偽嫁御 | 9

 

 

「初めてだな。紹介しよう、大護軍」

結構だと怒鳴って席を立てれば、どれほど胸の痞えが下りるか。
そう思いつつ奥歯を噛み締める。

「娘のヘジョンだ」
俺は目を下げたまま微かに頷いた。

叔母上に言われた、話が始まれば揉めると。
もうこうなった以上、出方を見るよりない。

「大監、失礼いたします」
続いて扉の表の家人より再び声が掛かる。
「火急の書状が届きましてございます」

御息女は来る、手紙は来る、忙しいことだ。
余程事前に綿密な打ち合わせをしていたと見える。

「おお、そうか」
そう言って頷いた大監は
「済まぬな大護軍、暫し席を外す」
俺にそう言い、御息女に向かって
「ヘジョン、此方は衛部大護軍迂達赤 チェ・ヨン殿だ。大切な御客人故、 失礼のないようお相手せよ」

そう伝える大監の声に
「はい、父上様」
静かな声が返る。

それを聞き大監は部屋を出ていった。

 

**********

 

大監が出た扉が再び静かに引かれる。
部屋の中は外に降る雪音が聞こえるほどの冷たい静けさに包まれる。
呼吸の音すら憚られるほどだ。

「チェ・ヨン様」
「は」
「どうぞ、お掛け下さい」

目を下げたまま視界の隅で赤い唐衣が椅子に収まるのを確認し、半身の構えを解き椅子に座り直す。

「ヘジョンと申します。お見知りおきを」
俺は黙ったまま頭を下げた。
部屋にはまた静けさが戻る。

その中に明るい声が響く。

“すごい美人だったら正直に教えて。会う時は、気合入れてお化粧してくから”

あの咲くような笑顔が。

土産話の一つも必要か。
いつまでも固まって黙ったままではいられぬ。

俺は太く息を吐き、顔を上げた。

その瞬間。
目を逸らさず此方を見ていた、卓向こうの御息女と目が合った。

両脇から挟み込んだよう、細く高い鼻梁。
スゲチマ越しに男を気絶させるという眸。
その中の、黒真珠とまで称される両の瞳。
瞬くたび風を起こすという、豊かな睫毛。
肩に流した、後光が差すらしき漆黒の髪。
薔薇も、芍薬も、牡丹にも劣らぬ美しさ。

確かに美姫だ。そしてそれだけだ。

何の香も、暖かさも、光も色も感じん。
眸が離れぬこともなく、その髪に鼻先を埋めたくもならず、握り潰すほど抱き締めたいとも思わん。

安心しろ。化粧など施す必要はない。

そう思い思わず目許が緩んだか。
目の前に腰掛ける御息女の表情に、安堵らしきものが過る。

「勇猛果敢な武官さまでもあり、教養豊かな御方とも伺いました」
目を伏し静かに呟いた御息女が、再度目を上げこの眸を覗き込む。
「畏れいります」
全く恐れ入る。俺の事を既に御息女に通達済みとは。

「私どもの事、既にご存じでしょうか」
「私ども、ですか」
既に一蓮托生呼ばわりか。
俺の比翼連理は別にあるというのに。
「はい」
「全く存じません」

雪明りの差し込む窓を背景に、 御息女の頬に刷いたような薄紅がさす。
「父は、この後私どもを・・・」
「ヘジョン殿」
その言葉を途中で制す。

「某には既に、心に決めた女人がおります」
真直ぐその目を見て伝えた。
「それも伺っております」
「それであれば、尚の事」
「構いませぬ、チェ・ヨン様」
目の前の御息女はそう言い、密やかに微笑んだ。
どういうことだ。
「ヘジョン殿」
「私は、一向に構いませぬ故」

そうか。しかしこちらは大いに構う。
「そうは参りません」
「チェ・ヨン様」
目の前の御息女が柳眉を下げる。
「私どもの縁談、ご不満でいらっしゃいますか」
「はい」
率直な返答にその目が曇る。
「何故ご不満でしょう」

なにゆえもかにゆえも、全て不満だ。
怒鳴りつけたいところだが、この御息女に伝えるものではない。

「某にとり、縁とはそういったものではなく」
「えにし、でございますか」
「は」
「ではここでお逢い出来た私と、新しき縁を結んでくださいませんか」
「致しかねます」
御息女が唇を噛み締める。

「それでは、私どもは」
「縁はありません」
即答した俺をじっと見つめ、御息女は胸深くから溜息を吐いた。

「縁談が纏まれば、お力になれるのでは」
「不要です」
「国の為にもなりましょう」
「国の為に己を捨てる気はなく」
「そうなのですか。チェ・ヨン様は高麗の為なら御身を擲ち、事を成すと伺っておりました」

俺が真実それほどの人物なら、死なずに済んだ奴が大勢いた。
それでもあの方を追った心に嘘はない。
そう思い俺は首を振った。

「そのような器ではありません」
御息女は首を傾げた。
「父より聞いていたのとは、少し違う御方のよう」
「左様でしたか」
「ええ。貴方様の事をもっと知りたくなりました」

ふざけたことを抜かすな。
「ヘジョン殿」
「縁談を、進めて頂けませんか」
「無理です」
「チェ・ヨン様」

目の前の御息女が椅子の上、少し前へと体を傾けた。

雪明りを丸く切り取る格子窓のこちら。
白く淡い光を負い、蒼味がかった凄絶なまで漆黒の髪を肩から零し、その目を光らせながら。

呼吸すら憚られる静かな部屋に声が響く。

「心より慕う御方と、一生何の邪魔も入らず共にいられる。そんなものは儚い夢です」

俺は答えず、席を立った。

 

 

 

 

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33 件のコメント

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    お邪魔娘め! ヽ(`Д´)ノ
    あ~ ムカつく!
    ヨンが終始クール。 しびれる~
    「心より~ 」 なんてこと言うのは
    ホントに恋したことも愛したこともないのね
    この先もその考えじゃ 無理ね。
    ここにも可愛そうな人が・・・
    でもでも 当分お邪魔娘 レッテル ぺた

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    全て即答、しかも全部却下。当たり前だ。しかしこういう人って、ややこしそう。プライド傷つけられて、あっさり引き下がるのかな(・・? めんどくさがり屋のヨンが、これ以上、我慢できなくなる前に、諦めてくれたらいいけど。あっ、長編ですから、まだまだですね。まあ、土産話もできたことだし、帰ってウンスに報告してね、ウンスだけだと。

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    こんばんは
    すっきりしました
    ヨンの切り替えし さすがです…
    この父にして この娘あり ですね…
    もう これ以上 話が進まないことを 祈ります。でも まだ 一波乱ありそう~
    ヨンがウンスに 土産話どう聞かせるか 楽しみです…

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    へジョンって何だかかわいそう。父親から、強く言い聞かせられているみたい。この後のへジョンパバの動きが気になります。まさかウンスが狙われなんてこと…。

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    ウンスは幸せ者。
    縁とは、こういうものです!
    こういうものでなくちゃ!
    ヨンよそのまま正面突破!
    冷徹!大いに結構!
    要らぬ期待をさせないということこそ、相手への優しさです!
    さらんさん、よろしくお願いいたします。
    韓国の人達もこのヨンを目の当たりにしたら、さすがに惚れると思うのですが。→韓国で信義の視聴率が上がらなかったことが未だに腑に落ちない私です。。

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    あ~どうしようっ!!
    姫様、ヨンに興味もっちゃったよ!!
    高官ゆえに、強くもでれず、このジレジレ感がもどかしい…。
    ウンス以外は目に入りませんからっ!!(怒)

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    続き、お待ちしておりました。
    ほんと、冷徹の一言!ウンス以外の女人は、どんな美人でも色褪せた人形にしか見えないヨンなのです!
    ヨンの心の声が、見事にクールでした❤

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    さらんさん
    こんばんわ 毎日楽しみに読ませて頂いてます
    こんな美しい女子の登場でもうドキドキ
    ハラハラですよ~。
    どんな結末になるのでしょうか(*^_^*)
    1日の始まりはさらんさんのお話から
    STARTです♥

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    ヨン、きっぱり言い切ってくれましたね。変に期待させるより、絶対この方がいいに決まってる。
    それにしても、お相手のご息女、負けてないですね。よほどヨンが気に入ったのか、それとも必死になる理由があるのか・・・・。
    迫ってくるその身をどう対処するのかヨンの行動が気になります。

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    さらん様、こんばんは❤︎
    さらん様のおっしゃる通りでした。
    全く微塵も揺らぐ事が無い。
    確かに美しい。でもそれだけだ。ですよ‼︎
    気持ちいいですよね。
    美人を前に、ウンスの声を香りを赤い髪の感触を思い出して、愛しさに顔をほころばせるなんて…。
    メヒの妹のテヒの時と一緒です。
    すぐ側の美人を通り越し、己を待つウンスしか見ていないのです。
    そして、私の希望通り、イムジャに勝る女子などでは無いと、心の中で呟いて…❤︎
    あのストーカーばりの、吸い付く様な目線も、ウンス限定\(//∇//)\
    男から、おそらく拒絶された事の無いヘジョン。
    追われれば逃げ、逃げられれば追いたくなるのが人の常。
    ヨンの潔い拒絶に、かえって執着して、面倒な事にならねば良いのですが…⁈

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    そうだ、そうだ、ヨン、もっと言ってやれ~。
    はっきりした物言いに、かえって相手に惚れられるかもしれないけど、ズバッとハッキリと、自分にはウンスだけと‥‥。

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    即答するヨンの短い一言一言にドキドキします。大丈夫でしょうか?このまま押し切られる、という事にならないでしょうか?ああこの不安な気持ちをどうしましょう。凄い美姫なんですねえ、
    でもウンスと共に信じて待ちます。
    ウンスはジッとしてられないでしょうね。
    ヨン、負けないで、、ウンスの為にも私達の為にも、、、

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    う~ん、なかなかよのぉ、この御息女は。
    すんなり引き下がりそうも無い気配。
    ヨンを待ってるウンスさんどうなってるやら。
    長編、多いに結構。
    さらんさん、どこまでも付いて行きますよ~

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    この娘もなかなかですね。自分の美しさを十分知っていて、チェヨンくんに迫ってます。
    うふっ。(^^)そこでウンスちゃんの言葉を思いだしましたか。さすがチェヨンくん。
    化粧はいらないって、美姫もチェヨンくんにかかったら、かたなしです。
    さて、席を立ちましたが、すなおに帰らせてくれるかな。
    いよいよ面白くなってきました。(^^)

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    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    もうね、ヨン、冷徹です。
    メヒの方が、お姉ちゃん絡みで、まだちょっとは優しかった。
    少なくとも受け止めてやる的な気持ちはありました。
    ヘジョンには、本当に冷たい。
    明日はもっと冷たい事、言い放ちます・・・
    ファンが減るぞ、ヨンア‼と、内心、心配です。

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    >チェヨン1さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    もう、後半のお話に入ると、ヘジョンなんて
    どーでも良くなる風になりますw
    大監V.S.ヨン、という立ち位置で。
    まあ最後に、ドカンがちょっぴりありますが。
    結局これは、嫁取りを装ったヨンの諜報活動だったのでは・・・とw
    ウンスだけ、というより、ウンスもヨンだけなので、
    何だかもーご勝手に❤的ムードも漂う今宵です。

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    >ゆきんこさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    あははは、分かります!
    よしっ、って感じ(o^-')b
    土産話は「化粧は必要ないぞ」でしたw
    み、短すぎないか??
    一波乱、二人は揺るぎませんが、あるはある、ような…(゚ー゚;

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    >サラナさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    最初はそれも考えましたが、大監パパは
    最初からウンスをカウントしてないんですね。
    あんな者いてもいなくても、と思ってる。
    だから、何かしようとも思っていないようです・・・傲慢(-"-;A

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    >さらんさん
    大丈夫 全然 許容範囲内。
    むしろ もっと言ってもいい!
    上手くできたもので
    拒絶しているのに
    あんぽんたんは 都合のいいように受け取るからね・・・こまります。
    冷たい言葉も刺さらない! ある意味
    強心臓。 (かわいそうな娘だけど)
    ん~ 減らない
    むしろ 増える!
    ウンス命!
    私は 応援します! 
    言いたい放題で ごめんなさいね。

  • SECRET: 0
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    >my starさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    そうですね、韓国の視聴者は、分かりやすい構図が好きそう(当社比)
    主人公の影は許せても、悪役の美点は駄目とか、
    ロマンスは絶対、とか(;´▽`A“
    じれったさや切なさでなく、どかーーんとした感情表現とか。
    お約束の逆境三重苦(難病、腹違いor養子、社会階級)など。
    それも踏襲して観ると、面白くなって来るので不思議ですw
    あ、明日はヨン、女性ファン激減くらいの冷たさなので
    ちょっぴり不安です・・・(;^_^A

  • SECRET: 0
    PASS:
    >やあさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    ヨンに興味か・・・もしくは苛立ちか。
    少なくともこの姫、面倒な女です。
    そうなのです、相手が上官ゆえ、大義を重んじるヨンは
    どうにかしようと四苦八苦。不憫・・・(ノ_・。)

  • SECRET: 0
    PASS:
    >かよさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    この辺はクールで済むのですが、明日はもう、
    ある意味そこまで言うか?と
    女性をドン引きさせること、請け合いです・・・
    嫌な請け合い方ですが(;´▽`A“

  • SECRET: 0
    PASS:
    >如月さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    うわーい、朝から読んで頂けたら嬉しいです❤
    嬉しいですが、朝から読むには重いお話で申し訳なく・・・(゚ー゚;
    たまには明るいもの、頑張ります❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    >ままちゃんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    そうなんです、この辺はズバッと斬って斬り捨てて、ですが
    明日は、えー、そこまで言うの…的な。
    女性ファン激減の予感のヨン、流れはチュンソク?(え

  • SECRET: 0
    PASS:
    >夢夢さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    そうなのです、この辺はヨン節なのですが、
    これが通用しないと分かった明日、ヨン、中ギレ。暴言。
    あー(゚_゚i)、でございます

  • SECRET: 0
    PASS:
    >みわちゃんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    もう行っても暖簾に腕押し、糠に釘状態ですかね・・・
    こういう人たちは自分の聞きたい言葉しか聞かなそうです。
    英語で言うSelect listnerというやつですね。
    聞きたくない言葉へのスルースキル、ハンパいないはずです。
    あー、やだやだ、と自分のオリキャラに切れてみましたw

  • SECRET: 0
    PASS:
    >nonさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    さすがに押し切られはしませんが、人間語を解さぬ敵との
    無駄な口げんかに、疲労困憊かもですw
    ヨンも普通の審美眼は持っているので、美人か否かは判じますが、
    「ああ、美姫だ。で?」という感じですw

  • SECRET: 0
    PASS:
    >kacotanさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    ウンスは相変わらずの能天気、芝居か天然か?
    というところではございますが・・・
    「必ず返すと約束した、それまでは守る、だから、
    黙って俺について来い」です(*v.v)。

  • SECRET: 0
    PASS:
    >ヒデミさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    もううちの場合「ウンス」か「ウンス以外」かしか
    ヨンの中での分類法は、なさそうです。
    恋とは恐ろしや・・・(;^_^A

  • SECRET: 0
    PASS:
    >ポチッとなさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    もう、席立った瞬間、これしかないだろくらいの
    口実を並べ、脱兎の如く部屋を抜けるヨン。
    このままじゃ面倒くせ-、と思ったに違いなく( ´艸`)
    化粧はいらない、家に帰っても、まだ言ってます。分かったってば!

  • SECRET: 0
    PASS:
    >くるくるしなもんさん
    再コメありがとうございます❤嬉しいな(〃∇〃)
    いやあ、明日はかなり「きっつ!それキツっ!」
    な事、言い放ちます。
    ウンスに対するデレに慣れている故
    いやー、言わせた私も驚きでした(;´▽`A“

  • ヨンは即答で全て拒否、却下がテンポよくてスッキリしますが、まぁしつこくねばりますねーこの御息女。なんだか全てが計算づくな感じがします。そんな目も眩むような美女にも全く揺るがないくらいウンスラブのヨンは頼もしいですね。

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