槍水仙 | 5

 

 

秋の頭の鍛錬はきつい。
昼の熱気のまだ纏わりつく中、迂達赤をいつも通り、死なぬ程度に鍛え上げる。

弓を射り終えたところで
「四半刻後に手縛だ」
そう言うと兵は座り込み、肩で息をしながらようやくの事で
「は!」
と返答する。

返答が出るようになっただけましだ。
最初に来た頃は肩で息をするだけで、声すら出て来ぬ有様だった。

「水は忘れず飲め。死ぬぞ」
それだけ言う俺の脇にテマンが駆け寄る。
後ろで兵たちが
「は!」
そう返す声を聞きつつ、俺は訓練場を歩きだした。

「隊長」
額に浮かんだ汗を拭き訓練場を歩いていると、チュンソクに呼び止められ足を止める。

奴も弓を射り暑くなったか額よりしとどに汗を流し、それを手拭いで拭いながら
「明日は秋夕の初日です。今晩より歩哨以外は外出を許しますが、良いですか」
と此方に問う。

ああ、そうか。
だから皆これほど浮かれているかと、チュンソクに言われてようやく思い出す。

「構わん。居場所のみ確りさせろ 」
俺が歩きだせば
「隊長も一緒にいかがですか。明後日は、隊長が用意して下さった茶礼もあります」
そう言ってチュンソクが笑う。
「俺は良い。お前らだけで行け」
「隊長」
「何だ」
「たまには共に」
「気色悪いぞ」

やけに絡むな、今日のこいつは。
そう思っていると大きな足音を立てて丈高い影が二つ、目前に飛び出してくる。
「隊長!」
「無駄な体力を使うな」
「もう十分休みましたから!!」
そう言って元気なトクマンが、叫びながら駆けてきた。
その後のもう一つのでかい姿はトルベだ。

「行きますよね、来ますよね隊長?秋夕の前祝です。今夜皆で飲みに行きましょう!
今日選んだ酒楼は別嬪揃いですからね、隊長もたまには羽目を外して楽しんで下さいよ」
「・・・なあ、トルベ」
「はい!」
「お前、酒が飲みたいのか、女と遊びたいのか」
「何方もです!しかしもしどちらか選べと言われれば、断然、女人の方が好みですが」
トルベの叫び声に、訓練場中がどっと沸く。
「隊長」
弓を片付け終えた甲組の中、チュソクが呼びながら俺に寄る。
「終えたか」
「は。で、隊長、今宵は」
俺はそこで腹から声を出す。

「それなら全員、とっとと水を飲め。死ぬと言ったろうが!」

そう怒鳴り訓練場の隅の井戸を指せば、兵たちは笑いながら座り込んだ地べたから三々五々腰を上げた。

こうして過ぎれば良い。
兵と鍛錬し、守りに付き、戦場に立つ、その繰返しで。
気付けば秋が終わり、冬が終わり、春が終わって夏が終わる、その繰返しで。

最後に目を閉じる時、季節も判らぬほどなら尚良い。

俺は眠い。今でも、そしてこれからも。
秋夕の近づく頃というのに、もう寒い。

 

**********

 

邂逅以来気づけば私の目は、あの隊長を追いかけるようになった。

あの人は何故あれほど昏い、洞窟のような目をしているのか。

兵といる時はそれでも僅かは光が射す。
離れた処から見る限り、鍛錬中は殊更にそう見える。

しかしその他は。
特に王様の御体を問診に伺う際や殿内ですれ違う時などには、こちらの背筋すら凍るほどに黒く、昏い目だ。

初めて会って握手を拒否された時には、武士だからと納得もできた。
しかし今のあの人の目は、到底それでは説明がつかない。
何を悩んでおられる。何を隠しておられる。
未だかつてあれほどに冷え切った目をした人をどこかで見たことはあっただろうか。

私は今まで見てきた患者を思い返し、ぞっとして手を止めた。

いらした。

その患者は天竺、ヴィジャヤナガル王国の王族であった。
彼の地でアーユルベーダを学んでいた師の縁故で、その方にお会いしたことがある。

そうだ。
ヴィルーパークシャの生まれ変わりと称されながらも、敵朝の反乱で王族の御家族を惨殺されたあの方と同じ眸。

あの方は囚われの身となり反乱を起こし、当時御家族を殺したその反乱軍を粛清し。
最後にご自身も、別の王朝の反乱軍に弑された。

当時老いた私の師は何度もあの方に懇願していた。
「どうかそのようなことを御考えにならず」
「そなたには関りない」
「これほどの緊張とお怒り、良いことはありません。
トリ・ドーシャが崩れています。強いラジャスのせいで、ピッタの乱れが生まれるためです」
「乱れ?」

あの王は、そう。
そこで嗤われたのだ。大きな声で。

「乱れなど、今更何の問題がある。
私はもう、とうに死んでいるのに。
あとは身が朽ちるのが早いか遅いかだけだ」

そのすぐ後だった。
あの方が反乱を起こしたのも、亡くなられたのも。

まさか。

調べなければ。あの迂達赤隊長の事を。

 

 

 

 

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12 件のコメント

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    やっぱり、チャン侍医の眼は、鋭いですね。王宮で侍医として生きるのが、本意ではなかったけど。ヨンに対して、医者として、謎にせまりたくなったようですね。ヨンが侍医をどう認めるか、内攻を治療に使わせるまでの過程がどうなるのか。楽しみです。

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    チャン先生!チェヨンのこと、こんなに心配してくれていたのね(T-T)
    王族のその方と、チェヨンはまったく一緒って気付いたんですね。心は死んでいるのに、体が生きているから生き続けてるだけなんて、どれ程の絶望なのでしょう(ToT) アーユルヴェーダは生命の科学。ピッタという火のドーシャが極限まで強くなりすぎたら、体内の臓器全てを痛めつけてしまうでしょうね。特に肝臓。そういえば、このコメ打っていて思い出しましたが、ウンスが刺したのは肝臓でした。ウンスが刺した剣が肝臓に裂傷を与えて、ウンスが肝臓と周りの血管一つ一つを丁寧に縫ったんでしたね。そう考えると、ウンスがあの時縫い合わせたのは、チェヨンの引き裂かれた心だったのかもしれませんね。ソンジナさんは、そこまで考えて、この物語を書いたんでしょうか?
    わたし、美容業界長いので体の仕組みも勉強しているんです、もちろんアーユルヴェーダも。ソンジナさん、改めて尊敬! さらんさんのアーユルヴェーダの記述部分の的確さにもびっくりし、尊敬です!

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    深い闇の中で息をして過ごしていた頃のヨン。
    その無にも近い感情を持ったヨンに一体どれだけの人が気がついていたんでしょう。
    チャン侍医は経験からなのか、感なのか、すばやく何かを感じ取ってくれましたね。
    ここからどのようにして、この二人の信頼関係が築き上げられていくのか楽しみです。

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    疑問が、興味を引く発端とは。
    さすが名医です。
    中医医人、下医医病。でしたか。
    チャン先生、かっこいいですよね。
    今日、DVDで武術監督役のチャン先生を見ました。サービスショットで、シャワーシーンもあったんです。きゃ!(^^)

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    さらん様、こんばんは❤︎
    さすが、チャン侍医‼︎
    ヨンの闇に気付かれましたね。
    ヨン自身、己れの命に代えても護りたいひとが現れるなどと、夢にも思わなかった。
    ただ時が過ぎ、死に行くのを待って居た。
    今は亡き愛するひと達の元へと己も行く事を望んで居たのですから。
    あの暗い、何物をも映さなかったあの瞳が、あの方に出逢い、その瞳が片時も離せずに追いかける事になろうとは。
    だから信義はやめられません❤︎

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    >チェヨン1さん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    これも、ようやく話が練りあがり、格納が終わって
    先が見えました・・・ぎりぎり19日には終わりそうです。
    どうなるでしょう。どきどきです。
    認める過程は、いろいろとо(ж>▽<)y ☆
    もうしばし、お付き合いくださいませ❤

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    >kumiさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    kumiさまのようなプロフェッショナルな方に、
    そう教えて頂けるとためになります!
    そうなのですね。このあとも、すこーーしだけ
    アーユルベーダ、出て参ります。
    私の付け焼刃も的外れではなかったと言って頂けたので
    ほっと胸をなでおろしております❤
    良かったー( ´艸`)

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    >ままちゃんさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    実は私の中では、迂達赤もチャン先生もテマンも
    認識の差こそあれ、気付いている、と言う設定です。
    (過去話【或日、迂達赤】内にも、ちらりと出ています)
    ただ、そこまで明確にこれは…と言うほどは気付いていない。
    ここからもうしばし、お付き合い頂ければ嬉しいです

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    >yokoさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    私自身はこう言う、時代背景&知識ガッツリの骨太が好きなので
    ついつい書いてしまいますが(;´▽`A“
    気に入って頂けたら嬉しいです❤

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    >ポチッとなさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    それはもしや、シー*レットガーデ*(うわあ、伏せてない)
    本筋と全く関係なさそうな突然のシャワーシーン(爆
    私のあの場面が、本筋と関係あったか!
    と突っ込まれれば困りますがσ(^_^;)

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    >夢夢さん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    そうなのです!今のヨン、景色を映さない。
    だから書くお話も、いつものように枯葉がとか日差しがとか、
    なかなか出て来ず、寒い、眠いと殺風景なばかり。
    難しいなーと、しみじみですw

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