向日葵 | 20

 

 

手裏房との話を終え私室に戻る頃。
日ごとに早まる秋の夕暮れは、もう部屋の半分ほどまでを橙色に染めていた。

「戻りました」
橙色の日差しが差し込む日当たりの良い窓際に、石鹸の塊が置かれている。
どうやらそうして乾かしているようだ。

部屋の中に甘い香が漂っている。
しかし肝心のあの方の姿がどこにもない。

兵舎の敷地内とはいえ、間者がいないとも限らぬ。
胸に不安がせり上がる。

「イムジャ!」
乱暴に戸を押し開き、外へ出て左右に素早く目を走らせる。
「イムジャ、何処です」
「はい?」
私室のある兵舎の裏手から声が聞こえたと思うと、物陰からあの方が走り出た。

「あのね、凄いのよ。今、裏でいいもの見つけちゃった。さすが元、中国の軍事基地ね、ほらこれ!」

見ればこの方はその手に大振りの樹の枝を持っている。
無理して折り取ったらしく、枝の折口は裂け、掌も顔も黒く汚れていた。

「これね、多分ヘナの材料よ。クレオパトラもこれで爪を染めてたって聞いたことあるわ。
指甲花っていうの。違うかなあ。薬草は見極めが難しくて。トギに見て欲しいから持って行くわ。
典医寺で接木ができるかもしれないもの。そうしたら、マニキュアもヘアカラーもできるのよ!
葉を乾かして、粉にして水で溶くだけでいいの。たんぱく質に反応するから、眉墨にもできるし。
確か便秘や更年期障害にも効き目があるって話も・・・アンチエイジング効果もあるのねえ」

もう物も言えず、ひとまず無事な姿に安堵する。
この方の大人しく、と、己の大人しく、に相当の隔たりがある事だけは、よくよく理解できた。

大人しくとは部屋から動かず、息を潜めている事です。
そんな風に諭しても、この方は聞かぬに決まっている。
初めて出会った頃のチャン侍医の熱心さと、何処か似ているようにも思う。

「言われれば切ります。お願いですから勝手にうろつかぬように」
言っても無駄と判りつつ、溜息を吐き告げる。
「手も顔も、こんなにして」
木の枝を奪い取りその汚れた手をはたくと、俺の言葉に不満げに口を尖らせて。

「だって、外に出なかったらこの木があること知らなかったのよ。どうやって隊長に言うのよ」
「欲しいものを言えば良いのです。絶対に捜して持って参ります。
ご自身でふらふら出歩くなと申しておるのです」
「何もかもあなたに頼りたくないの。私が言ったら、あなたがどんなに無理するか分かるもの。
ああ、想像するだけでぞっとしちゃう」
「頼まれたものを探すなど朝飯前です!イムジャに出歩かれて心配する方がどれほど堪えるか」
「ああ、もうやめ!」

この方はそう言って手を上げた。
「心配かけてごめん。これからは、ちゃんとどこに行くか言う。
隊長に聞いてからにするからもう喧嘩はやめよう、ね?」

そう言って首を傾げ、俺の眸を見つめて笑うから。
何も言えなくなってしまうのだ。
王妃媽媽の首の傷を治した時と全く変わらぬようにも、全く違う方のようにも見える。
そんな違いも、変わらぬ所も、見つけるたびに心が騒ぐ。

一目見た瞬間から惹かれ続けている。
だからこそ無理にお連れしたと、今は判る。
初めて会って以来、突き放そうと、否定しようと、背を向けようと。
心の中に住みついて、決して追い出せぬ方だった。
どんなに腹が立とうと、目の離せぬ方だった。
笑えば安堵し、泣かれれば困惑した。
今もそうだ。

この方しかおらぬと、心が知っている。
護る為ならば、進んで鬼にもなる。
それ故に、あとどれだけの命を、この背に負おうと。

もう迷いはない。

 

 

 

 

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8 件のコメント

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    危険の無い世界で育ったウンスは、兵舎の周りは自分家と一緒で安全地帯の認識よね。
    そんな考えの違いを埋めるのは、中々難しいわ。だから、ヨンの心配が良く分かります。
    明るさは変わらずとも、離れ離れの間の寂しさ・恋しさ・心配、様々な感情がウンスに変化を齎したのでしょう。
    もう、自分の心の一部となったウンス、護る為なら本当に鬼になるだろうヨン。
    そんな想いと覚悟に、スッポリ包まれ護られているウンス。
    その屈託ない笑顔をなくさない事を祈るのみ。
    ヨンならきっと護り切ってくれる。

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    >mayuさん
    もう、まさにおっしゃる通りです。
    ヨンももちろん4年分、成長しているはずですが
    ウンスオンニは、離れ離れの一年で
    えらく成長して帰って来ます(当方比
    その成長度が、この後のお話でも
    見えたらうれしいな、と(〃∇〃)
    お楽しみ頂ければ、幸いです❤

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    いつも更新ありがとうございます!
    先日承認いただいてから、今までのお話を何度も読ませていただいてます(*^_^*)
    何度読み返しても、ドキドキ、ワクワク、ハラハラ、ニヤニヤ、(*´艸`*)
    「この方しかおらぬと、心が知っている」
    この言葉、最初に向日葵を読んだ時より、
    吾亦紅を読んだ後の今、あーっそうゆう事だったのね、と私は解釈しました♡
    合ってるかな?w
    毎日の更新とても大変だと思いますが、無理せず、たまに休んでもおとなしく待ってますんで(笑)

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    >ユッチさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    そうなのです!
    最初読んだ時より、背景が積み重なって
    今読んで頂いて「あーそうだよねー」と
    皆様に思って頂けるお話にしたかったのです❤
    ただ再会の嬉しさだろう、と思っていたシーンが
    「あんだけやってくれば、そりゃ嬉しいわ」と
    思って頂けたら、最高に光栄です(/ω\)
    お気遣い、ありがとうございます❤
    出張時は明らかに無理そうですが、
    それ以外の時は、なるべくUPできるよう
    無理なく、心掛けます(・・。)ゞ

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    初めて会って以来、突き放なそうと、否定しようと、背を向けようと…。
    頭の中でOSTのクデニカが静かに流れ始めました。
    好きな曲です。
    女性が歌っているためか、王妃やウンスのテーマのように感じていましたが、そうかぁ、ヨンの気持ちにも当てはまるのか、なんて。
    う~ん、深い。。。

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    >まるまるさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    私も信義を書くときは、OST流しっぱなし
    エンドレスですw
    掻きながら寝落ちしても、睡眠学習効果で
    起きた瞬間より、ヨンの声が溢れる始末。
    廃人とはこういうものなのね、とw
    よろしければ また覗いてみて下さい♪

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    >さらんさん
    私は朝から通勤電車の中で聞いてますね。
    今日も1日頑張るための充電という感じです。
    これだけ何もかもハマったのは初めてのようなきがします。
    俳優さんにという感じではないのです。
    とても素敵な方だとは思いますが。
    やはりチェヨン病らしいです。

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    >まるまるさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    朝からOST!
    豪華です、素敵❤私はそのような暴挙に出たら最後
    仕事が手に着かず、一日中お話を考え
    ヨンのあの声で脳みそオーバーフロウなので
    無理です・・・うぅぅ・°・(ノД`)・°・

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