堅香子 | 5

 

 

ねえ、チャン先生なら分かってくれるよね。言葉にしなくても。
何故私が、ここにいるのを怖がってるか。

歴史を変えたくないの。
今まで見たどの映画も読んだどの本もそれだけはしちゃいけないって、必ず書いてあったもの。
変える程の影響を誰かに与える事はしちゃいけない。

チェ・ヨンさん。
あなたに係ってこれ以上面倒を掛けるのはいや。だから心の中のこの線からは入って来ないで。

そんな風に気を張ってる中で、ただ一人だけ。
心から安心して話せるチャン先生がいる事は、私にとって本当にホッとする。

私の話すことや、そして知識を吸収はしてくれても、それを利用したりはしない。
黙って受け止めて、私に必要な知識を返してくれる。
まるで大きな木みたいに。

寄りかかっても倒れず、私の言葉で新しい葉を芽吹かせ、その知識の実を惜しげなく食べさせてくれる。
でもその根が私の言葉で変わることはない。だから心から信頼できる。

あの男の子の手術の後、部屋に訪ねてくれたチャン先生。
キチョルへの予行練習したいの。
その提案に先生は、 渋々と言った様子で頷いた。

私は話し始める。
「天界の記録ではこうよ。高麗はいずれ”コリア”になる。世界は私たちを”コリア”って呼ぶの。
全世界って言うのは」

そこで言葉を切って、チャン先生を見る。
「そのころ天界にはすごくたくさんの国が興ってて・・・どう、面白い?」
「・・・・・・いえ、あまり」
「そうよねえ。いきなり歴史じゃ、ちょっとね」

どうしよう、じゃあ何を話せばいいの?
ここに残しても良い知識、未来にいい影響を与えるもの。そして大きく歴史を変えないもの。
「うーん、科学技術の話はどうかな、電気とか。いきなり発展しすぎるか。高麗に必要なものって何?
火薬とか、銃?駄目、武器関係じゃだめだわ。あ、上下水道がいいわ、民の健康にとっても大切だし!
水洗トイレなんて、私が今一番使いたいわ」

一息に話しながら溜息をつき部屋の階へと腰を落とした医仙に、私は問いかけた。
「天の知識と引き換えに、府院君から手帳をもらうのですか」

医仙がその問いに、この目を真っ直ぐに見て頷く。
「そうよ。あそこに書かれてた数字と情報が分かれば、帰る方法が見つかるかも」
「分かればお帰りになれると確信はあるのですか」
「ないから確かめたいの」

この方の表情がくるくると変わるせいか。
大層深刻な、その命を懸ける言葉を発しているという危機感は薄いように思えて仕方がない。

あの府院君を敵に回し正面から謀ろうとすれば、お命がどうなるか誰にも分らぬというのに。

これも天界の方の考え方なのだろうか。
それともこの方の考え方なのだろうか。

己は問題ない、面倒はどうにかできる。そんな楽観的な考えしか透けて見えてこない。

不用意な発言で目立つべきでない処で目をつけられ、敵に回すべきでない者を敵としてしまえば。
その時お命も身の安全もどれほど簡単に握りつぶされるものなのか、実感がないとしか思えない。

一つしかない命を懸けるなら十分な準備と確実な勝機がないときにはしてはならぬと、そこまで深遠な考えがあるようにも見受けられない。

これでは隊長が手を焼かれるはずだ。
そして私もこの目を離せないはずだ。

現に確信がないと、その口でおっしゃっている。
その言葉に息を吐き、医仙を見詰めたままで
「医仙、私も隊長の考えに賛成です」
そうお伝えすると、医仙が目を丸くする。
「どういう意味?」
「徳成府院君は恐ろしい方です」
「大丈夫よ」

策がなく確信もないのに、大丈夫と笑うこの方。
これでは隊長が気を揉むはずだ。
そして私も心が休まらぬはずだ。

「私が住んでたところには数倍も怖い人たちがいて、顔は笑ってるのに心の内は真っ黒だった」
「天界にもそんな者たちがいるのですか」
「それだけど」

私がじっと見つめる中
「天界じゃないのよ。チェ・ヨンさんには前に話したけど、もう忘れているかも」
「天界でないとは、では」
「あのね、天界じゃなくて、私は」

医仙は、静かに私を見ておっしゃった。
「この国のずっと先の、未来から来たの」

 

******

 

橋渡しなら拒まれる。俺には確信がある。
伊達に付き合いが長いわけではない。
師叔の、そしてマンボの心持ちは判る。
師父の死に未だ恨を抱き、それを起こしたこの国の王に縛られるのを嫌い抜き。

それはこの俺とて同じだ。忠恵王への恨はこの身の中、心裡に生涯残る。
それでも歩いて行かねばならん。
この目で選びこの足で立ち、この背に庇いこの手で必ず護りたい方が今此処にいる。
そのためならば正面突破も辞さぬ。

俺とテマンが先発として乗り込んだ手裏房の酒楼。
目の前の師叔とマンボは苦虫を噛み潰した顔で、先の話以来歓迎されぬ客人となった俺を睨む。
「顔も見たくねえと言ったろう」
「師叔」
「なんだ、仲間まで捕まえやがって、商売の邪魔して。お前あの王に何してもらった。金でも積まれたか」
「馬鹿だねえ」

師叔の言葉に、マンボが嗤う。
「このヨンが金で動くもんかね。もらったところでその使い方さえ知らない男さ」
「じゃあ何なんだよ」
次々そう投げかけられるその声に、俺は立ち上がる。
「答えは」
師叔とマンボが見上げるその目に、静かに告げる。
「直接伺ってください」

その声に黒い外套を頭から被った御姿が一つ、チュンソクと共に酒楼の東屋へと静かに上がって来られる。
同時に東屋に潜んでいた迂達赤が、音もなく一斉に動く。
トルベが、チュソクが、テマンが周囲に散った手裏房の若衆を牽制し終えた処で、チュンソクが下がった。

黒いお姿は今まで俺が腰掛けていた固い椅子に腰かけ、頭からすっぽりと被る外套を静かに取り払う。
そこから覗く御姿の後ろ。
俺は立って守りつつ、目前の師叔とマンボに向けて告げる。

「王様です」

目を皿のように見開いて、二人が王様をじっと見た。
裏を掻くならばこうする。
逃げられぬ舞台を膳立てし、退路を断った上で一息に攻め込む。
俺を信用する手裏房相手ですらこうなのだ。
奇轍相手にあなたがこの芸当ができるとは思えない。

「では、意見を聞きたい」
外套を外した王様が穏やかにおっしゃった。
「おい、どう言う」
師叔のその声にマンボが
「こんな卑しい者の処へわざわざお運び頂き、御聖恩、言葉に尽くしきれません・・・で、っでは この辺で失礼します」

さすがマンボだ。絶たれた退路をどうにか戻ろうとしている。
「王様」
俺はその路を断つため、そう声を上げる。
「このような者どもは味方につけるか、もしくは完全に根絶やしにするかです」
その声に師叔とマンボが俺を睨む。

そうだ、そうして心を見せれば良い。
王に恨があるならあると言えば良い。
王様の前、直接その龍顔を拝し心を決めてくれ。
表面だけを取り繕っても、いずれ綻びが生じる。
その時王様の打撃にならぬよう、今のうちに肚を割ってくれ。

「ここで逃がしてしまえばそれまで故、ご決断ください。
どうなさいますか。召し上げますか。殺しますか」
「ヨン、お前なんて野郎だ」
上がる師叔の声を無視して、重ねて王様へ伺う。
「王様、ご命令を」

その問いにはお答えにならぬまま、王様は師叔へ問いかける。
「どう思う」
師叔がその声に、恐る恐る王様のご様子を伺う。

「余は今、二者択一を迫られておる。
進むべき王の道とは、そなたらや他の者の血を見ようとも楽な道を行くべきだろうか。
それとも時間がかかろうと、あくまで王とし在るべき姿で正しき道を真直ぐ歩むか。
余は、そなたの出方で決めようと思う。故に答えてほしい。どう思う」

何千、何万の王となられるために。
金でなく権力でなく、恐怖や驕りの力でもなく。
そのお気持ちでぶつかり、その御心で何千、何万の心を集めて下さるならば。

俺はその為の、初めの一人となった。
王様が王道を、正々堂々歩まれる為。
俺はそのために、この手で人を斬る。
そして王様は、揺らぐことはならん。

在るべき国を、在るべき道の上に、在るべき姿で。
どうかお作り下さい、その為の王道をお進み下さい。
その為に俺は人を斬り、この手を血に染め続ける。

王様、お知り下さい。真の民の心に何があるかを。
民の心を知らずして、動かすことなど成りません。
その御心を傾けずして、心を得るなど叶いません。

そして水に落とした石がその波紋を広げるよう、王様の御心が隅々の民まで行き渡ったその時。
その時にこそ我が高麗は、あるべき国とし立ちます。あるべき道の上に、あるべき姿で。

そして師叔、マンボ、悪いな。
手裏房にはその試金石となってもらう。
俺と共にこれからの高麗を守って欲しい。何千、何万の民の一人として。
俺が心から信頼する、あなたたちだからこそ。

 

 

 

 

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