開京より全速で一気に街道を駆け、山道へ入る。
あの時と同じ道を、北方へ辿るからか。
頭の中、まるで逆回しのようにあの時の景色が蘇る。
ああ、この辺りだ。
あなたが馬より落ちた、開京への帰路。
二度とあのような目には遭わせぬ。
ああ、この辺りだ。
運気調息の中であなたに逢った野営地。
今宵ももう一度、逢えるだろうか。
何故その姿を想うだけでこれほどに、己の中の気が満ちるのか。
今全てが判った後も、不思議でならぬ。
あなたこそ、真に我が高麗の守護神。
この俺を支えているのだ。間違いはない。
だから、信じて待っていろ。
******
精鋭騎馬隊のみの移動。心配の必要もない。
馬の疲弊と、天候の急変にのみ気を配る。
初回の野営地に到着し、兵の間を縫い、既に張られたアン・ジェの天幕に踏み込む。
「どうした」
アン・ジェが椅子から立ち上がるのを手で抑え、その前の椅子にどかりと腰掛ける。
「後方はどうだ」
「今までのところ順調だ。兵の様子も変わりない」
そう言うアン・ジェに頷く。
「二千全員に目を配ってやれん。どうしても穴が生じる。後方は頼む」
アン・ジェが頷く。
「おお、こっちは慣れてる。任せろ。ところで」
そこで痞えるアン・ジェの声に、何だと眸で問う。
「・・・いや、迂達赤の奴らはどうだ」
「問題ない。死なぬ程度に十年鍛えた奴らだ」
「そうか、頼もしい」
「おかしな奴だな。迂達赤については見知っておろうに」
「なあ、チェ・ヨン」
此方をじっと見つめて問いかけるアン・ジェの気遣わしげな声。
それが肚に一物在りと教えている。
危うく洩れそうになった言葉を、喉元でようやく塞いだが。
前回こうして一対一で面したのが、あの医仙が落馬した、開京への帰路だったせいか。
朝から思っていた。こいつの面構えが変わったと。
憑き物が落ちたような、やけに晴れ晴れした顔で。
ムン・チフ殿を仲立ちに、廿の頃より知っている。
しかし十年以上付き合っていて、こんなに晴々した顔を見たのは初かもしれん。
俺が紅巾族なら、今すぐに引き返す。
こんな晴れた顔のこの男と、斬り結ぶのは御免だ。
あの帰路。斃れていた刺客。周囲も骸も焦げた様子。
そして、雷功使いのこの男。
「何だ、気味の悪い」
俺の黙りに、怪訝な顔でチェ・ヨンが唸る。
この疑問を切り出すべきか。
「・・・あの時は、深く聞かなかったが」
あの時、と聞いて考え、思い当たる。
そうだ。こいつと二人で対面するのは開京への帰路、あの方が落馬した時。
開京からの護衛の鷹揚隊と合流した時以来だ。
「あれか」
「聞かせてくれるか」
「護りたかった。で、放った」
「放った、雷功をか」
「ああ」
自分の唾を呑む音が、頭蓋に響く。
「俺は、現場を改めた」
「言っていた」
「どれだけの被害か知っている」
「ああ」
「チェ・ヨン、お主」
「先程から何だ」
「俺は内功の才なし、委細は分からんが、あれは誰でも出来るものでない。それは分かる。
あんな事の出来る内功遣いを、俺は見たことがない」
「そうだ」
目の前のチェ・ヨンが頷く。
「俺の師父、ムン・チフ殿以外、成した者はない。
だがな、アン・ジェ」
断ち切るように途絶えた声。
俺が目で促すと、目前のチェ・ヨンが初めて片頬で笑う。
「あれがあろうとなかろうと、 今の俺は、必ず勝つ」
そう言ってチェ・ヨンは席を立った。
「信じろ」
奴は僅かに顎を引くと踵を返し、大股で天幕を出ていった。
敵わん。 俺はその背を見ながら苦笑した。
******
アン・ジェの天幕を出ると同時に、テマンが一歩後に従く。
「待っていたか」
「はい」
「お前と野営も久々だ」
「はい」
テマンが心なしか、嬉しそうに頷いた。
「外だと嬉しそうだな」
「はい!」
こいつはいつまでも、出会ったあの時のままだ。
「俺の癖を最も知るのはお前だ。
俺の一を聞き十を汲むのもお前だ。
頼むぞ、テマナ」
「はい、大護軍!」
野営地の夜は更ける。
あの方を連れた帰路の時のような緊張感はない。
天幕の外、焚火の前で火を眺める。
脇の木の上、テマンの気配だけがする。
元には既に、刺客を送る余力はない。
奇皇后は皇太子アユルシリダラの処遇を巡り、現在も政敵との戦いの最中という。
既に力を失ったトゴン・テムルでは、この調停にも立ち入れぬと聞く。
そんな中でも半年前、此方に刺客を送ったという事は。
復権の最後の砦として、余程あの方を欲していたのだ。
奪われずに済んだ安堵に、今更ながら震えが走る。
目前の焚火から頭上の夜空に眸を移す。
見ているか、あなたも。
もうあの頃のように呟く必要はない。
あなたはいつも此処にいる。
待っていろ、すぐに戻る。
焚火の前で大護軍が空を見る。
その目を追いかけ、俺も見る。
星が光ってる。きれいだ。
チュソクが死んだあの時も、星を見た。
きっとチュソクもトルベも皆も、あそこから大護軍を守ってくれる。
安心しろ、ここには俺達もいる。
そして大護軍が、勝つと言ってる。だから大丈夫だ。
だけどいざって時は頼むな。
大護軍に、力を貸してくれ。
光る星を見上げ、俺は自分に聞いてみる。
俺は今、誰に力をもらおうか。
その時浮かんだ、一つの顔に笑う。

テマンの心に浮かんだ顔
きっとテマンが、確り分かった時には。
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今日のクリック ありがとうございます。
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だから、信じて待っていろ。
必ず戻る。
その言葉を胸の中で唱えるヨンの顔が目に浮かびます。
愛しい、最愛の魂の片割れの元へ。敵を蹴散らし一日も早くその胸に抱いてください!
その時のヨンの。敵を蹴散ら優しい目も目の前に浮かびます。
続きを楽しみにしています♪
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何だか負ける気がしませんね♪高揚感はありありですけど!
テマン、何だか♥がチラチラ。
アン・ジェも驚く雷功使いがいて、槍使いがいて、兵達がいる。
あぁ、ドキドキワクワク!
待ちきれません(((o(*゚∀゚*)o)))
また、速攻で覗きに来まぁすε=ヽ(*・ω・)ノ
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おはようございます。
いよいよ決戦の時が近づいていますね。
思うことは無事に帰還してほしい…ただそれだけです!
奇皇后、このシンイ同じ時期なので、時代背景も兼ねてドラマ見てます。
元と高麗の関係がなんとなくわかってきたこの頃です。
攻めのヨン…すきだなぁ…
毎日楽しみに更新待ってます!
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ヨンは今すべてがやる気に満ちているというか、気力がどんどん湧いてくるような状態なのでしょう、他人から見てもわかるほどなのですね。
テマンは嬉しいのですね。戦いとなればウンスが側にいることはできない。嫉妬ではなくて任務中では自分が一番ヨンのことを理解できていて役に立てそうだと素直に嬉しいのかな。
とにもかくにもいよいよなのですね。
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さらんさん、朝から泣かせてどのようないするんですかぁ~っ!(T^T)
みんな、チェヨンを護ってね!
私も星が見たくなりました。
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ヨンの幼馴染で気の許せる相手だと思うのですが、存在感が薄いというか、ワンテンポずれてるというか。登場人物の中で一番掴みきれてない人です。今回は出番も多いのかな?さらんさんのアン・ジェが楽しみです。テマンの活躍も楽しみ。テマンが思い浮かんだ顔…誰だろう?あっ、あとスリバンの方々は登場しないのですか?ヒドもそろそろ出てきてほしいな。
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これからの戦場、戦いぶりを思うと何かわくわくします。
やはりチェ・ヨンは軍人なので強くなきゃ。
強いチェ・ヨン、切ないチェ・ヨン。
どちらも大好きです。
風邪の方はよくなられましたか?
お体大切に、ご自愛ください。^-^
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もう 勝つこと! そして早く帰る! で
いっぱい。 ちょっと つついたら
「勝!」 「帰る!」 「ウンス!」 って
聞こえてきそう・・・
もしや~ テマンの心に浮かぶ人は・・・
( ´艸`) あの人・・・髭鳩さん なんちゃて
あの人よ、あの人(〃∇〃)
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こんにちは!さらん様。
まだ戦に向かう道中だというのに
感動してます…
迷いがなくなり、晴れ晴れとした
ヨンの表情‥頼もしく惚れ惚れ致します!
テマナの頭に浮かんだ顔は?
誰でしょう?トギだったりして♪
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>★sachi★さん
こんばんは❤コメありがとうございます
そうですね、もうヨンにとっては、この先は
戦場か、ウンスの元にか、どちらかにいることになるかと(*v.v)。
優しい目といえば、ミノ氏のあの溶けそうに優しい目が浮かびます・・・❤
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>ののさん
こんばんは❤コメありがとうございます
速攻、嬉しいです三 (/ ^^)/
ここから先はもう、頭脳戦あり、白兵戦あり、
いろいろありそうです・・・
そして、未だに終わりが見えず、結構山坂・・・(((( ;°Д°))))
基本しか練れていないのに、ど、どうしよう・・・です。
よろしければ また覗いてみて下さい♪
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>びったんさん
こんばんは❤コメありがとうございます
そうか!
奇皇后は完全敵方ですが、あちら側から見るのも
新鮮で楽しいかもしれないですね・・・
ということは、もしやぴったんさまなら
次にここに出てくる人物の事も、薄々察しがついておられるやも。
出て参ります、奴が。
攻めのヨン、お楽しみ頂けると嬉しいです(*v.v)。
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>あみいさん
こんばんは❤コメありがとうございます
恐らく、ヨンの事を知らない人間が見ても
分からないと思います。
知っているからこそ、分かるかな、と。
だからヨンも、腹より声を出しているようですww
ノリとしては、アメフトのWar daddyみたいな感じです(;^ω^A
そうですね、もう少し。
今回は、いろいろ考えているようです。ヨン大護軍。
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>kumiさん
こんばんは❤コメありがとうございます
そうですね、もうテマンの語りは率直、ということで
お許し下さいませ(ノ_-。)
きっと守ります。とことん。今のヨンなら。
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>チェヨン1さん
こんばんは❤コメありがとうございます
設定上は、ムン・チフ隊長がアン・ジェの父君と知人だったようです。
それほど親しいのかどうか分かりませんが、顔見知りなのは
確かなようなので、ちょこちょこ出て参りますw
特にヨン(大護軍)に次ぐ官職(護軍)ですから、
禁軍との共同作戦時は要に成りがち。
確かにつかみどころがない男ですね・・・
今回は手裏房の出番はありません(す、すみませぬ)
次もないです(え)
その次、ですね。勢の時は、爆裂しますw
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ヨンの気は人生最高潮に満ちているようですね。これではどんな敵が前を塞ごうとも、彼に足かせを掛ける事は出来ないでしょうね。
心はウンスが、戦場では仲間たちがヨンを護ってくれてますね。ワクワクします。
テマンもお年頃。心を満たしてくれるのは・・・❤
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>あいちゃんさん
こんばんは❤コメありがとうございます
風邪はすっかり良くなりました❤
ご心配をおかけしました(;´▽`A“
馬鹿も風邪ひくんだなーとww
流行には敏感でありたい(え?)
強く切なく。今回は、強く賢く、そして大胆不敵にw
ヨン、始動です。
よろしければ また覗いてみて下さい♪
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>くるくるしなもんさん
こんばんは❤コメありがとうございます
もう、それしか脳内にはないと思いますw
勝利、帰還、ウンス(爆)
実際鉾で突いても死なななかったと伝説の将軍、
駆ければ幸せだなーと、願いつつ。
まずは序、もうしばらくお付き合いくださいませ・・・❤
髭鳩とは∑(-x-;)意外なとこで、良いかと・・・❤
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>わいやーさん
こんばんは❤コメありがとうございます
ほれぼれして頂ければ、嬉しいなーです(〃∇〃)
今回は、もうまた隅々までDVDを見つつ
ヨンのバトルシーンを確認しつつ、
あの声を追いかけつつ、なお話しづくりです。
何だか初心に戻ったよう・・・半年前なのに
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>ままちゃんさん
こんばんは❤コメありがとうございます
そうです、テマンもそろそろ、恋の季節。
でも、何しろ大護軍大事な一途な男ゆえ・・・
誰が、浮かんだことやら。
ヨンはもう、史実の「鉾で突いても死なない将軍」
誕生前夜と、なっております。
痛みを知り、乗り越え、周囲との絆を深め、
そして自分は何も知らなかったと知って、人間の心を持った
人間兵器、覚醒ですо(ж>▽<)y ☆
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>さらんさんへ、いつも丁寧なコメ返ありがとう。 つかみどころないですよね。(激しく同意)。禁軍はちょっとウダルチより、扱いがよくなかったし、そこにヨンの知り合いを入れて、まともな奴もいるんだけど、って感じでした。結構重要な台詞言ってるんだけど、とぼけたお顔が…。しまらねえ(笑) ヒドの登場はなくても、楽しみはたくさんあるので、大丈夫です。爆裂までおあずけ、我慢します。
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そして、自信!
その晴れやかな顔が、アン・ジェには最も頼もしく見えたでしょうね。
運気調息で、また意識の深い底でウンスと出会うのでしょうか?
なんとも不思議な感覚で、二人の繋がりの深さを感じました。
テマナは、トギを思い浮かべたのでしょうね(*^.^*)
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>チェヨン1さん
こんばんは❤コメありがとうございます。
そうなのですよね。立ち位置的に、禁軍V.S迂達赤的な。
以前、「或日」にもちらりと書きましたが
私の中では禁軍と迂達赤の反目関係、という
イメージは、とても強かったです。
おとぼけ顔( ´艸`) ヨンはカリスマ、
アン・ジェの場合は、やはりNo.2の立ち位置が良いかとw
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>mayuさん
こんばんは❤コメありがとうございます
頼もしいと思ってもらえたか・・・
もしくはこいつ、おかしくなったか、と思われたか(°д°;)
テマナは、誰を思ったでしょう。
それがはっきりとわかった時、また一つお話が動くやも
(そこまで行くかどうかが問題ですがw)