蝉しぐれ | 2015 summer request・蝉しぐれ

 

 

【 蝉しぐれ 】

 

 

時雨のように烈しく叩きつける蝉声の許、木陰を歩く。

唯でさえ暑いものを、降って来る蝉声が温度を上げる。

他の全ての音を掻き消し、耳の中その声だけが満たす。

よく聴けば一つの蝉声だけではない。
いろいろな声が層を成すように重なって大きな塊になり、押し寄せるように、圧倒的に鳴り渡る。

己の沓音も呼吸の音すら聞こえない。
あの小さな儚い命の虫達が生み出す声に押し潰される。

木漏れ陽の下で足を止め、声の真中で木々を見渡す。

途端に四方から押し寄せる、その波のような蝉時雨。

白い陽に透ける緑葉を揺らす声。
首を振り、再び木下を歩き出す。

命の唱だとふと思う。
命ある限り啼き、そして啼き終われば乾いた体を地に落とし、何の悔いもないように土へ還る。

殻から抜けた瞬間から一日一日、啼きながら終わりに近づく。
長すぎる無意味な生を送るより、短く圧倒的に啼くのも良い。

歩き出した足許に、木漏れ日の影が落ちる。
濃い影、薄い影を重ねながら、地面の上に伸びている。
その濃淡の中に転がる蝉を一匹、指先で摘まみ上げる。

生きている時の姿と何ら変わらぬように見える。
その丸く光る目、薄い羽根、堅い鎧のような体。
指先に少し力を籠めれば、砕けてしまいそうだ。

その蝉の体を木の下へと避ける。

短い生、啼くだけで最後に踏まれたのでは遣り切れなかろう。

 

*****

 

「隊長」
「おう」
「夕からの鍛錬の件で」
「任せた」
チェ・ヨンは寝台へ大きな体を投げ出した。
「またですか」
「ああ」

太い息を吐き首を振る寝台脇のチュンソクに、それ以上一切の興味を示す事もない。
瓢箪型の窓から射す陽を避けるように、首に巻く黒い帯を眸の上まで指先で上げる。

何も見たくない。知りたくもなく聞きたくもない。
ただ寝たい。
夢すら見ず泥のように眠り、一日も早く終われば。

ああ、間違えたかもしれん。

終わった後、踏まれようが蹴られようが何も感じぬだろう。
ただ終えられただけで嬉しくて。
再び先に逝った皆にもしも逢えれば、それだけで嬉しくて。

あの蝉とてそう思ったかもしれん。
土から出で殻を破り、明るい空の許啼けるだけで嬉しくて。
啼くだけ啼いてその生を全うすれば、踏まれようが砕けようが構わなかったのかもしれん。

余計な事をした。
そう思いながら目隠しの下、ヨンは瞼を閉じる。

まるで幕を下ろすように暗闇の底へ底へと引き摺りこまれながら、初めて安堵の息を吐く。

 

「何日目ですか」
「二日目だ」
チュンソクの声に、チュソクは天窓からの陽射しの漏れる吹抜の中で階上を見上げる。

「普段なら気にしませんが、この暑さです。幾ら何でも水だけは飲んでもらわんと危ない」
チュソクの気遣わし気な声にチュンソクも頷く。
「しかし途中で叩き起こすわけにもいかんだろう。起こしたところで隊長が起きるとも思えん」
チュソクは首を捻ると、
「枕元に水差しと塩を置いておきます。もしも途中で気付けば、手を出してくれるかも知れん」
そう言ってチュンソクへ僅かに頭を下げ、吹抜を足早に出て行く。

すっかり懐いているな。
チュンソクは思いながら、扉の外へ駆けるように出て行くチュソクの背を無言のまま見送った。

 

蝉の声で叩き起こされては、誰に文句のつけようもない。
窓の外から聞こえる蝉時雨に目隠しの帯を引き摺り下ろして、ヨンの瞼が鬱陶し気に上がる。

欠伸をして半分瞼を閉じたまま、寝台上で寝返りを打つ。
他人の声なら蹴り飛ばしてでも黙らせるものを。
もう一度眠ろうと眸を閉じかけ、枕元に見慣れぬものを見る。
閉じそうな瞼でもう一度見れば、水差しと共に、小さく固めた白い塊がある。

何だ。

腕を伸ばし、水差しを握る。
その十分に冷えた陶器の面は、汗をかいたように濡れている。
誰かがわざわざ冷たい水を置いているのか。飲むかどうかも判らん俺に。

半身を起こし水差しに直接口をつけると、冷たい水を呷る。
咽喉が乾いていると思ったこともなかったが、冷たい水は乾ききった体中に滲み渡る。

物好きな世話焼きがいたものだ。

大きく息を吐き、次に白い塊を指で撫でる。
塩か。しかしただの塩ではない。青柚子と蜂蜜とで練り固めている。
その小さな塊を指で摘まみ、口へ放り込み、もう一度水差しを呷る。
その時感じた扉越しの気配に、ヨンが低く唸る。

「・・・チュソク」

ヨンの声に扉が開く。
「はい」
「余計な事をするな」
「寝ている間に隊長が乾き死んだら、みな困ります」
扉から入る事もなく戸口に立ったまま、チュソクが苦笑いする。
「俺もまだまだ、鍛えてもらわねば」
「・・・そうか」
ヨンはそう言って、再びごろりと寝台へ転がる。
まるでふてくされた幼子のようだと、チュソクは息を吐く。

「もう起きますか」
チュソクの声に目隠しを上げながら
「寝る」
ヨンの声に頷いて、チュソクは静かに扉を閉ざした。

 

「飲んだのか」
「ええ。ついでに飴も摘まんでくれました」
「・・・信じられんな」

チュソクの報告にチュンソクが息を吐く。そんな二人を眺めながらトルベが首を振る。
「三日三晩飯は疎か用足しにも起きん方が、飴を喰ったんですか」
驚いたような声に、チュソクが嬉しそうに頷いた。
「ああ。その後また直ぐ寝てしまったが」
「随分な進歩じゃないですか。そのうちまた起きて、飲んだり喰ったりしてくれるかも」

トルベが大声で叫ぶ。
野生の獣でも手懐けたようなはしゃぎぶりに、チュンソクが吹き出す。
「まあな。余りに寝てばかりでも、確かに気掛かりだ」
「ええ」
「じゃあ、俺も何か持ってってみようかな」
「地蔵でもあるまいに、みなで捧げ物をしてどうする。それよりも宿直の奴らに、隊長の枕元の冷たい水を切らさぬように伝えろ」
「判りました!」
トルベが勢い良く吹抜を飛び出して行く。

その時聞こえた階上の扉の音に、チュンソクとチュソクは同時に階上を仰ぎ見る。
「隊長!!」
二人の呼び声が重なるのを怠そうに聞きながら、大欠伸をすると頭を振って、ヨンがゆっくり階を降りてくる。
「蝉時雨が煩くて眠れん」

この人を起こしてくれるなら、蝉だろうが蝶だろうが大歓迎だ。
チュソクは大きく笑みながら、その声を聞く。
「飲みに行くぞ」
ヨンの声に、チュンソクが慌てたように首を振る。
「それは構いませんが、兵を連れ出すなら夕の鍛錬の後に」
「俺も鍛錬に出る」

ヨンの突然の申し出に、チュンソクとチュソクが目を合わせる。
「は」
「鍛錬してから、皆で行く」
「いいんですか」
「何が」
「まだ二日しか寝ていませんが」
「ああ」

ヨンはまだ醒めきらぬ、茫とした眸で頷く。
「蝉が煩いから仕方ない」

この人を起こしてくれるなら、蝉でも毛虫でも大歓迎だ。
チュンソクがチュソクへ頷く。チュソクが頷き返し大きく笑う。
「兵も喜びます」
「夏の鍛錬の後の酒は美味いぞ」
眸を擦りながらヨンは言い
「顔を洗ったら、鍛錬場へ行く。兵を集めておけ」

蝉の後は兵に煩く付き纏われる事だろう。この短気な俺達の隊長が、また癇癪を起こさねば良いが。
ふらりと踵を返し井戸へと向かうヨンに頷くと、チュソクとチュンソクは兵を集めようと駈け出した。

 

 

【 蝉しぐれ | 2015 summer request ~ Fin ~ 】

 

 


 

「蝉しぐれ」
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