吾亦紅 | 14

 

 

2日目の朝。
私が薬房に行こうと庵を出ると、門の前にソンジンが立っていた。
「行くぞ」
私の姿を認めると、それだけ言って歩き始める。

「おはようございます」
薬房の入り口で、笑って明るく声を掛ける。
そうよ、落ち込んでたって始まらない。

「おはよう、ウンス」
先生がいつものとおり微笑んで、上がり框から声を掛けてくれる。

ソンジンが先生の横につく。先生がソンジンに何か囁く。
ソンジンがあいまいに頷き
「ウンス、先生が話があると」
そう呼ばれて振り向いたところで先生が、ソンジンではなく私に静かに口を開く。

「ウンス、行く」
片言の韓国語で、そう言った。
「え」
「門に」
先生は穏やかに微笑んだ。
「ソンジンと一緒。一人は駄目だ」

急に、何の話?
余りに突然に切り出された話に全くついて行けず、私は2人の顔を見る。
ソンジンも驚いたように先生を見ている。

「何故、門に?」
先生に訊ねる。ソンジンがそれを伝えてくれる。
先生は私の目を見た後、何かソンジンに伝える。
耳にした言葉が信じられないという様子で、ソンジンが先生の言葉を伝えてくれる。

「風の強い日。開く前には必ず分かると。
遠くはない、今年の雪が降る前には必ず開くと」
「ウンス」
ソンジンの言葉が途切れるのを待って、先生が穏やかに私を呼んだ。

「ウンスは、行きたいのだろう?門が開くのを、待っているのではないか?」

ソンジンを介してそう告げながら、先生は微笑んで私を見る。
「詳しくは聞かない。門を潜りたい、それで良いのだよ、ウンス」
その言葉を私に伝えながらソンジンも戸惑うように、先生と私の顔を見比べている。

胸が痛い。息が苦しい。
私は先生の前に膝をついて、その手を握る。

「本当に?本当に、雪の前に、開きますか?」

涙が止まらない。本当に、開くの?
先生は私の手を握り返して頷いてくれる。

帰れる。あの人のところに。初雪が降る前には。
次に降る雪の中では、一人きりの足跡を、もう見なくていいのかもしれない。
並んだ足跡を、見る事ができるかもしれない。

「ただし」
先生の声に、厳しさが滲む。
「今、いつ開くかはっきりせぬ以上、大都にウンスを連れて行くことはできない。
留守の間に、もし門が開けば、次にいつ開くか、誰にもわからない。
連れて行かないために、ウンスには、死んでもらわなければいけない。
それだけが今回、門を潜れる道だから」

ソンジンがその言葉を訳しながら先生に向かって、早口で何か言い募る。
先生は穏やかに首を振ると、ソンジンを宥めるように静かに言葉を返す。

「先生が、鍼を打つと言ってる。
一時的に心と息が極度に遅くなり、体が冷たく、硬直するそうだ。
今まで失敗はないが、必ず戻ると約束も出来ないと」

先生は鍼入れから細くて短い鍼を出し、上がり框の卓の上に並べる。
「隠し鍼。これを打ち、使臣にウンスを確かめさせる。
見分が終わった後これを抜けば、一刻ほどで元通り動けるようになるらしいが」

ソンジンがそう言いながら、先生を見る。
先生が頷くのを待って
「明日だ。明日の朝、先生がウンスに鍼を打ち、使臣にその体を確認させる。
兵たちが先生と共に発ってから、俺が鍼を抜く。その後で俺達もここから出る」

鍼麻酔のようなものだろう。
理論上は、人為的な神経麻痺を起こすのは不可能ではないと思う。
1970年代に中国で鍼麻酔による手術が行われたと文献を読んだこともある。
でも、その時は通電したはずだ。

自分の体で受けるのは、やっぱり怖い。怖いけど。

「やります。お願いします」
私は先生の目を見て、それだけ伝える。
「ウンス、大都に行って戻って来てからでも」
ソンジンが狼狽して、そう言い返す。
「ソンジン、先生の言う通りなの。門が開いた時、それを逃したら次にいつ開くか分からない。だから」

「・・・やるのか?」
私はソンジンに頷いて、腰を上げた。
「本来は禁忌なのだ。もし抜かなければ、相手を死に至らしめる事も可能ゆえに。
ウンス、それでも、私を信じるかい?」
先生が私にそう訊ねる。

「信じます」
私ははっきりと言って頷く。

あなたはまた怒るでしょう。
命を粗末にするな、って。
自分の為にそんなことまでして、って。

帰ったら好きなだけ怒鳴ってもいいから。
今だけは、私を信じて。あの時みたいに。

 

 

 

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26 件のコメント

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    どうなるの?ヨンが、側にいたら
    間違いなく怒られてますね(。>д<)
    でも、危険があっても帰りたいウンスの
    気持ち!すごくわかります。
    でも、残される人の気持ちを思うと・・・

  • SECRET: 0
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    でも、危険な賭けがウンスを待っている。
    ヨンが知ったら、本当に怒るでしょう。
    それしか方法がないとは言え、死と隣り合わせの賭け。
    藁にも縋りたいウンスであれば、なんでもない事。
    そして、師は天門の開く時を知っていたのですね。
    上手くいくはずです!
    そして、その後はソンジンとあの庵まで行くのでしょうか?

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    あの時毒で毒を制したように‥
    また命を懸けるの?
    ヨンが知ったら卒倒しそう
    戻って来るとは分かっていても、安易ではないんでしょうね
    昨日の夜から風ゴ~と窓に当たる雨でチョー寝不足です‥今は青空

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    急展開~(°□°;)
    大都に行き、そこでまたまたウンスがなにかやらかしちゃうのか~!?と思いきや…
    まさかの『死』? いや、仮死状態なんだけどね。。
    かの地にいらっしゃるヨンが知ったら、腰が抜けちゃうくらい驚かれるのではないかと。。(;`皿´)
    でも 躊躇することなく決断をするウンスは 格好いいです!
    さらんさん、私はさらんさんの書かれるシンイの虜です~(≧∇≦)
    これからも ますます楽しみに更新を待ってます!
    ありがとうございます!!

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    忙しさにかまけて、なかなかコメントできず、すみません。更新、いつも楽しみにしています!!今回の展開に、ぞわぞわと鳥肌が…!!ウンス、命を懸けるのですね!!戻ってくるって信じてるけど、怖いですよね。
    愛。
    愛だわ。
    それに尽きます!
    一日も早く、2人が逢えますように!
    楽しみにしています!

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    この賭けに勝ったら先生とはこの先会えない、でも三ヶ月も都に行っていると門が空いたときに潜れないかもしれない…いろんな賭けに勝ってきたウンス。
    どうか、上手くいってと願いつつ♪(´ε`*)
    また覗きに来まぁす(σ≧▽≦)σ

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    先生を信じなくて他に信じる人はいない。ウンスの為に先生も気持ちに負担のかかる事をしようとしてくれている。
    この時代にこんな優しい協力者がいてくれて良かった。もう私いまからドキドキしています。

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    さらん様、おはようございます。
    なんかドラマティック過ぎて、ドキドキして目が離せません!!
    ソンジンは、きっと、あの時のヨンと同じで、怖いもの知らずに見えるウンスが、さぞ心配でしょうね。
    仮死状態なんてロミオとジュリエットみたい...。
    どうしても、ヨンの元に帰らなくちゃならない。
    これ以上、あの人と離れて生きるのは耐えられない。
    そんなウンスの必死な想いが痛いほど伝わってきて、涙ウルウルです。
    初雪...ふたりで見られると嬉しいです❤

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    ちょっとコメントはご無沙汰してしまいました。
    ごめんなさい
    でも凄く面白い!
    まずお話の背景や構成がしっかりしているので、ドラマの最終シーンからきちんとお話が続いていて、さらん嬢の創造力には脱帽です!
    続きを楽しみにしています。

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    こんにちは!
    お住まいの地域では台風の被害は
    ありませんでしたでしょうか?
    それにしてもすごい風ですね。
    そのなかでの更新ありがとうこざいました。
    予想を大きく越える展開にもうドキドキが止まらないです(^-^;)
    なんとっ!蒙古帝国の時代だったとは…世界史の授業のようです…
    チンギス・ハンにフビライ・ハン…
    鍼で仮死状態にするなどっ~
    もう私の心臓はドクンドクンと波打って~!!!
    それなのにこのドキドキする展開がすご~く好きなのです(*^o^*)
    色々と気になっていることもあるのです。例えば劉先生は何故にどこの時代からやってきたのか?この先、先生はウンスを助ける為に自分が犠牲になってしまうのか?
    なぜだか先生の心配ばかりしています(・_・;)

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    いよいよ物語もクライマックスですよね^^
    ソンジンはいったい何者なのでしょう。
    先生専属の護衛?
    最初はずっと滞在予定では無かったですよね。
    でも,ウンスが先生の弟子になったから,予定が変わったのかしら?
    通訳がいるから。
    すっごく気になるのですが,いつか明かされるのかな?
    今後も楽しみにしています♪

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    >モモさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    ヨンの雷が落ちるのは確実です、ばれればw
    ウンスはちゃっかり者なので、そこまで言うか
    微妙ですが≧(´▽`)≦
    帰りたい一心でしょう・・・

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    >mayuさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    行く暇は、やはりなく。
    そして先生も、連れて行く気はなく。
    なぜ突然門の話か、それはソンジンが
    何れ、語ってくれると思います・・・
    既に先の見えているお話なので
    私が何か言うのは無粋ですが、
    mayuさまや皆様に楽しんで頂ければ嬉しいです❤

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    >えみりんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    台風、凄かったようですね。
    私はしっかり仕事でしたので、あまり影響なくw
    呑気に仕事して、普通に帰って参りました。
    えみりんさまや皆様のところも、無事でありますように。
    ヨンはもう、卒倒するかもしれませんねw
    仮死って・・・( ゚-゚)( ゚ロ゚)(( ロ゚)゚((( ロ)~゚ ゚

  • SECRET: 0
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    >ゆかこうさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    腰が抜けるか、床が抜けるほどの
    お怒りが降って来るかとww
    虜まで言って頂くとは、光栄の至り(●´ω`●)ゞ
    まだ先は長いですが、しばしお付き合い頂けると
    とても嬉しいです❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    >freewayさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    わぁい、お久しぶりです❤
    もう、コメなんて気になさらず、読んで頂ければ
    それだけで、十分に嬉しいですから(〃∇〃)
    ここからは、結構鳥肌続きかもしれませぬ。
    ぞわぞわしながら読んで頂ければ嬉しいです❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    >ののさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    そうですね、ウンスは結構出たとこ勝負で
    勝負運も、強いと見ました。
    ただしそれは、ヨンへの一途な気持ちゆえ
    運の良さを、ひきつけているとも思います。
    今回も勝てるか。
    乞うご期待です(●´ω`●)ゞ

  • SECRET: 0
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    >サチさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    切なすぎますか・・・
    う、この後もうちょっと、切なくなる予定です
    (;´▽`A“
    もう少しだけ、お付き合い頂ければ・・・

  • SECRET: 0
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    >あみいさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    そうですね、先生も精神的には
    ギリギリの勝負をしていて、でもそれを見せたら
    ウンスやソンジンが心配するから、見せない。
    協力者が去る今、これから二人はどうするか・・・
    先を知っている私としては、あみいさまや皆様が
    度肝を抜かれるよう祈りつつ。

  • SECRET: 0
    PASS:
    >夢夢さん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    ウンスもぎりぎり、先生もソンジンも、
    三者三様、ぎりぎり状態で。
    ただこのお話の場合、そこがメインではないので
    あまり引っ張らないように気を付けますw
    宜しければ、もうしばしお付き合いください

  • SECRET: 0
    PASS:
    >のりちゃんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    はい、出来る限りコンスタントに
    UP出来るよう、心がけます。
    よろしければ また覗いてみて下さい♪

  • SECRET: 0
    PASS:
    >まあもさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    わぁい、まあもさまお久しぶりです❤
    面白いと言って頂けて、嬉しいです(〃∇〃)
    妄想力は、生きる活力です❤
    最終シーンからつながっていて、良かった。
    まあもさまに言って頂けると、安心です(*v.v)。

  • SECRET: 0
    PASS:
    >わいやーさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    そうか、いろいろな考え方ができますよね。
    宣誓自体、タイムスリップ経験者、とか
    そういうのもありですね。
    考えませんでしたΣ(・ω・ノ)ノ!
    私の中で、天門はあくまでウンスだけが通れる道
    (ヨンの、あの一回だけのスリップを除く)
    だったのでした・・・
    先生、最初はおじさんだったのに
    すっかりいい味出しておりますww

  • SECRET: 0
    PASS:
    >すんすんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    実はですね、これまだまだなんです。
    まだ、かなり先があります(;´▽`A“
    向日葵を超え、現在UP出来るカテゴリの中で
    最長になりました。
    1年(といいつつの4年)は、さすがに長い。
    もうしばらく、お付き合い頂けると嬉しいです。

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