槍水仙 | 12

 

 

「チェ・ヨン」

征東行省での夜。

俺は王様の部屋の中、入口の脇で守りに就いていた。
呼ばれた小さな声に顔を上げ、その声の出所を探す。

王様は御寝台の上で横になったまま、小さな声で再び呼ばれた。

「チェ・ヨン」
「は」
返答すると、王様は寝台の上に起き上がった。
「少し話したいが、良いだろうか」
「は」
大股で王様の寝台脇へ寄り、床に膝をつく。
その姿に慌てたように、王様が首を振った。
「ああ、違うのだ。そんな堅苦しい話ではなくて。だから楽にしてほしい」
そう言う王様の声で
「それでは」

この身を寝台の頭側の脇、床に座り壁に凭れ、胸に鬼剣を構える。
王様は腰が落ち着くのを待った後、静かに此方に顔を向けた。

「ヨンアと、呼んでも良いだろうか」
何故急に、そんな気になられたのか。
「・・・は」
いずれにせよ王様に問われれば、断れるはずもない。
その返答に王様は少しだけ微笑んだ。
「ヨンア、私をどう思う」

突然の問いに答えに詰まる。
押し黙る此方を見ると、王様は小さい声で話し続けた。

「私の父上は王だった。兄君は早逝した。残る男子は私だけだった。だから王になった」
小さく呟く声に、返せる言葉はない。

「慣例ならば高麗国王は、即位と共に征東行中書省の左丞相に任命されるのだ。
知っておったか、ヨンア」
「は」
「私は高麗王の詔書は受けたが、征東行中書省左丞相には命じられていない」

それは事実だ。あの徳寧公主が堂々と阻止している。
王様に力を持たせぬため。
自身の早逝した嫡子と庶子である王様が肩を並べるなど赦さぬと言わんばかりに。

「何故なら大妃である母ユン氏が側室で、元の公主でなく、元の血を引いていないからだ。
元の公主を娶ってもいない。禿魯花にも出ていない。全てが今までの高麗王とは違うから」
「は」
「ヨンアはどう思う」

その声に暫し考える。

高麗の世子は代々若くして、元へと禿魯花として送られる。
体のいい人質であるが、その段階を経る事で人脈を得、己の治世中の礎とするのだろう。
そして宗主国の公主を娶り、礎を盤石の物とする。

しかし目前のこの王様はそうした経歴をもお持ちではない。
先の忠穆王が早逝せねばそもそも王として担がれる自体、恐らくなかったに違いない。

そのままでいられればお幸せだったろうに。

寝台の上の小さい御体を横目で見る。
嵐の中で懸命に地に根を張ろうとする若木の苗を見るように。

「・・・某のような武人に政は分かりませんが。
面倒ですね、政とは」

そう答えると王様はじっと俺の横顔を見た。
「面倒か」
「は」
「何ゆえに、そう思う」
「血で政の才の有無を決めるようで」
「では、何で決まるのが良いのかな」
「才の有無で」
「どうやってその才を見極める事ができるだろう」
「王様」

俺は寝台の上の幼い姿に顔を向けた。

「剣を志す時には、毎日鍛錬します。
某も毎日鍛錬致します」
「うん」
「政を志す時にも毎日鍛錬されれば。
血よりも濃き、政の才を手に入れられませんか」
「どうやって」
「物を見て聞いて、それなら才無き者にでも出来ます。
見えぬ物、聞こえぬ声を見聞きするのが、政の鍛錬では」

そう言うと王様は目を見開く。
「大変だ」
「故に面倒だと。
剣なら如何に多く倒したか、敵の数で見られます」

王様は、あははと笑った。そしてまた口を抑えた。
その後俺を覗き込むように
「こういう事も、ヨンアには面倒か」
と聞いた。
「は」
「ヨンアには、皇宮は、面倒なばかりの処なのだな」

寝台の上の王様の目と、床に座り込む俺の眸が結ばれた。
その真直ぐな目を真直ぐに見返し、俺は頷いた。

「はい、王様」

返答に王様は少しだけお寂しそうに
「そうか」
そう仰り、寝台に横臥された。
「いつも守ってくれてありがとう、ヨンア」

俺が黙って頭を下げると王様は目を閉じ、やがて寝息を立て始めた。

眠る時だけは、お悩みを忘れられれば良いが。

俺は扉脇に戻り、守りに就く。

 

 

 

 

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10 件のコメント

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    幼く力もない王様。
    でも、やっぱり賢い方でした。
    ヨンァ。
    見えないものを見、聞こえない声を聞く。
    政の鍛練。
    チェヨンくんは、王様の寝室の扉前が定位置。
    むー。前王妃。もしかして次の王様の時も皇宮に居たんですか。
    最も、王妃様も公主だから問題ないのかかな?

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    >ポチッとなさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    そうですね、史実ではおそらく、当初はいたと思います。
    ただ恭愍王は自分の夫の弟、そして正式の手順を踏んで王になり、
    元の公主を娶っているので、反勢力にはならないですね。
    なれない、と言ったところだったかもしれませんが。
    今宵の最終話で、チャン先生と媽媽の消化不良が
    解決することを祈りつつ・・・( ´艸`)

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    ドラマのあの、「ヨンア!」と呼ぶシーンが蘇ってきます。
    幼い王にも、真摯に、偽りのないこころで答えるヨン。
    その一言一言が深い。。
    見えぬもの、聞こえぬ声を見聞きする。。
    私自身への言葉とさせていだきます。
    さらんさん、こうやってお話を紡いでくださって、本当に嬉しいです。

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    幼くても、王としての資質を兼ね備えている慶昌君。真摯にヨンの話に耳を傾けていますね。
    でも、やはり寂しいのですね。周りは敵対し、卑下した目で見るもの達ばかり。そんな中で見つけた自分を護ってくれる存在のヨン。「ヨンァ」その甘えた呼び方に救いを求めるような響きを感じます。
    さらんさんの描く慶昌君に触れる度、あのまま大人になれたら、名君になれただろうという思いが消えません。

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    王様…なりたくて王様になったわけでなし
    危い立場も承知の上
    それでも やるべきことに悩むって
    かわいそうね~ (T_T)
    ヨンの存在が 救いね。 
    さらんさんごめんなさいね
    いろいろと…
    さらんさんの さんは 吹っ飛ばすし…((゚m゚;)
    静かにしてます。m(_ _ )m

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    >my starさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    ううう、ありがとうございます。
    今は、己の消化不良の解消のため、この話をUPしたこともあり
    読み手さまとのずれもあるのかな、と悩むところもあり、
    いろいろ、手探り状態ですが・・・
    でも、書きたいようにしか書けず、書けるお話以外は書けない!と(爆
    最近は、開き直り気味です( ´艸`)
    今宵の最終話、お楽しみ頂けると嬉しいです❤

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    >ままちゃんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    本当に、歴史に翻弄される若き王は、高麗に限らず
    数え切れぬほど出てきますが。
    それでも、ひとつひとつにドラマがあり、裏に人間模様があり、
    何となく、それを考えるのが好きなのかなーと
    最近は、思っています。
    信義絡みでなくば、考える事もないですが( ´艸`)
    今宵の最終話まで、お楽しみ頂けると嬉しいです❤

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    >kumiさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    慶昌君媽媽、私も大好きでした。
    あの身の処し方、覚悟、チョ・イルシンや御史大夫チャ・ウンに
    こってり教えてやりたいわ!と(;´▽`A“

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    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    そんな事、全然構わないです!!
    本当に本当に(;´▽`A“
    もう、呼んで、そして読んで頂けるだけで
    とっても嬉しいのですから( ´艸`)
    今宵の最終話も、お楽しみ頂けたら嬉しいです❤

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