で一人のテマンを見て、何処か自分を見るようだった。
だから連れてきたのかもしれんと、今になって思う。

眉間に皺が寄る。
山にいた方が幸せだったか。
親のない子供は不幸だと、一人でいるのは寒いと決めつけた俺が間違いだったのか。

胃の腑にあったものを全て出しようやく落ち着いたか、やがてテマンは診察台の上で目を開けた。

 

 

 

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20 件のコメント

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    山の中から、ヨンに連れられてきたテマンが、こんなになってたなんて、考えもしませんでした。読めば納得なのですが、ここまで想像するさらんさんに驚いてます。書きたい話がどんどん出てくるなんて、二次の世界だけでは、勿体ないです。

  • SECRET: 0
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    テマン、食べ過ぎ!かと思ったら、気鬱?
    医員の衣を羽織っただけで、胸開け?
    見たいかも。
    あなたの流儀は関係ないって、チャン先生とは、はじめましてのテジャンですか。

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    ランキング。
    ずーっと1位だったのに、なぜか今日も2位。
    インの回数が、ちょっと足りないのは、分かります。
    どうしたら、インを増やせるのでしょうか?
    やっぱり、シンイが1位になって欲しいので、私にできることでしたら、教えてください。

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    まだ、野生児のテマンだったのですね。
    環境が180度変わってしまった心が悲鳴をあげていたなんて。そんな時期があったんですね。
    ここで、チャン侍医とヨンの出会いもあったんですね。チャン侍医、医師としての凛とした態度が素敵です。

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    >チェヨン1さん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    そうなのです。
    チャン先生があの当時(ウンスが連れて来られた時期)
    隊長と会って5年程、と言う小設定があったので
    その時期、テマンともかぶっている!とずっと思っていて
    これは最初から書きたいなと思っているお話でした❤
    チェヨン1さまもご存じの通り、廃人ですから(爆
    脳内の7割は常にお話を考えている我が身としては
    もう、頂くお題が多い程、そして書きたい話が多い程
    変な力、沸いてましりますw

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    >ポチッとなさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    そうですね、もう最初だろうが最後だろうが、
    この方も、こういう方(爆
    隊長と同じで、生きる道は変わりません。
    しかし、前肌蹴・・・
    あの美しい腹筋を想像しつつ、お楽しみくださいо(ж>▽<)y ☆

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    >ポチッとなさん
    こちらにもコメ、ありがとうございます❤
    うーん、正直私も判りません。
    ただ、ご協力頂けるようでしたら、毎回記事の下に乗せている
    「二次小説」のボタンを押して、リンク先のサイト
    (小説ブログ村)に行くと
    それが、ポイントになっている?ような。
    しかし、自分の順位ではなく、皆さまの目に止まって
    いろいろな信義二次が、もっと読まれると嬉しいなーと
    心より、願っています❤❤

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    >ままちゃんさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    そうですね、小設定でチャン侍医とヨンが出逢ったのも
    5年前、と言うのがあり、テマンの時期と前後していたので
    こう言うのもありかな、と(●´ω`●)ゞ
    しかし甘かった。
    これ、結構長くなりそうな予感に包まれています・・・
    【偽嫁御】現象(短編で書き始め⇒収まらず練り直し⇒最後に【長篇】つく)
    再びかなーと言う予感が、今もひしひし、です。

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    チャン侍医今後も出番結構あるのかな?
    好きなキャラだったのに,途中降板が残念でなりませんでした。
    ヨンと同じく寡黙な方だったので,過去の背景とか良く分からなかったですよね。
    聞き上手で,ウンスの話をじっくり聞いていました。良き師匠でしたね。
    ウンスの事「笑顔の下に隠すのが上手い」と,良く理解もしていましたし。
    ポーカーフェイスだったけど,笑顔のチャン侍医も見てみたかったな。
    (破顔までは望まないけど,微笑む程度で良いので)
    イ・フィリップ氏は怪我の後,活動されているのかしら?

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    リクエストしようと思ってました!
    テマンがヨンの所に来てからの事を!
    なんて偶然なの~リクエストしなくても読めちゃうなんて*\(^o^)/*
    そのうえ、チャン先生との出会いまで♡
    テマンのお話に弱くて、もうすでにウルウル来てます…>_<…

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    テマナ~、そうよね。山の中からいきなり、囲いがあってたくさん人がいるところに来たら、気もはりつめたまんまだもんね。でも痛いときに、ヨンの所に来てくれたのが、嬉しい♪ヨンには完全になついたわね。あとは、トルベ、チュソク、トクマン、チュンソクたち!
    あなた達がテマナに完全に受け入れられれば、テマナは安心してそこにいられるはず。 弟のように愛して可愛がってあげてね。……ヨンは何だかテマナのアッパみたい♪ おんぶもしてあげたし♪

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    >すんすんさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    うーん、まだ全く名前が出ていなくても
    チャン先生だとすんすんさんや皆様が思う
    そのオーラたるや、恐るべし・・・!
    意外とすんごい別人だったら、とか思いますがw
    笑うことがない、確かに・・・
    微笑んではいましたが。
    どうしても、ウンスと出逢った後は、その一挙手一投足に
    目を丸くする、あのお顔が思い浮かびます。

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    >ユッチさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    もともとこれはいつか、と思っていたお話でした。
    今回【三乃巻】も含め、過去のお話の消化不良を整理しつつ
    新たな年、新たな世界に向けてまた書くためにも。
    しかし!何はともあれ、まずは皆さまのリク。
    19日より、順次発表の予定です。
    乙女パーティと共に、お楽しみ頂けますように❤

  • SECRET: 0
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    テマナ野生児ですもの、直ぐに都会の暮らしには馴染めないですよ。
    お餅の食べ過ぎかと思えばそうではなく、ストレスだったのね。
    元気なだけに、気付かれなかったのでしょう。本人でさえ、認識無かったと思うのよね。
    これ以上悪化せず、元気になれば良いけれど・・・

  • SECRET: 0
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    >mayuさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    今回は多分来たばかりで、無理やり隊長から離され
    悪い大人たちに連れまわされた挙句、食べ慣れぬ餅を食わされ。
    あいごー てまなーです(爆
    元気になります(なりました)
    基本が野生児ですから、隊長さえいれば(●´ω`●)ゞ

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    >kumiさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    あっぱですかwさすがに、ひょんくらいで
    止めてやって下さいませ・・・(;´▽`A“
    ミノ氏、最近老けたと言われると、インタビューで
    気にしているご様子です(www
    しかしヨン&テマナ、実年齢ではいっこ違いなのに
    あの風格の違い・・・何ゆえ?
    いえ、ミノ氏のオーラが別格と言う事に・・・
    老け顔じゃ、ないですもん。絶対違いますもん。

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    >poppuさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    もうこれは、信義本編から5年前のお話なので
    テマンがいなくなる事は120%ないです。
    我が家は基本、本編で亡くなった方の再登場もなく(涙)
    生きている方をなしにすることもなく(毒使いとか
    毒使いとか・・・恨)
    そのまんま、お話が続いて参ります。
    まあ出て来なかった人間が、オリジナルとして登場することは
    多々ありますが(*v.v)。
    テマン、可愛いですよね❤

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    PASS:
    さらん様、こんばんは❤︎
    トルベを蹴り上げ怒鳴りつけるヨン。
    間違いなく、やりそう、言いそう(*^_^*)
    寝ていた処を起こされ、素肌に羽織った白い医服。
    本編には、チャン侍医の、そんなサービスショットは無かったので、ドキドキしました\(//∇//)\
    「貴方は獣使いですか?」
    なかなか洒落ていますね(#^.^#)
    この頃のテマナは、まだ小猿のまま。
    広い大地から狭い皇宮へと連れて来られ、馴染む迄は大変だったでしょう。
    ヨンが、どれだけテマナを大切に思っているのか、担いで典医寺に走ったのを見れば、良く分かりますね❤︎

  • SECRET: 0
    PASS:
    >夢夢さん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    そうなのですよね、多分ヨンをこの世に踏み留めている
    大きな理由の一つに、テマンもあるというのが
    さらん解釈です。
    ヨン自身も気づいていないけど、其処に救いを求めてた。
    まだ自分を信じて、必要としてくれる何かが欲しいと思ってた。
    でも、こればかりは何ともですが(;´▽`A“

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