偽嫁御 ｜ 12

面倒な対面は終えた。
来るならば正面より来いと釘も刺した。

あれから数日。
やって来ないところを見れば諦めたか。
静かな刻を過ごしつつ、俺は息をつく。

宅に戻れば、あの方もようやく落ち着いたか。
いつもの明るい笑顔で迎えてくれる。
もうそれ以上に望むことなどない。

駆引きには潮時がある。このまま引くのが最良だ。
さすれば此方も事は荒立てぬ。
宅も兵舎にも大監側の人間が近付くような気配がない事に、確かに油断していた。

その日、俺とチュンソクは共に兵舎にいた。
降雪で思う様に進まぬ迂達赤の鍛錬をどうにかすべしと、共に日程を協議して。

春には大きな動きがあるはず。刻は幾らあっても足りん。
兵舎の執務室にてチュンソクと額を突き合わせていると
「て、ててほ、軍」

息を切らしたトクマンが叫びながら、倒けつ転びつ駆け込んだ。

「忙しい」
その姿を一瞥し言うと、トクマンは苦しそうな息を整えようやく言った。
「あの大監の御息女が、お待ちだそうです」

思わず椅子を蹴立てて立ち上がる。
勢いに押された恰好で、向かいの椅子に腰掛けたチュンソクが俺を見上げる。

「大護軍、まさか」
そのチュンソクの声を黙殺し、
「何処だ」
俺は部屋を飛び出す。
「遣いの方が兵舎の門に。 俺も詳しくは良く判らず」
背後より追いかけるトクマンの声を聞きながら、兵舎の階を一足飛びに駆け下りる。

正面から来るのは大監のはずだ。
何故高官の御息女が迂達赤くんだりまで、わざわざ騒動を起こしにやって来る。

兵舎外門まで駆けた時には、あの遣いが一人立って待つ姿のみ。
周囲に御息女の姿のない事に心底ほっとする。
今日はあの方が典医寺にいる。
万一どこかで搗ち合うてこれ以上あの方が傷つけば、御息女相手といえど容赦せぬ処だった。

「どうされた」
近付く雪中の俺の足音と同時に掛けた声に、遣いの男が深く頭を下げる。
「大護軍様。お忙しいところ、申し訳ございません」
「役目中ゆえ用件のみを」
「一緒に、おいで頂けませんか」

しきりに恐縮した様子で遣いが言う。
「それはできぬ。兵舎を空ける訳にはいかぬ」
「実はヘジョン様が大護軍様にお会いしたいと、皇宮外門でお待ちでいらっしゃいます」

俺は腕を組み、首を振った。

「二度とお会いすることはないとお伝え済み。
既に縁談はお断り申した。これ以上お話することはない」
「大護軍様、しかし」
遣いが懸命に俺を宥める。
「いくら大監の御息女とて、禁軍の護る門を号牌もなく超えることは出来ぬ。
早々にお引き取り願いたい」
「大護軍様･･･」

遣いが言い辛そうに淀み、顔を伏せたまま
「私如きが出過ぎた事、御許し下さいませ。しかし大監がお呼びになったとなれば、 事情が変わって参りませぬか。
今日のところは門を通れずとも、大監の一筆があれば、今後出入り自由なのではと思えますが･･･」

遣いも騒動をできる限り小さく纏めようと、四苦八苦なのかもしれん。
言い得て妙の意見に、俺は言葉に詰まる。

いつまでこの状況を続ければ良い。
次の手を打たねばならん。一刻も早く情報が欲しい。

「判った。暫しお待ちを」
言い残すが早いか、俺は兵舎へ駆け戻る。

「大護軍」
戻った俺を兵舎の吹抜けでチュンソクが迎える。
「出てくる」
そう言いながら階段を駆け上がる俺に付き従い、
「大丈夫なのですか」
チュンソクが不安そうに声を掛ける。
「知らん」

私室に飛び込み外套と首巻を引っ掴む。
俺はそのまま返す足で階を駆け下りる。

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