槍水仙 | 6

 

 

「茶を飲みに、いらっしゃいませんか」
「行かん」
足を止めずにすれ違いざま答える。

何故この侍医は急に声を掛ける気になったのだ。
皇宮ですれ違うたび必ず問うてくる。
秋も冬も、そして春が来ても。すれ違うたび穏やかな目で声で尋ねてくる。

他の迂達赤から離れている隙を狙いすまして。

テマンでさえも
「てて隊長、い行ってあげないんですか」
そう訊くようになった。その声に頭を振る。

 

「隊長。茶を飲みに、いらっしゃいませんか」
ある日同じように訊ねられた時には、侍医と初めての出会いから一年以上が経っていた。

王様の護衛の帰り路。
今日の鍛錬はチュソクとトルベがつけている。
他の迂達赤は鍛錬の為早々に引き揚げ、俺が早く戻る必要もなさそうだ。

「何故」
侍医の余りの根気に、ふと好奇心が沸いた。
その肚に一体何があるのか。

「良い茶葉が、手に入ったので」
侍医は横顔のままゆったりと懐手で笑った。
「茶などと、典雅な趣味はない」
そう答えると
「隊長、ご存じですか」

侍医はようやくその誘いに足を止め、初めて横に並んだ俺に呟いた。
「私が学んだ天竺のアーユルベーダでは、魂が自由であることを一番良いこととします。
そして人間の欲求を抑える事を戒めています。
食事も、睡眠も排泄も、そして睦事も好きなだけ。但しその調和を乱すなと」

俺は思わず噴きだした。
トルベには良さそうだ。
いや、奴はそうなれば寝食を忘れる。調和は取れん。

「ですから茶は典雅な趣味ではなく、人間の食欲を満たす大切なことなのです。
どうせ飲むならば美味い方が良いでしょう。いかがですか。取って置きの茶を入れます」
「・・・・・・もらうか」

睡眠で調和が乱れている俺だ。
睦事には近頃とんと縁はない。
食欲くらい調和を取らねばな。

「是非」
頷いて嬉しそうに笑うと侍医は先に立ち、回廊を典医寺へと進み始めた。

 

典医寺の侍医の部屋に初めて通され、俺は椅子に腰掛けて窓の外を見た。
医官も薬員も、皆忙しげに立ち働いている。

その時窓の向こうに小さな影と、丈高い影の二つが見えた。
二つの影は扉を開け、 部屋の中へと入って来た。

側のテマンが
「とと、トギ」
そう呼ぶ声に、小さい影の目許が微笑む。それを見て俺は僅かに眸を開く。
こいつが警戒心もなく名を呼ぶなら、どうかした偶然で二人は顔見知りと言う事か。

「お待たせしました」
卓の上、四つの茶碗を並べて侍医が言う。
茶碗に湯を注げば湯の中の茶葉が開き、部屋中を香気で満たす。
取って置きの茶葉との話も、満更嘘ではないらしい。

トギと呼ばれた小さい姿とテマンは何かを小声で、懸命に話している。
小さい姿が今まで一言も声を発さぬことに気付き、俺は侍医を見遣る。

「あのトギの両親は、市井で薬院をしていたそうです。
本人も毒草の研究に幼い頃から没頭し、副作用で声を。
ただし耳は聞こえますし、その見識は大したものです」
「そうか」

此処にも幼いながら、求める何かの為なら何かを失っても構わぬという覚悟がある。
そう思い俺は頷いた。

「さて、茶ができた。召し上がれ」
俺に、テマンに、トギに茶碗を渡し、そして最後に自身で茶碗を持つ。
それぞれが茶碗からの香りと味を楽しむ。

美味い。
「良いな」
そう言うと侍医は頷く。
「ええ、うまく淹れられました」

テマンは話が長くなると踏んだか。
茶を飲み終えると頭を下げ、部屋からそっと出て扉外へと消えた。
トギはその後に卓上の小間物を持ち、扉を出ていった。

「隊長」
侍医の声に、首を僅かにそちらへ向ける。
「たまにはこうして茶を飲みに来て下さい」
「誘うなら酒だろう」
侍医はその言葉に苦笑を浮かべた。
「私は、ほとんど飲みません」
「そうか」
「緊急の患者に備えると、どうしても」
「変わらんな」

あの夜も言っていた。
何故わざわざ医官を呼びつける、己がいるのにと。

俺たちはそれ以上は言葉を交わさない。
ただ茶碗の中の茶葉が開くたびに変わる味と香りを楽しむように、茶を啜った。

 

 

 

 

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21 件のコメント

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    ヨンのカチカチ心をゆるめるのに チャン先生は一年ですか… 地味な努力でありますが
    ヨンに心を許す相手が
    増えたような そんな感じ? カウンセラーね。
    そうなると…まだここにでてこない あの方
    やはりヨンにとって
    物凄い存在なのね。

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    情景が浮かんできます。
    人と人との出会い、気持ちの行きかいがこんな穏やかで思い深いシーンから始まったら。。
    実にいいです。2人にふさわしい場面です。
    今回のお話も、一話目から心のひだに触れてくるものです。
    さらんさん、楽しみにしております。

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    チャン侍医の粘り勝ち。ヨンの好奇心がわいたという事は、チャン侍医の人柄があってこそ。警戒心はとけたかな?お茶を楽しむなんてこと、ヨンにはなかったでしょうから、いいひと時になったでしょうね。

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    ナンパ!
    いい男を落とすのに一年。
    きっと始めは、返事もせずに無視からですよね。
    すれ違うたびに、声かけ。
    穏やかなチャン先生の声が聞こえます。
    始めてのお茶会は、トギも交えて4人で。
    テマンたら、あの後もチョニシを訪ねて、トギとあっていたのかな。
    美味しいお茶が、ゆるゆると心にしみていくます。

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    ヨンとチャン侍医、似た者同士?
    寡黙な二人(本当は二人の声が好きなのに)はこんな風に、ゆっくり少しずつお互いを認め合い、信頼関係を築いていくのですね…
    そして槍水仙の花言葉は、団結、誇り高い、秘めた恋だそうですね!思わず、頷いてしまいました。
    さらん様の小説に出会い、辞書と首っ引き、ではなく検索の日々です!何ともお恥ずかしい(^^;
    続き、楽しみにしてます!

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    チャン侍医、気が長い。流石φ(´ε`●)
    ちょっと幼いテマンとトギが可愛い♥
    しかしこの二人がまったりお茶してたら女子医員、仕事になら無いんじゃ…(///ω///)♪
    また覗きに参ります(*゜ー゜)ゞ⌒☆

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    さらん様、こんにちは❤
    どうしてでしょうか?
    誰かが傷付いた訳でも、誰かが命をおとした訳でも無いのに、涙が溢れて困ります。
    寂しいヨンの内面を理解する、チャン侍医が側に居てくれた事が嬉しく、テマナにも、大切に思えるひとが出来そうな予感が嬉しく、殺伐としたヨンの周りに、一瞬穏やかな時が流れた事への安堵なのでしょうか?
    ここまで、信義に、そしてさらん様のお話に、どっぷりとハマってしまっている私。
    時々、大丈夫か自分!?...そう思う事多々有りです。
    ヨンとチャン侍医が、内攻を治療に使う様になった経緯は何だったのか?
    今、私の一番気になる謎でございます❤

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    チャン侍医。
    じっくり腰を据え、絶妙な距離感をもちながらヨンに寄り添っていたんですね。
    そんな彼だからこそ、ヨンも心の警戒心が緩んだのかしら。
    ふたりの間に流れるその静かな時間が、何とも心穏やかにしてくれるようですね。

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    人に関心を持たないヨンが、侍医のしつこさに負けたようですね。
    でも、これがあったから、ヨンを理解していたとも言えるわ。
    何かを諦めた2人だから、お互いを分かり合えることでしょう。
    この2人、多くを語らぬ男の、静かな友情を感じます。

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    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    取りあえずチャン先生は、下調べはしたうえで
    考えてヨンに対応しているようですが・・・
    もう本当に、今回は全く女っ気も華もなく
    ひたすら男、男でw
    クリスマス話前のむさ苦しさを、味わってくださいませw
    クリスマスのリク話では、俺のあの方大活躍❤

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    >さらんさん
    季節は 秋だったかしら・・・
    真夏だったら 耐えられない。(;°皿°)
    さすが チャン先生。
    いや~ん ざわざわ・・・
    楽しみ過ぎて… 眠れない…
    今からか? 
    よろしくおねがいします

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    >my starさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    何と言うか、この二人は本当に動きが小さく。
    口数も少なく。
    そして現在のヨンには、景色も目に入らぬので
    風景描写も少なく。
    殺風景、ここに極まれり、でございます(;´▽`A“

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    >チェヨン1さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    警戒心、解けてはいますが、まだまだというところでしょうか。
    ある意味、テマンよりよほど警戒心の強いヨン。
    なかなか御しにくそうです( ´艸`)

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    >ポチッとなさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    もう、ナンパですw
    茶を飲みに・・・その古典的な感じが、チャン・ビンだわ~!です❤
    最初は無視でしょうね、もうヨンのスルースキルで(爆

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    >ユーちゃんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    確かに、この寡黙すぎる御二人、歩み寄りには時間がかかりますが
    その分、タッグを組めば素晴しい。
    互いに口は思いですが、THE男の友情、ですね。
    そして花言葉を検索いただき、ありがとうございます❤
    今回も、いろいろな団結、そして誇りが
    垣間見えるよう、頑張ります❤

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    >ののさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    ふふふ、石の上にも三年ですね❤
    この時の幼いトギとテマン、私もお気に入りです❤
    でもテマンの頭は、すでにツンツン設定ですw
    トギもきっと三つ編み、のはず( ´艸`)

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    >夢夢さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    そうですね、内功の切っ掛け。私も気になっていました。
    そして、他にも消化不良部分をいろいろと盛り込みつつ、
    今暫し、お付き合い頂けると嬉しいです❤
    しかし、涙を浮かべて頂けるほどに
    熱中して頂けるとは・・・本当に、ありがとうございます。
    その分リク話では、明るくはっちゃけますので、
    その時は、是非❤( ´艸`)

  • SECRET: 0
    PASS:
    >ままちゃんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    チャン先生、書いていて驚くほどに、観察眼と情熱の方です。
    書き手が驚く、と言うのも何ですがw
    この後も、いろいろ起きます。
    自身の中での消化不良解決の、
    大きな一歩に向かうお話になりそうですo(^▽^)o

  • SECRET: 0
    PASS:
    >mayuさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    【六花】でも、チャン先生がヨンを評して
    「無口なくせに、短気な方だ」と評しましたが、
    ご自身も無口なのでは?と、書いていて思ったものです。
    じっくり書いたら、やはり相当無口でした( ´艸`)
    でもチャラいより良いです、きっと。
    【信義】チャラ男で許せるのは、トルベのみです!はい。

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