2014-15 リクエスト | 名前のない花・3

 

 

あれは誰だ、なんであんな女を連れてきたと、トギが怒って、その手で怒鳴り散らす。
あんたの隊長のあのおかしい顔色。
あれは何だ、なんで隊長も先生も何も言わず、みんな何を隠していると目が本気で怒ってる。

「お、れにもよく分かんないんだ。あの人は、隊長が光から連れてきた」

あの人が、隊長を刺したのだけは内緒にしておく。
そうでなきゃ、こいつはもっと怒りだす。
あの時、俺があの人を殺すと思ったみたいに。
あの人の世話をしてくれないから黙ってろと、隊長にきつく言われてる。

隊長との約束だから破れない。

でも隊長の顔色は、確かにおかしい。
隊長は絶対に認めないし、俺にも隠してる。
だけど隠せないくらいにくちびるは氷の色、 顔は土の色だ。

どうすればいいんだ、あの人と典医寺の先生が助けてくれると思ったのに。

 

あの子が目の前で、何かを隠してる。
その目はうろうろ部屋中を泳いでる。
絶対嘘をつかないって思ってたのに。

おまけに先生が連れて来た、おかしな着物の赤い髪の、うるさいあの女。
餅だ水だと、騒がしいったらありゃしない。

それでもこの子の隊長に頼まれるし、迂達赤の大事な客だと言われれば、
それに反対だってできやしない。

だけど先生だけは、あたしに隠さず全部、言ってくれると思ってたのに。
ただ静かに
「トギ、あの方は暫く典医寺の離れに滞在される。
いろいろ慣れていらっしゃらぬから、お前に手間を掛けてしまうかもしれない。
世話をして差し上げてくれ」

詳しいことは一切言わず、そう言うだけ。
あたしは腹を立てて、典医寺の前庭に出る。
その後ろから、この子が黙ってついてくる。

あたしはそれを無視してしゃがみ込んで、花壇の雑草を音を立ててぶちぶちと毟る。

その手をこの子が、ぎゅっと抑えた。
「かわいそうだろ」
そう言われて気付いてみれば、花壇の脇には毟ってしまった草の小さな山ができていた。

「怒るのわかるけど」

この子がそう言って、真っ直ぐこっちを見る。

あんたは嘘をつかないと思ってたよ。
だから信じてたのに、嘘をついてる。
「嘘なんてついてない。
だけど知らないことだってある。知らないことまでは言えない」

その困った顔を見る。
あの女を通した部屋の窓から、咳の音がする。
その咳の音を聞いて、テマンが立ちあがる。
全く手間ばかりかける、どこまでも忌々しいと、あたしは花壇の前から勢いよく立ちあがった。

 

******

 

この子の隊長が最初に倒れたのは、典医寺のなかで先生とあの女と話してる時だった。

天の医官というのは、本当なのかもしれない。
あの女は隊長の傷を見ながら、先生と何か話してる。
横で先生を助けながら、あたしは隊長を覗き込む。
冬の土の色の顔、竜胆ほど真っ青な唇。
こんなの駄目だと、あたしは唇を噛む。
あなたがいなくなったら、あの子が一人になってしまう。

次にこの子の隊長は、王様との話の後に倒れた。
あたしと先生が叫び声に駆け込んだ部屋の中、叫んだ当の医仙が隊長の脇についていた。

そして運ばれた砂糖水を少しづつ飲ませながら、難しい顔で首を振る。

こんなの駄目だ。戻って来てよ、あの子の為に。

みんなでその大きな体を、典医寺の診察室に運ぶ。
先生が医仙と一緒に、治療を始めた。
血と膿で汚れた綿布を持って、邪魔にならないようにあたしは治療の部屋を出た。

部屋の外にあの子がぽつんと座ってた。
廊下の隅で膝を抱え、小さく丸くなって。

あたしはその脇を通り過ぎ、薬房で必要なものを持って急いで部屋へと駆け戻る。
先生の横の机の上に手際よく持って来たものを並べると、先生は目で頷きながら、
それをあの医仙へと手渡した。

あたしは廊下へと戻る。
隅に丸まったあの子は、あれからもぴくりとも動かない。
あたしはその横に寄る。
あの子は気付きもせずに、厳しい目で扉を睨み付けてる。

その中にいる隊長のことを見てる。
あたしは膝を折ってしゃがみ込む。
あの子は丸まったまま、あたしの手をその手の中に、力一杯握り込んだ。
指の骨が、ぎしぎし音を立てるくらい。
あたしは痛むその手を握り返した。
一緒に待とう。そう伝える為に。

 

付き添ってた隊長の体が音を立てて 急に震えだして、俺は大声を上げた。

それだけは覚えてる。

あんな風に震える体を、山で何度も見たことがある。
猟師の罠に足を取られた鹿。
仲間同士でやりあった若熊。
寿命を迎えた林の奥の老虎。
そんな森の王者たちが震える、最期の姿。
だめだ、だめだと叫んで止めたはずなのに、そう言えていたかも覚えてない。

そこにいた医仙と駆け込んだ典医寺の先生とで急にあわただしくなったその部屋の隅で、
俺は頭をかかえて、目を見開いた。

隊長は診察台に横になってぐったりとして、あの医仙が懸命にその心の臓を押していた。

 

あの子はその部屋の隅、隊長だけを見ていた。
隊長、隊長、隊長、隊長と、心の中で叫んでる。

医仙が、泣きながらあの隊長に息を吹き込むその間も。
医仙が泣きながら、隊長に何かを言っているその間も。
先生が静かに隊長の最後の脈を取っている、その間も。

皆が叫んでる。戻って来いと呼んでいる。
だから戻って来てよ、あの子を一人にしないで。

先生が、吹き返した隊長の息を確かめるその瞬間まで、あの子の叫びは続いてた。

 

隊長が、目を開けた。
俺の隊長が、目を開けた。
眩しいとかすれ声で言いながら。

窓から斜めに入り込む光が隊長に当たらないよう背中でそれを遮りながら、心でただ礼を言った。

誰にか何にかよくわからないけど、ただありがとうと光の中で頭を下げた。

あの子が駆け込んだ部屋を覗き込んで、あたしは声を掛けず、部屋にも入らずに
扉の前から足音を忍ばせて立ち去った。心の中でお礼を言いながら。

先生、助けてくれてありがとう。
隊長、帰って来てくれてありがとう。
医仙にも、仕方ないから頭を下げる。

テマンを一人にしないでくれて、ありがとう。

 

 

 

 

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