偽嫁御 | 4

 

 

「医仙!チェ尚宮殿も、どうしたんですか」

迂達赤兵舎近くまで寄ると、兵舎の門横の樹上から声が降って来る。
叔母様はそこを見上げて問いかけた。

「ヨンアはおるか」
「え、い今は兵舎で軍議中です」
「何の」
「あ、の」

枝から飛び降りてきたテマンは私に一瞬目を走らせると、小声で叔母様の耳に何か囁いた。

「・・・紅巾か。元め、全く何から何までこちらの邪魔をしくさる」

叔母様は吐き捨てると、
「とにかくこのままでは風邪を引く。兵舎の中で待つ、良いな。
軍議が終わり次第、すぐに奴を呼べ」

それだけテマンに言い、私を連れて兵舎の中へどんどん進んで行く。

懐かしい兵舎の吹抜けを上がり、もっと懐かしいあの人の部屋に入る。
私はそこにあった火鉢に当たりながら暖を取った。

叔母様は難しい顔で三和土に腰掛け、体を揺らしながら顎に手を当てている。

「あの、叔母様?」
「はい、医仙」
「あの人に、縁談って…」
「単なる嫌な勘ならいいのですが」
叔母様はそう言って、腕を組む。

「チェ家の血筋について、先程キム御医より少し話があったとか」
その問いに、私は正直に頷いた。

「ええ、知らなかったから驚きましたけど。
そう考えると、端渓、じゃないけど有名な硯を使ったり、大臣からお呼びがかかるのも。
あながち間違いじゃないんだな、と」
「医仙、硯だ何だは良いのです。いずれにせよあのヨンアに、価値が分かるとは思えず。
どうせ墨の色が好みだくらいの理由で、あ奴の父の形見を使うておるのみ」

ああ、その方がよっぽどあの人らしいわ。私はそう思いついて吹き出した。

「目下火急の問題は、枢密院使宰枢の家系が元とつながっておることです。
そしてチェ家が元々、武官ではなく文官の出自である事。
ああ、もうこれはあ奴が来てから話しますが」

叔母様は私の目をぐっと見つめて、 肩を近づけた。
「医仙、迷いはありませんね」
「迷、い、ですか?」
「そうです。あ奴とのこれから、 迷いはありませんね」
「ありません、もちろんないです!」

叔母様の突然の問いかけに私は慌ててぶんぶんと首を振った。あるわけないわ、当然じゃない。
一緒にいたいから帰って来て、 無理して倒れて、やっと仲直りして これからずっと、って思えた時なのに。

「分かりました」
叔母様がそう頷いた時、下の階で扉が開く音がした。
続いて人が大勢動く気配が。

そして続いて、階段を駆け上がって来る足音が。

やだ、すごく急いでるでしょ。

そう思った瞬間に、部屋の扉が大きく開く。
「二人一緒に、突然どうした」
あの人がそう言って扉から大股で、まっすぐ室内に入って来る。

その後ろからテマン、チュンソク隊長とトクマン君が。

「尚宮殿、医仙」
チュンソク隊長が頭を下げる。
「おお隊長、久々よの。丁度良かった、お主達にも話がある」
叔母様はそう言って、真っ直ぐな背を更に真っ直ぐに伸ばした。
「我々にも、ですか」
チュンソク隊長が腑に落ちない顔で訊くのを無視して、
「ヨンア」
叔母様があの人に呼びかけた。
「なんだ」
「お主明日、枢密院使宰枢のご自宅に招きを受けたとの話、まことか」
「ああ」
「何故昨日の内に言わぬ」
「相手の肚が読めぬうちに何を言えば良い」
「お主、知っておるか」
「何を」
「枢密院使宰枢の御息女の事」
「御息女」
「あ、俺、知ってます!」

 

突然話に加わったトクマンに、俺たちの目は釘づけになった。

「そうなのか」
「知らないのは大護軍くらいですよ」
トクマンは得意げに胸を張り断言した。

「開京の男で知らぬ者はいません。当代一の美姫ですよ。
スゲチマの隙間から目が合うだけで、男は皆気絶します」

「・・・トクマニ!」
俺の横の隊長が慌てたよう俺の口を塞ぎに来るが、それをチェ尚宮様に目で制される。
それを幸いに俺は話を続けた。
「その目は絵師の上手が、刷毛で一息に刷いたような眦で、
その中に、完璧な丸さの黒真珠を二珠嵌めこんだような瞳。
それを縁どる睫毛は、瞬きのたび小さな風が起きる豊かさ、
濡羽色の髪は後光が射すほどで、撫子色の頬に、珊瑚色の唇。
桜貝の爪だとそれはもう」
「知っていたか、ヨンア」
「いや」

即答する大護軍を眺めた後、続いてチェ尚宮様は隊長に目を移す。
「隊長は知っていたか」
「伺ったことは確かにあります。その美しさ、薔薇の如くと」
チェ尚宮様に頷いて返答する隊長。

「ほら大護軍、この堅物の隊長ですら知ってるんです。
それくらい有名なんですって。
薔薇、芍薬、牡丹、いずれもその前では色褪せるほどの美貌だそうです。
ぜひ本物にお会いしてみたい。大護軍、明日伺ったら、一目拝んできて下さい」
俺は付け加える。

 

その瞬間、俺はトクマンの能天気な頭を張り倒した。
此方は今大監の肚を読むのに一杯だ。
大監の娘が、此度の話に一体どう絡んでいる。

突如迂達赤兵舎で始まった美女談義。
辛抱し話の接ぎ穂を待ったが、つまらぬ話は終わりそうもない。

「それで何なんだ」
苛ついた俺の問いを受け、叔母上が息を吸い、一言で放った。

「恐らく明日、その噂のご息女をお前の嫁御にと、枢密院使宰枢より話が持ちかけられる」

「「「「 は 」」」」

俺とテマン、チュンソクとトクマン。
四つの声がそれぞれの高さで室内に響き渡った。

 

 

 

 

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23 件のコメント

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    いいですけど・・・・
    いいですけど・・・・
    おてやわらかにお願いします!
    もうすでに、胸が傷んでいます。
    m(。≧Д≦。)m

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    このお話面白い(灬ºωº灬)
    きっと、全く心動かされないヨンでしょうが…
    テーマとどのように絡みつくのか?
    あ~なるほどまでは暫し時間が?
    それとも私だけσ( ̄∇ ̄;)?
    ウンスが弱気になりそうな予感…

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    いや~ ドキドキしてきました。
    軍議の次は
    こっちの作戦会議!!
    ウンスの気持ちが揺れてないので
    安心ね。
    さすがに 二人でひと山越えたばかりだから
    ヨンしっかり~! ウンスを守ってね。
    続きが 楽しみです。

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    折角・上手くいってたのに、、、、ウンス大丈夫ですか?ヨンの事信じてはいるものの、時代が時代だけに心配です。二人の事しか頭にないです。どうかこのまま二人の幸せ守ってやってください。お願いします。
    また、一から読んで祈ります。

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    つまり当代一の美女ってことですか。
    ほー、これはこれは。
    そして家柄も良く、父親の役職も高い。
    と、くれば、高麗の貴族社会の中で、婿は選び放題でしょう。
    その中から、チェヨンくんを選んだのですか。当然、医仙のことも承知している。
    これはチェヨンくんと言ども、思案のしどころではないでしょうか?
    別の意味で、ウンスちゃん危うし!

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    >モモさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    あああ、申し訳ありませぬ。
    しかし大丈夫です。ウンスも、すぐにまた元気。
    少なくとも、ヨンを完全に信じているので
    悲しくても、問題はなく。それは、辛いでしょうが
    でも慶昌君媽媽にも笑ったウンスですから。
    笑っていれば、大丈夫なのですp(^-^)q

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    >よっしーさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    そうですね、ヨンにはただの女人です。
    普通に、性別欄:女に、○をつける程度です(爆
    しかし周囲、そして当の絶世の美女、おまけに
    皇室の血を引く、世が世なら、国が国ならお姫様。
    どれほどの策が出てくるか・・・(;´▽`A“
    よろしければ また覗いてみて下さい♪

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    さらんさん、ますます面白くなってきました。ウンスの気持ちは、どんなでしょうか
    あの時はヨンへの愛を貫き残る道を選択できたけれど。今度は、国レベルの婚儀という話し。側室なんて 絶対嫌ですからね!
    何とかいい知恵出してください。知恵者が揃っているんですから。お願いしますよ‼︎

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    >ルカさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    面白いと言って頂ければ嬉しいです♪
    いえ、もうここで「成程」と言われたらお話、完全失敗作です(爆)
    まだ暫し、え、え、えええ??と思って頂ければ( ´艸`)

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    >くるくるしなもんさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    それはもうもちろん、ヨン決死の覚悟で
    (この漢はウンス絡みはいつも決死ですがw)
    またしても護り、戦い、片頬で笑う予定です。
    そして最後は、バックハグ(またしても!)かも・・・

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    >mayuさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    うーむ、心臓は大切ですよね(;´▽`A“
    万一長くなる場合は、ご自身のご判断にて
    何卒お願いいたしますm(_ _ )m

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    >ポチッとなさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    そう思って頂きたかったので、まずは父親の官職でガツン
    そして次は本人の美貌でガツン、と
    二発、早々にパンチを繰り出し、昨日はえらいUPになりました
    (まあ、何と我儘な書き手!呆れます、己で)
    そして、愛するウンスV.S.すべて理解している相手。
    おまけにその相手は、王様も迂闊に手出しできぬ高官。
    さあ、どうなりますか・・・っっ( ´艸`)

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    >my starさん
    こんにちは❤コメありがとうございます
    もうもう、おっしゃる通りです。
    ウンスオンニには、そもそも側室など
    単なる愛人としか、考えられぬはず。
    自分が愛人になるのも、ヨンが愛人を持つのも
    あの性格では、絶対に許せぬはず。
    そしてあのヨン。政を疎み、ただひたすら忠義と愛を信じ、
    正面突破しか頭にない男でございます。
    国の事、そして心持ち、この後あの声にて
    ヨン、ガッツリ語ります( ´艸`)

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    でもありそう~!
    色仕掛け、ヨンに効くかな…
    あ、でも、なんか媚薬なんか使われて既成事実など造られると面倒くさい…(><;)
    チェ尚宮じゃないけど、なんだか、焦ってしまいます~!
    また覗きにまいります~!
    子供の腹風邪貰ったらしく、なかなか治りません…ゆっくり読みに来ています(TωT)
    あー、明日には治って欲しい…

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    縁談の話に驚くのはヨンばかり。ウンスしか見えていませんものね~。よそ様の美貌の話なんか耳に入るわけないか・・・。
    ヨンとウンスはもう堅い絆で結ばれているから、大丈夫とは思いますが、何せ、忠義と体面を重んじるこの時代。ヨンがどんな風に打破していくのかが、楽しみです。
    (ウンスの前ではヨンの体面はもうありませんよね❤)

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    外出してたので、やっと読めました。外出先で禁断症状でそうなくらい、頭の中は「早く帰って読みたい」ばっかりでしたよ(笑) どれだけ美人だろうが、どれだけ身分が高かろうが、ヨンには関係ないのですが。相手の事を考えると、断るのが大変そうですね。続きが楽しみ、長くなっても大丈夫です!

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    >ののさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    さすがにウンス絡みでは毒入りかもしれぬ
    盃を飲み干すヨンですが@本編w
    一人の時は、飲食しないですね、ましてや
    これ程謀られていそうな家で出されれば。
    それ以上に、とっとと家を出ます( ´艸`)
    なんと、またもののさまへ・・(´□`。)
    無理はなさらず、お体には十分ご自愛くださいね❤

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    >ままちゃんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    そうですね、まさにそこです。
    忠とは、義とは、体面とは。
    書きながらも、なんだかワクワクですがw
    しかしヨンにしてみれば、今は生きた心地がしません。
    打破するには正面突破のみでは駄目、
    まして護るべきウンスのいる今のヨンです。
    ここで策士として、少しばかりお勉強w
    体面を重んじ、上官の顔を立て娘を娶る?
    それとも正面突破で、相手の体面を潰す?
    さあ、どうなりますか・・・( ´艸`)

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    >チェヨン1さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    おおお、お外でも気にして頂けるとは・・・
    恥ずかし嬉しです(●´ω`●)ゞ
    これからの事を考え、脳細胞、フル活動中です。
    この回転が他の場面に活かせれば、どれだけ生きるのが楽か(爆
    長くてもOKと言って頂けると、励みになります(*v.v)。
    頑張っていろいろシュミレート中です・・・♪

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらん様、おはようございます❤
    えっ!! キム侍医も安心出来ないの?
    私の妄想など吹き飛ばすように、さらん様には簡単に裏をかかれてしまいますね(*^_^*)
    さすがです。
    常人の考える以上のストーリーに裏切られる事は、小気味良く、ワクワクしますよ❤
    もともと私の妄想は安易なものですので、当たり前ですが...(#^.^#)
    四人の声のトーンが違う、
    「「「「 は 」」」」 は、笑っちゃいました❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    >夢夢さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    キム御医は、ですね・・・この後、チェ尚宮コモが
    その怪しさに、少しだけ触れて
    実際の肚が読めるのは、紅蓮後半戦なのですが。
    いやしかし、それUPした下書一時保存データ全部すっ飛び、
    何が何やらアワワワワヽ((◎д◎ ))ゝです

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