吾亦紅 | 17

 

 

【 Summer 】

 

「馬には乗れるか」
ソンジンに聞かれる。私は頷く。

「来い」
ソンジンは私を先導し、街道の厩へ入っていく。
すぐに2頭の馬を牽いて出てきて
「乗れ」
そう言って自分も一頭の鐙を踏んで跨る。
私が馬上に収まったのを確認し、ソンジンが先に馬を出す。

私は自分の馬の手綱を振り、脇腹を踵で軽く押す。
2頭の馬が走り出す。

「今日は、ここで宿を取る」
夕方になり最後の太陽が空を赤く染める頃そう言って、ソンジンが馬を止めた。

どれくらい走っただろう。
旅籠の前で馬を止めたソンジンに、私は頷く。

こうやって天門が開くまで。
走って、走って、絶対に走り切って見せる。

ただし、1つだけやり残したことをどうしてもやり遂げなきゃいけない。

でも方向音痴の私が、どうやってあの場所をソンジンに説明すればいい?
あの時メモしたトクマンさんの言葉を、頭の中でもう一度ゆっくり思い出す。

そしてあの人と2人、皇宮から逃げたあの道を。
最後に留まったあの村。あの村から少し離れていた岩場。
手紙を、あの石の下に。

天門からも、そんなに遠くない。
だってあそこまで来て帰ることを、あの人はあんなに嫌がっていたもの。

旅籠に向かいながら、私は考えていた。

だから気づかなかった。
ソンジンが部屋を1つしかとらなかったことを。

1日馬を駆って、泥と埃と汗で汚れてきって、湯浴みをして部屋に戻って扉を開けたら。

ソンジンが部屋の中で椅子に腰かけていて、もう湯浴みを終えたんだろう、さっぱりした顔で。
そのゆったりした様子に、私はぎょっとした。

「な、何でここにいるの!!」
そう叫んで、部屋の隅に身を寄せる。

ソンジンは人差し指を唇の前に立てると、小さな声で言う。
「声が高い」
静かになんて、していられるわけない。
だけど人目を引くのも困る。
私は精一杯声を抑えて、でも出来る限り強い口調で、目の前のソンジンに訴える。

「早く出ていって!」
ソンジンは困った顔で首を振る。
「ウンス、頼む。考えてくれ。旅籠に留まるには、夫婦と偽るのが一番良い。
部屋を二つ取っていたら、目立って仕方ない」
「それは分かる。分かるけど、絶対に無理」
「門の近くに、居所を見つけるまでの辛抱だ」
「だったら野宿する」
「野宿とて、俺と共にいるのは変わらぬ」
「だけど1つの部屋じゃない」

ソンジンは私の抗議の声を聞いて、片手で両方の蟀谷を押さえて溜息を吐いた。
「分かった。では明日からは、野宿にしよう。
しかし、今日はまずこれからの事を考える」

そう言って自分の前の椅子を指さす。
私が黙っていると、座れとでもいうように顎をしゃくる。

私は仕方なく、示された椅子に近づき腰掛ける。

ソンジンは座ったまま少し前かがみになり、自分の膝に肘を載せ、膝の間で大きな掌の指を組んだ。
「門が開くまでに、すべきことはあるか」
私は力一杯頷く。
「ある。岩場に行かなきゃいけない」

ソンジンがその私の言葉に眉を動かす。
「どこの」
「それが良く分からないから、私も困ってるの。開京から天門への途中にあるんだけど」

太い息を吐きだされ、私も思わず頷く。
「そうだよね、こんな事言われても困るよね」

「高麗の開京から、門への道すがらだな。何か目印はあるか」
「村が、近くにあった」
「どれくらい近い」
「歩いて15分・・・四半刻の、また半分くらい」
「周囲の様子は覚えているか」

大きな岩があった。寄り掛かって、あの人を待った。
水が堰き止められたようなところがあった。
あの人が、咳こんだ私に、水を掬って飲ませてくれた。
あの大きな掌で。

「大きな岩、あと、堰き止められた水」
「どれくらいだ」
私は立ち上がり、自分が寄り掛かっていた石の高さを手で示してみせる。
「これくらいの高さ」
次に横に動いて
「これくらいの幅だった」
「いくつもあったか」
「いくつもあった」
「山は近いか」
「近い。でも、岩は林の中にあった」

あの時山を歩いた記憶はない。
木が茂った林を抜けていった。
追手から逃げた林の中を。

ソンジンは頷いた。
「これで分かるの?」
「恐らく。心当たりがある」
そして、私を見て片頬で笑う。
「そんな事も判らずに、一人で行こうとしたか」
そうだ。どんなに無謀だったか。
「それでも、行きたかったの」

ソンジンは呆れたように斜め上を見て、その後私に目を戻す。
そして組んでいた掌を解き、真っ直ぐ背を伸ばした。

「大丈夫だ。俺を信じろ」

頭を殴られたような気持ちになって、私は黙り込む。

必ずお返しすると約束した。果たすまでは死なせない。
その時まで必ず守るから、黙って俺の側にいろ。

傷の痛みを押し隠してそう言ったあの時の、あなたの声を、あの瞳を思い出す。

私が信じのはあなただけ。
だからあなただけを信じている、私を信じて。

そこにいるならもう一度、あの声で私を呼んで。

 

 

 

 

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15 件のコメント

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    物言いも、武士としての心構えも・・・
    だからかな。
    でも、いくら「俺を信じろ」と言われても、ヨンじゃない。
    それが、ウンスには切なかったでしょうね。
    ソンジンがいなければ、今夜も言ったことでしょう「コギ イッソヨ?」
    大丈夫、ヨンは答えてくれているから。
    そして、やっと大事なフィルムケース、置きに行くんですね。

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    あぁ、なんだかこの感じがそわそわするんです!!ヽ(゚д゚ヽ)(ノ゚д゚)ノ!!
    大丈夫だと思ってるんだけど、なんでこんなに似てるんだろう…って(´д`|||)
    取り敢えずこの夜はどうなるの~!(≧▽≦)
    また覗きに参ります|д゚)ジー

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    多分、ヨン以外の人と、一晩二人きりの経験がないであろうウンス、と信じてる私。だってあの元彼達とのそんなシーンは、考えたくないです。二人で行動するんだから、そういう場面も考えなくちゃいけないのに、なんか抜けてるウンスが可愛い。ソンジンだから大丈夫と勝手に信頼してる私ですが、ソンジンにとっては拷問ですな。

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    興奮しすぎてこちらのコメント忘れていました。
    たしかに夫婦と偽るのが怪しまれないけれど同じ部屋で寝るなんて裏切るような気分になってしまうよね。
    そしてソンジンは知らないけれどヨンと似た言葉を言ってしまう。そんな同じ言葉を聞くたびにこの人ではない、今ここにいない唯一人の心を捧げた男性の声が聴きたくて寂しくて辛くなるウンスがかわいそうです。

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    >mayuさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    ウンスオンニは、今何かを感じていると思います。
    ただ言葉にはならず、まだ形にもならない
    そんなもやもや。
    多分、最後には全てわかると思います。
    いえ、分かるように書かねば。
    駆けなければ、偏に私の筆力不足。
    伝わりますように・・・

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    >ののさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    ののさまや皆様のその気持ちが、多分
    ウンスオンニの心の中です。
    ののさまのおっしゃったその言葉、
    なぜこんなに似てるんだろう、は、
    まさに今のウンスオンニの気持ちです。
    そこまでウンスオンニの気持ちとリンクして頂いていれば
    きっと、ご自身の中で答は出ていると、
    そう思って頂ければ・・・
    と振りつつ、大逆転を狙っている自分も
    ここにいたりするわけですが(〃∇〃)アハー

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    >チェヨン1さん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    そうなのですよ、きっとウンスオンニは
    もう、岩の手紙!天門!と、この2つのキーワードしか
    脳内にないのだと思います(((( ;°Д°))))
    馬鹿なお方だ、困っちまう By ヨンです。
    拷問か、もしくはそれでも共にいられて嬉しいか
    もしくは鬱陶しいと思うか、さて如何に?ですね❤

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    >ひいろさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    それほどまでにお待ちいただき、嬉しい限りです。
    じわじわ来つつも、まだ終わりまで暫く・・・
    うう、先月末からもう10日、吾亦紅ばかりで
    余りの長さに、後悔半分ですσ(^_^;)
    もうしばらく、お付き合いくださいませ・・・

  • SECRET: 0
    PASS:
    >あみいさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    いえいえ、もうコメはどこでも、いつでも、お好きな時にだけで❤
    却ってお気遣いいただき、お時間を割いて頂いて
    心苦しいばかりです(´・ω・`)
    ウンスオンニの靄、ソンジンのこの態度。
    うう、ネタバレなので言えませぬが、最後には
    すっきりした晴れ空です。
    そして、思わぬ処とつながるかもしれませぬ。
    ああ、書けていますように。伝わりますように。
    それのみ祈り、今はただひたすらに書きますw

  • SECRET: 0
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    さらん様、こんばんは❤︎
    ヨンと進んだ道をソンジンと辿るのですね。
    次に訪れるであろうウンスが、あの人を守れる様に、後悔しない様に。
    これから先、何度も何度も、ウンスはヨンと出逢って引き離され、苦労の末に再会する、輪廻を繰り返すのでしょうか?
    切ないですねえ…(。-_-。)
    ますます、ソンジンがヨンとダブります。
    勝手に顎をしゃくっては駄目です‼︎
    嫌でも思い出してしまうではないですか❤︎
    続きが気になって気になって…❤︎

  • SECRET: 0
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    >夢夢さん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    夢夢さまの可愛さにキュンです。
    勝手に顎をしゃくっては駄目ですよね!
    そうです、だめよー!ダメダメ!!
    さて、どうなるのでしょう・・・
    この着地点は、実は書き始めた時から決めています。
    向日葵の時=頭の中で最終話の、最終回の
    エンディングを決めた時。です。
    ヨンとウンス、そしてソンジン、そして今まで出て来た全ての愛しい人たち。
    チャン御医、チュソク、トルベ、
    ムン・チフ隊長、メヒ、
    この際 笛男&火女、キチョルを含むも
    やぶさかではありませぬ。
    そして生き抜いているヨンの仲間たち、家族たち。
    いろいろと、考えつつ一歩一歩。
    頑張ります。伝わるように。

  • SECRET: 0
    PASS:
    ウンジンは本当にヨンの面影をもった方ですね。ウンスの切なさに拍車がかかりそう。
    それに、ヨンと共に歩んだ道を彼とたどる・・・。ドラマのワンシーンがリンクして、私も切ないです。
    ウンスはしっかり前を向いてますね。本当に芯が強い女性で素敵です。

  • SECRET: 0
    PASS:
    >ままちゃんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    ウンスは、いろいろ捨てたころから
    だんだん強くなっていっていると思います。
    ドラマの最初の頃は、ただの物欲主義の
    煩いお姉さんでしたからww
    今回は、いよいよ信じる心だけでいいと
    後は何も惜しいものはないとまで言い切りました。
    もう、前しか見えていないですね、猪突猛進ですww
    だからこそ、危うさもありますが・・・
    終わりまで、まだ先があります・・・
    ここでようやく60%。残り1/3です。
    もうしばらく、お付き合い頂ければ嬉しいです❤

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