偽嫁御 | 13

 

 

遣いに案内され皇宮外門まで出れば、大門の護りの禁軍が此方に敬礼する。
「大護軍」
「出る」

外門の脇。
別の遣いに脇を守られ、停まった馬車が目に入る。
牽いた馬に飛び乗り、馬車の御者台に座った遣いに
「何処まで参る」

そう問えば遣いの返答の前に、馬車の格子窓が静かに上がる。
「近くです」

チェ・ヨンが役目中に外出した。昼日中、女の乗った馬車と共に。
その噂はすぐに広まろう。仕方なしと肚を決める。

叔母上。
胸裡で呼び、出てきたばかりの皇宮を振り返る。
叔母上の言うた通りだ、相手は本気らしい。
確かに少しばかり長くなるかもしれん。

動きだした馬車の横、鞍上で息を吐く。
跨る愛馬チュホンの耳がひくりと動く。
案ずるな、お前に腹を立てているわけではない。
手綱から片手を離し、その首筋を撫でてやる。

皇宮城下の大路を折れて暫し道なりに進む。
一件の大きな邸宅前。馬車はその壮大な造りの門に吸い込まれる。

黒松の門柱は大の男が三人でも抱え込めるかどうかの太さ。
馬車の後ろ、チュホンを常歩で進め入り込んだ庭を見渡す。

大層広い屋敷だ。
雪の積もった煉瓦道、その先の母家が未だ見えぬほど広い。

玄関前、馬車が車輪を軋ませて停まる。
遣いが御者台より飛び降り、馬車の戸を開ける。

その手に導かれ、相変わらず赤い唐衣を纏う御息女が馬車より降りた。
そして未だ馬上の俺を下から見上げて言う。
「突然ご無理を申し上げました。おいで頂き、ありがとうございます」
その声を聞きながら無言で鞍を下りる。

「お見せしたき場所です」
そう言って御息女が先に立ち、広大な庭へと足を向ける。

森か林かと見紛うほどの庭園。
朱塗りの橋を掛けた池。
その赤い欄干には白雪が、手摺の幅分こんもりと盛り上がっている。

御息女はその広大な庭をゆっくりと、母家らしき建物の回廊に添って歩く。

「ここに薔薇を植えましょう」
ふと立ち止まり、御息女は雪の地面を指した。
「そしてあちらには牡丹を」
そのまま指を上げ、彼方を差す。

「庭中に、花を植えましょう」

好きに植えれば良い。
無言のまま朱塗りの橋を眺める。

「室内をお見せいたします」
そう言い先に歩き始める御息女につき、歩を進める。
母家の玄関を入り、回廊を渡り、居間と思わしき部屋へ通される。

その調度。室内の装飾。
壁面に鮮やかに描かれた鴛鴦、そして吉祥雲。
隅々まで唐風の室内は、畏れ多くも小さな皇宮の如き豪奢さだ。

「ここに住まいましょう、共に」
それには答えず、室内を見渡す。

おかしい。何故だ。

此方との縁談を企てていたとて、この豪奢な建物、一朝一夕に建つ訳がない。
どれほどの間、暗に企てていたのか。
いや。
これほどの邸を、成せるかどうか判らぬ俺との縁談の為にわざわざ建てようはずがない。
此方の去就次第では、金を打ち捨てる事になる。
あの大監がそんな無謀をする筈がない。

引掛かる。何かが胸に。

「御子を成します。チェ家の跡取りを」
俺はその言葉に噴き出した。もう我慢ならぬ。
「ヘジョン殿」
初めて発したその声に、御息女が此方を向き直る。

「はい」
「お好きにされよ」
「・・・それは、どういう」
「住まいたければどうぞお好きに。
草花を植えたくばどうぞお好きに。
御子を成したくばどうぞお好きに。
某には、一切関わりはない」

真直ぐにその目を見、俺は言い放つ。

「某は此処には絶対に渡らぬゆえ。
薔薇でも牡丹でも、お好きなだけ植えられよ。
他の方との御子を、お好きなだけ成されよ。
貴女が何処の男と媾合おうが全く気にならぬ。
某が後継ぎを授かるとすれば、その母はこの世にただ一人。
天と地が返ろうとこの理は変わらぬ。
ここまでお伝えせねば、判りませぬか」

俺の言葉に、御息女が首を振る。

「貴方様こそお分かりにならぬご様子。私どもの縁談は、もう進んでおります。
父が本気になれば止めることは容易ならず。まして父は貴方様を本気で気に入っております」

その言葉に片頬で笑う。
「ヘジョン殿は止められぬかもしれぬ。
しかし生憎大監は、某には何の関わりもなき方ゆえ。
どうぞお好きなようにされれば良い」
「お役目を失うてもですか」

ああ、知らぬというのは時には幸せなことだ。
やはり大監は此方の事をそれほど長くは知らぬ。
少なくとも調べておらぬ。

「ヘジョン殿はご存じないようだ。
某が四年前までどれほど役目を退きたかったか。
どれほど王様にお願いし、御許しを乞うたか。
某を調べるならば、そこからお調べください。
さすれば某が今共にいる女人は妾などではないと、嫌でもお判りになる。
某がどれほど慕う御方か、よくよくお調べください」

言うだけ言い、居間を抜けようと歩きだした背後から
「貴方様も、ご存じない」

御息女の声の響きに、ふと足を止める。
「慕う方と離れるのが、何だというのです。
貴方様はそこへ戻る事ができる。二度と会うなとなど申しておりません」

俺は扉横で、その姿へと振り向いた。

「正妻より劣る愛妾が、御子を成しどうすると言うのです。余計な騒動を起こすだけでしょう。
御子を成して許されるのは、より優れた立場の者のみ。そんなことすら知らぬなど、おっしゃらないで下さい。
正妻にも愛妾にも、それぞれの分がございます。
愛妾の分に我慢ならぬなら去れば良い。どれほど慕わしくとも、去れば良いのです」

 

そう。去れば良いのだ、例え心が引き裂かれようと。
死ぬまでその面影しか追えぬと、分かっていようと。

一息にそう言い、私は息をつき、壁に目を当てる。

鮮やかな鴛鴦。どれほどの願いを込め、この壁の鴛鴦を見つめたか。
どれほど泣いたか。幾昼も幾晩も、叫ぶ声が掠れ、流れる涙が枯れるまで。

チェ・ヨン様、貴方も学べば良いのです。
心を殺し、流れに身を任せる、その手管。
より優れた者が現れた時、そこへ鞍替えし、後に残るものを捨て去る手捌きを。

 

 

 

 

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25 件のコメント

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    あ~ ヽ(`Д´)ノ イラつく!
    ヨンが中ギレで ああまで言っても
    内容を理解してないのね・・・
    っていうか へジョン・・・
    好きな人と添い遂げられなかった 
    ってことかしら? もちろん親父のせいで・・・ 
    勝手な想像。 あまりいえなーい。
    さらんさん ヨン 言い足りない。
    まだ言ってよし。
    でも・・・中ギレだからな~
    大ギレ? 激ギレ?になったら
    もはや 言葉はなしかな。
    いや~ん 楽しみ ワクワク。

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    ヨンの事をよく調べもせず、屋敷を用意していたと(・・? そして、へジョンには、涙する人がいたの?政に娘を利用する時代。権力を必要とし、欲にまみれた人間ならば、喜ぶ話だけど、ヨンにそれをいっちゃあ、お終いです。冷たいヨンも好きなので、脳内妄想が、うふふな状態です。

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    へジョンの過去には何かありそうですね。
    でも今の彼女、考え方が怖すぎます。
    それにしても、ヨンを自分のものにするという自信は鬼気迫るものがありますよね。
    これに押されるヨンではない事は重々承知しておりますが、この揉め事でウンスが陰で涙を流さないといいなと心配です。

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    愛おしい方がいた。。いや、まだ忘れられずに。。
    この際、このお嬢様の恋も成就させてしまってあげたら?
    一本気のヨンなら正面突破で可能かも。。などと勝手に妄想してしまいました。
    読み違いがあるかもしれませんが、読者にいろいろ想像の余地を与えるのは、さらんさんのたくさんある魅力の一つだと思っている愛読者です。次の回がとにかく楽しみです‼︎

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    ポチぼたんが二つになりましたが 両方押せばいいのですか?本編に関係なくてすみません…気になったもので…
    中ギレ ヨン…こんなやり方 一番嫌いな方法ではないですか?
    仕事場までやってきて…何 考えているのか
    本ギレ?は どの辺りで?楽しみです…笑

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    さらん様、こんばんは❤︎
    キレてますね。ヨンが…。
    跡継ぎの母親になるものあらば、ただ1人ですか。
    気持ちイイこと\(//∇//)\
    ヨンにとって、ウンスはそういう存在。
    唯一無二の相手です。
    握り潰したいくらい強く抱き締めたく、どうあっても、その姿を目で追うのを止めることのかなわぬ女。
    ヘジョンが、誰を相手に御子を成そうと、いっこうに構わぬ、貴女など眼中に無い…。
    そんな風に冷たく突き放されたのに、傷付いてもいないのか?
    ヨンがウンスに寄せる類の愛情を信じる事が出来ない女なのか?
    オン大監とヘジョンは、この先もヨンに付き纏うのでしょう。
    叔母様、早く出て来て下さいませ❤︎

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    これってもしかして、、、もしかして、、、タイトルが偽嫁御からして婚儀らしきものをする???
    それが一世一代の大博打ってこと?かしら?
    ああ~~そうだとしたらウンスやあ~、どうする?また二人の間に隙間風が<<<<まさかね?今日はやたらと????が多かった様な、、その位動揺しております。
    さらんさん大丈夫ですよね?

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    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    そうですね、まだまだ中ギレにてぐっと堪えるヨン。
    しかし、大人になったヨンは、この後大ギレではなく、
    大人の一手を考えるようです・・・ww
    只今、こそりと打ち合わせ中( ´艸`)
    それでも聞かねば、大ギレでしょう(;´▽`A“

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    立派な屋敷なんて、チェヨンくんの事なんにも知りませんね。
    しっかし、チェヨンくんにはっきりすっぱり言われたのに、この娘ったらなんにもわかってません。自分の過去に復讐でもしてるつもりでしょうか?
    チェヨンくん、同情しちゃダメですよ。

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    >チェヨン1さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    まさにおっしゃる通り、類は友を呼ぶ、
    この手の人間の周りにいた人間たちもやはり
    こうした者共だったのでしょう・・・
    朱に交われば赤くなるの例え通り、真っ白なヨンとしては
    同じく真っ白のウンスしか見えていないので、
    まあ大博打に打って出られるわけですが・・・。
    書いててもドキドキです(;´▽`A“

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    >ままちゃんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    屈折者の姫さん、最後にはヨンに一喝され
    少しは改めれば良いのですが・・・(;´▽`A“
    こうした価値観は一朝一夕に出来上がるものではないので
    かなり難しいやも知れませぬ。
    影で涙を流したら、嗅覚の利くヨンがすぐに駆け寄り
    腕の中で慰めますので、きっと大丈夫、なはずです(〃∇〃)

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    >my starさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    最初はそれも考えました。
    しかし、さすがのヨンにも限度がございます・・・
    護る人間を周囲に置き、どうでも良いものまで構うほど
    心身のゆとりはないようです(;´▽`A“
    想像の余地、それは嬉しや!
    次の回まで、目一杯妄想をして頂ければ
    これ程書き手冥利に尽きることはございませぬ❤

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    >ゆきんこさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    実は今まで、自作をメインにした
    イメージぽち画だけ置いていましたが、
    コメにて「どこをポチすればいいか分からない」と、
    お言葉を頂きまして(;´▽`A“
    そうかーと、シンプルぽちぼたんも❤
    何方をポチっとして頂いても、恐らく変わらないと思います。
    設置しておきながら、良く判っておらぬ
    無責任な私・・・申し訳ございません・・・
    ふふふ、もうこういう方型は、自分を中心に世界が回っているため
    周囲が何を言おうと無駄でしょうし、
    また周囲にもそれを言えるほど、覇気のあるものはいないかと・・・
    むしろ遣いの男が、一番いいキャラやもしれません(;^_^A

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    >夢夢さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    此度は叔母上無しで、ヨンの綱渡りです。
    まあウンスが絡むといろいろやはり暴走はとめどなく・・・
    コモも真実をお知りになれば、腰を抜かすやも。
    しかし段々と策士になりつつある大護軍、
    今はその練習台ということでしょうか。
    踏み台にして、大きくなって頂きたいものです。

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    >nonさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    おお、素晴らしき読みでございます!
    しかし二人の間に隙間風は、吹きませぬ(●´ω`●)ゞ
    大博打については、ヨンの口より次回衝撃発言がww
    は~楽しみです❤

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    >ポチッとなさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    ヨンには、嫌悪はあっても同情はないです。
    テヒとの一番の差は、メヒが間にいたかいないか。
    もしもテヒが単なる市井の行き摺りの女人であれば、
    こうした扱いになった事、間違いなしですw
    そして姫さんは、ヨンの心情など想像もつかぬため
    分かるも判らぬも、自分が何を知らぬのかすら
    分かっておらぬ人でしょう・・・哀れとも思えますが。

  • SECRET: 0
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    >さらんさん
    なるほど・・・
    大人だヨン・・・と言うことで。
    あ~ その打ち合わせを
    障子の穴からのぞきたい。(-。-;)
    しかし話しても 伝わらない相手は・・・
    キツイね~ 
    そうね ヘジョン! ヨンのこと見縊り過ぎ。
    あなたこそ ヨンのこと何も知らないくせに・・・
    (→o←)ゞいけない かわいそうな娘だった。
    う~ 続きが楽しみ!

  • SECRET: 0
    PASS:
    黄金、石の如し!
    アボジの言葉、姫様は知らないのでしょうね。
    早く、ウンスと婚儀をと思ってしまいました。
    さらんさん、今後も楽しみにしてます。

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    PASS:
    切れても良いんじゃな~い!父親の方にとなんに考えもなく思いましたσ(^_^;)
    この娘さんもどうやら親によって暗い過去がおありのようですね。
    でも同情できないけど。自分も落ちたから貴方も!っていうのがどうしても嫌かも。
    流されるのは一番こじれないけど動いてこそ自分の道にたどり着けるってことをヨンが教えてあげられるといいですね~φ(´ε`●)
    また覗きに来ます|д゚)ジー

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    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    もう、どえらい会議ですw
    頑張ってほしいですが、ヨン頭使い過ぎで
    オーバーヒートするのでは・・・
    これが終われば、またいろいろ考えつつ。
    今日、相続者たちのDVDの日本語版が届き
    一気呵成にそちらへ行きそうで、怖さも(゚ー゚;
    週末は夜遊び予定なのに、また引き篭もったらどうしようです(゚_゚i)

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    >nao_moさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    オンニとの婚儀、早く書いてあげたいですが。
    その前に、ヨンもあれこれお役目続き。
    まずは、クリスマスに向け、ページ改造やら
    いろいろ、考えております❤
    よろしければ また覗いてみて下さい♪

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    >ののさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    切れます、ヨンが、大監にw
    ですが、その切れ方がヽ((◎д◎ ))ゝ
    アワワワ、です。
    しかしヨンにとり、それ以外の次善の策なく、
    これしかないとの決断。
    吉と出るか凶と出るか、もうしばしお付き合い頂けると
    とても嬉しいです(*v.v)。

  • SECRET: 0
    PASS:
    >さらんさん
    大護軍とポッポ隊長からの命令です
    取り合えず 
    夜遊びしましょうか。
    夜警と言うことで・・・ な~んてね。
    それから 篭りましょうか・・・
    (`∀´)

  • SECRET: 0
    PASS:
    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    ヨンの偽婚約式に、どえらい反響。
    どれほど私に信頼がないか、良く判りました(爆
    こいつなら・・・やる!と、思われている様子(T▽T;)
    ぽっぽの巻紙伝言、頂きました。
    夜遊び後二日酔いの頭を抱えつつ。今宵も、参りますw

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    PASS:
    さらんさん、こんばんは。
    このお話もとっても面白いです!
    私のイメージのへジョンは「夜を歩くソンビ」に出ていた
    キム・ソウンさんです(^ ^)ワクワクしながら読んでいます!

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