ソンジンが私の告白に黙り込む。
腕組みをし、黙り込んで、その目だけが続けろと私を促す。
「私は、この世界の人間じゃない。でも、あの人の世界の人間でもない。
もっと先の世界から、門をくぐってここに来たの」
馬鹿にされるか、笑われるか。
どっちでも気にしない。嘘なんてつけない。
いつだって、最後には、真実が一番強い。
信じてもらえようと、もらえまいと。
「そうだったのか」
ソンジンは馬鹿にすることも、笑う事もなかった。
ただ静かにそう言った。
「その男が、そなたを待っているのか」
余りにあっさりとその告白を受け止められて、私の方が少し驚いた。
「先生が、以前からおっしゃっていた。
そなたの医術はこの国のものとは違うと」
確かに庵を訪れた患者を治療するとき、私は何回か、持ってきた器具を使った。
だからこそばれて、追手がかかることを恐れてた。
「薬房を訪れる患者からウンスの治療を聞き、その治療跡を見て、ご自身で口止めしていた。
高麗ではそんな技もあるかもしれぬと、誤魔化して」
「そう・・・」
私は頷いた。先生には、もう知られていたんだ。
だから天門の事を教えてくれたのかもしれない。
「ねえ。私もひとつ、聞いてもいいかな」
何だと目で問うソンジンに、
「ソンジンは、先生とはどんな関係なの?」
思い切って、気になることを聞いてみた。
「俺はもともと、高麗の兵だった」
「高麗の兵?」
ソンジンは、私の問いに頷いた。
「国境の戦で深手を負った。気付いた時は薬房の中に寝かされていた。
行き倒れた敵方の俺を、息があるという理由だけで先生が背負って、わざわざ薬房まで運んだそうだ。
味方ですら見捨てたこの俺を」
そう言って、ソンジンは私を見た。
「薬房で目覚めて、俺は先生に言った。何故あそこで放って置かなかった、そのまま死なせろと。
敵を助けるような真似をするな、救われても惨めだと。
先生は言った。敵も味方もない、目の前の命が傷ついていて放って置けるはずがないと。
俺は返した。傷が癒えれば、また戦場に出る。出ればまた殺める。死ぬまでその繰り返しだとな」
私が頷くと、ソンジンは苦笑いをして少し俯いた。
「それでも、俺が殺め損ねた奴に息がある限り、先生は救うと言った。
命は平等だと言われた。敵も味方も、奴婢も、村人も、貴族も、皇帝も。
全て平等か、同じ重さなのかと俺が先生に訊いたら、先生は迷いなく頷いて問い返した。
どこがどう違う、言えるなら言ってみろとな」
それは私にもよく分かった。
そしてあの時の高麗よりもっと昔のこの国では、決して許されない考え方だろうという事も。
「傷が癒えた後、先生の兵として共にいたいと頼んだ。
俺が殺め、先生が救うのでは不毛だと思った。
そんな連鎖を生むのに、疲れていたんだ。
共にいるのは構わぬが兵はいらぬと、散々断られた。
敵を斬らぬと、約束までさせられるところだった」
思い出したのか、ソンジンの瞳が緩む。
「しかしその頃すでにモンケは、執拗に先生の後を追いかけ回していたからな。
その約束だけは守れない、助けるべき先生が死ねば助かる命も助からぬと、どれだけ説得したか」
「そうだったの・・・」
あの時代を生きるあの人の事を初めて知って生と死が隣り合っていることを理解したはずが。
ソンジンからこう聞くと、リアルすぎて胸が痛い。
今も私のあの人は、そんな風に毎日を過ごしているんだろうか。
チェ尚宮の叔母様がいてくれて、テマンがいてくれて。
副隊長や迂達赤の皆がいてくれて、王様と媽媽がいてくれて、本当に良かった。
もし私じゃなくあの人が1人だったら、きっと今頃は心が壊れていたはず。
私を失ったあの人がどれほど傷ついているか、そして帰りを待っていてくれてるか、よく分かっているから。
あの時みたいに、逃げたりはしていないはず。
あの人の私への信頼を、私はよく知っている。
残った心配はあの人の心と体の事。
あれだけ戦場に出て戦うあの人が、チャン先生のいない高麗で、もし負傷したら。
そして人を傷つける事で、また心を痛めたら。
そう考え始めると、胸の震えが止まらない。
ソンジンの目を見ているはずなのに、あの人のあの黒い瞳が重なって。
どっちを見ているのか分からなくなる。
思わず名前を呼びたくなって、唇を噛んで、俯いてしまう。
俯けば目が熱くなって、泣きたくないのに、膝の上で握りしめた拳に涙が落ちてしまう。
「ウンス」
静かに呼ばれた声に顔を上げる。
「泣くな」
ソンジンが戸惑うように私を見ている。
「慰めてやれぬから、泣くな」
私は強く瞬きをして、涙を払う。
「泣いたりしない。そんな暇はない。
お願い、ソンジン、私を帰して。帰りたいの。
絶対に、帰らなきゃいけないの」
ソンジンは、私の目を見て頷いた。
そして立ち上がると
「眠ると良い」
そう言って、部屋の扉を開いたまま庭へ降りて、旅籠の母屋の方へ向かう。
角を曲がって、その背中が見えなくなる。
私は彼と入れ違いに部屋へ入る。
寝台に横になり天井を眺めた。
帰りたい。あなたのところに帰りたい。
天井に向かって、真っ直ぐ両腕を伸ばす。
「そこに、いる?」
待ってて。もう少しだけ、待っててね。
力を抜いて、目を閉じて、深呼吸しているうちにやっと眠気を感じて、少しだけうとうと眠る。

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先生はわかっていて、先生から聞いたからソンジンもわかってくれた。何か話すたびに頭に浮かぶのはここにいない人のこと。強い意思を持ち続け揺るがぬウンス。
そして慰めてしまうと情がいっそう増してくるからこれ以上踏み込んではならない。辛いソンジン。
なんだかとても切ないです。
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それが、一層ヨンと重なったのでしょう。
でも、ウンスはそれが分かって、一段とヨン元へ戻りたい、戻らなくてはとの想いが強くなったようですね。
ウンスは、分かっていたのですね、ヨンが1人では耐えられないと。
自分で良かったと思うウンスが、強くもあり頼もしい!
今は、ヨンを護っているけれど、戻ればヨンが護ってくれるからね。
それまで、もう少し・・・ヨンはそこにいるよ。
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おはようございます。
さらんさんからのブログ更新のお知らせが何より待ち遠しい今日この頃…(^w^)
切なさ度 どんどん増してきましたね!
朝からこんな切なくて、仕事中も思い出して きゅ~んとしそうです(ρ_;)
ソンジンの『泣くな』『慰められぬから、泣くな』
ズキュ~ン やられました!
やっぱ ヨンの御先祖様なのでしょうかね!?
夜まで 待てな~い!
さらんさん、ありがとうございます♪
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ソンジンの目を見ているはずなのに、ヨンの黒い瞳を見ているウンス。ちょっと危ない感じがするけど、目と瞳の漢字の使い方で、ウンスがヨンだけをみている気持ちが、より切なく感じました。映像化では表現しきれない小説の良さですね。 そして、離れるソンジンの漢っぷりがまたなんとも…。ちょっと惚れてしまいます。
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私がウンスより先に泣いてしまいました…(◞‸◟)
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ソンジンの、慰めてやれぬから泣くな‥の言葉に
ちょっとウルっときてしまった
ウンスの心配も分かる、もし傷を負ったら、ヨンの身体も心も縫ってあげる人がいない
なんだかどんどん切なくなって行くのは私だけ?
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さらん様、こんにちは❤
ソンジンに打ち明けて、
かえってヨンが、あの時代が、恋しくなってしっまたでしょうか?
ソンジンもキツイですねぇ。
泣いているウンスの涙を拭いてやる事も、抱きしめてやる事も出来ない。
ウンスに触れて良いのは、ヨンだけですから❤
だけど、ソンジンは、顎をしゃくったり、眼だけで語ったりしちゃうから、だいぶ私のタイプなの。
ウンスじゃないけど、好きになってはいけないんですってば!! (~_~;)
こんな事、つぶやいた後でなんですが...
さらん様、信じて下さい!!
愛してるのは、ヨンだけですってば❤
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ソンジンの正体がやっと判りました。そしてウンスの強い意思も。
夏が早く過ぎて天門が開く日を私も早く来てと思います。
でも、まだやらなければいけない事もあるし、問題が解決していない事も有ります
次の更新を心よりお待ち申し上げます♡
また覗きにきま~す(≡^∇^≡)
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今日は最高に切なかったです。
ウンスもソンジンも・・・。
それぞれの想いが交錯して、胸が締め付けられます。
「そこに、いる?」溢れる想いをその一言に秘めてくちにしたウンスに涙が出ました。
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やっと、ソンジンのことが分かりました。この先が楽しみです。
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>あみいさん
こんばんは❤コメありがとうございます。
ここから切なさ5割増しで行きます。
そして、隠れ部屋でも。
(あちらは切なくないですが)
またしても、書きたい欲にかられ
とんでもない状態ですが・・・
お付き合い頂けると嬉しいです。
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>mayuさん
こんばんは❤コメありがとうございます。
ウンスの中にも、ソンジンの中にも。
いろいろな想いがありそうです。
ここから書けるか・・・ううう、と、
自分も葛藤しながら。
そう、ヨンはいつでもウンスを待っているのです❤
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>ゆかこうさん
こんばんは❤コメありがとうございます。
こちらこそ、こんなお話で
平日きっつい木曜を、乗り切って頂ければ
最高に幸せです(●´ω`●)ゞ
明日からの三連休、またしてもいろいろ考えております。
でもでも、連休でない皆様もいらっしゃると
前回の一人祭りをぶち上げて、反省したので
ほどほどにww
お時間があれば、お付き合い頂けると幸せです❤
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>チェヨン1さん
こんばんは❤コメありがとうございます。
そうなのです。ソンジンも、漢ですから。
惚れてやって下さい(〃∇〃)
チェヨン様がお気づき頂いた通り
瞳、目、眼、眸・・・
日本語は何と美しいことでしょう。
そんな事ばっかり考えている最近の私です。
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>みけさん
こんばんは❤コメありがとうございます。
泣いてしまわれましたか!
ううう、申し訳ありませぬ・・・
ここから、切なさ募ることも多いので、
ちょっと、困ってしまいます(ノ_-。)
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>えみりんさん
こんばんは❤コメありがとうございます。
いえ、おそらく皆様のコメより拝察するに
切ないお気持ちはえみりんさまだけではないように思います。
ここから、切ない気持ち、5割増しで参ります。
残りあと1/4、お付き合い頂けると嬉しいです。
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>夢夢さん
こんばんは❤コメありがとうございます。
そうなのです。ウンスも、夢夢さまも
愛しているのは、ヨンだけ。
そのはず、なのですよね・・・(;´▽`A“
信じます。ヨンが信じているように。
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>ののさん
こんばんは❤コメありがとうございます。
お忙しいところ、ありがとうございます❤
まだまだ、解決していないところは山ほど。
ここから一気に解決に向かいます。
いろいろな事が。
そして、ああ、もう。
この話の落ちどころを、何度手直ししていることか。
ののさまが、皆様が、ウンスオンニがそしてヨンが
膝を打てるように、懸命に書き切る所存。
宜しければ、もうしばらくお付き合いください。
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>ままちゃんさん
こんばんは❤コメありがとうございます。
切なかったですか・・・
これから、おそらくもっと切ないかと・・・
まだ夏です。そして、秋まで。
もうしばらく、切なさ、続きますσ(^_^;)
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>romi622さん
こんばんは❤コメありがとうございます。
はい、やっとソンジンのバックグラウンドが
判明しました。
ここから、どうなっていくか、もうしばらく
お付き合い頂ければ、幸いです❤
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また読み返してしまいました。
そこでふと思ったのが、輪廻転生について。
ヨンとウンスの魂は、何度生まれ変わっても同じですよね。
そして生れ変わるたびに必ず出会い結ばれる・・
ヨンに生まれ変わる前がソンジンなら、ウンスに生まれ変わる前のウンスの魂を持った人がいるはず。
ソンジンはその人と巡り合う前に、天門をくぐったウンスにあったのかな
だったら、必ずウンスに生まれ変わるまえのウンスの魂を持った人に出会えますよね。
あ~ごめんなさい。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
何だか、しつこく色々書いてしまいました。
さらんさん、お許しくださいませ。
でも、こんなに色々想像して考えることができて、すごく楽しいです。
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>kinakomotiさん
コメありがとうございます❤
魂とか、生まれ変わりとか、ニューエイジかい!と
自分に突っ込みたくなったりしましたがww
そして書いた以上、自分の手を離れたお話は
読み手様にまるっと委ねるのが筋と思っては
いるのですが・・・
伝わらなかった部分は、偏に自分の筆力不足。
分かって頂ければ、この上ない幸せ。
何方も、ありだと思います。
kinakomotiさまや皆様お一人の中だけのお話、ヨン。
それが壊れないと良いな、とだけ祈りつつ。
想像の余地や余韻が残るお話になっていますように。
そろそろ二人、開京への帰還の刻限です。
いよいよ、帰りますーーー❤❤