偽嫁御 | 1

 

 

【 偽嫁御 】

枢密院使の宰枢大監、オン・ミョンウ殿より送られた突然の使者。
来訪を受けたのは雪深い冬の半ばの頃だった。

書状を携えた遣いが宅を突然訪問した折、対応に出たあの方が目を丸くして

「ねえねえ、オンさんのお宅からお遣い・・・って言うか、オンさんって誰?」

そう言って居間にいる俺に向かい、冷えた廊下を駆けて来た。

そう聞かれ、俺は全く同じ心持ちで、そのまま玄関へと向かった。

オン殿、誰だ、それは。

「大護軍、突然失礼いたします」

出ていった俺の姿を認め、遣いはこれ以上ない程に、 玄関先で深々と頭を下げた。

開いた玄関扉。外に立ちこちらの気配を読む守りの兵の姿が見える。
俺は軽く、心配無用と目で合図する。
兵は心得たとばかり頷き、警戒姿勢に戻る。

そこから続く庭先には、この遣いのもの以外見える足跡はない。

ただ音もなく、降り積もる雪。
その中に、赤い山茶花が咲いている。
そして雪の中、葉を落とすことなく凛と背筋を伸ばした糸杉の、薄い香色の影。

俺は目礼を返しつつ、この見たこともない遣いの男をじっと眺める。

「オン殿の遣いと聞いたが、 全く心当たりなく。
何か人違いではないのか」

そう言う俺に頭を垂れたまま、その遣いは一通の文を恭しく差し出した。

「畏れ多くも大護軍に向かい、突然の訪問のご無礼お許し下さいませ。
我が主、枢密院使宰枢オン・ミョンウより書状をお届けするよう言付かりました。
なにとぞ中をお改め頂きたく」

オン・ミョンウ、まさかあの大監が俺に。
俺はその書状を受け取り、封を切った。

中には墨痕鮮やかなる、悠々とした風格の文字。
俺を明後日、大監の御自宅に招きたいと 書いてある。

一体何の用件だ。
武官である俺と枢密院最高官のオン大監に、接点などありようも無い。

ごくごく稀に王様の御前や書筳で顔を合わせても、話す事もなければ、共通の話題とてない。

皇宮の中ですら言葉を交わさぬ俺に対し、このような自宅への突然の呼び出しとは。

訝しむ俺に対し、遣いはさらに言葉を続ける。
「大護軍と、ぜひ内々にお話したき儀在りとの事。なにとぞお出まし頂けませぬか」

三品大夫の俺に対し、相手は一品公卿のオン大監。
このまま遣いを手ぶらで戻すわけにもいかぬ。

オン大監自体、特に王様への反目の気配もない。
しかし会っておいて、損はないかもしれん。
俺が顔を繋いでおけば、いざという際には、王様のお力にもなろう。

「分かった。返礼を認めるゆえ、暫しお待ち頂けるか」

遣いにそう伝え、玄関脇の控えの小部屋を示す。
しかし遣いは首を振り
「とんでもない仰せでございます。
私は此処で待たせて頂ければ十分です」

そう言って玄関脇に控え、再度深く頭を下げた。

俺は急ぎ、奥の間へ取って返す。

居間の卓に硯箱を出すと、墨を磨る。
「どうしたの?お返事?」
「ああ、今玄関先に遣いを待たせてあります」
「そうなの。それで、オンさんって 誰か分かった?」

そうか、この方には分からんだろうな。
俺はその問いに頷いた。

「ええ、枢密院使宰枢です」
「?なに、それ?」

そうか、この方に官位や六翼の事も未だに教えておらぬ。

「あとでゆっくりと。今はまず返礼を」
「はーい」

そう言って卓に座る俺のすぐ脇にちょこりと腰を下ろし、硯の中で動く墨を興味深げに眺める瞳。

「ねえねえ、これってもしかして端渓?」
「端渓をご存じですか。これは歙州硯。
端渓は俺の手には弱すぎます」

意外なこの方の言葉に驚いて、そう教える。

「なんで端渓を知ってるって、私の世界ではすっごく高値で取引される美術品だからよ。
でも歙州硯っていうのもあるのね」

「ええ、四大唐硯というのをご存じか。
端渓、歙州、洮河緑石、そして澄泥」

言いながら、磨り上がった墨に筆を沈める。
そして目の前の紙に、オン大監への返礼を認めはじめた。

凄いんだわ、この人。
普段はそう見えないけど、こうやって話すと物をよく知ってる。字も立派。
使ってるものも全くそう見えないけど、硯一つにしたって端渓と匹敵する 高級品、ってことよね。

端渓硯なんて、お金持ち用の骨董品店か、美術館でしか見たことないって言うのに。
それを惜しげなく使っちゃうところ。

ああ、なんだかドキドキしちゃう。
自分が場違いな人間に思えちゃう、こんな時。

そんな事、考えることないのに。
この人と一緒にいる、それだけで良いし、それ以外の事はその時考えればいいのよね。

認め終えてふと見れば、目の前の この方が少し俯いて、その瞳が揺れている。

俺は筆を置き
「ウンスヤ」
そう静かに呼んでみた。

瞳は焦点を戻し、こちらに向かい真直ぐ上がってくる。

ふと悪戯心を起こし、俺は筆を持ち直すとそのなだらかな鼻の稜線の先、筆をぽつりと乗せてみる。

鼻の頭に、黒い小さな点がつく。
まるで幼子のようなその顔に、 俺は思わず吹き出した。

「今、墨つけたでしょ!」
「つけました」

そう言って笑うとこの方は手の甲で鼻の頭をごしごしと擦る。

「ああ、そこではなくて」
笑いながら、硯と共に用意した濡海綿で汚れをそっと拭い取る。
この方は膨れ面で俺を横目で眇め見る。

さて、そろそろ文の墨も乾いた頃だ。
書面に封をし、それを持って玄関へと戻る。

遣いは先程の位置から微動だにせず、そのままの姿勢で待っていた。

「使者殿、お待たせした。
こちらを大監にお渡し頂きたい」

そう伝え、返礼の文を渡す。

「まことにありがたく存じます。
それでは、 お越しを心よりお待ち申し上げております」

最後に遣いはそう言って、今までよりも更に深々と頭を下げ帰っていった。
雪の中始まる、此度のお話。これは、少し前にリクを頂いていたお話です。
「戻って来たウンスが、ヨンとの育ちや環境の違いに悩み
ヨンに縁談が持ち上がって、どうなるか」最初はどう考えても、その絵が浮かばず
うーん、困った、と、悩んだ数週間。
今回【三乃巻・壱】を書き、いろいろ見えてきましたか
ああ!とするする紐解けました。
さて、さらんバージョン、ヨン見合い話です。
宜しければ、お読みください❤

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