偽嫁御 | 8

 

 

丸く大きく抜かれ、壁に並んだ格子窓。
外に人が立てば影が映るだろう。
今そこには不審な気配も、影もない。

外からの雪明りの差し込む母家の居間。
向かい合って座り、俺は大監からさりげなく目を外し、室内の気配を読む。

家人は三名、入り口脇に二名、外の脇に一名。
特に得物を忍ばせる気配も、殺気も全くない。

それはそうだ。
大監ほどの大物、仕掛けるなら自宅に呼び出さずとも刺客を放ち闇討ちをかければ事足りる。

それでは先程の唐衣を見せるのが、やはり狙いか。
それならさっさと切りだせば良いものを、面倒な。

「しかし光栄だ」
穏やかな笑みを浮かべつつ、大監が口火を切った。

「話してみたいとは以前より思うておったが。
何しろ大護軍と顔を合わせるのは、そなたが遠征に出ておらぬ僅かな時期のみゆえ」
「は」
頷いて目線を下げる。
今までも顔を合わせておるが、話しかける気配は一度もなかった。
此方の為人の見定めの頃だったのだろうか。

「元司憲糾正のチェ・ウォンジク殿のご子息だとか」
「はい」
「お父上とは面識がある。私が枢密院に入ってすぐの頃から、暫し皇宮で顔を合わせた。
いろいろご指南頂いたものだ」
その懐かしそうな顔は、芝居かまことか。
「左様でしたか」
「立派な御父君だった。ああした真直ぐな方は、今となってはなかなかいらっしゃらぬ」
「畏れ入ります」
「大護軍は御父君の血を引いておるようだ」
「ありがとうございます」

父上の話は懐かしいが、お元気だった頃この男が我が家を訪ねた記憶はない。
特に親しかったとは思えん。

「大護軍」
「は」
「嫁取りは、考えぬか」

来たか。
俺は礼を失さぬ程度に目線を上げた。

「武官の役目がありますゆえ」
まずは此方の手の内は見せず、障らぬ程度の餌を蒔く。

「大護軍は今、医仙と共にお住まいと伺ったが、それはまことか」

大監は続いて斬り込んでくる。
元とつながっているこの大監。あの方の情報を流すべきか否か。
だが既に遣いに、あの方の顔を見られている。
高麗の大監のこの男でも、裏切らば斬るまで。
俺ははっきり眸を上げた。

「誠にございます」

しかし大監は怯む空気すら見せずに続ける。
「そうであったか、今でも御守りしているか」
「大監」
俺の続く言葉を遮るよう大監が手を上げた。
「大護軍。男であれば、まして大護軍ほどの高官、愛妾の二人や三人誰が咎めようぞ」

愛妾。俺のあの方を妾呼ばわりか。
胸座を掴み上げ殴り飛ばしたくなるのを必死で堪え、俺は息を吐く。

「大監、あの方は某の妾ではございません」
「では医仙はそなたに何をしてやれる」
「何をとは」
「そなたに皇宮での後ろ盾を作ってやれるか。
たとえ医仙が王様の、そして媽媽の御覚えがどれほどに目出度くとも、それは後ろ盾とは呼ばぬ。
そなたの懐が潤うよう潤沢に金を用意できるか。それもできなかろう。
そなたほど頭が回れば分かっておるのではないか、大護軍」

その問いかけに失笑が漏れる。
「大監、某には後ろ盾も金も不要です」
財、権力、地位。
握るものが増えるから、厄介が増えるのだ。
片手で小さな手を握り、もう片手で盾を握れる。
剣をも握る時は、小さな体をこの背に庇えば良い。
金、金とそう言うがそもそも金がなくとも、不便とも不自由とも思わぬ。
眠る筵が一枚と、雨露を凌ぐ屋根さえあれば良い。
何故この素朴な問いに、答えず迷う奴が多いのか。

「生涯一武士の道を行くのか。力を得たいとは思わぬのか」
「思っております」
考えるまでもなく即答した。
俺は誰より貪欲に力を欲している。
あの方に向かい、力をくれと乞うている。
あの方を護り、この国を守るために。

官服の色ではない。その帯の玉ではない。
義を信じぬ者、忠を尽くさぬ者、守る重さを知らぬ者を俺は敬わぬ。
目前の大監もその類だったという訳か。

「のう、大護軍」
「は」
「医仙とは別に、我が家の娘との縁組、本気で考えてみぬか」
「大監」

これで冗談事ではなくなった。

「力が欲しいのであれば私が後ろ盾になろう。医仙のお住まいとは別に、娘との宅を用意する。
大護軍にとっても損のない話だと思うが」
「それは訝しいばかりです。それで大監にとって何の得がありましょう」
「そなたが娘婿になる事自体が得だ」
大監が俺に笑いかける。
「某は」
そう言いかけると、後ろで家人の声がする。

「大監、いらっしゃいました」
「おお、通せ」
先の言葉が何かの合図だったか。余りにも完璧な頃合いで話は中断された。

次の瞬間俺の背後で家人が扉を引く。
庭の冷気が一気に流れ込む。

席を立ち、扉へと半身で構え目を下げる。
開いた扉から滑り込む赤い衣の影に、目を下げたままの俺は太く息を吐いた。

 

 

 

 

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23 件のコメント

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    え~ん 
    ヨン早く ウンスのところに帰ろうよ~
    なかなか話が切れないのは
    わかるけど・・・ 
    長引くと 大監の思う壺に・・・
    あ! でもでも 鬼に変身するんだった。
    じれじれ~ イライラ~
    ウンス待っててね。゚(T^T)゚。

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    テガン、本日の目的を話し出しましたね。
    そこに、娘登場。
    (どんな娘かな、興味津々)
    うっわー、ウンスちゃんとは、別の屋敷を建てるとか言っちゃって。チッ。
    でも、ウンスちゃん我慢できないでしょ。それにチェヨンくんも、他に気持ちがいかないはず。どんな美女が現れてもね。そーですよねー‼︎ (¬_¬)
    信じています、チェヨンくん。(^^)

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    長編になるのは、嬉しいです。ただ、トラブルもあり、仕事も忙しい時期、この間みたいに風邪ひかぬよう、無理はしないでくださいね。やはり、娘との縁談をすすめてきましたね。ここからヨンがどう動くのか、全く価値観の違う相手に、ヨンの成長した姿を楽しみにしています。しかしウンスを妾呼ばわりするとは、上から目線でむかつくう。

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    いつも、お話ありがとうございます。
    本当に、感動しながら毎回楽しく読んでおります。
    ヨン大丈夫だよね。
    信じてるから・・・・ウンスを裏切らないでね。
    それとも・・・・美人妻迎えてしまうの?
    いやー考えられない。
    さらんさん余り心臓に悪いような話にならないですよね。
    続き楽しみにしてます

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    ヨン‥口で負けるんじゃないよ!
    大監もいろいろ策を考えているようですが‥
    ウンスを妾呼ばわり?( →_→)
    地雷をひと~つ踏みましたね‥チッ!
    後、何個踏みます事やら、そしてヨン‥どこまで我慢出来るやら

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    次の話、待ちわびていました。
    なんて、失礼な(怒)!妾呼ばわりするなんて!
    ヨン、よく我慢しましたよね。ここで、美人の娘を呼んで、ヨンを釣ろうとしているんですかね~?
    でも、どんな綺麗な人でも、我らがテジャンは興味ありません!

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    さらん様、こんにちは❤
    すっごく面白いです!!
    ヨンの、ウンスに対する呼び名...
    「俺のあの方」
    この台詞がたまりません❤
    何度でも目にしたく、改めてヨンにゾッコンです!!
    大監に何を言われようが、ヨンの心は一貫して変わる事は有りません。
    それが頼もしく、ヨンらしいと感じます。
    誰が相手でも、ウンスに、そして高麗に刃を向ければ迷わず斬る。
    もう、超カッコいい❤
    ウンスを盾に取られ、八方塞がりにでもならぬ限り、大監の思い通りには決してなりませぬ。
    どんな美姫を目にしようと、ヨンの心にはウンスしか居ないのですから。
    でも、さらん様の事、また私を驚かせて下さるでしょうから、本当に本当に、次話をお待ちしています(#^.^#)

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    どんなに家柄の良い姫君だとしても,ヨンの気持ちが変わるはずも無く,でも角が立たずに断れるのか。。。
    ウンスが妾呼ばわりされるなんて許せないですよね。
    ヨンを分け合うなんて考えられない!
    王様だったら世継ぎ問題もあるだろうから,自分の意思とは関係無く側室を持たないといけないかもしれないけど。
    さて,このお姫様はどんな方なんでしょう。
    続きを楽しみに待っています♪

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    さらん様 本当に本当に素敵な作品をありがとうございます。早くにコメする機会を逸してしまい コメが遅くなり ました。 現代でも 住む世界の違い みたいなことがあるのに 高麗ではどうか ヨンとウンスすんなりとは とは思うものの私の頭では話は紡げず もうさらん様ワールド毎日楽しみにしています。急なリクで予定変更に苦慮され さらにPC不調とか ・・・ それでも 拝み倒してでもお願いします。最後に笑う二人がみれるまで書き尽くしてくだされ・・・身勝手な より より

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    本当に面倒くさい。妾OK、むしろいない方がおかしいと言われかねないのが。
    絶対に断りの言葉を言わせてくれない感じもね。
    さて、美魔女か?はたまた本当に天使か。楽しみになって参りました。
    また覗きに来まーす( ´∀`)/~~
    ののは元気ですだよ~!(*´σー`)エヘヘ

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    さらんさん、こんばんわ。
    新たな悪役が目の前に登場ですね~。
    その相手をするヨンの相変わらず、まっすぐな心意気には、ホレボレしてしまいます。
    >片手で小さな手を握り、身ひとつで飛び出そうと、
    もう片手で盾を握れる。
    剣をも握る時は、小さな体をこの背に庇えば良い。
    ドラマの中でチェ・ヨンが、王妃媽媽を王宮から助け出すシーンが頭に浮かびました。
    (その後、王妃媽媽をウンスに変換して、想像~。)
    ご息女を目の前にした今後の展開が気になります。

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    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    さすがにヨンも、大監の話の途中をぶった切るほどの
    非礼は、働かぬようです(;^_^A
    ただしこの後の接近遭遇は、分かりませぬがw
    オンニのとこに帰る前にも、いろいろやる事が・・・
    頭脳戦、大変そうです。

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    >★sachi★さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    ある意味、直接対決の方が良かったのでしょう、
    大監が間に挟まるよりも・・・ww
    この後、もうしばし。ヨンの頭脳戦、続きます。

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    >ポチッとなさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    まあヨンの場合「ウンス」か「ウンス以外」しか
    尺度がない故、問題外ですね。
    ただし包囲網は、段々狭まって来ます。
    うーん、こればかりは…(;^_^A

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    >チェヨン1さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    いやいやもう、この手の人間には、腹を立てるだけ
    無駄というものでございます・・・
    如何に頭脳戦とはいえ、ヨンも最後は実力行使。
    書き上げるのは楽しみですが、現在は一日分を修正するので手一杯。
    なるべく滞らぬよう、頑張ります❤

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    >ko_sayuさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    さすがに嫁を迎えるとは、考えづらいですね(゚ー゚;
    ただし頭脳戦ですので、最後の実力行使までは
    お互いいろいろと、手は尽くすやも。
    しかしまずは、そこまでUPしないと・・・σ(^_^;)

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    >えみりんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    寒いです~~!
    今日はびっくりの寒さです。鼻グシュグシュ。
    まあ元々ヨンの場合、口よりも力で行くタイプw
    早めに口を開くよう、気をつけてはいるようですが・・・
    地雷は、この後も踏みまくります。
    しかし最後の実力行使まで、今しばし・・・

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    >かよさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    確かに、他のコメ返にも書きましたが
    「ウンス」か「ウンス以外」しかないのでw
    興味は全くないでしょう、が。
    興味がないのと、認めないのは同じレベルかどうか・・・( ´艸`)
    次回のお話にて、ほうなるほど、とw

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    >夢夢さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    正に、ヨンの場合振り幅まったくなし(爆
    もうちょい揺れないか?と思うくらい、揺れないので
    書いてて苦しくなるくらいです(;´▽`A“
    いいんだよ?もうちょっと揺れても?と思いますが・・・
    聴こえる声がこれしかないので、もう仕方ないかと(^_^;)

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    PASS:
    >すんすんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    このお姫様も、まあ一癖、ありますw
    仕方ないな、と思う部分も・・・
    って、こんな設定作るから長くなるのです
    !(´Д`;)
    いい加減にしろ、自分!と突っ込みつつ、
    暫しお付き合い頂ければ嬉しいです❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    >よりさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    パソ不調と言うより、アメーバに下書きして
    一時保存したデータの不調で、理由が不明で・・・
    ・°・(ノД`)・°・
    しかし弱音を吐いても仕方ないため、ひたすら修正中です。
    この熱意が他に向けば、と思いつつ(;´▽`A“
    更新滞らぬよう、精一杯頑張りますo(^-^)o
    よろしければ また覗いてみて下さい♪

  • SECRET: 0
    PASS:
    >ruchirunyaさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    ああ、懐かしいですね!
    あの時のヨンも、どえらく頼れるあの背中
    あれはついて行っちゃうわーと思いましたがw
    しかしこれが終わったら本編に戻ろうと思いつつ
    凄く長く、だらだら書いてしまう自分がいます・・・
    そもそも一服処だったはずが!おかしいです(゚ー゚;

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