「時間が足りん。場所も悪い」
執務室に戻ったチェ・ヨンは四方人払いをしてから、ようやくチュンソクに告げた。
「兄キ・チョルの死、貢女廃止、鴨緑江奪還に双城総監府の攻撃。
唯でさえ奇皇后は、近年の王様の反元政策を決して快く思っていまい。
そこに過去に公開処刑の勅旨が下されていたあの方が高麗に戻ってきたと知れば。
その首を差し出せ、ならぬなら、と、更なる戦の格好の名分とするだろう。
そして元には未だ徳興君が潜伏しているはずだ。奴の死の報は入っていない」
名前を口にし、まざまざと思い出したあの毒使いの卑劣さ。
振り返るたびチェ・ヨンの喉元に酸いものがこみ上げ、腸が熱く煮えくりかえる。
あの男なら我が身可愛さのため奇皇后、なべてはトゴン・テムルの耳に何を吹き込んでも不思議はない。
「国境に近いこの場所では、情報もすぐに相手側に入る。
奴らが動く前に一刻も早く、あの方を安全な場所に隠す。
移動にも目立つ事は許されん。
単なる兵の小移動。そう思わせるよりない。
あの方を横に置いては、俺は普段どおりには戦えん。
奪われれば終わりだ」
チェ・ヨンは、己の泣き所を冷静に把握している。
「元側も今は内乱の最中。
トゴン・テムルが軍閥の長、托克托を殺めた報が入っている。
王座におろうと、護りがなくば裸同様。
現在かの国内ではたとえ名分立てても、高麗遠征に割く軍力はない。
しかし奇皇后の私兵ならば話は別。
高麗内の奇勢力は、今となっては無力だ。
私兵が来るとすれば元より。
国境を超える際、この地でどれほどが足止めできるか。
それも予想すると、この地の兵力を減じるわけにいかん。
先日の大雨で水量も多い故、渡し場以外からの上陸は難しい。
国境の渡し場に集中し目を光らせろ」
チュンソクはその言葉に
「は」
と短く返した。
いつもよりもずっと多弁だと自覚はある。
ヨンは思った。焦り故に、口が滑り過ぎる。
焦りは禁物だ。眼を曇らせるな。
過大にも、過小にも判断すれば、おのずと道を誤る。
目前の光景をそのままの大きさで見極め、相手の二手先三手先を読め。
チェ・ヨンは知らぬ間に額に浮かんだ汗ごと、掌でぶるりと顔を拭う。
あの方を切り札とするならば、恐らく殺すのではなく生け捕りに来るだろう。
襲撃に備え選抜兵には、接近戦の鍛錬が必要だ。
いつものように、死なぬ程度に鍛えておかねば。

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切迫してきましたね。
ウンスを浚われれば、ヨンは手も足もでない。
そして、高麗さえも揺るがす。
それが分かっているから、細心の注意と行動が必須。
忘れていた!徳興君、一番嫌いな人物でまだしぶとく生きているのよね((o(-゛-;)
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>mayuさん
そうです。表舞台を去り、忘れがちですが
あの元の断事官a.k.a狸爺に、
「使える価値があるから生かしておくのです。
いつか戻りたくば今は去って下さい」みたいな
事を、最後言われて・・・
実際、歴史上で徳興君が出てくるのは1366年
恭愍王の廃位の為、ワショーイされるとか。
実に信義本編より、12年後のことですw
勿論戻ってきます、うちでも。その頃ヨンは
30後半の男盛り。さぞ素敵な事でしょう(〃∇〃)