吾亦紅 | 13

 

 

「劉先生、これはこれは」
先生に連れられソンジンと共に3人で、村に一件だけの旅籠に向かう。

出迎えた使臣は慇懃無礼な態度で先生に向かい、そう頭を下げる。

「わざわざのご足労、ありがとうございます。
呼んで頂ければすぐにお迎えに伺ったものを」
ソンジンが小声で、それを通訳する。
その言葉を無視して、先生が私の横に立つ。
「こちらがユ・ウンスです。言葉が不自由故、私の家人が通訳に立ちます」
「これが噂のお弟子様ですか、何と美しい」

その白々しい台詞の通訳に思わず吹きそうになり、ソンジンがそんな私を横目で睨む。
私は慌てて手で口を塞ぐ。

「どうぞ、お座りください」
使臣がそう言って、目の前の卓を示す。
「劉先生に置かれては、初めてのお弟子様を取り、ますます清栄のごよ」
「前置きは結構。今後の予定についてお聞かせを」

先生がそう言って、使臣の大演説を手で制す。
「ああ、そうですな。皇帝に置かれましては、今回先生とお弟子様にお会いできる事を非常に楽しみにお待ちのご様子。
此度こそ先生がお弟子様と共に大都に留まって頂けぬか、ご意向を伺ってくるよう命を受けて参りました」

先生はそれを聞いて、うっすらと笑う。
「それは以前より断っているはず。
私がこの身を野に置くことは、大ハーン時代にオゴデイより許されておる」
使臣が先生に頷く。
「無論、オゴデイ陛下と劉先生のそのお約束は、皇帝もよくご存じです」
「それなら、なぜ今回は兵まで率いて使臣が来た」
「劉先生もご存じのはずです。皇帝は只今、オゴデイ家やチャガタイ家との諍いの最中です。
先生の身に万一の事がなきよう、厳重な護衛を申付けられております」

先生が珍しく、温和な顔に皮肉な笑みを浮かべる。
「私に自由を保障してるのは、まさにオゴデイ家だが」
「カダアン・オグルに引き継がれている約束ゆえ、皇帝もそれは必ず守られます。
皇帝の目下の頭痛の種は、オグルガイミシュ様です」

訳が分からない。誰よ、大ハーン時代のオゴデイって。
チャガタイ家?カダアン・オグル?オグルガイミシュ?
ハーンって確か、遊牧民の部族長のようなものよね。

「ね、ねえソンジン」
私は小声で使臣と先生の会話を通訳するソンジンに向かって、声を顰めて呼びかける。
ソンジンが目で、何だと問いかける。

「もしかして、チンギス・カンって・・・知ってる?」
「現皇帝の祖父、そしてオゴデイの父だ」

そうなの、やっぱり。その時代なわけね。
ここは、モンゴル帝国じゃないの!!

いいえ、良かったのよ。
逃げるにはその方が、却って都合がいい。
私の脳細胞が凄い速さで動き出す。
あの時代は、遊牧民の小さな国の寄せ集めのはず。
西側はイスラムとも関わりがある。トルコ辺りまで、確か遠征をするのよ。
むしろ小国でガッチリ固まっているような、どこに逃げても目が届いてしまうような高麗の時代より、よほど動きやすいはずよ。
そう信じるしかない。

「宮廷には参内しよう。ただし期間は二十八日。二十九回目の朝には、戻る。宜しいな。
準備をするので、三日後にここでまたお会いしよう」

先生はそう言うとくるりと使臣に背を向け、すたすたと入り口の扉に向かって歩き出す。
後ろにつこうとした使臣を、ソンジンが剣を握ったその腕を伸ばして制止する。

伸ばしたその剣腕の先の刀が、鞘の中でかちゃりと微かに鳴る。
そのままの姿勢で私を先に行かせ、彼が後に付く。

肩越しに振り向くと、使節は一瞬悔しげに顔を歪ませ、ソンジンの後ろについている。

この無鉄砲さ、怖いもの知らずの態度。
誰かを連想させるわ。

私はハラハラしながら、それでも背中を守られる安心感を感じて、前を行く先生を早足で追いかける。

薬房に帰って、先生は上がり框に腰かけるといかにも疲れた様子で、ほうと息をつく。
「先生、大丈夫ですか?今お茶を」
そう言う私を手で制して、先生は
「済まないウンス、やはり私は一度は大都に行かないと」
ソンジンがそう通訳をする。

「構いません。ついて行きますよ。どうせ今は逃げられないんでしょう?
逃げるなら、広いところで逃げた方が良いですから」
「・・・ウンス」
ソンジンが私の言葉に静かに口を挟む。
「何?」
「気楽について行くと言うが。ここから大都まで、移動に三十日はかかるぞ」
「・・・え?」
「往復で六十日だ。それに、宮廷での滞在」

その時間を聞いて、思わず唾を呑む。
3か月も、ここを離れるの?

 

 

 

 

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10 件のコメント

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    名前聞いても、一回じゃ分からないわ(-。-;)
    凄い!いろいろ調べたんでしょうね。
    お疲れ様。
    3ヶ月も天門の傍を離れるって、ウンスにとっては大きな問題ですね。気楽に行くって言っちゃったけど・・・(・・;)
    でも、行って問題解決しない事には、ウンスに自由がないなら仕方ない。
    でも、大丈夫と分かっていても、引き止められないか冷や冷やします。

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    さらん様、こんばんは❤︎
    すこいですねぇ。
    モンゴル帝国ですか‼︎
    チンギス・ハーンの孫の治世。
    お見それいたしました(((o(*゚▽゚*)o)))
    ますます、ソンジンが、ヨンにしか思えなくなっている私ですが、ウンスも、あの人に似ている?と、感じる時が出て来たみたいで、今後がホントに楽しみです。
    二人の会話も、憎まれ口を脱したかな?
    外は台風で大荒れです。
    ウンスのこれからも大荒れでしょうか?
    雷光が恋しい❤︎

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    ウンスにはここに留まらねばならない理由があります。なのに3カ月も離れるなど、しかも絶対に戻れるかどうかの保証もない。
    劉先生に何か良い考えがあるでしょうか。先生だけが行くのは許されないことですよねぇ。

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    ウンスでなくても驚きました!大冒険の匂いしかしませんね、成る程、長くなるとはこの事でございましたねΣ ゚Д゚≡( /)/エェッ!
    と言うことはこの三人、都に向かうんですね。
    あぁ、ウンスこんな凄い土産話、ヨンが聞いたら途中から心配のあまり怒っちゃうかも(*ノ´□`)ノ
    見守り隊一号は見守るためにまた覗きに来まぁす(^з^)-☆

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    続きがきになっていろんな事がてにつきません。
    とってもわくわくな展開で、私は昨日から、そわそわな時間を過ごしています!

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    >mayuさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    来ちゃいましたね・・・
    ウンスオンニがはっきり、回想部分で
    「100年前に、独り残された」
    と言っていますから・・・
    1251年~52年は、皇帝モンケが即位した時代。
    このモンケが、またヨンに被るんですわ、
    歴史調べてるとww
    何なら遭わせて、バトルさせたいくらいに。
    もうご存じだと思いますが、大都には参りません。
    ここから、またしばらくはいろいろとw
    しかし、行かないにもかかわらず長いのです・・・

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    >夢夢さん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    ウンスオンニにはっきり100年前と言われるていて
    あそこはいじりようがなく(;^_^A
    100年前1251~2年は、ちょうどモンケが
    即位した頃なのでした・・・
    オンニの未来も、暫くは荒れます。
    もうしばし、お付き合い頂ければと❤

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    >あみいさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    策士の先生、いろいろ考えた末の準備の3日、
    そして考え抜いた挙句の隠し鍼かとw
    もうしばし、お付き合いくだされば嬉しいです

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    >ののさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    三か月、しかし策士の先生が言い放った
    3日の猶予が、ここに来て意味を持ちますw
    長くなるのは、また別の理由なのでした・・・
    (;´▽`A“
    ヨンは、確実にブチ切れますね、ばれた日には。
    さすがのウンスも、そこまでばらすかどうかw
    少なくとも、向日葵や迷迭香ではバラしていませんw

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    >ひいろさん
    こんばんは❤コメありがとうございます。
    いろんなことが手につかぬとはΣ(・ω・ノ)ノ!
    なるべくコンスタントなUPを心掛け
    ひいろさまや皆様にご迷惑をおかけせぬよう
    頑張る所存にて、
    是非とも長い目で、お見守り頂ければ嬉しいです❤

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