吾亦紅 | 23

 

 

「行くぞ」
ソンジンがそう言い馬に跨る。
私は黙ったまま自分の馬に跨って、ソンジンの馬に並ぶ。

庵を出てしばらく走り、林道に入った頃。私はいったん馬を止めてソンジンを見た。

「この辺りか」
あの頃とは道の様子も違う。近くに村があるのかも分からない。
季節が違うせいか、周囲の景色も違う。
でもこの坂道は、きっとあの堰き止められた水のある岩場に向かって下りていくはず。

坂道を行けるところまで下って、ソンジンが馬を木に繋ぐ。
「ゆっくり来て、先に行く」
後ろのソンジンに私はそう言って、坂道を駆けていく。

覚えてる。あの日の事は、何もかも。

石だらけのあの空間で、私は目印にしていたあの木まで、まっすぐ歩く。

そう。この木の枝に髪飾りが引っかかって取れて、岩の隙間に転がって入っていった。

この下に。
私は、そこにあった小さな石をどけてから、手紙入りのフィルムケースを、懐から取り出した。
ケースに、そっとキスをする。
100年後のあの人と私を繋いで。あの人を、助けて。
目を閉じてそう祈り、ケースを隙間の中に転がす。
岩の下で、小さな音がする。
その隙間を、どかしておいた小石でまた塞ぐ。

一度だけ岩を撫でて、私は立ち上がった。
「ウンス!!」
大声で叫びながら、河原をこっちに向かって走り寄るソンジンの姿。

どうしたの?
問いかけようとした時、後ろでガチャリと聞き慣れた音がする。

振り向いた瞬間、少し離れたところに3人の男が刀を構えて立っているのを見た。
兵でないのは、身なりで分かる。山賊か、軍からはぐれた元兵士たちか。

「ソンジン!」
私は叫ぶと一目散に岩場を走り、こちらに向かって走るソンジンへ戻る。
男たちが無言でその後を追ってくる。
足が縺れる。追いつかれる。そう思った瞬間に
「伏せろ!」

ソンジンの声がして、私はその場にしゃがみ込む。
同時に頭の上を、ソンジンの投げた短刀が掠める。
1人目の男が、胸に短刀を受けて倒れる。

ソンジンがそのまま走り寄って来て、私を起こしながら剣を抜く。
私に手を回した瞬間、反応が遅れる。
それより一瞬早く、相手の男がソンジンに斬りかかる。

ソンジンの目の上が、避け損ねた剣の先で斬られる。
私は目の前に倒れていた1人目の男の胸に刺さっていた短刀を抜いて、相手の腕を斬りつける。
男が怯んだ隙に私が立ち上がるとソンジンがそれを確認しながら、2人目を斬り捨てる。
そして返した刀で、私に手を伸ばした3人目を。

私は肩で息をしたまま、ソンジンの刀傷を確認する。

左目の上、ちょうど眉のあたり。
こんな時に限って何もない。
私は短刀で胡服の裾に切れ目を入れると、そのまま裂こうと指を掛けた。
その手を制しながら
「俺のことは良い、ウンスは」
そう言いながらソンジンが私の肩に手を置き、顔を覗きこんだ。
自分は流れ出る血を拭きもしないで。
「私は大丈夫、あなたが」

あなたが、護ってくれたから。

その言葉を飲み込んで、胡服の裾を私は勢いよく裂いた。
裂いた布でソンジンの傷を抑え、近くの大きな岩に腰かけさせる。
湧き水のたまった岩の陰でもう一度裾を裂き、それを濡らして絞る。
そのままソンジンのところへ戻り、抑えていた布を外して出血部分を濡れた布で拭い、傷を確認する。

それほど深くはない。筋肉も切れていない。
「見える?」
私が目の前に指を立てると、ソンジンはそれに頷く。
「指先を見てて」
そう言いながらソンジンの顔を抑えて指を左右に動かすと、しっかりと目が追っている。
これなら大丈夫だろう。裂傷部だけ縫えばいい。

「馬に乗れそう?」
目に垂れてきていた血液を拭き、ソンジンに尋ねる。
「離れて、済まなかった」
ソンジンはそう言って岩から腰を上げた。

庵に戻って、カメラバッグから最後に持って来ていた消毒薬のボトルやガーゼと一緒に、縫合セットを取り出す。
ソンジンは次々出てくる道具に目を丸くしている。
縫合針にベータダインを振りかけながら
「ちょおっと痛いかな。目の近くだから。ごめんね」
そう言うとソンジンは黙って頷き、目を閉じる。

眉か・・・スーチャーマークが残らないように。
細かく丁寧に縫合を終えて、ようやく一息つく。
「できたー。相変わらず上手だわ、私」
笑って言うと、ソンジンは閉じていた目を開く。
「先生の言った意味が、初めて分かった」

ソンジンは蓋が開いたままの消毒薬のボトルを持ち上げ、においを嗅いで顔をしかめ、元に戻す。
「ウンスは本当に、華侘ではないのか」
「違うわよ。言ったでしょ。私はただ、先の世界から来たの」

ソンジンは頷くと、そのまま部屋の床にごろりと横になった。
「どうしたの?痛い?」
私が問いかけると、目を閉じたまま笑って首を振る。
「驚いただけだ」

そう言って大の字に寝転がり、大きく腕を伸ばす。
「まさか女人に助けられるなど」
「そういうのは良くないわよ」
私はソンジンをたしなめるように告げる。

「男女平等、義務も同等。女にもできる事はたくさんある。
男が女を守りたいように、女だってそう思ってる」
「・・・そうだな」

ソンジンが床に横になったままで、深く頷いた。

 

 

 

 

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15 件のコメント

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    ソンジンは、たいした傷じゃなくて良かった。
    これが目とかだったら、ウンスは後悔に苛まれ天門を潜れたか?考えると恐ろしい・・・兎に角良かった( ̄▽ ̄)=3
    ソンジンも、ウンスがこの時代の人ではない事が、自分を治療した医術を見てハッキリ分かったでしょう。
    そして、それが気持ちを断ち切る、切欠になったかもしれません。
    そして、先生は見抜いていたから、ウンスを天門から帰そうとしてくれたんですね。
    後は、天門の開くのを待つのみですが、まだ何かありそう( ̄ー ̄;

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    さらん様、おはようございます❤︎
    見慣れたカメラフィルムのシーンから、
    緊迫した血なまぐさいシーンへ……。
    引き込まれました。
    呼び名こそ、イムジャでは無く、ウンスですが、「伏せろ‼︎」の台詞と剣さばきは、あの人と全く変わらない。
    ヨンが振り向きざまに剣を投げる時、クルクル廻して投げつける仕草が大好きで何度も何度も繰り返し見ました❤︎
    呻き声ひとつ漏らさず、黙ってウンスに縫われている様は、またヨンを思い出して切ない気持ちでいっぱいです。
    運命の時まで、あと少し。
    その前に、ソンジンとの、ツライ別れが有ると思うと、また切ないです。(ノД`)・゜。

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    今朝はアメンバーの申請の件でご迷惑をお掛けしました(・_・;)
    とにかく焦ってパニクっておりました。面目次第もございません(‥;)
    でも…承認していただいてよかった~
    ありがとうこざいました(*'▽'*)
    これから後もよろしくお導き頂きますよう切にお願いいたします←ようやく落ち着きました。
    ソンジンとの距離…以前のヨンとの距離より近く感じます。でもこの距離感は恋や愛とは少し違った感じがします。2人の話し方のせいかな?
    ウンスがソンジンに言った事、慶昌君ママを連れて逃げた小屋で、ウンスがヨンに肩を貸す時のシーンが思いだされますね~バックには【歩みが遅くて】が流れておりましたですね(*^_^*)

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    本編映像でもずっと気になってました。左眉のとこの傷。
    武人であれば数々の傷も勲章だろうから、ミンホ君の元々の傷を隠さなかったのか、演出なのか…位にしか思ってませんでした
    ここで…
    こんな風に…
    一致するとは…
    やはり、私に立ってしまった、悶絶目眩涙腺決壊フラグは避けようが無いようです
    最終話のカウントダウン教えて頂けて良かったです
    環境整えてから読まないと、家庭内不審者になります
    ああ、まだ動揺中でございます…

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    準備はどんどん進んできました。もうすぐ門が開く時が近づいてる…
    でも、やっぱり正体はハッキリしない。
    誰なの~!とずっと思っているののでした(≧▽≦)
    また覗きに参りますね♪(人*´∀`)

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    >mayuさん
    こんにちは❤コメありがとうございます。
    全てがこうして明らかになりながら
    先に向かって進んで行く時期です。
    二人の別れが必定ならば、この先は
    どうなっていくのか。
    もう少しです。

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    >夢夢さん
    こんにちは❤コメありがとうございます。
    そうです。運命の時まで、あと僅か。
    書いていても、胸が痛かったです。
    急いで一服処でエナジー補給せねば・・・
    流れ一刀両断になるので、
    この流れに身をお任せになる際は
    もうしばらくこちらを御読み頂いてから、を
    お勧めいたしますww

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    >わいやーさん
    こんにちは❤コメありがとうございます。
    距離感なのか、二人の漢の背負うものの違いか
    もう、いろいろ妄想頂きつつ、お読みください❤
    私は、わいやーさまや皆様がここにお寄せ下さる
    それを楽しみつつ(●´ω`●)ゞ

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    あ~後2話なんですね~(*_*)
    ソンジンの切ない気持ち…
    ウンスの心の乱れ…揺らぎ⁉︎
    きっと揺らいだりはしないのに、何故か気になる…誰なのか…
    一体どんな別れが訪れるのでしょうか…
    悶々としながら妄想Time~!
    お話の続き待ってまーす♪( ´▽`)

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    >chamiさん
    こんにちは❤コメありがとうございます。
    悶絶目眩涙腺決壊フラグですね・・・
    そうか・・・多分、最後はこれで終わりか、と
    呆気ない感じになるかもしれません。
    同様なさらず、大きく息をしてお読みくださいw
    きっと大丈夫ですから(●´ω`●)ゞ

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    目の上の傷って…やはり何かヨンと繋がっていると思っていいのかしら?
    でも大した怪我でなくて良かったです。守ってもらってばかりでは彼女は我慢できないですよね。
    しかしあと2話ですか?気になって仕方ありませんよ。どうなるの!?

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    >ののさん
    こんにちは❤コメありがとうございます。
    いやあ、ようやく終わりが見えました。
    お話を書いて約三月、そのうち一月をこれにw
    既にUPしたお話も147話 Σ(・ω・ノ)ノ!
    飽きっぽい私が書いた数としては、凄い!
    さすが信義!! と感動中です。
    うん、いろいろと、近付いているな、と。
    物思う、秋です。
    まずはあと2話、こちらにお付き合い頂ければ・・・
    私ものの様のところに遊びに行きたい!
    もう少し、頑張ります。その後は、必ずや!!

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    >あみいさん
    こんにちは❤コメありがとうございます。
    もう書ききった感満載なので、これは読み手様に
    まるっと、委ねます。
    あと2話です。読んで頂ければ幸いです(*v.v)。

  • SECRET: 0
    PASS:
    >ユッチさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    これからは隠し扉の奥まで存分に、
    お楽しみください❤(●´ω`●)ゞ
    こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします。

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