紅蓮 | 序・7

 

 

翌早朝の出立。
そのまま山中を抜け、夕刻、次の野営地に着く。

日は暮れ落ち、辺りは夕闇に沈みかけている。
桜色の陽の名残が西の空に、山の稜線を薄らと浮ばせる。

野営地に点す其処此処の焚火が、薄闇に映えて揺れている。

予想よりも移動がかなり速い。
この速さがあれば、攻め易い。
大軍を率いる時の肝は、陣の配置と攻防の緩急。
人数が増えるほど速攻には弱くなる。

相手が烏合の衆であれば、なお切り崩しやすい。
端の兵まで伝達が届く前に、速い攻撃を波状に与える布陣を頭に描く。

描きながら、野に眸を遣る。

鴨緑江岸。あの開けた平野。
死角が生じる障害物はなし。
この攻防戦は川を超えぬ分、此方に利がある。
川越えで失った体力。濡れた衣服。
それほどの武器を備えてもいない。
相手の数さえ数えねば、易い戦になる。

心を決め、アン・ジェの天幕へ再び歩く。
「どうした」
椅子に座る天幕の主の前に無断で腰掛ける。

「布陣を伝えに来た」
「どうする」
「風后握奇陣」
「そうか。お主が握奇隊だな」

ああ、こいつは。
俺は腕を組み、奴の目を見る。
「お前、未だ俺を読めんな」

 

突然チェ・ヨンに言われ、俺は目を剥く。
「違うのか」
「握奇隊には、お前を据える」
「・・・・・・どういう事だ」
「だから読めぬと言っている」

チェ・ヨンは笑うと席を立った。
「まあ見ていろ。味方に読まれる陣では敵にも読まれる。お前が読めぬなら安心」

 

ふと思いついて訊いてみる。
「アン・ジェ」
「何だ」
「お前、釣りはやるか」
「いや、そのような趣味は無い」
「・・・ふむ」

さて、ではこの先も読めるかどうか。

「釣りの時、天気が急変すれば如何する」
「知らん、如何するんだ」
「竿を捨てて、水から離れろ」
「何故。水が急に増すからか」
「増水なら読めよう。理由はな、水が雷を通すからだ」

立ち上がったアン・ジェにはもう眸を遣らず、俺はそのまま天幕から出た。

 

******

 

翌朝早く、野営を畳み出発する。
昼前には国境隊の陣へ到着した。

そのまま兵舎の門へ馬をつけ、門前で出迎えた国境隊と合流する。
「大護軍!!」

頬に大きな切り傷を持つ強面の国境隊長が、チュホンの下に駆け寄った。
そして此方を見上げ嬉しそうに破顔する。
笑みと共に頬の切り傷が動く。
あの方を連れ、此処を発つ時に会って以来か。

「久々だな、どうだ」
「変わりありません、大護軍は!」
「この通り。今回はよろしくな」
「任せて下さい、皆、腕が鳴っています。大護軍と久々に共に出陣だと大騒ぎで。
ここ数日、奴らを抑える方に骨を折りました」
隊長は大きく声を上げて笑う。

「頼もしい」
そう言って歩き出した背後にテマン、逆側にトクマンが従く。
そんな二人に一歩下がり、国境隊長が歩き出す。
最後に馬を下りたアン・ジェが、俺の半歩後につく。

「どいつも速い」
兵舎の中に進みながら、斜め横を歩くアン・ジェに言う。
奴は笑いながら
「いや、以前はこうではなかった。格段に速くなっている。お主の鍛錬が効いているのだろう」
満足そうに言うと、その目が俺を見た。

成程。死なぬ程度の鍛錬は、どの軍営にもある程度は効果があるか。
「鍛え甲斐がある」

そして後に一歩控えて進む国境隊長へ、肩越しに振り返る。
「相手の動きはどうだ」
「今のところ、進軍速度は変わっていません」
隊長は頷いて返す。
「ではあと一日半か」
「はい。おそらくは」
「人数も変わりなしか」
「そのようです」
「武装は」
「刀どころか鎧さえ満足に着けず。上官らしき数百人が、辛うじて鎧刀をつける有様です」
「そうか」

それでは紅巾族は、朝臣たちの支持を持たぬ。
国内転覆を図るならば、反皇帝側の朝臣が必ず影で援助する。
金子も武器もなく、身一つで乗り込んで来るか。
そんな奴らを斬るのも気が進まぬが。

「斬る時は出来るだけ苦しませず、一太刀で行け」
「分かりました」
それが戦であり、そして俺は勝つ。
護りたい方の為に。

 

兵舎の私室に入り、ようやく鎧を脱ぐ刻。

脱ぎたくないと思うのは、今でもこの背の革紐を結んだあの指の感触を拭えぬからだ。
明日の朝、他の誰にも、それに触れさせたくないからだ。

下らぬ。それでも止められぬ。

戻れば解いて頂ける。それでもまた結ばせる。

鎧の背紐を結ばせるとは、しばしの別れの徴。

これほど辛いなら共にいる手立てを。傍で常に護れるように。

あの燃やした文が違う返答ならば、これほど考えなかったかもしれん。
焔に燃べた文。
胸の中の燃え尽きぬ焔。
たとえあなたに、真実の総ては伝えられずとも。

帰ればあなたに相談だ。正しいのかどうか判らぬ。
それでも発つ己の迷いを、そして残すあなたの涙を、共に乗り越える為に。

考えている。教えてくれ。
考えよう。俺達にとって最良の道を。

窓の外、空に昼の月が見える。春霞、ゆらりと惚ける輪郭で。
自身の決意も、未だそこまで。霽月ほどの輪郭はまだ持たぬ。

あなたの声で、きっと晴れよう。

 

 

 

 

二通目の手紙、そして傍に置きたがるヨン。

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22 件のコメント

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    戦の火ぶたはもうすぐ落とされそうですね。
    しかし、そんな中にも彼の中には何か考え事が一つ…
    二人で相談して解決するような何か。
    とても気になりますが、今は目の前の戦が大事。これを超えなくては帰れないですもんね。
    奇襲を掛ける様ですが、さて始まりはどんな感じなのか・・・また覗きにまいります♡

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    二人が一緒にいられるための方法を考えるチェヨン(^ー^)♪嬉しい!頑張って~♪
    神憑りの域に達した雷光がまたまた見られるといいな♪
    チェヨンの圧倒的な強さを見られそうな予感に、ワクワクです(^∇^)♪

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    普通ならば、ヨンが握奇隊であるところを、アン・ジェにし、相手に読まれないようにする。川を越えずに体力温存、見通しのいい場所で待ち構える、戦場の様子がうかんできました。読めば納得ですが、これを文章にするのがすごいですね。まるで戦の経験者みたい。 アン・ジェが、とぼけたお顔で首をかしげているように思いました。さらんさんのアン・ジェのイメージがわいてきました。おもってたのとほぼ同じです。嬉しいです。

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    なかなか 読み応えのある お話ですね
    私はチェヨンはミノくんで よかったと思っています ミノくんと出会えたからです
    でも こちらの テホグンはもう ミノくんではありません さらんさんのテホグンは もっと強くて 身体も心も大きく 年齢も上ですね…
    だからと 文句を言っているのでは ないです
    原作小説は出ないし 色々な方の二次小説を読むうちに チェヨンとミノくんは 別だと 思うことにしました
    「シンイ2」を本気で考えてますから ミノくんが歳をとって テホグンみたいに 逞しい男になったら 演じてほしいです 笑
    北方謙三さんの小説が好きですが (特に揚家将と血涙)さらんさんと 似てませんか
    とっても失礼ですが どちらも戦の場面なんか 引き込まれます
    ウンスと一緒の時は 全く別です 笑
    ドンドン 物語に気持ちが入っていきます
    すごいです~いつも 感動して読ませていただいてます
    続きが 楽しみで 仕方ありません…

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    かっこいい~
    素敵過ぎますぅ。
    惚れ惚れ゚+.゚ポッ(o´∪`o)ポッ゚+.゚
    …で、二通目に何が書かれてたの???
    気になって眠れなーい。。。?
    Zzz ( ̄~ ̄) ムニャムニャ

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    >ののさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    そうなのです。目の前の事柄より、順々と。
    まずは、勝って凱旋せねば、お話になりませぬ。
    さて、どうなりますか。
    ヨンとしては、アン・ジェにいろいろヒントを
    与えているつもりのようですw
    よろしければ また覗いてみて下さい♪

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    >kumiさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    そろそろ、いろいろと動き出しそうですが。
    ヨンは気苦労が絶えず、ぼちぼちめんどくさそうな腕組みも増えw
    いつもテマンとチュンソクの先読みに慣れているヨン、
    そろそろ髭の女房役の重要性を、再確認するやも知れませぬ( ´艸`)

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    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    二通目の手紙、もうこれはああ、というところなのですが。
    なるべくしてそうなるというか、
    まあそのためにあの時本編で、ねえ?というかw
    何しろ本気で腹を立てているヨンです。
    よろしければ また覗いてみて下さい♪

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    >チェヨン1さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    ヨンは、戦に関してはムン・チフ隊長について
    実戦から学び、
    そして学問については、父君から習得しました
    @さらん設定(出た!
    実際の鴨緑江岸の写真を見ると、本当にだだっ広いです。
    たまに脱北者が中国側に渡った、というニュースを
    TVでやっていたりしますが、
    実際かなり川幅が広いところもあるので
    あれを渡るのは、ところによっては決死の覚悟。
    いろいろな資料を集めつつ・・・何だか、本気で
    大河ドラマ化していきそうです( ´艸`)

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    >ゆきんこさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    北方謙三氏の小説・・・ううう、読んだことがなく。
    不覚です。勉強せねば!
    書を捨て街に出よ、を座右の銘とする私ですが
    最近さすがに読書の必要性を感じております(・Θ・;)
    そうなのです。本編のお話を書いているうちは
    あのヨンの姿を追い、その延長線上に
    隠されたヨンの言葉を聴き、そしてそれを映し出せば
    それで、お話は済みました。
    ただ、その先を書いた時、あの時から四年たった
    チェ・ヨンという漢が、どのように生きているのか
    そしてどのように生きていくのか、そこを書かねば
    進まなくなって行きました。
    同じではいけない。同じであるはずがない。
    それが希望でもあり、怖くもあります。
    あの、無精ひげのヨンが、あの丘からウンスと共に
    どうやって生きたのか。
    他人であるはずがない。根本は同じ漢。
    そこに違和感や齟齬が生じるとすれば、私がヨンを
    見誤ったという事、誤解したという事だと思います。
    ただ、同じ時代の中ループするより、先に進むことを選んだ以上、
    やはりそこを、それ以上知らなくても良い、
    あの時代のヨンだけを追いかけたい、
    そう思う方も、必ずいるわけで。
    これから先は、そのバランスを取っていくのも
    書き手としての選択かな、と思います。
    今は悩んでいます。そして、あの時代のお話でも
    まだ書きたいことは山ほどありw
    それは限定公開で、話として残さず上げるか、もしくは甘い夜であげるか・・・
    うー、悩みます。

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    >kacotanさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    何しろ、鎧姿のチェ・ヨン大護軍、
    もう凛々しい以外の何者でもありません。
    二通目の手紙に書かれていたのは、さて?
    分かるまでに、もうしばしw
    お休みなさいませ❤Zzz…(*´?`*)。o○

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    いつも楽しく読ませて頂いております。
    まるでドラマを見ているかの様に、想像出来て頭の中でヨンとウンスが、色んな顔を見せてくれます。
    本家の方の3巻が、中々発売されませんが、此方の物語の方が正直面白いです。
    ウルダチや、王様達の事も書いて下さるので。
    テマンも幸せになって欲しいです。
    相手はトギかな?
    これからも、素敵なお話し楽しみにしています。

  • SECRET: 0
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    アンジェには、テホグンの作戦が読めませんか。敵を欺くにはまず味方からですね。
    チェヨン、他の人より頭がきれるから、先々が読めてしまう。そんな上官に鍛えられてきたウダルチの面々と、いつもは指示を出す方のホグンやテジャン達。一を聞いて十を知る人ばかりとは限りません。元来が、めんどくさがりやのテホグン、どこまで細かく指示をだせるのでしょうか。ちょびーっと心配ではあります。
    なにやら暗示的な二通目の手紙。わざわざ燃やした時に、タダならぬ気配を感じておりました。ド、ドキドキ。(・_・;

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    >さらんさん
    読み返し、思い返し、ひたすら考え・・・
    ヨンが本気で腹を立てているといえば・・・
    思い当たるのは あいつかな?
    外れたら 恥ずかしいから
    おとなしく 続きを 待ってます。
    (●´ω`●)ゞ

  • SECRET: 0
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    >チビママさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    チビママ様に頂いたこのお言葉もあり、
    現在かなり真剣な悩み状態です・・・
    私としては、ドラマも小説も、そして自分の二次も
    結局あのヨンに結び付いてしまうのですが・・・
    やはり愛しすぎて、いろいろなお話を書きたくなり。
    己の強欲さに、呆然としているところです(゚ー゚;

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    >ポチッとなさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    この後、大護軍の丸投げ(というより、髭女房のまる受け)
    の場面が、既に書いてあったというw
    さすが、読んで頂いていると、阿吽の呼吸が
    整ってくるのでしょうか(●´ω`●)ゞ
    とても嬉しいです。えへ。

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    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    恐らく、しなもんさまの予想、当たっておられるかと。
    あ奴です。やっと歴史と足並みも揃いそうです。
    そしてヨン、恐ろしい程の復讐劇開始です。
    さすが本人が己で「某は、執念深い性質でして」と
    自己申告するだけ、ございました・・・!(´Д`;)

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    さらん様、こんばんは❤︎
    どんどん、ヨンが素敵になって行く……。
    ただでさえ素敵なのに、言葉が動きが、尚一層凄味を増して、愛さずにはいられません。
    そして、ヨンはホントに、男達に慕われて、もう間違い無くカリスマですね。
    そんな鬼神が、ひと時もウンスを忘れず、手の感触さえ愛おしく感じ、懐に大事にしまっておきたいなどと言う……。
    こんなに素敵な男は、世界にただひとり❤︎

  • SECRET: 0
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    >夢夢さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    面倒くさがりで、短気で、物分りも良い方でなく
    ウンスと王様と高麗以外の事では、配慮にもしばしば欠け、
    おまけに周囲のからの秋波にも鈍感ですが(爆
    ただカリスマ度は、グングン右肩上がりの予感です・・・

  • SECRET: 0
    PASS:
    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    ただ戦うだけなら、中東某国のように
    人間に爆弾抱かせて、敵方に突っ込ませるだけで良いのですが。
    心を持たなかった頃のヨン、何も判らなかったヨンならば
    それと紙一重の危険をも、犯したやもですが。
    心を持ち、愛を知った人間兵器、そんな下らぬ失策は
    決して犯しませぬ・・・それゆえ、恐るべしです。

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