全てはあっという間に起きた気がする。
3本目の鍼が入ったと思った途端、頭の中が白く冷たくなった。
「ウンス」
先生が何か言っているけど、合図はできない。
第一言葉が・・・ああ、また言葉の壁だわ。困った。
先生が打った鍼を隠す様に、私の襟元を合わせて整え、髪の毛で項を覆う。
そして、大丈夫というように私の手を握ってくれる。
握り返したいけれど、力が入らない。
ソンジンが急いで薬房を飛び出す気配。
馬の蹄の音、大勢の入り乱れる足音。
あの独特の匂い。兵がいる。見なくても皮の匂いと、鎧や刀の触れ合う金属音で分かる。
腕を掴まれる、口元に、冷たいものを当てられる。
思わず息を止める。
現代人なら、ここで脈も見るだろう。
そうすればいくら遅くなっていてもばれる、そう思ったけれど。
そのまま冷たいものが離れ、その後に先生の声、そして大勢の人の出ていく気配。
その後、しばらくは静寂が訪れる。
少し眠い。鍼のせいなのか、何なのか分からない。
眠ったのか、意識があるのかないのか。
次の瞬間、私の体が抱き起される。
「ウンス、聞こえるか、ウンス」
聴こえたって返事はできないし体も動かせないのに。
ソンジンの手が私を抱き上げて、頸椎に刺した1本目の鍼を抜く。
手が濡れて震えているのを、麻痺した肌でも感じる。
ソンジンは私の体を布団に戻すと、胡服の襟を開く。
恐る恐る、左の鎖骨の鍼を抜く。そして、右の鍼を。
その瞬間、体に一気に暖かいものが戻るようで、息をするのが少し楽になる。
「ウンス」
返事はできない。でも目を薄く開けて、ソンジンの顔をどうにか見る。
私が目を開けたとき、ソンジンの顔は思ったよりもずっと近かった。
その目が私の目と合った瞬間に、一気に緩む。
「聞こえるな、分かるんだな」
頷いて、もう一度目を閉じる。
抱き締められた気がするけど、少しだけ、寝かせて。疲れた。
******
動けるようになるには、思ったより時間が掛かった。
先生の薬房を出た後、私はなるべく急いで庵に戻る。
ソンジンは薬房でもらった薬草と書の荷を肩に、
「荷を纏めたら出る。無理はするな」
そう言いながら背を伸ばして、確かな足取り、大きな歩幅で、私を先導するように半歩先を進む。
私は頷き、頭の中でシミュレートする。
手帳は置いて行く。見つけてもらわなきゃいけない。
ああ、だからなの。
華侘の形見のようにキチョルは言っていた。
少なくとも今、私のいるこの世界では、私は華侘の後継者の、その後継者と思われていた。
先生が華侘ではないなら、おそらくこの後、私が華侘になる。
死んだあと遺品を整理していたら見つかった、そんな風に語られていくのだろうか。
だからあの手帳や手術道具やプロジェクターが、華侘の形見みたいに言い伝えられていたんだ。
珍奇なものが見つかれば、華侘の形見として信憑性が高まるのかもしれない。
数か月前に電池が切れたプロジェクター。手術道具。
置いて行くものを頭の中で整理しながら、私は半ば駆けるように庵へ急ぐ。
庵に戻って日記帳を数枚破りとり、カメラバッグに入れる。
フィルムケースがあることを、もう一度確認して。
残りは日記帳ごと、プロジェクターと共に小さな行李にいれる。
最低限の手術器具と衛生用品だけ纏めてバッグに突込む。
残りの器具は布に包み、すべて行李に入れる。
これからはこんなものに頼らなくても、あの人を助けられるくらいの力を付けなきゃ。
先生二人に時間をかけて、大切な事を教えてもらった。
道具なんて代用できるはず。
開腹フックがなくたって、私はあの人の手術をした。
電メスがなくたってチャン先生が焼いた鍼で、あの人の肝臓の類洞を止血できた。
今その上に、劉先生が教えてくれた多くの事が、確かに積み重なっている。
あの人が私を信じてくれれば、私は何だってできる。
あの人を心から信じる自分を、私は信じる。
あの人に戻りたいとだけ願い、走るこの足を信じる。
あの人を抱き締めたいと願い、伸ばす腕を。
ここまで私を助けてくれた人たちの事を、信じる。
全てを行李に入れ終わり、一度だけぎゅっと拳を握る。
信じる心だけ、この中に握って。他は、全て手放そう。
惜しいものなんて、何もない。
ソンジンが庵の入り口に寄り掛かり、私を見ている。
私は彼に振り返り、しっかり頷く。
行こう。

楽しんで頂けた時はポチっと頂けたら嬉しいです。
今日のクリック ありがとうございます。
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いよいよ切ない感じになってきましたね…
ソンジンウンスの気持ちを大事にしてくれるよね?(*_*)
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まだまだだと思いますがソンジンはウンスが天門に向かう時に引き留めたりしないのか心配になってきました。だってここまでしてくれたら情があるような気がします。先生の指示通りになりますように。
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>ルカさん
こんばんは❤コメありがとうございます。
ルカさまのおっしゃる通り、
ここからは切ないモードです。
今日は序の口、ここから続くお話への
ルカさまや皆様のコメが、予想できつつ
恐ろしくもあり・・・
よろしければ また覗いてみて下さい♪
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>あみいさん
こんばんは❤コメありがとうございます。
情・・・めちゃめちゃ沸くと思います。
そして、最後に、ああ。となったらうれしいのですが。
ソンジナ、最後まで、漢です。
そして、二次のsideで書きたいお話もたまりつつあり
今、悩み中です・・・
皆様に楽しんで頂けるようなページに
育っていくと、嬉しいのですが。
うう、私のちっちゃい脳みそでは限界が(/ω\)
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どんな状況でも、冷静に考え行動している。
先生の書を解読する為に、ソンジンが必要な訳ですね。
これから、何処へ行くのでしょう?
今日は、걸음이 느려서(コルミ ヌリョソ)歩みが 遅くて
ヨンの元へ戻りたい、ウンスの心情にピッタリの歌詞でした。
又一日終わったよ。ヨンが1日近づいたね。
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意識が戻って!そして力強く走り出したのを見てほっとしました(≧▽≦)
ウンスの一途な気持ちがキュンと来ます♥
でもまだ夏を越えなくてはいけない。
まだしなくちゃいけないことも残ってる!
頑張れウンス!
また覗きに参ります( ・`д・´)キリッ
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ウンスの覚悟がひしひしと伝わりました^^
ウンスを取り巻く人が、皆良い人で
良かったとo(;△;)o
ソンジン 可愛そうだけど
堪えてね(iДi)
ウンスには、ヨンしかいないと
はっきり分かっているから(´_`。)
続き楽しみに待ってます^^
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さらんさん、素晴らしいです!
読んでいて鳥肌が立ちました★
これから更に切ない系に突入のご様子。
あー、どうしよう~(T_T)
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ウンス無事難局を一つ乗り越えましたね。よかった。
「信じる心だけ、この中に握って。他は、全て手放そう。」
ヨンの元に戻るために絶対必要な事ですよね。
再会へのカウントダウンが近づけば、それに比例するように切なさも積もって行きそうな感じがします。
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>mayuさん
こんばんは❤コメありがとうございます。
ああ、もうあの曲が頭に浮かびます。
多分ウンスオンニにも、伝わるはずです。祈ります。
近付く距離、遠ざかる距離。
ヨンに近付く程、ソンジンから離れていく。
どう出ますか・・・ソンジナ。(書いたくせに
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>ののさん
こんばんは❤コメありがとうございます。
そうなのです。まだ、夏があります。
ウンスオンニ、ソンジン、そして離れたヨンの気配。
うまく伝わるかなー、今からどきどきです。
私も覗きに伺います| 壁 |д・)←ショウシンモノ
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>みっちゃんさん
こんばんは❤コメありがとうございます。
そうなのですよね・・・
ウンスオンニには、ヨンしかいないのです。
もう、ここからはとことん、噛み締めることでしょう・・・
ああ、ここからがお伝えしたかった部分なのです
(こっからかよ!というお叱りありそうですが)
伝わらなければ、鍼も経絡もモンゴル帝国の前振りも
全て無駄になるくらい(ノ_-。)
伝わることのみ祈りつつ。
よろしければ また覗いてみて下さい♪
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>サチさん
こんばんは❤コメありがとうございます。
うわぁ、ありがとうございます(*v.v)。
鳥肌が立つほど思い入れを持って頂ければ
何より嬉しいです。
ここから、切ないです。
でも、伝えたい部分なのです。
そして、それが次のお話に・・・はい。
よろしければ また覗いてみて下さい♪
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>ままちゃんさん
こんばんは❤コメありがとうございます。
そうなのです。
私の中では、雑念があるとあの天門は
受け入れてくれないのではないと。
ヨンが最初、王命の為に潜れたように、
逆に奇轍が、入る事ができなかったように、
何となく、信念がないと、雑念があると駄目なのかな、と。
言葉にしなくても、ウンスが最後に
それをわかってくれたらいいなーとw
分かっていなければ、向日葵はないのですが。
そんな事を思いながら、あと少し。
お付き合い頂ければ、嬉しいです❤
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>さらんさんへ
えっ?
ソンジン、やはりウンスに懸想するのですか(-。-;)
ウンスが、天門に潜る邪魔をしたりしないでしょうね(#`ε´#)
イメージは、体躯は同じ位で声もちょっと似ているのかな?話し方は似ていたんだわよね。
だから、余計にウンスは傍で護られるのを嫌がったんだと思った。
だけど、お顔が違うのよ(o^-')b
ヨン程じゃあない!と言ったところでしょうか( ´艸`)
「もういないでしょう 死んでもいないでしょう
胸を引き裂いても あなたに代わるひとは
愛しています 私の胸が高鳴る
あなただから」
さらんさん ウンスのこの想い分かってやって(。-人-。)書くつもりなかったのに、書いちゃった(・・;)
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こんばんはです!
毎日更新して頂いてありがたいです。
そして何が言いたいのか分からないような私のコメントに毎回温かいお返事をして下り、有り難いような申し訳ないような…(^-^;)
今日、私が100人目のいいね!さんでした(^o^)
仮死状態から上手く生還できてよかったです。ソンジンの手汗すごかったのですね~ウンスにも伝わるほどに
ウンスはソンジンの想いに気付いてあげられるのでしょうか?でも気付いたとしても知らないフリをするでしょうね。
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ウンスの覚悟に肌が粟立ちました。
何かを乗り越えたオンナは強し!ですね。
にしてもソンジン。
やるべき事を捨ててまで、ウンスを護る覚悟を決めたのですね、彼もまた。
腹を決めた武人・・・
そー言えば何処かにも居ましたよね、そんな武人がっ!
うふふ。
さて、どう出る?
男ソンジン・・・これからが見所ですね。
楽しみです♪
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>mayuさん
コメありがとうございます❤
大丈夫です。ソンジン、漢です。
もう、いろいろな意味で、大丈夫です。
ああ、全景が見えれば、mayuさまに
こんなにご心配を掛けずに済むのに(x_x;)
それまでもうしばらく、お付き合い頂ければ嬉しいです。
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>わいやーさん
こんばんは❤コメありがとうございます。
100いいね、頂きました(〃∇〃)
いつも本当に、ありがとうございます。
ここ最近、テヒやらソンジンやら劉先生やら
予想以上に、新たなオリジナルキャラが増え続け
彼らの行く末も気になり、おまけに
イベントも増えてくる年末・・・
いろいろ、考え中です❤
その時は、わいやーさまや皆様に、
楽しんで頂けると嬉しいのですが。
ソンジンの想い、ウンスオンニの想い。
そして見え隠れする、ヨンの気配。
いろいろと分かるのは、もう少し先の未来です。
その時まで、お付き合い頂ければ嬉しいです❤
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>あららさん
こんばんは❤コメありがとうございます。
いましたね、何処かにそんな武士がww
何しろ、もう先が全てできてつながっている
そんなお話なので、
何をお話しても、ぺろっとネタバレ状態で、
貝のように口を閉ざすしかない私です。
貝の耳は綺麗(海の響きを懐かしむ)ですが
貝の口は、結構厄介です σ(^_^;)
さて、どうなることやら・・・
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さらん様、こんばんは❤︎
まずは、ウンスが無事に目覚めた事に、ホッとしました。
あぁ、そうなのか、そうだったのか……
目の前の雪が溶けるように、全てが、こんな風に繋がって行くのですね。
鳥肌が立ちます‼︎
ソンジンを褒めてやりたい。
ヨンさながらに、彼がウンスの側で守ってくれなければ、この後の向日葵には、辿り着く事が出来なかったのでは?と思うと、感謝してもしきれません。
ウンスはヨンだけのものですが、抱きしめるくらい、この状況では、許しましょう。
ヨンに気付かれぬなら(≧∇≦)
さらん様、さすがですね‼︎
今更ですが、夢中でございます❤︎
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>夢夢さん
おはようございます❤コメありがとうございます。
ここからです。
ここから、次のお話までで、この長い四年は
全てつながります。
私が、書き切れていればww
夢中だなんて・・・えへ(〃∇〃)
私こそ、毎日こうしてLOVE LETTERを下さる
夢夢さまや皆様に夢中です(`・ω・´)キリッ!
ウンスの成長がすごいですね。泣きたくなるような不安な毎日に折れそうになりながらヨンとの再会の為に邁進する姿に感動です。ドラマではここまで表現することは不可能だと思います。そんな真っ直ぐなウンスが先生やソンジンを味方にしたんでしょね。100年前のお話はあまりにウンスがかわいそうで読むのが辛かったのですが、さらんさんのウンスは大変で寂しく辛い中でもヨンの為に懸命に前向きに生きていく姿に感動しています。