2014-15 リクエスト Finale | 紅姫竜胆・中篇

 

 

キチョルなら、あの精神病質の男なら必ずやる。
あの時手下を使って、私の目の前で次々人を殺したみたいに。

私があの人を大切に思う、それが十分な理由になるのだろう。
自分の望むものがあの人のせいで手に入らない、それだけで。

絶対にダメ。あの人が死ぬなんて。あの人がいなくなるなんて。
そんなことになったら私は耐えられない。
どんなに冷たい顔をしても、どんなに背を向けるふりをしても。
それでもあなたさえ無事に生きてくれれば、それだけでいい。
そんな事しか今の私にはできない。

国史の偉人だからじゃない。この国に必要だからじゃない。
そんな事じゃなく、私が生きていくのに必要だから。
まるで呼吸をするように、乾いた時に水を飲むように。
悲しい時に涙が出るように、嬉しい時声を上げて笑うように、私にはあなたが必要。

だからもう一度、私を呼んで。
戸惑うみたいな、少し掠れたその声で。

イムジャ。

俺のもの、その囁きで分からせて。
あなたにも私が必要なんだって教えて。
だって私が刺したのに、そう言ってくれたでしょ。

 

あのお二人の心をはっきりと知ったのは、チュソクたち二十四人が討たれた、あの奇轍の奸計が俺たちを打ちのめした時だった。

何度も何度も、何度も医仙のために走る。

皇宮を抜け、王命に逆らっても医仙を護ろうと戦い、全てを捨てて走る隊長を見た。

俺達の隊長として、死んだように過ごしていた七年間。
俺にとって、隊員たちにとって、隊長こそが守るべき命、その声こそが従うべき声、その背こそが追いかける目標だった。

代々の王様の命に何の感情もなく従う人。
いつ己が消えても良いように俺たちを鍛える人。
そして無表情に毎日を過ごし、まるで死に急ぐように厄介事に飛び込んで行ったあの頃のあの人はもうおらん。

今生きている隊長こそ、俺達が守らねばならん。それこそがチュソク、お前の望みなのだろう。
変わることなく隊長にのみ、絶対の忠誠を尽くして来たお前だ。後は俺達が必ず引き受ける。

だから安心して、もう眠れ。

 

隊長が医仙を連れて皇宮を抜ける時、もう会えないかもしれないと覚悟した。
あの徳興君と言う嫌な匂いの男も、元のお偉いさんとかいう男も振り切り、手裏房へと医仙を護って歩く道すがら。

それでもいいと思った。 俺は隊長を一生家族だと思う。
そして救ってくれた医仙のことも。
だから隊長さえ幸せなら、後のことは俺達がどうにかする。

それが家族だと、隊長が餓鬼だった俺に教えてくれた。
父さんや母さんがいなくなった時は小さすぎて分からなかった。
家族がいなくなったら悲しい事。
だけど、置いてく家族も辛い事。
置いてく隊長だってきっと辛い。
だから俺達に出来るのはここを護る事だ。
いつか隊長たちが笑って戻って来た時、笑ってお帰りなさいと出迎える為に。

 

寡人があの者に押し付けたのは、いつもあの者の意に沿わぬ無理難題ばかりだった。

最初に慶昌君の親書を持って、迂達赤隊長の任を解けというあの者の懇願に、重臣の殺害の裏を暴けと王命を出してから。

自分が最初の臣になる。あの者はそう言って、真直ぐに寡人を見つめてくれた。
千人、万人の王になる、その為の最初の臣になると。

初めて重臣たちの前に立ち、あの奇轍を向こうへと回し、宣任殿で胡服を脱ぎ捨て、翼善冠を被った時。

呼んだあの者が宣任殿の廊下を、迂達赤を背に真っ直ぐ此方へ向けて進んで来た時。

口には顔には出さずとも、心中その姿がどれほど大きく頼もしく見えたことだろう。

荒れ狂う海でも決して沈まぬ船のように。
吹き荒ぶ風にも決して折れぬ木のように。
この者がいれば、寡人の長年の悲願さえ叶うやも知れぬ。
我が祖国が国として、元の一部ではなく一つの国として立つことが出来るやも知れぬ。
民たちが搾取されるだけでなく、己で己を豊かにする、そんな国が作れるやも知れぬ。

何処までも共に行こう。空を飛ぶ自由な鳥のように。
あの時元ですれ違った女人に語りかけた長年の悲願が、この者となら叶うやも知れぬ。

そしてあの者は、十分にその責務を果たして来た。
心から血を流し、信頼し愛する部下を喪い、それでもその忠心を翻すことなくひたすらに。
あの者が連れてきた医仙を時として危険に晒しても、唇を噛み、喉元の言葉を呑み込んで。

医仙を助けようと玉璽を盗み出し、たかが一人の女人と呼んだ愚かな寡人に向かい、あの玉璽こそが祖国を元の属国に貶めていると気付かせてくれた。
だからこそ、目を瞑ってやる事しかできぬ。あの者が守る迂達赤に難が飛び火せぬよう。そしてあの者の今までの献身に値する希望を叶えるよう。

遠くまで逃げよ。医仙の手を掴み。
官軍の手も断事官の手も、あの奇轍の手も徳興君の手も届かぬようにと祈るしかない。

目を固く閉じ、眉を寄せる。
あの者を喪えば、確かに今の高麗にとって痛すぎる損失だ。まして元との全面衝突をも辞さぬと宣言した今となっては。
それでも隊長よ、自由に飛んでいくが良い。空を行くあの鳥のように。
その背がどんなに頼もしかろうと、王として立たねばならぬ。
いつまでもあの大樹の影に、隠れてばかりではいられぬのだ。

 

「何故、戻ってきた」
そのお声は、決して俺を責めてはおられぬ。
ただ色濃い自嘲の響きがあるだけだ。

「申したはずだ。手の届かぬ、声の聞こえぬ遠くまで逃げよと。
そうすればそなたにこんな情けない姿を見せずに済んだ」
「戻ってきたのではありません。
暇を取った不忠の元臣が心配の余り、お会いしに参りました」

これ程誇り高い方だ。
弱り切った今の御姿を晒すのは、死よりもお辛いだろう。
その方が床に落ちた薄絹を拾うため如きで膝をつき、戸惑うようそれを御手に握られるのを目の当たりにし、思わず御体に手を掛けお立ち頂く。

「王様、王様は床に膝をついてはなりませぬ」

あの方の言う通りだった。今、皇宮に帰らなければならない。
帰らなければ王様の御心は木端微塵になっていたことだろう。

あの方はこうして救う。
俺の心を救ってくれたように、今は王様のこの御心を。

「王様はもう諦められたのですか。 諦めたのなら、某は何も申しませぬ」
その声に王様の真暗な瞳が上がる。僅かに残っていた力を込めるよう俺を見つめ
「王妃を、取り戻せ」
ようやく絞り出したその御声に俺は立ち上がり
「受け賜りました」
そうだけお伝えし、頭を下げた。

男が心から求め愛する女人を護れない時、どれ程辛いか。
誰よりも分かっている。
必ず取り返す。
その御立場ゆえに、どれほどご自身が走りたくとも走れぬ、この目の前の御方のために。

 

間に合わなかった。
徳興君に攫われた媽媽が発見され、お部屋で拝診した時には既に媽媽は流産されていた。

起きる事には全て理由がある。
それでもいつでも、自分の力の無さに愕然とする。
頭でっかちで、近代科学に頼りっぱなしだった自分の生きる力の弱さに落胆する。
そんなんじゃ駄目。この人の足手纏いにはなりたくない。

あのメモが入ったフィルムケースを岩場で見つけた時に、いつでも揺れてた私の心ははっきりと決まった。
まるで揺れてた方位磁石の針が、ある瞬間にぴたりとその方角を定めるみたいに。

殺される?上等じゃない。殺せるもんなら殺せばいい。
私は生きる。必ず生きて、生きられる限りこの人を想う。

ねえ、私あなたを愛してる。
あなたをこんなに必要だと思う。
あなたをこんなに護りたいと思う。
だから今あなたが後ろ手で握ってくれる、この小さい手で出来る精一杯の力で、どうかそうさせて。

死ぬかもしれない。あなたの目の前で。でもその時は、あなたの腕の中で死なせて。
そしてあなたは、必ず生きて、生き抜いて。もう二度と俯いたり、逃げたりはしないで。

あなたと一緒にいて、私は最高に嬉しかった。死んだとしても、最後まで本当に幸せだった。
どうかその目で見届けて。その心で受け止めて。

私は最後の息が尽きるまであなたのものだから、もしもその瞬間を迎える時にはその声で呼んで。

イムジャ。

私はあなたのものだって、いつまでも覚えていて。けれどその後、その声で自分を縛ったりしないで。
一日一日私を忘れて行っていいから、その代わり、必ずまた幸せになって。

それだけが私の祈り。私の望み。
あなたが幸せなら、私は幸せだから。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    初めてコメントします。
    体調が万全でない中、書き続けていただいて、ありがとうございます。ひたすら、感謝です。
    信義にほれ込んだのは、恋愛話ではなく、男女問わず、誇り高き登場人物の心に惚れたからです。
    そのあたり、鮮明に描き出していただいて、いつも狂喜しております。
    甘々な二人の情景も好きですが、本来のヨンのおかれている厳しい状況のなか、護りぬくと決意した様々な人たちの話がとても好きです。
    もう、気持ちはウダルチのひとりでしょうか・・・
    今後も期待しておりますが、お体、大切に!

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    さらんさん、引き続きそれぞれの切ない心の声を届けて頂き、ありがとうございます。
    ヨンもウンスも、そして王様達も辛い時でしたね。
    ヨンを説き伏せて、急きょ宮殿に戻る決意をしたウンス、カッコよかった~❤︎
    王妃の居場所を見つけるために、我が身を投げ出して敵陣に仕掛けにいく度胸の良さ、そしてその後に腰が抜け、ヨンに抱き抱えられる…、ああ、このギャップがたまりません。
    ヨンもメロメロになるはずです。
    さらんさん、月曜日の今日は曇り空が広がっていますが、楽しいDVDなどを堪能され、ゆるりとお過ごしくださいね。
    出張で移動中の車内より(#^.^#)

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    さらん様
    今回のお話を読みながら「シンイ」を見直してみると、もっともっと主人公たちの感情がわかるようで益々面白く見れそうです。
    「シンイ」に初めてであった頃を思い出します~♪
    旦那の友達に教えてもらって見始めたのですが、現地では人気があんまりなかったらしく、期待せずに見始めたのですが、まぁ~あっという間にハマってしまい、。。
    2年くらい経っているのに飽きずに何度でも見られるという、、素敵なドラマですよね?
    第2話くらいかな?鍛冶屋みたいなところに攫われたウンスを、ヨンとテマンが探しにいってみると、誰もいなくて、(実は上に潜んでいたのですが)
    ヨンが雷光をバチっとリリースするシーンがあります。あれって、なんで?今?と思いました。
    単にイラッとしただけなら、雷光出さないだろうし、やっぱりもうあの段階からウンスが心配で堪らなかったのかしら!?!?とか思っちゃいました

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