槍水仙 | 11

 

 

征東行省で逃げた兵を追走した迂達赤が
「逃げられました」
そう悔しげに報告する声を聞きながら、
「ご苦労。控えの間で軍議だ、すぐ向かえ」
それだけ告げて、俺も控えの部屋へと進む。

今宵王様は征東行省に滞在する。

この腕の傷が響くとは考えにくいが、 先に気を整えておくべきだ。
俺はテマンを従え、控えの間に踏み込む。

既に全員着席していた兵たちが
「隊長!」
「隊長、傷は」
「大丈夫ですか隊長!」
口々に叫び、周辺に十重二十重に集まって来る。
「座れ」
奴らは渋々席へ戻り、俺にじっと目を当てる。

「お前らな」
俺は息を吐いた。
「俺を案じる暇があれば今夜の配置を案じろ。
征東行省内で事が起きれば元の責。敵が襲撃を掛ける公算は低いが、ならば明日の帰路に注意を払え。
俺が死んでも葬式は一つで済む。王様に万一の事あらば、連帯責任で首を刎ねられる俺達全員の葬式だぞ。良いな」
「は!」
言うことは言った。後は任せて良いだろう。
「じゃあな、副隊長」

 

「じゃあな、副隊長」
いきなり言われ、俺は隊長を見詰めた。
「今から、軍議では」
「任せる」
「は?」
「しっかりと、確実に、守れ。テマンはここに残れ」
隊長は最後に言い、席を立った。
「は・・・」

俺達は控の間に残され、出て行く隊長の背を見つめた。
せめてきちんと傷の治療に行ってくれれば良いが。
「副隊長」

かかったチュソクの声に我に返り、隊長の背を追っていた目線をチュソクへ戻す。
「練りましょう。隊長に負担の軽い兵の配置を」

奴は真直ぐ俺を見て言った。
「・・・そうだな。そうしよう」
俺たちは椅子をがたりと寄せ、その場の全員で卓越しに面を突き合わせ直し頷き合った。
考える事など一つしかない。

なるべくあの人の、負担が軽いように。

 

**********

 

一人で控の間を出で、与えられた私室へ戻る。
しかし戻る廊下の角を曲がると、部屋の扉の脇に侍医が静かに立っていた。

気配の薄い男だ。いや、敢えて消していたか。
此方が逃げぬように。そう判じて苦く笑う。
「逃げたりはせん、面倒な」
口にすれば、奴も薄く笑う。

「まずは傷を拝見します。その後は外で守りますから、運気調息を」
「・・・どういう意味だ」
俺は侍医に一歩近づき問うた。
「お前、何を知っている」
「あなたが内功遣いではないかと」
「何処で知った」
「噂でしかありません、ですから待っていました」

敵の陣地、征東行省の廊下で声高に話すことではない。
俺は私室の扉を開けた。
「入れ」
「失礼します」
侍医は頭を下げ、静かに室内へ入って来た。

「まずは、傷を見せて下さい」
「その前に話せ」
「隊長、時が惜しいのです。話は後でも。まずは傷を」

その言葉に渋々頷き、羽織った着物の袖を捲り上げる。
侍医は手慣れた様子で素早く俺の顔を診、診脈の手を伸べる。
そして刀傷を確認し、持っていた箱から何やら小さな薬瓶を取り上げ、布に浸し傷口を撫でた。

「すぐに縫えますが、どうしますか」
首を傾げ傷を見る侍医に、
「これしきでそこまですることはない。他の兵はどうだった」
捲り上げた袖を直しながら確認すれば
「重症の兵はおりません。皆小さな切り傷程度でした」
「王様のご様子は」
「少し驚かれて脈が乱れておいででしたが、今は落ち着いていらっしゃいます」

その報告に溜息を吐く。
「何より」
「では表にいます。終わったら呼んで下さい」
侍医の言葉に、俺は頷いた。

薄暗くした部屋の中、結跏趺坐を組む。
深く長く息を吸い、丹田に気を溜め込む。
その気を巡らせながら次に平たく細く、体内の邪気を息と共に吐く。

意識して司るその呼吸がやがて頭から消える。
ただ気持ちが良く、何かが見える気がして目を凝らす。

形にならない暖かい何か。懐かしい香。
この手を伸ばせば掴めそうなそれに手を伸ばし。
指先を掠めたその何かを掴まえ損じて、同時に眸を開く。

「侍医」
声を掛ければすぐに廊下から侍医が入って来る。
「終わりましたか」
「ああ」
俺は頷いた。

「で、何を知った」
「隊長は、内功遣いなのですか」
「ああ。雷功を使う」
侍医は特段に驚くでもなく頷いた。
「見せて頂けますか」
「何故」
「治療に使えるかもしれない。体内に弱い気を流せば、水と血の流れを調節出来るかもしれないのです」
「それしか考えんのか」

俺は片手を上げると呼吸を詰め、今し方整えた丹田の気を僅かだけこの手に流した。
侍医と向かい合う薄暗い私室の中、蝋燭の灯りの中。
指先に蒼白く小さな雷を起こし、そして止める。

「これは、調節できるものですか」
「今の俺の力で無段階に調節はできん」
「この程度の大きさなら、いつでも発生させられますか」
「丹田に気が残っていればな」
「お待ちください」

侍医は懐から鍼を出すとその先を蝋燭の灯りに翳して確認し、そのまま自身の腕の内側に打った。
「もう一度、ここに向けて」
そう言って鍼の頭を示し
「先程のように、内功を放ってみて頂けませんか」
「それは良いが、大丈夫なのか」
「ええ。うまくいけば暫く手が麻痺するはずです」
「戻るのか」
「戻るはずです。初めてなのでお約束はできませんが」
「後悔するなよ」
「ええ」

どうせ止めても無駄だ。そう言った侍医の鍼に向け、もう一度小さく雷功を放った。
天辺より雷を受けた木のように、打った鍼が光る。
「もう少し、強くなりますか」
「・・・この程度か」
その声に気を調節すると
「隊長」

侍医の声色が変わる。
「その加減、忘れないで下さい」
「判った」
俺は気の道を閉じた。指先の雷功が立ち消える。

「ありがとうございます」
侍医はそう言い頭を下げた。
そして静かに鍼を抜いたが、鍼を打った腕は肩から力なく、ぶらりと下がっているだけだった。
「そしてもう一つ、お礼を伝えたい」
頭を上げて、侍医は言った。

「何だ」
「王様の即位前。何をして頂きましたか」
「何の事だ」
「おとぼけがお上手ですが、おかしいでしょう。全てがうまく行き過ぎているのです。
隊長が典医寺に来た。前王が崩御された。新王が即位の日に私に再度侍医任命の勅旨が下りるなど、出来過ぎです」
「知らん」
「隊長」

何処までも食い下がる侍医に息を吐く。
「面倒な奴だな。借りを返した。二度目はない。
またテマナが急な腹痛でも起こせば別だがな。
それより俺も聞きたい」
「何でしょうか」
「扇を寄越せ」

その声に侍医は懐からあの長く細い扇を出した。
俺はそれを手に受け、すらりと開いた。

見る限りは普通の扇だが、骨代わりに鉄が入っている。
そして扇の先に、極細い鉄のような鍼が仕込んである。
「鉄扇か」
「そうです」
「先の鍼は」
「点穴を突くためのものです」
「点穴か」

それで合点がいった。あの時落馬した賊。
侍医が点穴を突き、麻痺したか何かだったのだろう。
「戦いながら、点穴が突けるものなのか」
扇を返しながら問うと
「隊長とて、殺める必要がなければ峰打ちのみでしょう。それと同じです。私は殺生は好みません」
そんな返答が戻って来る。
「呑気なもんだ」
そう呟き、手中で確認した扇を侍医へと返す。

殺生を好まぬ鉄扇の遣い手、それが侍医とは。
しかし戦場で足を引っ張らぬ処が気に入った。

「では、もう一度脈診をさせて下さい」
差し出した手首を脈診し頷くと、侍医は少し微笑んだ。
「さすがですね。脈がすっかり戻っている。おっしゃる通り、これなら縫う必要はなさそうです。
念のため今晩もう一度診脈させて下さい」
「暇があればな」

首を振ると、侍医は立ち上がった。
「必ず作って頂きます。これが私の役目、私の流儀ですから」

最後に笑うと部屋の扉を抜けて外へ出ていく侍医を眸の端で見ながら、俺は苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

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10 件のコメント

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    おぉ~~っ!
    この侍医との雷光の練習が、王妃様の首からの出血を止め、命を繋いだのですね!(*^^*)♪
    チュソクとチュンソクの ヨンへの想いが、『可愛い男たち♪』って、キュンキュンきました(^ー^)♪

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    ウダルチ達、テジャンを守る為に、プジャンを中心に作戦会議!
    みんなの結束、堅いです。
    かっこいいぞ!男たち!
    そして、テジャンと侍医は、こうしてお互いを知ったわけですか。
    鍼治療に雷光を使う事も、このときになった事。
    静かに話すチャン侍医の声が、聞こえます

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    さらん様、おはようございます❤︎
    あ~素敵❤︎
    ずっと気になっていた、ヨンとチャン侍医の共同治療。
    嬉しいです❤︎
    ヨンもさる事ながら、やっぱりチャン侍医は並じゃ有りませんね。
    諸事情で、本編半ばで居なくなってしまった事が悔やまれます。
    調息の時、手を伸ばして触れたかったのは、ウンスでしょうか?
    遠い記憶の中、ふたりは確かに同じ時間を過ごしていましたから。
    段々、私たちの知っているヨンに近付いて来た様ですね。
    次話が待ち遠しい❤︎

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    >kumiさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    地味な謎の隙眸埋め作業も、チャン・ビン&慶昌君媽媽の巻、
    今晩終了です。
    我乍ら、よくまあ考えるものだと( ´艸`)
    そして、あすからはどーん!ばーん!と
    リク話、始まります。
    脳内でキャラ大激走中ですヾ(@°▽°@)ノ

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    >ポチッとなさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    チャン先生のあの声で届けばもう、
    あとは何も要りません・・・幸せです❤嬉しや。
    迂達赤は可愛いです。我が家の迂達赤も
    もう少し書かぬと、何ゆえおこまで結束が堅いか
    なかなか・・・とは思うのですが。
    こんな風に、身を挺するヨンに見て触れて、
    それで出来上がっていった絆か、とも思っていたりします(*v.v)。

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    >夢夢さん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    本当は、もう少しはっきりとした姿が出てくるはずでした。
    それでも今はメヒを想い、冬の時代にいるヨン。
    全てが動きだすまでは、後もう少しです・・・
    そして今宵は最終話。チャン先生、そして
    慶昌君媽媽の消化不良が自分の中で溶けるまで、もう少しです。

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    チュソクの一言で迂達赤にピリッと芯がはいりましたね。プジャンを中心に我らがテジャンを護る為一致団結ですね。
    ひょうひょうとしながらも一本筋の通ったチャン侍医。ここで、雷功と鍼治療の融合がここで生まれたんですね。
    ヨンとチャン侍医、男同士の信頼と友情の様なものが静かに育まれていますね。

  • SECRET: 0
    PASS:
    コメントしたいなと思っているうちにお話が進んでしまいましたが、敢えてこちらに。
    この槍水仙のお話、またまた大好きです!本当に毎回ありがとうございます♪
    このお話を読んでいると、ドラマ本編の前半と後半のそれぞれで、こんな風に信頼関係を築いてきた幼い前王とチャン先生を亡くしてしまったヨンの気持ちを想って再びドラマを観たくなり、
    このお話のヨンの調息の部分を読んで、『ああ、そうだったのか』と再び迷迭香を読みたくなり……。
    そして読みながらOSTを聞きたくなり……。
    私の『信義2014』は、さらんさんのおかげで深く深く過ぎていきます。
    クリスマスの素敵な企画も楽しみですが、どうか無理はなさらずに。私たち読者の『信義2015』の為にも、お体をご自愛下さい!

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    >ままちゃんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    迂達赤とは違う立場で、ヨンと関わるチャン先生。
    迂達赤とヨンの間には明らかに忠誠、そして
    上司と部下の関わりがありますが、
    チャン先生との間は、上下関係はない分、より対等かと。
    しかしこうして書くと、いろいろ思い悩む部分もあり、
    改めて難しさも感じ、そして完全二次が恋しくもありw
    反動の明日の廃人乙女クリパ&リク話ちょっとドキドキです( ´艸`)

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    >kanaさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    もうこれは、私の消化不良解消と、今後の話の流れの為に
    かなーり妄想パワーで(爆
    でも、気に入って頂けたら嬉しいです❤
    今宵この後、最終話です。
    最後の締め、どうなるか・・・

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