雲従龍 風従虎 | 10(終)

 

 

「隊長!」

部屋へと戻ると扉前には、テマンたちが雁首揃え帰りを待っていた。
「大丈夫なんですか」
その声に頷くと、続いて部屋へと入った。
他の奴らが従って、共に扉を抜けて来る。
「心配かけたな」
「本当です!一人でいなくなるなんて」
トクマンがそう言って強く頷く。

「安心しろ。これから先飽きるほど俺に従うことになる。覚悟しておけ」
そう言って片頬で笑むと、テマンが黙って俺を見つめた。
「俺たちもか」
シウルが首を傾げそう問うた。
「ああ、マンボや師叔にも頼まねばならん」
「何だよ、楽しみだな」
チホが嬉し気に笑った。
「槍、教えてくれんだろうな」

槍か。俺よりもずっと適任がおったがな。
今は俺が教えるしかない。
その言葉に息を吸い、俺はトクマンに目を遣った。
「トクマニ」
「はい隊長」
「お前も、槍をやってみるか」
「・・・・・・え」

こいつの丈高さ、恵まれた体躯。
剣より弓より手縛より、槍に向いている。
呑み込みも早い奴だ。全ての武芸の基礎は教えてある。
一つに集中させればより伸びる。

「やってみる気はあるか」
お前ならば、トルベの遺志を継げるかもしれん。
奴らを喪った今、もう一度迂達赤を鍛え上げる。
お前ら全てを守れるほど強くなる。そしてお前らを強くする。

俺の声に目を開き、トクマンは俺を見つめた。

 

「お前も、槍をやってみるか」
隊長の突然の声に、俺は思わず呟いた。
「・・・・・・え」
槍。
考えたことがないわけじゃない。ただ俺には絶対に敵わない人が二人いた。
隊長はともかく、俺の理想だったあの槍の遣い手。

そうだ。
いつだって隊長の横で、隊長の鬼剣の外の敵を払い、隊長を守るために伸びていたあの槍。
あいつがいない今、俺がどうにかしなきゃならない。
できない敵わないと始める前から尻ごみしていては、あいつに怒られるに決まっている。
頭を叩かれ蹴りを食らった挙句に、だらしがないと。
お前がそんなで俺やチュソクの代わりが務まるかと、怒鳴られるに決まっている。

「やってみる気はあるか」
そう問いかける隊長をじっと見つめる。
敵わない。きっとまだまだ。それでも。
唇を引き結び、俺は隊長の声に頷いた。
「やります。やらせて下さい。教えて下さい」
その俺の声に隊長はゆっくりと、少しだけ笑った。

「まずはチホに基本を教われ。良いな」
その声に俺は横のチホを振り返る。チホがにやりと笑い
「そしたらヨンの旦那は、俺に教えてくれんだな」
そう言って、隊長をじっと見る。
「約束だぞ、絶対だぞ」

そのしつこい懇願に隊長は顎で頷いた。
「よし決まった!帰ったらさっそく始めるぞ。いや、今からでも良いや。教えてやろうか」
チホの嬉しそうな声に俺は答える。
「ふざけるな、ようやく隊長の顔が見られたんだ」
「何だよ、善は急げっていうだろ」
「今は駄目だ、隊長に皇宮の様子も報告するんだから」
「何だよ、今じゃなくてもいいだろ。それより槍を」

そう騒ぎ立てるチホを目で諌めたシウルが頷いて
「早く終わらせろよ。あんまり旦那を疲れさせんなよ。俺らは外にいるからさ」
そう言ってチホの腕を掴むと
「ほらチホ、行くぞ」
そして椅子を立ちまだ渋るチホを引き摺るように、シウルは部屋を出て行った。

 

全くこいつらといると、騒がしくてかなわん。
俺は首を振り苦笑いを浮かべた。
「隊長」
珍しく黙りこくっていたテマンが口を開いた。
「何かするんですか」

真直ぐに此方を見つめ尋ねる真剣な声。
ああそうだ、こいつはいつもこういう奴だ。
こちらの眸を読み、気配を読む。
「・・・何故そう思う」
そう尋ね返すと
「え」
テマンはその問いに言葉を詰まらせる。

こいつは何も考えたりせん。
ただ俺を見、気配を察し、思ったままを口にする。
その目の確かさを信頼している。
こいつの読みが外れることはない。
俺の一の声を聞き、十を知れるとすればこいつだ。
俺の兵、俺が初めて一から鍛えた奴だ。
但しこれからはその一歩先を行ってもらう。
考え、先を読む力がつけば、こいつはより伸びる。

「何をすると思う」
「え、えと」
テマンはその問いに目を泳がせながら口籠った。
「考えてみろ、分かった時に答えろ」
俺のその声にこいつは不思議そうに首を傾げた。

 

「何をすると思う」
何で隊長は、急にそんな事を聞くんだろう。
「え、えと」
そう訊かれて言葉で返すのは難しい。

隊長が何か考えてるように見えた。何かするように思った。
そう思ったから、口にした。だけど。
「考えてみろ、分かった時に答えろ」
考えろ。考えろと隊長は言った。何故そう思ったんだ。考えろ。

俺は目の前の隊長をじっと見つめる。
いつもと違う。医仙がいなくなる前と。
何が違うんだ。医仙がいなくなっただけじゃない。
何かしようとしてる。でも一人で動きそうはない。
一人で動くなら、隊長はこんな風に言わない。
黙って誰にも何も気取らせずに消えるはずだ。

隊長が一人で動かないとすれば。みんなで動くとすれば。
それは王様を守る時か、戦の時くらいだ。
でも王様を守るなら、今は皇宮に副隊長がいる。
早馬で副隊長に伝えるだろう。
ここでわざわざ俺にこんな風に聞かないはずだ。

考えろ。考えろと隊長は言った。わざわざここで俺にそう聞くなら。
「・・・戦」
思わず洩れた声に、隊長の目がほんの少し緩んだ。

 

あの頃。
死ぬ日を待っていた時の俺は、全てが面倒だった。
俺が去った後に残される奴らを考えれば、関わらぬに限る。
俺がおらずとも全て回るようにするには、放っておく事だ。

奴らでうまく回して行けば良い。それまで死なぬ程度に鍛える。
ただそう考えていた。残される辛さは知っていた。

そんな俺に懐き、この俺に従き、命まで捨てた馬鹿がいる。
そして今の俺には、絶対に死ねぬ理由がある。
重くなったこの剣で必ず守りたいものがある。
国が、王様が、兵が、民が、誰よりあの方が。

もう放っておく事など出来ん。俺の全力を傾け、教え込む。
あの頃の師父が、隊長が、俺に多くを残してくれたように。
今も俺の中でそれが脈々と生き続けているように。

隊長は最後に、間違ったと分かった。
その命を持って答えるべき問いなどこの世にはない。
俺は最後に、答えを避けぬと決めた。
答えたならば生きて、出した答の責任を取るべきだ。

もう二度と誰も死なせない。
あんな風に泣く事すら赦されず、悔いたくはない。
あんな風に微笑みながら逝くのは、奴らが最後だ。
奴らの想いを俺は忘れない。

そして何度も俺を救い続ける、あの方を忘れない。
あの方は、必ず戻ってくる。
此処で待ってさえいればいつかあの笑みを浮かべ。
あの髪を揺らし、あの瞳で見つめ、あの声で俺をもう一度呼ぶだろう。

その時は、必ず其処にいなければならん。
そうでなければ、あの方は彷徨い続ける。
あの涙を零しながら。そこにいると訊きながら。

二度と地に転がったまま、その背を見送るような無様な真似はしない。
二度と剣すら握れずに、誰かに連れ去られるような目には遭わせない。
戻れば二度と此処から逃がさない。この命を懸け最後まで護り続ける。

今はどれだけ離れても、その姿を見失っても、終わりではない。
俺たちは必ずまた巡り逢う。
枕元、窓越しの光に輝くこの天界の薬瓶が、俺の手に戻ったように。

胸を掴まれるほどに、愛おしいあの声で。
心に沁みる、あの優しい笑みを浮かべて。
先を見通す不思議な、懐かしいあの瞳で。
光に透ける、あの赤い髪を風に遊ばせて。

あの方なら、必ずこう言うはずだ。

大丈夫、遅すぎることなんてない。これが始まりよ。

 

 

【 雲従龍 風従虎 ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

【 雲従龍 風従虎 】 終了です。
ヨンで頂き、ありがとうございました。

私事が多くあった4月、皆さまにはご心配をおかけしました。
詳細はこの後【 皆さまへ 】にて❤

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7 件のコメント

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    さらんさん、心に染み入るシリーズをありがとうございます。
    一行ごとに、心の声一つひとつに、ため息が出るほど心酔しながら、拝読しました。
    必ず戻る…と信じているからこそ、自分一人ではなく、仲間達と一緒に戦い、生き抜くことを決めたのですね。
    ヨンはもちろん、それぞれが大きな成長を遂げていて、感動しました。
    さらんさん、入院中にも関わらず、素敵な時間をプレゼントして頂き、本当にありがとうございます。

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    お疲れ様でした
    体調すぐれぬ中 
    大作 ありがとうございました。
    ウンスが姿を消した後
    再び会うまで…
    それぞれ 心に秘めた思いをぎゅ~って
    握りしめて
    前を向いて 頑張ろうって!
    感じました。 
    涙が…
    感動です~。 

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    さらんさんこんにちは。
    体調はいかがですか?
    退院できましたか?
    入院中もお話を書き続けて
    ほんとに頭が下がります( ´_ゝ`)
    無理はしないでほしいの一言ですが…
    うらはらに
    お話更新はやはり嬉しい( 〃▽〃)
    今回のお話はウンスが消えた後の
    ヨンsideのお話
    道師までとびたし
    とっても楽しかったです。
    あとトルベの思い
    トルベがいなくも思いだけでの登場でも
    トルベファンとしては
    とても嬉しいです。(*^^*)
    素敵なお話ありがとうございました(^-^)

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    皆がひとまわりも、ふたまわりも
    大きくなっていくんだよね?(^O^)
    トクマニよテマンよ考えろ考えて考えて
    そしてヨンアを守って!!
    守るべきものを見つけることって
    優しいようで難しい。
    それを見つけ見極めたヨンアは
    最強かも・・・・(b^-゜)

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    あの別れから明日に向かい強い意志と愛をたたえながら新たな一歩を踏み出すまでのヨンの辿った心の軌跡。
    ヨンを思う人々の優しさ、ヨンへの信頼。
    どれもが、しみじみと心に染み入ってきました。
    こんな人と人との関係の中で生きていけたらと、自分の今を重ねてみました。
    相手を思いやる気持ちをあらためて大切にしたいと思わされました。縁あって出会った人達の声を聴くことを大事にしなければとも。
    さらんさん、ありがとうございました。

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    なかなか来ることが出来ず久し振りに
    伺いました。
    その間、さらんさんお体大変だったとは
    びっくりです。
    ムリをしないで下さいね
    !(^^)!!(^^)!
    今回のその後のお話ステキでした。
    その後のヨンだけではなく、ウダルチ一人一人
    そしてチョナまでの気持ち、行動が「シンイ」らしく表れていたと思います。
    ちょっと道士が出てきたり、薬瓶以外は新鮮なストーリーがとても良かったです。
    ウダルチがヨンを医仙を凄く大事に思っている事。
    ヨンが兵、民、チャナ、医仙を思っている事、
    大好きなシウルの活躍。三 (/ ^^)/
    テマンの忠誠心。
    チュソクは素晴らしく、気が利く相棒だった事。
    (間に悪い副隊長ではなかったですね。)
    逝ってしまったトルべ達の思い。
    トクマンの男ぷっり、武士っぷり感激(☆。☆)
    沢山沢山詰まったお話ありがとうございます。
    さらんさん本当に体を大事にして下さい。
    ムリは禁物です。

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    >じゅりママさん
    こんにちは。コメありがとうございます❤
    遅いコメ返、申し訳ありません・°・(ノД`)・°・
    これは、リハビリ代わりに書いたなあ~と
    懐かしく読み返しました。
    もうあまりに書きまくり、自分の書いたものにもかかわらず
    一歩引いて読んでしまうと言うか、完全に読み手さま目線ですw
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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