「よーく焼いてね」
炭火の上に置いた、とてつもなく大きな鉄板。
この方は金の輪の光る指で額の汗を拭いつつ、鉄板の上の鰻を睨む。
「焼くだけでいいの。たださっきも言ったけど、よく熱を通さないと」
「分かりましたから、お座りく」
「いやよ!あなたがこうやって焼いてるのに」
「熱いでしょう」
「暑いのはあなただって一緒でしょ!」
俺が腰を据えるまで、ご自分も此処で鰻を睨むおつもりか。
俺は首を振り庭の人影を見渡した。
彼方此方に立つ者座る者、話に花を咲かせ、笑い合うその声。
迂達赤も、武閣氏も、典医寺の面々も、手裏房達も共に居る。
滅多に会う機会もない武閣氏に囲まれ、シウルとチホが照れている。
ヒドは横にチュンソクを従え、何やら言葉を交わしているようだ。
テマンはトギと二人、木の下で指を動かし笑い合っている。
そしてどの目も暫くすると、ふと上がっては此方を見遣る。
その目に首を振ると、またそれぞれ、話の輪に戻っていく。
此方に気など遣わず、好き勝手に飲み食いしていれば良い。
秋になれば否応なく、こいつらも息つく間なく戦場に立つ。
国の為、王様の為、そして其々の胸の内、護りたい者の為。
「ヨンさん」
掛かる声に鉄板から眸を上げると、良い具合に夏の陽を背負ったでかい体が照りつける陽射しを遮ってくれる。
「代わりましょう」
「こんな時くらいゆっくりしろ」
「ヨンさんこそ」
「涼しくなれば留守が増える。お前らに手間を掛ける」
「ヨンさん」
困ったように眉を下げ、コムは静かに優しく言った。
「その為に、居るんですよ」
「・・・そうか」
コムに添っていたタウンが、この方の握っていた箸を取り上げる。
「ウンスさまが座らねば、大護軍も退きません。お座りください」
「う、ん。ありがとう、タウンさん」
その声にようやく笑んで、この方が頷く。
奴らに炭火を任せ、俺は庭へと声を上げる。
「まだまだ焼ける、熱いうちにどんどん喰え」
楽し気な酔客たちが笑いながら、その声に
「はい!」
と一斉に大きく返答した。
*****
「隊長、食っておるか」
「チェ尚宮殿」
俺は箸を置き、急いで腰を上げ頭を下げる。
「先にご挨拶に伺えず」
「何を言っておる。皇宮の中ならいざ知らず、堅い事を」
チェ尚宮殿は、この声に呆れたように首を振る。
「ヒドも、久々だな」
「・・・ああ」
「息災であったか」
「変わらぬ」
「何よりだ」
どうやらお二人も顔見知りなのだろう。短いながら言葉を交わす様子から見て取る。
「お主ら二人が並んでくれると、安心するな」
「そうなのですか」
「ああ」
チェ尚宮殿は珍しく目を細めながら俺達を眺め、次の瞬間いつもの鷹のように鋭い視線が戻る。
「飯を不味くするようで済まぬが、こうした折にしか話せぬ」
声に背を伸ばす俺と、御自身を見詰めるヒド殿に向かい、チェ尚宮殿は僅かに首を傾げる。
「ヒド」
「何だ」
「隊長」
「はい」
「あの男」
チェ尚宮殿は離れたところでようやく炭火前から退き、医仙と共に縁側に腰掛ける大護軍を、じっと見つめた。
「そして医仙、よろしく頼む」
「チェ尚宮殿」
「考えたくはない。しかしこの先、戦況は分からん」
「おい」
「隊長は戦場で。ヒドは市井で。手間を掛ける。私が常に見てやれれば最良だが、私にも王妃媽媽がいらっしゃる。そして武閣氏たちがな」
チェ尚宮殿はそうおっしゃると、苦く笑んだ。
「命を懸けねばならぬものがあるのだ」
俺は何も言えずに頷いた。
この方も戦っておられる。女人であってもそのお覚悟は、俺達と何ら変わられぬ。
「あの二人の何方が欠けてもならん。高麗を変える二人だ」
「はい」
「北の元、紅巾族、南の倭寇。これも気になるが、ヒド」
「・・・何だ」
「開京に移った元双城総管府千戸長イ・ジャチュンと息子ソンゲ。十分目を光らせてくれ」
「怪しいか」
「証拠はない。ただ気に掛かる。あの野心の大きさがな」
「徳興君や奇轍のような、という意味ですか」
俺の声にチェ尚宮殿は首を振る。
「窮地にあったとはいえ、徳興君すら手駒として使おうとした男だ。肚が読めぬ」
「徳興君だか奇轍だかは知らんが」
ヒド殿が呟いて、嵌めた黒鋼の手甲をゆっくり撫でる。
「案ずるな。皺が増える」
「ふざけるな」
「言われずとも護る」
ヒド殿はそう言うと、初めてチェ尚宮殿を正面から見詰めた。
「邪魔者は好かん。ヨンの道を塞ぐ者は誰であれ」
其処で黙り込むヒド殿から漂う、圧倒されるような気は何だ。
俺は黙ってその横顔に目を遣った。
この方は、いったい何者なのだ。
大護軍の永のお知り合い、手裏房の一員、それだけではないのか。
「退かせるまで」
白い陽射しの中、木陰の昏い目に、真夏というのに肌が粟立つ。
俺は黙ったままヒド殿を見詰めた。
「お前ら、愉しそうだな」
トクマンが、シウルと共に武閣氏の女人たちと庭で飯を喰う俺にちょっかいを出して来た。
俺は口の中の鰻をゆっくり噛み砕き、飲みこんでから皿を置き、奴の肩にがしりと腕を回す。
「いいか、背高」
「トクマンだ!」
「俺はな、美味い飯の最中と、綺麗な女人との話の最中にそうやって邪魔をされんのが、昔っから大っっ嫌いなんだよ!!」
そう言って奴の肩を固めたまま、その膝を蹴り飛ばそうと脚を放つ。
俺の脚を避け腕を解くと、奴は一歩離れて俺を見て、フンと笑った。
「槍は巧いが、足技はまだまだだな」
「ふざけんなよ!」
怒鳴った俺の懐にトクマンの長い腕が伸び、次の瞬間その顔が俺の鼻先に寄ると同時に、奴の拳が顎下にぴたりと付いた。
「がら空きだぞ、チホ」
俺が無言でその顔を睨むと、奴はにこりと笑って拳を退いた。
そして踵を返し背中越しに手を振りながら、そこから歩き去る。
何なんだよ。槍は下手糞だけど、意外とやるじゃねえか。
「あ!」
しかし奴は数歩離れて立ち止まり、そこから慌てて駆け戻って来た。
「チホ、シウル、お前ら、ちゃんと九拝してから喰ったろうな!!」
そう言って天女と一緒に縁側に座る旦那を、長い腕で示す。
「俺の大護軍が用意したんだからな!」
「わかってるよ!しつけえな!!俺の俺のって、そう言うなら俺のヨンの旦那でもあんだぞ!」
「お前にはヒド殿がいるだろ!」
「俺のヒドヒョンを気安く呼ぶんじゃねえよ!!」
その声にシウルと武閣氏たちが笑い声を上げる。
「お前らでかい声で、恥ずかしいからやめてくれ」
シウルが笑いながら諌める声に
「黙ってろ!!」
俺とトクマンは、同時に叫んだ。
ほんとにこいつ、間抜けなんだか、強いんだか分かんねえな。
今度の槍の鍛錬ではこてんぱんにしてやるから、覚悟しとけ。

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