2014.11.17 ■紅蓮・序【長編】さらん

紅蓮｜序・4

「戻りました」
声に走り出てきた小さな姿が
「お帰り、大丈夫？どこか痛くない？」
いつものようにそう言って、俺を見つめて。

首を振ればこの眸を覗き込み、額へ頬へ手を当て。
頸に、そして手首の血脈に手をやって。

黙っているその姿に、何も声が掛けられぬ。

「うん、大丈夫。大丈夫」
あなたは顔を上げ、俺を安堵させる為にだけ、懸命に笑いを浮かべる。

「イムジャ」
「うん？」
少し離れた卓で書き物をする姿に声を掛ける。
手を伸ばすとあなたは席を立ち、胡坐の膝へ収まってくる。

「此処に、いてくれますか」
「うん」
「こうして、待っていてくれますか」
「うん」

膝の中、あなたがこの胸に凭れかかる。
そして背後から抱き締めるこの掌を小さな掌で包み込み、口元に持って行き、優しく口づけを落とす。
「帰って来て、待ってるから」
「必ず」

その髪へ鼻先を埋め、深く息を吸って。
たとえ何があろうと、必ず此処へ戻る。
何万の敵であろうと、必ず斬り捨てる。
あなたの住む都へ進軍させるわけには行かぬ。

「愛している」
「私も、愛してる」

髪の一房、血の一滴、吸い込み吐き出すその息さえも。
全てが愛おしいあなたの居処へ立ち入る事、我が名に懸け、何人たりとも決して赦さぬ。

腕の中、肩が小さく震えているのは判っている。
懸命に息を殺し、俺に悟られぬよう泣いている。

だから、振り向けとは言わぬ。
その顔を見たいともねだらぬ。

「俺に、力をくれ」

腕の中、何度も何度も小さく頷く頭。
その度口づける手に落ちる涙の温かい滴が、幾度でも俺を生かす。

死に急ぐ者のみ、今、この道を塞いで見るが良い。

翌朝。

鎧の背紐の最後の一本を、細い指が縛り終える。
そして鎧の背を軽く撫でる感触を、途轍もなく愛おしいものとして記憶する。

「戻って来たら」
背を向けたまま言うと、あなたがこの背に額をつける。
「もう少し結び易い、柔らかな革紐に代えます」
その言葉に泣き笑いの声を漏らす。
「大丈夫、何度も結んで慣れたから」
「あなたの指の方が大切だ」
「違う、あなたの安全が･････っ」

この方がふぅ、と小さな息をして、どうにか涙を隠そうとする。

「あなたの安全が･･･っ一番っ、大切･･･」
「では、戻って来たら、何をしましょうか」
「美味しいものを、食べに」
「あとは」
「お酒を、飲みに」
「あとは」
「･･･帰って来てくれるだけでいい」
「イムジャ」

振り返り、その体を軽く抱き締める。
強く強く、折れる程に抱きたいが、硬い鎧で傷つけぬように。

「婚儀だ」
「･･･え」
「婚儀、でしょう」
瞳を覗き込みそう言えば、この方のそれが揺れて。
「いつだって良いのに」
「婚儀です、まずは」
「嬉しい」
「俺とて、イムジャより幾倍も。
これで我慢の夜が終わると思うと」

慣れぬ己の軽口に、あなたが顔を紅くする。

「冗談です。では」

その頬に最後に指先で触れる。
あなたがこの首を掻き抱き、固く抱き締める。
鎧が柔らかな肌を傷つけそうで、それでも精いっぱい応える。

あなたを小さく畳み、懐に入れてそのまま共に持ち運べるものならば。
鎧の裏、一番安全なこの胸元に、その体を全て縫い付けられるならば。
傍で、何時でも護れる距離に置ければ。

考えるべき時が来た。この後の俺達の道を。
戻ればこの方との相談、そして王様へのご相談。

「行って参ります」
「行ってらっしゃい」

宅の門前。厩から牽いた愛馬に跨り鞍上から見る。
あなたは微笑み、顔の横、ひらひらと両手を振る。
涙を湛えた瞳を、懸命に誤魔化しながら。

「待っていろ、すぐに戻る」

微笑み返してそれだけ伝え、愛馬の首を回し、真直ぐ皇宮へ走らせる。

軽口を、言ったりする。

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無事に帰ってきて、早く二人結ばれれば
いいなぁ(ノ_＜。)
二人に、幸を･････

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