向日葵 | 10

 

 

部屋の戸を豪快に押し開いて、大護軍が出ていらしたその後ろ。
医仙が扉の影から一瞬こちらを覗き、真赤な顔で
「き、気をつけて」
とやら何やら口の中で呟くと、ぺこりと俺たちに頭を下げ、さっとまた影に引込まれた。

俺たちはその足で兵舎に取って返した。

その道中で
「チュンソク」
呼ばれた俺は歩幅を広げ、大護軍の背に二歩まで寄った。
「は」
大護軍は歩みを止めず前を見たまま
「至急、早馬を用意しろ」
と告げた。
「は」
俺は短く返答した。

「テマナ」
続いて呼ばれたテマンが、隊長の傍に駆け寄る。
「は、はい」
「手裏房に伝書鳩を飛ばせ。その後、宿に戻り見張りに立て」
テマンは頷き列から外れ、兵舎とは違う方向へ勢い良く走り出した。

 

兵舎に戻った俺が早馬の手配を済ませるが早いか、俺と騎乗の隊員が、大護軍の執務室に呼ばれた。

「出立用意は」
「終わっております」
俺が返答をする。
「よし」
頷くと、大護軍は騎乗の隊員に向け文を手渡した。
「小臣迂達赤大護軍の火急の密書として、誰にも閲覧許さず。
必ず王様に直接、お渡しせよ。
勅旨を賜り次第、取って返せ。
道中休むな。馬はいくら乗り替えても良い」

隊員が文を懐にしかと収めるのを見届けると同時に、大護軍は部屋を出た。
従う俺に聞こえるか聞こえないかの声で
「忙しくなる」
と、呟いた。

 

早馬が出立すると同時に大護軍は迂達赤四組長と国境軍の四衛隊長だけを呼び、内密に軍議を開いた。
通常なら参加する副長すらも列席はなしだ。

長机の上座に着いた大護軍は開口一番
「これよりの話は一切他言無用」
と断った後、列席者それぞれの顔を見渡し
「俺は、開京に戻る」
と告げた。

元々は大護軍として王の直下に仕える方だ。
昨年より国境の元軍排斥と鴨緑江西域奪還、双城総監府の攻撃のため、王命によりこの地に赴任されたが。
それとてここで医仙の帰りを待つ為に、王様直々に何らかの配慮がなされていると思う。

戦場での大護軍の勇猛さは敵側だけでなく、俺たちの肝も底から震え、凍りつかせた。
鬼神が乗り移った、それどころか大護軍ご自身が鬼神のようだと、身内の兵ですら怖々口にした。
あの鬼剣を構え先頭を切って敵中突破を図る時には、その剣は実際の寸の何倍も伸び、敵を斬り裂いた。
弓を射ればその一矢で、敵が幾人も貫かれた。大槍を振るえば槍先が触れる前から、敵が次々と斃れた。

十年以上戦場で生死を共にしたが、医仙が去って以来の大護軍の強さは、内攻遣いと知っている俺すら恐ろしく思う。
知らぬ者からすれば、まさに神憑りだろう。

王様の守護神、高麗の武神。

大護軍は何が何でも、この一帯を高麗領土として取り戻したかったのだろう。
高麗の地に、少しでも安全に医仙が戻れるように。そうとしか考えられん。
それが証に西域奪還後は軍営の再三の要請にも関わらず、国境の騒がしさを理由に応じようとされなかった。

恐らく、医仙の帰還を待っていらしたのだ。
しかし周囲の者のほとんどは、その事情を露ほども知らん。

永遠に北方にいるのかと思われた大護軍の突然の帰京の宣言。
それは歴戦の強者の居並んだ卓ですら、わずかに動揺させた。

 

 

 

 

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6 件のコメント

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    迅速な行動で気持ちが良いですね。
    ウンスが居ない間に、練りに練った指揮。
    さぁ、動き出しました。
    ウンスとのこれからだけが、ヨンを突き動かしているんでしょう。

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    >mayuさん
    うふふー❤mayu様が読んで下さって
    うれしくて、ついコメ返してしまいます。
    向日葵は、これだけ読むと
    王様の行動の早さとか、チュンソク隊長が
    なーんか感じてるけどハッキリしないなーとか
    そう言う部分が、後々分かって来るという、
    一粒で二度おいしい!にしたかったのです❤
    mayuさまのコメで、私も読み返したりして
    思わず懐かしさにちょっとジーン・・・(T▽T;)

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    チュンソク達は、しっかり知らん振りしてくれましたよ。
    戦場で鬼神の様なヨン、きっと乗移ったのでしょう。
    これもまた、ウンスを思えばこそですね。
    一歩間違えば、ウンスだけを残すことになるのに・・・
    そんな事は何も考えず、ひたすら己を信じウンスの帰還を信じる強い思いが、勝利へと導いたのだと思います。
    やはり、チュンソクは分かっていたね。

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    >mayuさん
    こちらにもコメありがとうございます❤
    うふふ、この「独り遺す」には、今回曼珠沙華で
    ヨンが、落とし前つける言葉が出て参ります。
    誓いを、立てているのです。
    ああ、こんな風に積み重ねてきた甲斐があります。
    こうして、以前疑問になったことや
    そしてあれ?と思った部分が
    先に進むたびに解消できるような
    絡んだ枷糸が、解けるようなお話にするのが
    信義を書き始めるときの、私の夢でした。
    だからいきなり本編話になり、ヨンもウンスも
    ゲスト出演になるようなお話を続け
    いろいろ試行錯誤していました。
    ヨンの不在に耐えきれず
    【甘い夜】【或日、迂達赤】を上げ、
    そして気楽に読める【一服処】を書いても、
    それでも、川の本流はやはりここです。
    これからも、楽しんで頂けると嬉しいです。

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    >さらんさんへ
    読み進むにつれ、さらんさんの意図する所や伝えたい事、十分伝わってきていますよ。
    ただ、早く先が読みたくて、読み急いでしまうんですよね(;´▽`A“
    それで、勘違いする事は多々あるかと・・・
    そして、コメ書いてしまうm(_ _ )m
    落ち着いて読めば、あれっ?って後から良く反省しますσ(^_^;)
    おっちょこちょいな読者ですが、見捨てずお付き合いお願い致します。

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    >mayuさん
    コメありがとうございます❤
    いえいえ、もうそれは、全て書き手の
    書き方の問題なので、読み手様の側は
    気楽にお読み頂いて、全然問題はないのです、
    こちらこそ、こんな書き手ですが、
    しばし見捨てず、お付き合いくださいませ(*v.v)。

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