吾亦紅 | 6

 

 

翌日、薬房に行くには勇気がいった。
これ以上他人との接触は避けたい。
でもこのままの私じゃ、高麗に戻った時あの人を護るための術を何も持たない。
戻ってもまた、あの人のただのお荷物になってしまう。

だから医術の勉強だけはどうしても続けたい。

あの人はきっとそんな事、思いもしない。
そんなことを言えばあの顔で、どうしてそんなことを思うのですかって絶対に怒るだろう。
私のプライドの問題だと言っても、ぷらいど、それは一体何ですかと呆れた顔をするだろう。

私は、誰よりも力をつけたい。
知識を持ちたい。あなたを助けるために。
たとえ悪夢の中でも、二度とあなたを失って、あんな風に泣く事がないように。
強い心を持ちたい。あなたを支えるために。
あなたに何があってもあの心臓が動いていれば、私が必ず助けると、胸を張って思えるように。

だからそれまで、少しだけ待ってて。必ずあなたの元に戻るから。

薬房の入り口からいつも通り顔を覗かせる。
房の中に並ぶ薬棚の奥の上がり框には主のおじさんだけが見えて、胸をなでおろす。

「来たか」
背後の高いところから聞こえた声に、私は驚いて振り返る。
あの男が、そんな私を見て眉を顰める。
「何を怯えておる」

ようやく唾を飲んで、息を吸って
「怯えてなんていません」
とだけ答える。そう、弱みは見せちゃ駄目。
この男が誰なのか、敵か味方か、少なくともそれが分かるまでは。

男は頷くと店の中を顎で指した。
「入れ。風邪を引く」

そう言って先に立って薬房の奥へと歩いていく。
主のおじさんが私たちに気付く。
先に入った彼がおじさんと二言三言話して、私に振り返る。
「早く来い」

ここで逃げれば、却って怪しい。
私は覚悟を決めて、ハーブの匂いの充満する薬房の中に足を踏み入れる。

男はそのまま何をするでもなく、薬棚の並んだ壁の切れ目、窓の横に立って腕を組んで目を閉じる。

「・・・あの」
私は思わず、彼にそう声を掛ける。
「そこで、何を」
何の為にそこにいるの?薬房なんだから、薬を買って早く出ていってほしい。
「気にするな」
「そこでは、嫌でも気になります」
ああ、結局こう。黙っていられない、私の口。

彼は面白そうに目を開く。
「暇ゆえ」
暇と言われても。
「気にせず続けろ」

私は半分呆れて、おじさんに向き直る。
そして自分の手首を見せる。
自分の指3本で、自分の僥骨動脈を押さえる。
おじさんが頷く。

おじさんの手を取ると、同じ動作をする。
おじさんが、また頷く。
おじさんに自分の腕を差し出すと、おじさんが私を脈診する。

ここまではいい。でもこの後が。
言葉が分からないと、どうしようもない。
おじさんは一生懸命何か言ってくれる。
その言葉が分からない。
おじさんは紙と筆を持つ。
そして”虚証”と書き、私を指さす。
次に”実証”と書き、自分を差して。
そして壁にもたれて目を閉じたあの男に、何やら声を掛ける。

男はふと笑うと、おじさんに脈診を任せる。
おじさんが指を離すと男はそのまま、自分の手首を私に向けて伸ばす。
おじさんも頷く。脈診しろということ?

私はその手首に指を当てた。

肌が触れた瞬間、目を開いて男の目を覗き込む。
男が目を開いて、私の目を覗き込むのと全く同じタイミングで。

駄目、気が散ったら脈診ができない。

私は目を瞑り、もう一度集中する。
三本の指、全てで手首の脈を感じる。
力があり、早くはない。しっかりしている。

おじさんが紙に”実証” 続けて”実脈”と書き、男を指さす。
私は頷く。この男の脈の事だろう。

実脈。指先で感じた、あの鼓動を思い出す。

おじさんがもう一度私の脈を取り”弱脈”と書く。その横に”気血不足”

今度は”長脈”その横に”陽気有余”
そう言って、おじさんは自分の額を触る。
私もおじさんを触ってみれば、確かに少し熱っぽい。

発熱まではいかない。ただ私より少し体温が高い。37度台に届くか、届かないか。

もう一度男の手首を指差し、おじさんが何度も頷く。
彼の手首にもう一度触れる。

さっき指で感じた脈動を思い出す。
でも、さっきとは少し変わっている。
おじさんを振り返り、私は首を傾げる。
おじさんがその私を見て、再度彼を脈診する。

そして笑うと、紙に”動脈”と書く。その横に”驚 短 滑 丸如豆”と続ける。
その後彼に何か早口で告げ、私を指さす。

何なの?私が彼に目で問うと、言いづらそうに
「今の俺の脈は動脈。短く滑らか、豆のような丸さ。
脈がこのように変わるのは、何かに驚いた時だと」
目を逸らして早口に言う。

驚いた時。彼も驚いたんだろうか。
私があの時、何かに驚いたように。

 

 

 

 

楽しんで頂けた時はポチっと頂けたら嬉しいです。
今日のクリック ありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村

 

 

20 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    誰なんだ?でも少しあの人に似てる?
    謎がなぞ呼ぶ六回目。七回目で少しづつ分かってくるのかな?
    いい人みたいでほっとしました(*´σー`)エヘヘ
    また覗きに参ります(*゜ー゜)ゞ⌒☆

  • SECRET: 0
    PASS:
    >如月さん
    おはようございます❤コメありがとうございます。
    ああ、きっと如月さまの今の脳内は
    私の待ち望んだ、推理&妄想モードに
    突入して頂いているような。
    私は、その時間が好きすぎるのが理由で
    お話を書いているところがあります(●´ω`●)ゞ
    何?何が起きる?誰?ここは、どこにつながる?
    的な、ワクワク感。
    予想通りに進んだ時の充実感、裏切られた時の驚き感。
    今回の男に関しては、そしてこの後のウンスオンニの
    その態度に対しては、非常にご意見が分かれるのは
    もう覚悟の上で。
    読み進めて頂ければ、とっても嬉しいです。

  • SECRET: 0
    PASS:
    >ののさん
    おはようございます❤コメありがとうございます。
    大変なことになってきます、とのみ(;´▽`A“
    大誤算なのは、私は向日葵以上に長いお話を
    書く予定がなかったのですが
    明らかに、このお話は、向日葵より長くなる・・・
    実質4年分の1年を掻くので、最初から
    ある程度は覚悟し、かつなるべく短く・・・と
    思っているのに、練っても練っても短くならず
    そこに焦っているという、内幕(^▽^;)
    楽しみつつ推理しつつ、読み進めて頂ければ嬉しいです❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    最初は、医学でも勉強しているのかと思ったけれど、そうでもなさそうだし・・・
    ウンスの味方になってくれれば良いけれど、変に恋心もたれるとややこしくなる。
    男性の脈が、語りだしたのではないでしょうか?
    やはり、ウンスは此処でも、ヨンを想いヨンの為に成れば・・・そして、高麗で役立つ様に、とそればかり考えて勉強していたのですね。
    ウンス、微熱がありそうですが、大丈夫かしら・

  • SECRET: 0
    PASS:
    ああ~誰?? 誰なんでしょうか 気になってしかたありません。
    ウンスに害を及ぼす人では無いと葉思いますが・・・。。
    前回のコメ返しより-
    ヨンを愛さない女性はいるのだろうか?と思うくらい愛されまくっていますよね!^^
    だって、全てにおいて完璧!素敵すぎ!!
    ウンスになれるのなら、水洗トイレがなくってもあの時代に行きます!!ワタシ!!笑

  • SECRET: 0
    PASS:
    美女なのに、何故か現代では、もひとつの殿方としかご縁がなかったウンス。あれはないよねえ。あれじゃあ、良い恋愛経験つめなかったよね。それもヨンと出会うまでの運命だったのかな?今回のこの殿方は、誰をイメージしたらよいのかしら?ドキドキしつつも、イケメン設定で、楽しみます。

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらん様、おはようございます❤
    今までに無い展開でワクワクします!!
    物言いや仕草は、ウンス以外の人に対する時の、ヨンにそっくりだと思うのは私だけでしょうか?(顎も出ました)
    少なくとも、敵で無いことは分かります。
    謎めいていて、読み進めるのが楽しい(^^♪
    100年前に何が有ろうと、ふたりは必ず逢えるのですから、さらん様をひたすら信じて良い展開を想像しながら待っていますね❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    久しぶりにコメ致します^^
    最近,ずっと読み逃げしておりましたm(_ _ )m
    この男性すっごく気になります。
    ウンスにこれから手助けしてくれるようになるのかしら?
    もしかして好意を持ってしまったとか・・・
    ウンスは着飾ってなくても綺麗だから。
    それが脈に現れたのかな。
    次の更新が楽しみです♪

  • SECRET: 0
    PASS:
    こんにちは!
    ショックです~ていうか、ショックでした(;・д・)
    あれだけっっ…気をつけていたのに…!!!!
    更新に気がつかなかったのです。
    それも2話分も…
    その間にいい感じの男の人が…
    あの人はひょっとして、あの人のあの人では??
    今回のお話も大変ですね、
    ただでさえ時代物は歴史背景(それも日本ではないし…)を知るのが大変。
    それに医術…現代医学ではなく医術なのですから
    そこにきて地球科学?ウォルフ数でしたか?
    黒点係数g…っていうやつ?
    あ~!考えただけで大変そうです。
    さらんさんの頭の中どうなっているのです?
    そこにまだ風景、情景、心の動き、絆、愛情、などを組み込んでいくわけですよね。
    本当にすごいですね☆彡(当てはまる顔文字がありませんでした)

  • SECRET: 0
    PASS:
    謎の男や、切ないウンスに毎日ドキドキワクワクしながら、続きを想像してます。
    今回のウンスは、かなり慎重派ですね。身を護るのは自分だけ。ヨンの存在があらためて認識されるとさびしいですよね。
    それにしても、彼って何者?もしかして・・・いや違うかな?ウンスの心は変わらないにしても、二人のこれからの距離感が気になります。だって、ウンス天然だし。

  • SECRET: 0
    PASS:
    >mayuさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    この男・・・
    皆様の興味を一身に、ひいておりますね(^▽^;)
    それはそうですね。
    もう、こればかりは、読んで頂くしか。
    ここを言ってしまったら、そもそも
    書かなくていいんじゃ・・・というお話にw
    あ、ウンスオンニが触ったのは、
    先生のおでこです。自分のではなく。
    分かりにくい書き方で、申し訳ありませぬ(ノ_-。)

  • SECRET: 0
    PASS:
    >サチさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    水洗トイレなしですか!
    ただ高麗時代、お風呂は発展していたみたいです。
    当時の元の使節団が、記録を残しているそうです。
    高麗の風呂に毎日入って、うんたら~のような。
    でも水洗トイレなし・・・(こだわってみました
    男については、ウーン、ですね(;´▽`A“
    毎回こんなコメ返になる事、お許しください。

  • SECRET: 0
    PASS:
    >チェヨン1さん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    確かに、男運のなかったウンスオンニ。
    良いのです、運命の男があれほどの男なら
    運を無駄遣いしなかった事は、神様の意志ww
    逆にすっごい恋愛上手だったら、ヨンは引く気が・・・
    イケメン設定で、ぜひ!
    今回は、敢えて発表なしで、皆様の脳内変換で
    いろんなバージョンをお楽しみ頂ければと思います❤❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    >夢夢さん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    はい!
    この難所を越えれば、向日葵です。
    ただその道が、あまりに厳しくて、切ないだけで。
    必ず、あの道に辿り着くのです。
    信じて下さいねっ(●´ω`●)ゞ

  • SECRET: 0
    PASS:
    >すんすんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    いえいえ、読み逃げ大歓迎です❤
    読んで頂けるだけで、とっても嬉しいです(*v.v)。
    気にして頂けて嬉しいです。
    気にならんとおっしゃられたらショックですが
    ( ゚-゚)( ゚ロ゚)(( ロ゚)゚((( ロ)~゚ ゚
    しかし、何も言えぬ私をお許し下さい(。-人-。)

  • SECRET: 0
    PASS:
    >わいやーさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    ふふふ、そうです。ウォルフ黒点相対数。
    個々の黒点の数や黒点群の数が確認でき、
    なおかつ観測地点が確認できる状態で、
    太陽活動が約10年ごとに極大化することが
    認められたことを表すもので、1849年にスイスの・・・
    って、こんなお話は脇に置きw
    勿論出てきます(来るんか!
    最後のウンスの、あのdiaryの中に。
    今回、彼女はどんなメモを残すのか・・・
    最後までお読み頂ければ、嬉しいです❤❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    >ままちゃんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    さすがのウンスオンニも、今回ばかりは。
    とは言え、今は結構慎重ですが、元が天然オンニ、
    この先どこでどう転ぶか。
    ヨンも、ハラハラしているでしょうが
    書いている私も、じつはハラハラです。
    すでにヨン目線でしか、ウンスオンニを見られぬ己
    全く困ったものです・・・σ(^_^;)

  • SECRET: 0
    PASS:
    いよいよウンス成長(熟成?)の一年ストーリーが本格化してきましたね~♪
    信義本編中、異国の井出達でdiaryに書き込むウンスが、ハッとするほど美しかったのが印象的です。
    一体彼女に何があったのか?
    どんな出会い、経験を積んだのか?
    何が彼女を益々美しくしたのか?
    目が離せません!

  • SECRET: 0
    PASS:
    >あららさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    そうですね。あの変貌ぶり、確かに
    何かを感じさせずにはいられません❤
    さらん解釈では、こんなことがありましたー
    と、言う事で。ちょこっと書いてあります。
    もうすぐ、そこまでたどり着くと思います(*v.v)。

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です