山道を上がりきり、山門前に馬を繋ぎ終え、この方と共に寺門をくぐる。
一足毎に重くなる歩。この方の瞳を見られない。
「ここが菩提寺なのね?」
この方は初めて訪れる到彼岸寺の門中を見渡し、俺を見上げて嬉しそうに尋ねた。
「はい」
その瞳を見つめ返すより先に、この眸は山門の奥を探る。
このまま上がって本堂へ行くか。
行けば和尚様はいらっしゃるだろう。
そうしてお会いすれば、この方の前で問わねばならん。
何が起きたのか、何故メヒが崔家の墓に入ったか。
尋ねて返るであろう和尚様の答すら想像もつかん。
それとも真直ぐに墓所へと向かい、参拝するか。
逃げるようでも、この方には報せずに秘めるか。
そしていつか露見するかもしれん嘘に嘘を重ね、最後まで隠し通すか。
メヒが本当に崔家の墓に葬られていれば、それを知った時この方の心がどうなるのか。
怒るか、泣くか、諦めるのか。
それでも傷つけるくらいなら。この方を泣かせるくらいなら。
そしてお前を憎むくらいなら。
まさかこんな日が来るなどと思わなかった。
己だけに残される傷ならいくらでも負う。それで構わない。
今はもう、俺を置いて逝ったお前を恨んでるわけじゃない。
恨むとすれば、憎むとすればこの先だ。
この方を傷つけるならば、俺は絶対にお前を赦さない。
本堂か、墓所か。 訊くか、訊かんか。
思いあぐね当てどなく落葉を踏んで進む寺の中。
「・・・ヨンアか」
庭の隅からのその声に足を止める。
振り返り其処に立つ和尚様を見つけると、俺より先にこの方がそのお姿へと小走りに駆けだした。
「おお、ウンスさんも一緒だね」
「和尚様、先日はありがとうございました!」
「ほ、ほ、つい三日前だよ」
この方の声に、和尚様は愉し気な笑い声をあげた。
「ヨンアには十六年も会えなんだが、会える時も続くのう」
無作法への心苦しさで、思わず深く頭を下げる。
「申し訳ありません」
「構わんよ、元気なら良い。便りが無いのは元気な証拠だ。特にお主ならばな」
そうだな。崔家から和尚様に便りが届くのは冠婚葬祭の折だ。
先日のような婚儀の目出度い報せばかりを続けられれば良いが、その前に和尚様にお会いしたのは父上の葬儀の際だった。
そう考えれば、仏の道も死と隣り合わせというわけか。
「墓参をさせて頂きたいのですが」
音沙汰無しの無礼の後、いきなりの質問攻めは気が引ける。
特に此度のような、気が重くなるような事を伺う時には。
それでもこうしてお会いしたならば尋ねるべきだ。
少なくとも、メヒが本当に崔家の墓に弔われているのかを。
そして弔われているなら、その経緯を。
そうでなくば嘘を塗り重ねる事になる。
一つの嘘を隠す為の嘘をまた重ね、最後に真実を見失う。
俺は嘘は向かん。遅かれ早かれ面倒臭くなる。
それならば今、この方に裏切り者と罵られても真実を話す。
「和尚様」
改まったこの声が届かなかったか。
和尚様は俺のこの方を見て、ゆっくりと本堂を指差した。
「ウンスさんや、先日はゆるりと話す事も叶わなんだ。どうだね、疲れたろう。ヨンアと共に茶でも飲まんか」
「え、あの」
この方はこのまま墓所に参拝すると思っていたのだろう。
戸惑うように俺を振り返り、紅い唇で問い掛けた。
お茶、飲むの?
その声に小さく顎を振り、もう一度呼び掛ける。
「和尚様」
俺の声は未だに聞こえぬのか。
和尚様は返答をせぬまま、この方を手招いた。
「さあさあ、寒かろうウンスさん。立ち話では申し訳ない。折角此処まで来て頂いたからのう。
ヨンア、馬は確り繋いだかい」
そう言って返答も聞かぬまま、和尚様は本堂へと歩き始めた。
「本堂にするかのう。それとも拙僧の堂室へお招きするか」
「・・・和尚様」
違う。声が届いていないのではない。
俺の子供の頃から知る和尚様は、このように人の言葉も聞かず勝手に話をお進めになる方ではない。
墓にいる。俺達に会わせるべきでないと和尚様の思う誰かがいる。
葬られている者だけか。それなら墓所へ行こうとも問題ない筈だ。
遅かれ早かれ参れば知れる。今更隠しても詮無い事だ。
それならば、今会うべきでない誰かが参っているのか。
死者に墓参りは出来ん。今生きている誰かがいるのか。
その時前から来る人の気配に、和尚様が秋の陽の中、目を眇め相手の姿を確かめる。
俺の見知らぬ顔の二人連れを認め、眇めたその眼が和らぐ。
先方が足を止め合掌し頭を下げるのに、和尚様は穏やかに合掌を返した。
こうして墓参の者同士がすれ違うのは、この寺ではよくある事だ。
我が家の墓所だけではない。無縁仏から貴族まで、到彼岸寺には数多の墓がある。
しかし俺達に関わりがないならば、何故避けるように本堂へ誘う。
疑いは確信へ変わっていく。
誰かがいる。俺達がすれ違うべきでないと和尚様の思う誰かが。
「和尚様」
繰り返す呼び掛けに根負けしたか、和尚様が足を止めようやく俺を振り返った。
「先に、墓参を」
「・・・ヨンア」
労わるような和尚様の眼差しではっきりと判る。
そこに居るのだ。俺達が会うべきでない誰かが。
そして和尚様にもお判りになったのだろう。
どれ程お止めになろうと、俺は其処へ行く事が。
「良いのかね」
「はい」
「ウンスさんはどうするね」
「え」
「拙僧と共に、茶を飲まんかね」
「あ、あの、私はこの人と一緒に」
「ヨンア、まず先に皆で話をせんか」
「いえ」
和尚様のその眼差しを正面から受け止めて、確りと首を振る。
「まずは墓参を」
止めても無駄と、もうお判りになったろう。
和尚様は息を吐き、この眸に苦く笑み返す。
「では、拙僧も付き合うとするか」
そのお声に頭を下げる俺を見て、横のこの方が慌ててそれに倣った。

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誰が居るのですか?
まさか‥メヒの、い・・・ですか?
さらんさん❤
気になって今宵は眠れません~(^^;
さらんさん
その後お身体は大丈夫ですか?
また寒波がくるそうですから
ご無理なさらないようにね❤
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メヒ…この名を聞くとどうしてこんなに不安になるんでしょう。ヨンの心は全部ウンスにあると分かってるし信じてるのに。
まだ縁が繋がってる?と思うだけで何だか心がザワザワします(O_O)私の心が狭いんでしょうか。
ヤバイ!!さらんさんの世界にどんどん落ちていくーーーーー!
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う~ん 思い当たるのは
あの人か?
和尚様も かなり ドキドキ…
でも いつか会ってしまう、知ってしまうことなら
先の方が いいかもね~
和尚様~ 助けてあげて~。
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さらんさんっ…ヽ((◎д◎ ))ゝ
ハラハラのお話をありがとうございます。
チェ家の墓に、誰が参っているのでしょうか?
それに、メヒはそこに弔われているのですか?
でも、そんなことを決定できる人といえば……|д゚)
もしや……|д゚)
でも……どうして……((゚m゚;)
ああああ~考え出すと眠れなくなりそうです(._.)
いや、さらんさんのことですから、きっと そうしなければならない「理由」があったのでしょう。
明日のお話をドキドキしながら、お待ち申し上げたいと思います。
さらんさん♥
MADE SERIES(Jap-ver)届きました…。
一撃でゾッコン…って、ええっと…ゾッコンて…
みんな動くなまだ動くな…って、字余りじゃね?
メンズはアゲろ…?
……下がりました…(iДi)
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メヒがチェ家に葬られているというヨンも知らなかった事実 どう言う経緯があったのか真実が知りたいですよね。 よんもしらなかったとはいえ、ウンスに後ろめたさもあるでしょうし…
そして墓所に訪れているヨンに会わせたくない誰か…
物すっごく気になりますσ(^_^;)