槍水仙 | 8

 

 

半年後逝去された前王の後を継ぎ、慶昌君媽媽は王として皇宮へ入られた。

そしてその即位の直後、最初に発布された王命。
若くして崩御された前王のような混乱を来さぬよう、玉体を守るためとの名分。
高麗最高の医術の腕を持つ典医寺侍医チャン・ビンを、ご自身の侍医として召し抱えるというものだった。

少なくともこれで、前王の病死に伴っての侍医の賜死殉死という最悪の筋書きは避けられた。
あの時テマンを救ってもらった恩は返したと、俺はそれを読み上げる枢密院執奏の声を聞きながら密かに息を吐いた。

その王命の勅旨が下される宣任殿の中、俺はチュンソクと共に左右から玉座を守っていた。
あの時と同じだ。全く何もかも。
一つだけ違うのは、玉座に座る方だけで。

俺が此処で最初に対面した王はあの忠恵だった。
そして諡号にて忠穆王となられた前王が就かれた。
今また慶昌君媽媽が新たな王様として、その玉座に就いていらっしゃる。

一つだけ明らかに違うのは、忠恵王の嫡子だった忠穆王に対しては礼を尽くしていた枢密院執奏。
そ奴の、此度の庶子である王様に対しては、明らかに敬意が足りぬと透け見える態度。

それが証に勅旨を読み終えた後、枢密院執奏は侍医に向かい尋ねた。
「王様の玉体を守るには、後は何が必要だ」
そんな物は侍医が決める事ではない。
「私の権限では御座いません。衣食環境、全て共に整えてこそ医は活きて参ります」
侍医はそう言い頭を振った。

枢密院執奏は次に此方を向く。
「康安殿の守りは」
「今まで通り」
俺は答える。
「御守りする人数は」
「変わらず」

大妃となられた王様の母妃、忠恵王の側妃ユン氏。
その一族に対し忠恵王の正妃であった徳寧公主一派が、既に正面より火花を散らしている。
忠恵、忠穆王と仕えてきた目前の枢密院執奏は明らかに新しい王様を軽んじ、そして疎んじていた。

「では、内官の数を減らしても問題はないか」
畏れ多くも王の御前で平気でそのような事を言う。
「内官長に確認を」
知るか、そんな事。そう思いつつ俺は答えた。
「尚宮の数は」
「枢密院執奏」

堪りかねその名を呼ぶ。
「某は迂達赤、王様を御守りするのみ。
役目以外の面倒なことは存じませぬ」

こいつはどうせ自身が言ったのではない、迂達赤にそうしろと命ぜられ人を減らした、そうした名分が欲しいのだろうが。
そう言った途端枢密院執奏の顔が真赤になった。
「内官も尚宮も、王様を御守りする役目はそなたらと同じであろう!」

馬鹿か、こいつは。内官や尚宮と迂達赤が同列だと。
武閣氏との比較であれば未だしも。
つまりは王様を孤立させようとする難癖だ。そう判じ、俺は静かに言った。

「ならば迂達赤と交代し、康安殿の警護を。
同じであらば刀を握り、王様をお守りください」

そして宣任殿で守りに就く迂達赤を見渡し、俺は奴らに告げた。
「迂達赤。全員今より邪魔にならぬよう、御前を下がれ」

王様が不安そうに此方を見る。
俺は王様に微かに頷き、兵に檄を飛ばした。
「下がれ!」
「は!」
その声に弾かれたよう、迂達赤が動き出す。

最後にチュンソクが振り返りながら、ようやく殿内の迂達赤全員が下がったところで。
最後に一礼し宣任殿を出ようとする俺に向かい、枢密院執奏が慌てた様子で叫ぶ。
「分かった!もう良い!王様への尚宮も内官の仕えも、今まで通りなら良いのだろう!」

その声を背で聞いた俺は足を止めて振り返り
「何度お伝えすれば分かるのですか。
某は存じません。
迂達赤は、王様を御守りするのみ」
そう言って頭を下げた。
「王様、失礼致しました。
王様の守りの為、迂達赤を戻させても宜しいですか」

王様はその顔に笑顔を浮かべ、玉座より俺を見て頷いた。
「宜しい」

 

新しい王様への再度の侍医任命の勅旨を受けた殿で、目の前に繰り広げられた攻防に私は目を瞠った。

隊長は一体何を考えているのか。

私が前王の崩御の責で殉死の命を受けようと、この人には何の関わりもない。
あの時は走り込んで来て私に皇居を離れろと怒鳴り、今は無礼な執奏から即位直後の王様を守ろうと動く。
この二つが無関係のはずがない。余りにも流れが出来過ぎている。

取引だろうか。私を救う取引を、即位前の王様とした。そして即位後の王様を救う取引を。
そう考えるのが、最も自然に思う。

私を救う理由は何だ。
時折茶を共にする以外、接点は余りに少ない。
接点と言えば、あの時テマンを診察したのみ。
とすれば、テマンを救った私を救ったのか。

この人にとっての義とはそれほどに重い、そういう事なのだろうか。

目の前で無表情に枢密院執奏に向かって一礼する隊長を、私はじっと見つめた。

 

 

 

 

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13 件のコメント

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    やっぱり、テマンを助けたからなのですね。(読みがあたって嬉しい(笑) ヨンの義は、チャン侍医にも伝わって、男同士言葉を交わさずとも、いいですね。チャン侍医を王宮に残すのは、これから先、王様にとっては勿論、怪我の多いウダルチにも、必要な存在ですね。

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    チェヨンくんが、めんどくさがりを捨てると、鋭いこと鋭いこと!
    タダの武官ではなぁい!
    しっかし、義理がたい。
    義には、義!
    恩には恩!
    男のなかの男。惚れてまうやろー (古)

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    王付きの侍医だから、前王が崩御した時にチャン侍医には危機が降りかかっていたんですよね…
    すっかり失念してました。
    わお!Σ(・ω・ノ)ノ!
    さらんさんのお話を呼んで気付きました~
    有難う御座います♡
    また覗きにきます♪

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    さらん様、こんにちは❤
    分かりやすく表に出さずとも、義に厚く、約束を重んじるヨンが男らしくて、胸キュンです❤
    ヨンの言動を理解するチャン・ビンも、やはり並の男では有りません。
    信頼関係が無ければ、チャン侍医が武官であるヨンに治療の手助けを頼む訳も無く、血相を変えてチャン侍医に高麗を離れろと言う訳も無く、立場を超えた絆を感じてしまいます。
    そして、冷遇される媽媽をヨンが放っておけるハズも無く、媽媽がヨンを誰よりも頼って行く事に改めて納得です(*^_^*)
    暫く、媽媽とチャン侍医のお話が楽しめそうですね❤

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    ヨンとチャン侍医。直接言葉に出さなくとも、お互いの信頼と義。少しづつ育まれているようですね。
    冷遇されている慶昌君との関係もスタートしました。ヨンの義。ここでも後に深い絆になるたまごが生まれた瞬間のようですね。

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    >チェヨン1さん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    チャン先生、今回もこの後佳き仕事w
    この男、出来る。
    思わず唸ります(書き手が唸ってどうする!)
    必要になりますね。天界の俺のあの方とのベストコンビなら
    怪我も病気も怖くないのですが・・・
    しかし、頑張って頂かねばo(^-^)o

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    >kumiさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    あははは、そうですね。
    正に、いきなり慶昌君媽媽に面会するし、
    敵陣には目の前から突っ込んでくし。
    お偉いさんには面と向かって面倒とぶっちゃけるしw
    変わりません。あまりにもヾ(@°▽°@)ノ

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    >ポチッとなさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    鋭い鋭い。確かにただの武官ではない片鱗を見て頂きたいです。
    これじゃ・・・チュンソク、勝てないわ・・・(;´▽`A“

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    >ののさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    そうですね、高麗時代は基本は仏教なので
    殉死、賜死という概念がどこまであったか調べきれなかったですが、
    でも仏教国日本でも、そう言う概念はあったようなので…
    私も書くとき、迷いましたが(゚ー゚;
    ののさまが腑に落ちたということは、不自然でもなかったかと、一安心です。

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    >夢夢さん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    そうです。
    もう暫し、ヨンを取り巻く男たちの絆、続きます。
    偉い事になっているのは、クリスマスのお話たち。
    さすが日本を代表する恋人イベント、クリスマス。
    ヨンのでれ加減に、噴飯ものです。

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    >ままちゃんさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    そうですね、もうヨンの義、そして正面突破の精神は
    一朝一夕ではないようです。
    書いていても、これ以外ないなーと。
    行動パターンにブレも幅もない( ´艸`)
    達観しています。

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    色んなことに、ひたすら感動し感心し・・・・ため息すら出ます。なんで書けるんだ?こういう風に!?こんな気持ちの表しかたは真逆に反則ですって言いたいくらいです。正直いろんな方の小説読ませて頂いたのですが私の中では信義はさらんさん!!うまく言えないのが本当にもどかしいです。男同士の友情大好きです。ところでキリ番狙いって難しいですね・・・・もう書いて頂きたかったこと全部でた感じです(泣)いや?泣くのはおかしいですね(笑)どんな形でも書いて頂けるなら万歳ですもん。ぐるっぽ参加も万全ですし今年は楽しく終われそうで幸せです。身体に気をつけて下さいね。

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