偽嫁御 | 19

 

 

「刀を下ろせ、迂達赤よ」
緊迫した空気の中。
かかった思わぬ方の御声に、静まり返った場内の目が注がれる。

「済まぬの、大監、そしてチョ総管。迂達赤らも余を守ろうとつい先走った様子。
我が最近衛、迂達赤チェ・ヨン大護軍の婚約式と聞きつけ、取り敢えず馳せ参じた。
しかし何分にもこの寒さ、体調が優れぬため”典医寺の医員”を同行させたが」

穏やかに微笑む若き王は、次に不思議そうな顔で屋敷の庭を見渡した。

「それにしても異なこと。
ここに集まる重臣たちのどの口からも、大護軍の婚約式の話は聞いておらん。
さては余に秘密にするつもりであったか、大護軍」

チェ・ヨンが王様のお言葉を受け、静かに首を振る。
「とんでもありませぬ、王様。
お相手が枢密院使宰枢の御息女の為、某が出張るのもと思い控えておりました。
王様には大監より真先にお話があると思いましたが」

そう言って私を見る。
「某の考え過ぎで御座いましょう。
先に婚約の既成事実を作って後に、王様へご報告のつもりだったなどとは」

王様がチェ・ヨンの言葉に笑う。
「大護軍、それは確かに考えすぎだ。しかし集った重臣の顔ぶれ。
宣任殿ではよく見るが、最近別のところでも見たことがあるのう」

チェ・ヨンが鋭い眸で会場中の賓客を見渡す。
「おっしゃる通りです。畏れながら先般戸曹で確認した重複徴税の書面。
其処に名を連ねる大臣の方々と重なるよう見受けられます」

穏やかな作り声で言い放つチェ・ヨンに、集まった賓客のざわめきが大きくなる。

「いや、まさか余が心より信頼する重臣たちが、民から血税を騙し取るなど。
まして双城総管府経由で元へ奉納など、絶対にしては居るまい」
そう笑いながらおっしゃる王様の目の奥は、全く笑っておらぬ。

「申し訳ありません。どうも考えが過ぎました。
雪中わざわざ某の婚約式にご足労頂くほど大監への忠義に厚い重臣の方々。
不当な利得でご自身の懐を潤しているなど。
無作法な武人故、つい穿った考えを持ってしまい」

頭を下げたチェ・ヨンに向かい、王様は穏やかに首を振る。
「大護軍、それは宜しくないな。
皇宮へ戻れば念入りによく調べたうえで、そのような誤解、根底より払拭せねばならぬぞ」
チェ・ヨンが顎を引いて頷く。
「畏まりました。某は疑い深きたちゆえ。
得心行くよう隅々まで、十二分に調べねばなりませぬ。
調べて誤解さえ解ければ、問題はございません。
非礼をお許し下さい、枢密院使宰枢殿、大臣方、そしてチョ総管」

王様とチェ・ヨンの言葉が全て物語っておる。
税の絡繰りが明るみに出た、詮議が始まると。
王様とチェ・ヨンの遣り取りに苦笑しつつ、力の抜けそうな足を最後の意地で踏みしめる。

まさしく惜しいのう、是非とも婿に欲しかった。

 

「さて、宴もたけなわのところ申し訳ないが、やはり気分が優れぬ故、余は皇宮へ戻ろう。
“医官”ついて参れ」
王様がそう仰り横に目を向ければ、俺と王様の芝居に唖然としていたこの方は
「は、はい、王様」
ようやくぎくしゃくと頷いた。

「しかし”医官”も災難よのう」
王様はそう仰って、最後の止めを刺す。
「”どれほど似た者”が過去におったとて、”他人”であるというのにのう。
まさかここに集う重臣が、そんな “つまらぬ噂を何処かへ流すわけはない”がな。
まあ”流せばすぐに、どの口から出たか突き止められよう”」

重臣を見回して大き過ぎる御声で呟くと
「では大監、邪魔をした。本日はまことに目出度い、のう」
そう言って、列席の重臣らに笑いかける。
その王様を先導し庭を抜ける瞬間、俺は大監とすれ違う格好となった。

「チェ・ヨン、いっぱい喰らわせたな」
擦れ違いざま顔に笑顔を張りつけ、此方を見ず前を向いた大監が呟く。

「大監。男であれば、まして元の皇子ほどであれば、側妃の二人や三人誰が咎めましょう。
御息女が慕っていらっしゃるならば、お側に置いて差し上げては如何か。
この方に向かい迂達赤が膝をついた。それが某の答えです。
どうぞくれぐれもお忘れなきよう」

俺も正面を向いたまま大監を見ずに告げ、そのまま大監とすれ違う。

王様とあの方を先導し、方円陣のまま迂達赤は屋敷の庭を後にした。

その忌々しき屋敷を抜けながら、胸裡であの時の会話を思い出す。
少しでも理由が伝わっただろうか。
俺のこの方は、納得しただろうか。

こうするより他なかったと。

 

**********

 

「婚約式って。どういうことなの」
駆け込んだ典医寺の部屋の中。
目の前のこの方は婚約式を挙げると告げた俺に対し、体を震わせる。

怒っている。当然だ。
震え声を聞きながら、何処より話すかと逡巡しつつその瞳を見つめる。

逆ならどうだ。
あの時。
徳興君との偽の婚儀話で、俺はどれほどそれに腹を立てた。

止める手立てがないからと、最後には列席の大臣衆が居並ぶ宣任殿で、この方に口づけまでした。

今更そんな事を思い出してももう遅い。
この方はあの時の俺ほど憤っておろう。
本当に済まぬ、だが聞いてほしい。信じてほしい。

「ウンスヤ、聞いてくれ」
呼びかけるとその瞳で俺の眸をひたと睨み返して。
「本当ならこの場でぶん殴ってやりたいけど。その固い鎧じゃこっちの手が痛くなるからやめるわ。
その代わり納得できる理由を聞けなかったら、その鎧を脱がせたうえで絶対に殴ってやる」

小さな拳を二つ固めて振り下ろし、この方が右に左にうろつきまわる。
「ああ!!ムカつく、ほんとに腹が立つ。
何なのよ婚約式って、どういうこと?相手はあの美人でしょ?
化粧はいらないって言いながら今度はこれ?どういうことなの、さっぱり分かんない」

そう言うと髪に両手を突込んで、掻き乱しながら床にしゃがみ込む。
その前に膝を折って丈を合わせ、乱された髪にこの指を差し込み、何度か梳いて整える。

それに顔を上げたこの方の瞳を覗き込む。
「どれほど怒っているか、知っている」
そう穏やかに声を掛ければ、
「知ってるなら何で!」
ふるりと揺れながらも懸命に堪える声に、この胸が刺されるように痛む。
それでも今、大監たちを追及する手を緩める訳にはいかぬ。

「共に、来てほしいところがある」

王様とチュンソクとの密談前に、確たる証拠を掴む。
此度は俺の全ての手の内をこの方に見せ、肚の底より納得させねば駄目だ。
この方と共に戸曹長官に会いに行くため、俺はその手を取り立ち上がらせた。

「知って欲しい、俺が何をしたいのか。
何故、そんなことをせぬばならぬのか。
それでも信じられぬと言うなら仕方がない」

しかしまだ尽くす手が残るうちは、道があるうちは。
こんな下らぬ争いに、あなたを巻き込みたくはない。
もう二度と。

それだけを願い、その手を引いて典医寺を出る。
その手に引かれついてくるこの方の声が掛かる。

「何を考えてるの?」
「あなたの事だ」
前を向いたまま即答すれば俺の手の中、細い指が指の間におずおずと潜り込んできた。
「・・・分かった。信じる」

聞こえる小さな声に俺はようやく背後を振り返り、息を太く吐いた。

 

 

 

 

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