吾亦紅 | 5

 

 

雪を踏みしめて、いつもの薬房までの道を歩く。
いつもの癖で後ろを振り向く。

立ち木に囲まれた雪の中に残るのは私の足跡だけ。
追手はいないけれど、あの人もいない。

帰るまではなるべく目立たないように。
それだけを考えて、薬草や毒を勉強しようと村の薬房に出入りするようになった。

薬房は簡単な診察所も兼ねているらしい。
最初に入った時、言葉も判らないのに薬房の主のおじさんはとても親切だった。

そう、問題は言葉。
言葉が分からないから、意思の疎通ができない。
聞きたいことも半分も聞けず、知りたいことの半分も判らない。

苦手な漢字を紙に書くのが精いっぱい。
それも正しく伝わっているのか分からない。

入り口に下げられた薬草の袋をかき分けて、その隙間からそっと中を覗き込む。
そこでいつもの薬房の主のおじさんの横に、驚くほど背の高い男がいた。

誰?

一瞬、息が止まる。あの人と同じくらい背が高い。
この時代には滅多にいない程。

薬房主のおじさんが私に気付き、笑って手招く。
そして背の高いその人に何か早口で囁く。

どうしよう、どうすれば良い?
何を言っているの?逃げる?ああ、どうしよう。

心臓が痛い程に打つ。

背の高い男が私に振り向き一歩寄る。
私は反射的に一歩下がって、いつでも入り口から走り出られるように身構える。

「高麗の者か」
・・・え?
「せん・・・主が、そなたは言葉が話せぬようだと。高麗の言葉は分かるか」

その言葉に、私は恐る恐る頷く。
「分かります」
彼は私の返事に頷くと、主に何やら返答をする。主のおじさんは頷くと、また笑って
「言葉、できる、ない」
ものすごく下手な韓国語で、そう言ってくれた。

えーと、話せない、って事よね?
私が元の言葉が話せないってことかな?
おじさんが、韓国語を話せないってこと?
どっちでも良いわ。私はにっこり笑って頷く。

おじさんはもう一度笑って、背の高い男を指さし
「言葉」
彼はおじさんの言葉に苦笑すると
「俺は話せる故、どうにかしろと」
そして私をじっと見る。

「高麗から流れて来たか」
私は首を振る。
「流れてきたわけではありません」

そう、現在の高麗から流れてきたわけではない。
今から100年後の高麗に、帰りたいだけ。

「医者か」
私は曖昧に頷く。
「勉強をしています」

ああ、こんな話し方自分らしくない。
だけど、目立つわけには行かない。
媽媽やチェ尚宮の叔母様の話し方を思い出す。
おとなしく、控えめに、声を顰めて、丁寧に。

「そうか。言葉も判らず難儀だろう」
男は私に言った。
その言葉に、驚いて目の前の彼を見る。
ここでそんな言葉を掛けられるなんて。
誰かとこうして話すのは、本当に久しぶり。

「大丈夫です」
そう言って笑う。
笑ったつもりなのに涙が出てきて、自分にビックリした。
駄目。急いでその涙を拭う。
目の前の彼が、そんな私を訝しげに見ている。

「しばらく此処に滞在する。助けが要るなら手を貸す」
私は急いで首を振る。
この世界で接触する人は、少ないに越したことはない。
「本当に、いいんです」

そう言って薬房の主のおじさんに頭を下げ、急いで店を出る。
庵までの道を出来る限り早足で戻る。

背の高いあの男が私を追うことはなかった。
追手であれば来ると思ったけど。きっと違う。大丈夫、よね。

庵に戻って雪が残ったままの庭の縁台に座り込み、心臓を押さえて深く息を吸う。

これだけ小さい村でもし追手が掛かれば、私の居場所なんてすぐにばれる。
どうしよう、いっそ天門の側に移ろうか。
でも天門の近くに住めるような空家はない。

あの手紙を石の下に入れてない。
まだここでやることがある。

あの人がいるときはあれほど自由に動けた。
あの時、不自由と思っていたことが嘘みたい。
あの人がいつだって私を護ってくれた。
何です、何故ですかと、あの声で言いながら。

いないふりをしながら、呼べば必ずここですと、いつだって答えてくれた。

まるでお日様が映す影みたいに、いつだって離れずに。

怒られてもいいから。怒鳴られてもいいから。
我儘を言わせてよ。

側にいなきゃ、守れないと言ってくれたくせに。

 

 

 

 

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14 件のコメント

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    けど、改めてヨンに守られていたことが再認識できたウンス。
    会いたいよね~、声が聞きたいよね~!
    あぁ、私の大好物の切ない感じが堪りません゜゜(´O`)°゜
    また覗きに参ります(*´∀`)♪

  • SECRET: 0
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    危害を加える事はなさそうですが、何故高麗語が話せるのか?
    言いかけた言葉は・・・ひょっとして。。。
    悪い人ではなさそうです。
    でも、どんな人物か分からなければ、気を許す事はできませんものね。
    ウンスは、誰とも話せず辛そうです。
    そして、ヨンが傍にいる事が、どんなに安心できて心強い事か・・・嫌と言うほど分かってしまいましたね。
    物音に怯え、追っ手に怯え、ただただ可哀相なウンス。
    ヨンは、待ってるからね。

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    胸が締め付けられそうです。
    言葉も分からず、頼る人もなく、ひっそりと、でも生きていなくてはならない・・・
    涙目で読んでいます(/ω\)
    背の高い男性は、こらからウンスの助けになってくれるのでしょうか?
    ヨンと何か関係が?
    いろいろな考えが頭を巡っています。

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    >ののさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    力一杯、同意です。
    きっとすごく気になると思います。
    離れて初めて、しみじみ認識する事がたくさん。
    きっとこれからも、たくさんあると思います。
    ウンスオンニは、ぶれないです。
    私も、時間出来次第、覗きに伺います
    ε=ε=ε= ヾ(*・▽・)ノイソゲー!

  • SECRET: 0
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    さらん様、こんばんは❤︎
    「なぜです?」「何ですか?」
    あの声と表情を想い出させる、大好きな台詞。
    目にしただけで、ドキドキです(≧∇≦)
    もう、自分でも病気だと思います。
    ヨンとミノ氏が好き過ぎて…❤︎
    ウンスは、言葉も交わせず、頼る人も無く、どんなに心細く、ヨンが恋しかった事か。
    そんな時に、言葉を伝えられる誰かに出逢ったら、今まで必死に我慢していた分、余計にもろくなってしまいそう。
    大人しくしていても、ウンスはとても目立つので、想いを寄せる人も、少なく無かったはず……(また、勝手な妄想)
    ヨンみたいに背の高い人。
    チャン侍医を連想させる、その人は、ウンスの力になってくれるでしょうか?
    次が待ち遠しいです❤︎

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    >mayuさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    ああ、もう今は何を言っても(以下同文
    最終回の最終話で、全ての謎が解けることだけ
    今は、心より祈りつつ・・・
    ウンスオンニ、今回は今までのヨンの分も
    確りと、切ない気持ちになると思われ(ノ_-。)
    でも大丈夫です。HAPPY ENDです❤

  • SECRET: 0
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    >ハルさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    今は、いろいろたくさん想像して頂けると
    書き手冥利に尽きます(●´ω`●)ゞ
    もう、全部終わってるのだから
    ペロっと言ってしまえ!と悪魔が囁きますが
    さすがにハルさまや皆様の読み進むお気持ちを
    それでお邪魔することはできず・・・
    想像をめぐらせていただければ、最高に嬉しいです。

  • SECRET: 0
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    >夢夢さん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    夢夢さまのヨン愛、ミノ氏愛が心に迫ります。
    もうこれは、夢夢さまと皆様の想像力に委ね
    書き手の私は、丸投げ状態で(笑
    これからいろいろと出て参ります。
    本当に、早い時点で。
    でもウンスオンニは、まだ旅を始めたばかり。
    ここから先、道は遙か。楽しみにお読み頂ければ
    これ以上の幸せはないです(●´ω`●)ゞ

  • SECRET: 0
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    つらいね~!悲しいね~!
    離れてわかるその人の存在感!愛!
    胸がしめつけられます(。>д<)
    ・・・・あの男の人は誰なのかなぁ?
    違う意味で危ない匂いが・・・・

  • SECRET: 0
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    ああ‥
    今回も胸キュンです(T_T)
    遠く離れて、改めてチェ・ヨンの愛を再確認して。。。
    私もヨンに愛されたい~(ToT)
    何です?って言われたーい!

  • SECRET: 0
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    >モモさん
    おはようございます❤コメありがとうございます。
    まさに、離れてわかることがこれからたくさん。
    これから、もっとたくさん実感することに
    なるかも、しれません(ノ_-。)
    今回の男、これからどうなるか。
    違う意味で、危ないですか?
    読んで頂くと、いろいろ、分かって来るかも、
    来ないかもです❤

  • SECRET: 0
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    >サチさん
    おはようございます❤コメありがとうございます。
    胸キュンですか。
    そうですね、離れている分、これからウンスオンニは
    今まで以上に、いろいろ感じると思います・・・
    ヨン、愛されてるなあ・・・さすがだ、と
    こちらの話を書いて以来、サチさまや皆様のコメで
    しみじみ、実感中です(o^-')b

  • SECRET: 0
    PASS:
    (T ^ T)ウンス、切ないです!雪割草を読ませて頂いた後だけに、胸に迫るものがありますね。かなり、うるうる来てますが、最後までもつかな?(笑)

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    >ノエルさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    おお、そのあたりですか!
    えー、先に種明かしをしますが、吾亦紅は実は
    最終話では終わらないです。
    吾亦紅のあとに、曼珠沙華の最終話まで読んで
    初めて、ああ!!となるように、なっています。
    お楽しみ頂けたら嬉しいです❤

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